第10話 ユト、家からの追放



 ユトが幽閉されて、一カ月が経過した。  


 突然、父が呼び出したと部下が伝えに来たのだ。ユトはようやく監禁された部屋からら出され、父の元へ連れてかれた。

 父は自分を許してくれたのだろうか? もしくは混血になってしまったことを受け入れてくれたのだろうか、と淡く期待した。しかし、それは大きく外れだった。

「ユト、お前を養子に引き取ってくださる方がいるそうだ」

「養子? どういうことです?」

「異種族の血が混じった以上、ここにお前を置いておくわけにはいかない。ラーナの狂った様子を聞いていたのではないか? ラーナの為に、お前を処分する」

「そんな……」

 それはつまり、ここから追い出されるという宣告だった。

「化物になったお前を引き取ってくれるという方がいらっしゃるのだ。これからはその者にお前の身柄をゆだねる。お前はもう、ここの人間ではない」

 ショックを受けるユトを気にもせず、ディルオーネは息子に黙って勝手に決めたことを言った。

「とりあえず、お前をその場所で連れて言ってくれるという者を呼んでおいた。入れ」

 ディルオーネがそう言うと、部屋の扉が開き、そこには黒いもじゃもじゃの髭を生やしたいかつい体格を外見をしている男だった。頭は剃られており、髪はなかった。

 その表情はなんだか人を見下すようなにやけた表情だった。

 とてもだが高貴な身分にも見えない。明らかに人柄の良さそうな者ではない。

 どこかの知人である金持ちがユトを養子にしたいとう引き取りに来たようには見えない。

 その外見からして、まるで普段から悪行へと足を突っ込んでいるかのようだ。

 男はユトの全身を舐め尽くすように史観し、その口をゆがませた。

「へえ、なかなかいい外見じゃないですか。珍しい瞳の色ですね。これは高く売れそうだ」

 売れそう、その言葉はどんな意味なのだろうか。何か物騒な意味合いな気がした。

「どうだ。この外見なら役に立ちそうか?」

「ええもちろん。金持ち連中はこういうのを好みますから」

 つまり、これは養子などという、響きのいいものではなく、奴隷商人に売り飛ばすということなのだ。養子なんて優しいものではなく、どこの者かもわからない他人の家に売り飛ばして、自分の元から消そうというわけだ。

「本当は穢れた血の混じった化物など、殺処分でもよかった。しかし、まだ子供のお前を殺すのは酷だ。せめてもの情けでその命は奪わないでおいてやろう。表向きには遠い場所へ養子として旅立ったということにする」

「父上、お願いです! どうかここにいさせてください! 血が混じっても、僕は僕です! 今まで以上にがんばりますから!」

 奴隷にされるなんてとてもだが嫌だ。これまで数々の厳しい鍛錬や勉学など、跡継ぎとして育てられたのに、こんな風に処分するのか。

「お前はこの家には相応しくない。次世代の当主になれないのだから必要ない。もうお前なんていらない。お前の秘密が世間にばれれば、代々伝わる我が家が台無しだ」

 ディルオーネはそう言い切った。使い物にならなくなった息子など、もういらないと。

「では行きましょうか、坊ちゃん。何、きっといいとこに連れていかれるでしょう」

 男は無理矢理ユトの腕を掴み上げた。

「いやだっ」

 ユトは必死で抵抗してそれを振りほどこうとした。

 しかし、いくら子供として鍛錬していて通常の人間よりも優れた体力を持つユトとはいえ、この男の力はそれを上回っていた。

 奴隷商人なのだから、これまでも抵抗する強力な奴隷になる人間を強制的に捕らえたり、強い奴隷も逃がさないようにと体力仕事をやってきた経験上だ。

「大人しくしてくださいよ、坊ちゃん。こっちも仕事なんですから」

 男は抵抗するユトを気にもせず、まるで腕が引きちぎれるほどの力を入れて、ユトを引きずるように連れ出していった。

「可愛がられるのだぞ」

「父上、父上――!!」

ユトの叫びもむなしく、最後に見た父の表情はまるで、邪魔者を片付けられてすっきりした、といわんばかりの笑みだった。

 跡取りという大切な存在だったはずのユト。

 いや、もう違う、人間ではないのだからどんな扱いでもいい。



 しばらくして、ユトは奴隷になった商品を閉じ込める檻に入れられ、馬車で運ばれることになった。

 自分はこの先、どんな場所に連れていかれるのだろうか、と恐怖だった。

 どうにかこの檻を壊して逃げることはできないのか、と考えたがもしも逃げてしまえば自分はどうなる? 逃げたとしても、異種族の混血という化物には居場所もないのに。

 帰る事はできない。自分を受け入れてくれるものなどいない、と絶望の淵にいた。



 数日後、ユトはどこかの富豪の屋敷に運び込まれた。

 その作りから庶民の家よりはずっと裕福なことがうかがえる。

「珍しい商品が手に入ったそうだな」

 でっぷりと太り、髭を生やした男だった。金持ちの主ということで、贅沢な暮らしの結果、自己管理のできない体型になったのだろう。その目は奴隷商人と同じく、商品を見てはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

