第6話 憎き男の息子

 あれから数日が過ぎた。


 占い師から宝を授かったとしても、そう簡単に目的の者が見つかるわけではない

 そう簡単にはいかないだろう。


 今日はそろそろ宿屋で休もう、とパン屋で食料を買おうとしていた時だった。


 店主の女性が客と雑談をしてたのが耳に入ったのだ。

「さっきのお客さん、珍しい目の色してたわよねー」

「ねえ。紫の瞳なんて珍しいわ。まるでアメジストみたい」

 紫の瞳、と聞いてロネは反応した。あの占いの館で見た紫の瞳。

 ディルオーネと同じ目の色、と。

 ロネはたまらず店主の雑談に割って入った。

「その人、どこにいる!?」

 突然血相を変えて突っかかるロネに、店主と客は驚いた。

 しかし、すぐに教えてくれた。

「さあ、もう町を出て行ったんじゃないかしら」

「もしかして、茶髪だった?」

「ああ、そうだったわね」

 もしかして、探している人物かもしれない。とロネは鼓動が激しくなった。

「その方、あなたの探している人? もしかして生き別れた大切な方とかかしら?」

 ロネの真剣な表情に、事情を知らない店主はそんな暢気なことを言う。

「……どうしてもその人に会わないといけなくて」

「じゃあ、まださっき店を出て行ったばかりだから、探してみたら? きっとまだ近くにいると思うわ。どうしても会いたい人なら追いかけてみたらどうかしら?」

 もうここにはいない。しかしまだここを出て行ったばかりならまだ追いつけるかもしれない。

「ありがとう!」

 ロネは急いでパン屋を出て、町をの出口を目指した。

 この町の出入り口は一か所しかない。



 町の出入り口であるその門の近くで、身体が興奮した。 

 感じ取ることができるのだ。身体に流れる血が沸騰するような気持ちになる。 

 腕輪が僅かに光った。そして興奮するような気力がわいてくる。ロネの怒りと憎しみに反応しているのだろうか。もうすぐ目的の人物に遭遇できると。

 ロネにとっては憎しみの感情もあるのか、それはより一層大きかった。

 門の出口に行くと、ロネと同じ年頃であろう少年が門番と何か話をしていた。

 少年はディルオーネと同じ紫色の瞳、そして茶髪。腰には青い鞘に紋章が描かれていて柄には三つの赤い宝石が埋め込まれている剣に、首には緑色のチョーカー。占いで見た姿と同じだ。

 間違いない、あの少年がディルオーネの息子だ。まさに目当ての人物だ。

「見つけた……。あいつが、ディルオーネの息子……!」

 ロネはすぐにでもとびかかりたい気分だったが、周囲を見渡して踏みとどまった。

 ここからは人目につく。こんな平穏な場所で他人を襲ったら、それは目立つだろう。

 騒ぎを起こすと下手をすればロネがライトブラッドの混血だとこの町の者にばれるかもしれない。それでは部が悪い。

 ロネは冷静になり、物陰に隠れてその少年を見張った。



しばらくして、どうやら門番との話は終わったらしく、少年は町を出た。

ロネはばれないようにと、その少年のあとを追うことにした。



 少年は町を出ると、次の町に行こうとしてるのか、北へと向かった。

 町の人の話によると、ここから次の町へ行くには途中で森を通過する必要があると言われた。

 それならば森に入れば周囲は木々に囲まれて誰にも邪魔されない。何より木に隠れながら気配を感づかれないように近づくことができる。

 こっそり後を追って、その場所に入ったところで、少年に接触するこれがいい手法だ。


 ロネはこっそりと少年の後をつけることにした。ばれないように、こそこそとだ。


 そのまま少年は道が敷かれている森に入って行った。

 その道の周辺はやはり森のように、多数の木が茂っている。そこを通る者に隠れながら進むのは木のおかげでできる。ロネにとっては敵襲をかけるのにはぴったりだ。

 空模様は今のロネの憎しみの心を表すかのように、空はどんよりとした雲で、ゴロゴロと小さく雷がなっていた。

 しかし、天気は気にしていられない。ここで少年を捕らえねば、次にいるチャンスが訪れるかわからないからだ。ロネは気配を消して、そっとそっと計画を実行に移していた。

「あいつを、絶対にここで捕まえてやる……!」

 


 ロネは少年に気づかれないように、木々に隠れながらひたすら後を追った。 

 途中で気づかれないかと何度も焦りを感じることはあった。しかし、なんとか気配を消して、後を追うことができる。自分のことに気づかれて逃げられても返り討ちにされても失敗だ。

