交換男(四)
……って思ってもね。
りょーにゃんを学校で見かけるたびに、心の傷がうずいちゃう。
売店でパンを買ったあとに、教室へと戻る途中。
屋上に続く階段で、りょーにゃんたちが座ってたの。ふたりきりで。
桃川さんとつきあっているのは、まだヒミツにしてるみたい。
「亮。隠さなくてもいいんじゃない? 芝崎さんにはバレちゃったし」
「キミのほうこそあのゲームを、すっかり楽しんでいるじゃないか」
「あのときは傑作だったわねえ。まさか、のっとりで亮とわたしの関係を知ってしまうとはね。亮、好き。愛してる」
「ボクもだよ。愛してる」
ああああぁぁっ、また! キスしてるぅぅっ!
おまえらの今日の昼食は、お互いのくちびるってこと!? そうなのかい!?
愛で腹がふくれるって! どうぞ噛み殺してください。
どうせあたしはオモチャです。遊ばれていただけですよぉーっ。
「キミのヤキソバ宇宙パン、なんだかおいしそうだなあ。ボクのスパゲッティ怪物パンと交換してくれないか?」
「あなたのまたいつものクセ。これはわたしが買ったのよ。あなたがそっちを選んだんでしょ」
「でもさー、キミのを見ていると、「やっぱこっちがよかったなー」って、後悔したりするんだよね」
「……まったく、しょうがない人ね。怪物パンも好きだから、交換してあげますわ」
「ありがと、アユ! だぁーいすき」
「わたしもよ。だぁーいすき」
んああぁぁっ! その交換だって、あたしがいつもしてたヤツ!
あたしがパンを食べようとすると、くりっと黒目を大きくしながら、うらやましそうに見つめるの。
だから、あたしのパンをあげて、りょーにゃんのパンをもらっちゃう。
りょーにゃんが手でさわったパンを、ほおずりしながら食べちゃってる。んふっ、んふふっ。
って、妄想している場合じゃなああああいっっっ!
あたしは今、失恋中。もっといい男、さがすのよっ!
よーし、今日は帰ったらすぐに、ブラブラ・ラブラブ大作戦!
オシャレにウンと気合いを入れて、こじゃれた広場を散歩する。ここは花だんがきれいだし、大きな噴水だってある。屋台のクレープ屋さんもある。アスレチックの遊具もある。
小さな子どもが多いけれど、若者だっていっぱいいる。
ベンチに座ってるカップルだったり、クレープを分けあうカップルだったり、花だんトンネルで抱きあうカップル――って、ほとんどカップルだらけやんっ!
なんでおまえらラブラブなの!? あたしになんか恨みある!?
……ほんっっとつまんないんだから。あーあ、帰っちゃおーかなぁー。
って思ったら。
「キミひとり? かわいいね」
やった! 声をかけられた!
かわいいって。そうだよね。お洋服もメイク道具も、いちばんのお気に入りだもん。
「……えっ」
四人の男子たち。みんな高校生くらい。
ちょっと怖いかもしんない。
でも、彼氏を作るって、あたしは決心したんだから。
見かけで判断しちゃダメだ。
実はいい人たちなのかも……。
「オレたち、キミと遊びたいなー。ここよりもっと楽しい場所を知ってるよ。ほら、行こう」
腕をぐいっとつかまれる。
なに、ヤダ。怖い、怖い……っ!
逃げたら彼氏なんてできない。
どうしよう。どうしようっ!
――そんなときに、大きなクマが入口のほうから走ってくる。
白い胴着。クマじゃない。
「俺のツレ、なんだけど」
虎哲は男子の腕をつかんで、思いっきりひねり上げる。
高校生を相手にしても、虎哲のほうが背が高い。
それよりも――「俺のツレ」?
いきなりで頭がまっしろに。
「いっ……痛ぇぇっ!」
「チッ、行くぞ」
高校生たち、逃げちゃった。
あたしはドキドキしっぱなし。
……だって、「ツレ」――恋人って意味だよね?
恋愛に関心なさそうな虎哲が、あたしのことを恋人って!
「おまえは無防備すぎるんだ。見てられない」
虎哲があたしの手をにぎる。カップルがやっているように。
そっか、ただの方便か。悪い人から守るための。
虎哲はいつもそうやって、あたしを守ってくれたっけ。
――昔から。だって、幼なじみだし。
「だまされるのを見てられない。陽奈子が傷つくくらいなら」
虎哲は大きなからだをかがめて、まっすぐに顔を向けてきた。
鉄面皮は変わらないけど、瞳がすごくきれいだった。
「俺が『彼氏』ってヤツになる。誰にも傷つけさせやしない」
ま……っ、まさかの告白だ。『彼氏』って。あたしの彼氏になりたいってこと!?
あの虎哲が。顔がまっかになってるし。
あたしまでも、熱くなる。
こんなこと……。
奇跡にしか思えなくて。
虎哲がかっこよすぎちゃって。
あたしの彼氏に変わったら。
「『こてにゃん』って呼んじゃってもいいの?」
「好きにしろ」
んふふっ、心がくすぐったい。
こてにゃんを全力で愛しちゃお!
「だぁーいすき!」
「俺も、陽奈子が大好きだ」
噴水から降りそそぐ霧が、キラキラと祝福してくれた。
カップルだらけの広場なら、勢いでキスをしちゃっていい……?
こてにゃんのほおに手をそえて、くちびるをそっと近づける……。
ブーッ!
こてにゃんの鼻から血。
ああぁ、白目をむいちゃった……。
―*◇*◇*◇*―
「あははっ、おもしろいカップルだ。対照的なふたりだね。芝崎陽奈子のまちがった愛をなおせたようでよかったよ。お似合いだ」
「このままいくといいけれど、ところがそうもいかなそう」
「『交換男』がいるかぎり――」
「シーの出番、また来るかな。ウツロさまはどう思う?」
「がおっ、がおんっ」
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