交換男(六)

 ククッ、チャンスがめぐってきた。


 週末は仲よくデートねぇ。海辺の近くでショッピング。


 ボクもアユと行ってたよ。


 今日は、ヒナとデートだけど。


「こてにゃん、これっ! ちょーかわいい!」


 ヒナがキラキラとした目つきで、ショーケースを見つめてる。


 ふふっ、はしゃぐのも今のうち。


 キミが見ている乃木虎哲は、ボクが『のっとり』したんだよ。


 原理はよくわからないけど、祈ってみたらできたんだ。


 ツイている。


〈くっ、カラダが動かない!〉


 おおっ、乃木の人格か。のっとりされた人間は、見ていることしかできないのさ。


 対処法はあるけれど、キミには教えてやるもんか。


『白い右手』を呼ぶことを。


 さて、演技でもするか。ヒナには知られないように。


「ああ、かわいい。陽奈子に似合う」


「本当に!? おこづかい使って買ちゃおーっ!」


 ピンク色の腕時計を、ヒナは購入してくれた。


 チョロいもんだ。ボクも役者になれるかな?


 このままヒナに気づかれずに、あの計画を進めるか。


 ククッ、今から楽しみだ。トラウマを抱えて生きるがいい。


「あたし、お手洗い行ってくるね」


 ヒナはトイレへ向かっていく。


 ようやくひとりになれたところで、ボクは店に入っていった。


 クッキー屋だ。前に来たとき、ソバ粉クッキーを見かけたのさ。


 それを買って、戻っていく。


〈ソバ粉だと!? なに考えてる〉


「キミの想像どおりだよ」


「おまたせー」


 ヒナが来た。さあ、デートの再開だ。


「海、見よう」


「待ってました!」


 いよいよデートスポットへ。潮風がからだを包みこむ。


 青い空と青い海。境界だけが白かった。


 若いカップルがちらほらと、海辺の公園でイチャついてる。


 フフッ、ここはボクとアユがキスした場所。ヒナがアユにのっとりをして、ヒミツがバレた場所でもある。


 今度はボクが乃木虎哲へとのっとりした。


 まあ、お互いさまだろう。


「こーてーにゃんっ。だぁーいすき」


 ヒナが腕にからんできた。ったくシリの軽い女。前までボクが好きだったくせに。


 さあ、恨みを晴らすとき。


「愛してる。キスしよう」


「えっ、いいの!? 鼻血出さないようにしてね」


「…………」


 キスで鼻血を出すのかよ。とんだスケベ野郎だぜ。


 ヒナのほっぺに手をそえる。ぷにぷにだ。


「目、つぶって」


「うん」


 ヒナが目を閉じる。そのスキにソバ粉クッキーを取り出し、かじって口へとふくませる。


〈まさかっ、やめろ!〉


 ヒナがソバアレルギーだって、ボクは知ってるんだよね。


 このままキスをしちゃったら、ヒナはどうなってしまうかなあ?


 もしかしたら、死ぬかもよ?


 生きていたとしても、キスなんて、二度としたくないだろね。


 乃木虎哲とのキスは特に。


〈陽奈子ぉぉ! そいつは俺じゃない! 気づいてくれぇぇぇ!〉


 叫んだって、ムダだから。キミの声は外に出ない。ヒナに届くワケがない。


 腰をくの字にかがませる。てめえのカラダはデカすぎだ。


 くちびるを、近づける。これでキサマらは破滅する。


 触れようとした瞬間に。


「イヤッ!」


 ヒナが突き飛ばす。首をブンブン横に振る。


「虎哲じゃない。あなた、だれ!?」


 ……なっ、どうしてわかるんだ!?


 演技はカンペキだったはず。見破られるワケないじゃないか!


「陽奈子。俺だ。乃木虎哲だ」


「ちがう! あたしにはわかるもん! ずっといっしょだったから」


 チッ、幼なじみというヤツか。カンのいい女だな!


〈陽奈子……。そう、それでいい〉


 なに感激してやがる。


 こうなったら!


「キスをしろ!」


 鉄柵へヒナを押しこんだ。両肩を強くつかんでいく。


 強引に!


「イヤッ、やめて!」


 クソッ、このぉ! 首をそむけてキスできない!


「助けて! 白い右手さんっっっ!」


 ヒナは呪文を口にした。言いやがった。


「呼んだかい?」


 声と同時に白い右手が、ボクのほうへと伸びてきた!


 ――しまっ――た……っ!


 はがされる! ボクの意思。


 頭をつかまれた瞬間に、上へと引っぱりあげられる。


〈うぎゃあ!〉


 痛みがほとばしる。ボクの声は音にならない。


「のっとり魔よ、退散せよ」


 右手につかまれたボクはそのまま、闇の中へと吸いこまれる。


 右手の少女が持っていた、ライオンのパペットへ――。


「よい夢を」


 意識が遠くなっていく……。


 こんなはずじゃ……なかった……の……に………………。


 ……………………。




「りょーぉにゃんっ」


 ヒナが声をかけてきた。


 あれ? ここは、学校だ。


 しかも「りょーにゃん」って呼んでいる。


 かわいいヒナ。ボクの彼女。


「亮――」


 桃川アユもいる。才色兼備の優等生。キミはいつ見ても美しい。


 そしてアユのとなりには、乃木虎哲がなぜかいる。


 ヒナはうれしそうに言った。


「あたしね、桃川さんと相談した」


「ええ。決めたことだから。彼氏を交換しようって」


 は? え? 交換って。


 勝手に決めないでほしいんだが。


「こーてーにゃんっ」


 ヒナが乃木に抱きついた。乃木もヒナを抱きしめる。


「愛してるっ」


「俺も、だ」


 ふたりはいきなりキスをする。おいおいおいっ、なんだこれぇぇぇ!?


「そういうこと。あきらめて」


 アユがボクを引っぱった。


 学校を出る。えっ、デート?


「いいところ連れてってあげるから」


 ……まあ、いいや。ヒナはダメでも、アユだってじゅうぶん魅力的。


 いい女には変わりない。


 ところがアユが歩く先は、どんどんと薄暗い場所へ。


 古い建物ばかりだし、ゴミをつつくカラスもいる。


 ……こんな場所でデートなのか?


「着いたわ、ほら。――闇市よ」


 コワモテの男や外国人が、たむろしている市場だった。


 闇市って、ヤバいモノを取引している場所だよな……!?


 たとえばそう……臓器とか。


 アユがなぜ闇市に。


 しかもボクを連れてきて――?


しようと思ってるの。わたし、お金に困ってて」


 ――っ、まさかっ!


 アユはペロリとくちびるをなめて、ボクをに歩いていく。


 やっ、やめろぉぉぉぉぉっっっ!!






                              ――交換男(終わり)

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