 占い師にもらった装飾品が少年に近づくほどにオーラによる輝きを増す。間違いなくあれが探している人物だ。

 チャンスを狙って少年の歩くペースがちょうどロネに追いつける速さになった。


 ようやく少年の近くへ追いつくと、ロネは木から身を乗り出し、背後から少年に大声で叫んだ。

「おい、そこのお前!」

 呼びかけられた少年は、ぴくっと反応した。


 ロネの声を聞くと、少年は進む足をぴたりと止め、振り返った。

「なんだ?」

 その顔はやはり、占いの映像で見た通りだった。しかし、実際に間近で見ると印象も違って見える気がした。

 その紫の瞳は凛々しい。同じ色でありながらこれがあの残酷なディルオーネの息子なのかと、思うほど雰囲気が違う。

 ロネはその瞳に一瞬気を取られたが、すぐに我に返った。気をとられてはいけないと。

「お前が、ディルオーネの息子だな!」

 凛々しい表情に負けぬと、ロネは威嚇するように名前を叫んだ。

「知らないな。そんな人。人違いだ」

 しかし少年は、さらりと受け流した。自分はそんな者を知らない、と。

「嘘をつくな! 私の血が、この腕輪がお前に反応するのだ!」

 騙されてはいけない。この男はあの憎きディルオーネの息子だ、と確信する。

 父と母の仇を討つために、自分がここでこの少年に接触せねばならない。

 しかし、少年は腰に携えた剣を抜く動作もせず、落ち着いていた。

 自分とそう年のかわらぬ少女が相手だと、油断しているのかもしれない。

「大人しく、私の言うことを……」


 ロネがそう言いかけた時、強い風が吹いた。先ほどよりも天候が悪化して、強風が吹き始めたのだ。

 ロネの外套がめくれ、その特徴的な銀髪と金色の瞳が晒し出された。

 しまった、とロネは焦ったが、すでに少年に見られてしまった。


 少年はそれを見て、こう言った。

「ふうん。君、もしかしてライトブラッドってやつ?」

 少年は、ロネの外見を見てそう言った。それは半分は正解だが、半分は不正解だ。しかし、やはりライトブラッドの特徴を見抜いていた。

「だからなんだというのだ?」

「君のような女の子が俺になんの用だい? あいにく、金はそんなに持ってないんだ」

「お前を、お前をあの男への人質にする!」

 まともに話をするよりも、実行だ。少年を捕らえる為に、ロネは疾風のごとく、少年に飛び掛かった。

「私の、渾身の力を見せてやる!」

 ロネの手元から、光が閃光のように少年に向かってほど走った。

 ライトブラッドの魔法は人間には効果がない。しかし、半分は人間の血が混じっているロネならば人間にダメージを与えることができるはずだと。

 また、血が反応するのでライトブラッドはライトブラッド同士にも魔法が利かない。だから混血のロネは人間に魔法でダメージを与えられる。

 生きていく為に、攻撃手段は必要だった。自分自身を守る為にも、武器は必須だった。

 こうして今まで自分を守ってきた。時には襲われそうになってもこうして逃げていた

 辺りを光が包み込み、まるで太陽に飲み込まれるかのように、その閃光が少年を追いかけた。


 しかし、少年は軽々とした身のこなしで避けた。

「あっぶないなあ」

 少年は腰に携えている剣すら抜かず、避ける。

 さすがはあの男の息子として育てられただけはある。恐らくそういった鍛錬を積んできたのだろう。あの男の息子なのだから、それくらいできてもおかしくない。

「すばしっこい奴め!」

 ロネは次々と光魔法を発射し、少年に何度も投げつけた。

 ロネの魔法が暴走し、周囲に茂っていたの木を吹き飛ばした。

 しかし、それでも少年はまるで何事もないかのように避けるだけだった。

 まるで、何かゴムまりのようなものを避けるかのごとく、ロネの魔法を避ける。

「くそっ! なんで当たらない!」

 ロネにとって屈辱だった。これまで一人になってから自分を守る為に、魔法を使いこなそうと一人で鍛錬をしてきたはずで、身体だって女性の身で鍛えてきた。

 それをこの少年は易々とかわしていくのだ。

 少年は魔法を避けて、ジャンプから地面へ着地し、ロネに言った。

「なんで俺のことを捕まえようとするのさ。俺が何かやったか?」

「お前が、憎きディルオーネの息子だからだ!」