「とても珍しい品物ですよ。なんとライトブラッドとの混血。珍しいでしょう。普通の人間ではないのですから、どんな扱いをしてもよろしいかと」

 商人の説明はなんとも酷いものだった。もはやユトを人として見ていない。

 人間ではないのだから、何をしてもいいというのだ。

「ほう、ライトブラッドの血が流れる者か」

 ナイフを出し、ユトに向けた。

「ひっ」

 何をされるのかわからない行為に、ユトは怯えた。

 もしかしてそのナイフで自分を殺そうとするのかもしれない、なぜ刃物を向けるのかと。

「や、やめてくだ……!」

 ユトの腕を掴み、嫌がるのを無視して、その刃で腕をすっと斬りつけた。

「ほう」

 痛がるユトを気にもせず、掴んだ腕の傷口から流れる一筋の血を見た。

 鈍く光る、人間ではない血の色だ。

「本当にライトブラッドの血が混じっているようだな。こんな血の色、珍しい。ある意味では確かに珍しい商品だ。人間ではないのだからな。何をしてもいいときた」

「では交渉成立ですね」

 主人は商人とやりとりをした上で、ユトの身柄を男に渡した。

 今日から嫌でもここに暮らす羽目になるのだ。ユトは先ほどの会話からしてどんな目に遭わされるかわからないと恐怖に怯えた。



「うちには君と同じくらいの年の息子がいる。仲良くしなさい」

 主人にそう言われ、せめてその息子に気に入られれば自分の待遇もよくなれるかもしれない、とユトは希望を抱いた。もしかして兄弟同然の関係になれば家族として扱ってもらえるかもしれない、と。しかし、現実はそうもいかなかった。

「新しいやつが来たか。パパはどんな風に可愛がってもいいって言ってたな。お前は今日から僕の玩具だ」

 父親と似て、貫禄のある少年は、ユトを家族としては迎え入れてくれなかった。

「血を見せろ!」

「いやだっ!」

 少年は、鞭を取り出し、それでユトを正面から叩いた。

「ひやああー!」

 鞭の衝撃により、ユトのボロ服が引き裂かれた。

 その破けた服の下から、みみずばれのように腫れた皮膚から出血していた。

 もちろん、鈍く光る血だ。

「本当に血がうっすら光るんだな、気持ち悪い!」

 鞭で打てば打つほど、ユトの肌は切り裂かれ、皮膚が破けそこからより出血する。

「ははは! これは面白いな!」

 息子はユトの身体が出血しては鈍く光るのを楽しんだ。

「ほらほら、もっと行くぞ」

 痛さで悲鳴を上げるユトを無視して、息子は次々と鞭を振るった。

 自分と年の変わらぬ子供など、いくらでもやり返せる。しかし、ユトは絶対に人を傷つけてはいけないと思っていた。

 一方的に暴力を振るわれても、決してやり返してはいけないと。避けるとかえって相手を激怒させてしまう。もし歯向かえば自分は混血なのだからすぐに殺処分されるだろう。

 自分も少し前まではこの屋敷の息子と同じ地位にいたのだ。高貴な身分の跡取りとして育てられ、名高い父親の息子だったはずだ。それが両親によって捨てられた結果がこれだ。

 これから、ずっとこんな生活が続くとなると絶望だった。


 


 地獄だった。毎日のように暴行されて、玩具のように扱われる。

 この状況ではもしも刃向かえば何をされるかわからない。

 人間ではないのだから何をしてもいい、と言われている以上、きっと抵抗をすれば一瞬で殺されるだろうと、わかっていたからだ。

 ならばこの屋敷の者を全員殺して逃げだすということも考えられた。

 しかししょせんは子供であるユトの力ではそんなこと到底無理だ。


 自分をこんな目にしたのはあの家に生まれたからだ。あのプライドの高い男の家に生まれたから。だからあの男が気に入らなければあっさり捨てられた。

 自分だって好きでこうなったわけではない。

 あの時は仕方なかったのだ。こうするしか生き延びる方法はなかった。

 もはや誰を責めることもできない。ユトは理不尽だと思いながら生きるしかなかった。


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