 ロネは理由を素直にぶちまけた。この少年が、あの憎き男の息子だからだと。その為にこんなことをしているのだと。

「ふーん、ということは憎いのは俺の父親ってわけ」

 少年はそれを聞くと、状況を理解したらしい。

「ディルオーネってやつ本人を倒せるほどの力が及ばないから、それならば息子の俺に何かすることでそいつの気を引いて恨みを晴らそうってわけか」

 その発言からは、ロネにとってはまさにその通りであるが、言い当てられ悔しい。

「黙れ!」

 少年の挑発のような言い方に負けず劣らずと、ロネは叫んだ。

「私の父さんは、お前の父親に殺されたんだ!」

 怒りのあまり、ロネは自分がこんなにもディルオーネに固執する理由を叫んだ。

「お前らに大好きな父さんを目の前で殺されて、そのせいで迫害を受けて日に日に弱っていく母さんを助けることもできず、ただ見てるだけしかできなかった私のみじめな気持ちが、わかるものか!」

 ディルオーネがやっていたことを、息子であろう目の前の少年にぶちまける。

 ロネが怒れば怒るほど、それに合わすかのように、空では雷がごろごろと鳴り続ける。

「お前の父親は私と母さんの目の前で父さんを殺した! 目の前で大好きな父さんが首をはねられた時、私がどれだけ辛かったか! それなのに、お前の父親は反省するような素振りも見せず、まるで当然とばかりにあんなことをしたのだぞ!」

 ロネは怒りのあまり、自分が何を言ってるのかもわからず叫び続けた。

「あいつは私達を脅威だと言ってたが、ただ理由をつけて、命を奪うだけではないか! 全部! 全部お前らのせいだ! お前の家がやったんだ!」


 ロネの怒りを表すかのように、天から雨が降り注いだ。

「くそっ、雨か!」

 まるでロネの怒りそのものか、とうとう雨は滝のように激しく振り出した。先ほどからなり続けていた雷も勢いを増した。ザアザアと雨は二人を濡らす。

 雨が地面の土に染み込み、足元はぬかるみ、少し転べば身体全身を倒すであろうほどに滑らせやくなった。


 しかしディルオーネの息子を見つけられた今、捕らえねばならない。そう思い、ロネは退散するつもりはなかった。二人は雨であっという間にずぶ濡れだ。

 自分達に容赦なく大雨が降り注ぐが、二人はどこかの影に隠れるつもりもなかった。

 雨により、視界が悪くなることをでロネは魔法を諦め、無我夢中で少年に飛び掛かった。

 ここで決着をつけねばならぬと。意地でもここで決着をつけようと。

「うわっと!」

 ロネが飛び掛かろうとして、少年はまたもやかわそうとしたが、足が雨で滑りやすくぬかるみ少年はその勢いで倒れた。

「油断したな!」

 少年の動きが止まったことで、ロネは隙を逃さず飛び掛かり、少年の身体の上に覆いかぶさる方にになった。そして、その首筋につかみかかった。

「ふ、君もなかなかやるな」

 諦めたのか、少年は大人しくなった。

 ロネは少年の首を掴み、そのまま手首で首を絞めるような姿勢になった。

「観念しろ! 大人しく私に……」

 ここで首を絞めれば、この少年を殺すことができる。少年が身動き取れない今ならチャンスだろう。殺すつもりはなかったはずだ 

 しかし、このままここで仕留めてしまえば、あのディルオーネへの憂さ晴らしはできるような気がした。このすばしっこい少年をここまで追い込んだ今なら、それが可能である。

「私に……」

 しかし、そう言いかけて、ロネはそこで手が動かなくなった。

「な……!?」


 驚いた。

 少年の顔が、穏やかな表情だったからだ。


 これから自分が殺されるかもしれない、という恐怖もなく、微笑んでいた。

 それもけして自分に襲い掛かった少女を嘲笑するような煽りではなく、まるで相手のことを見守るかような穏やかな笑みだった。ロネの行動に、一切抵抗することもなく、ロネの腕すら掴もうとしない。

 なぜかそれはロネの行動を見守るような視線だった。


「なぜだ? これから自分が何をされるかもわからないというのになぜそんなに落ち着いていられる? このまま殺されるかもしれないのだぞ!」

 ロネがそう言うと、少年は「ふ」と口元を緩め、こう言った。

「別にいいのさ。俺はこうして憎まれながら生きたって、俺が何かしたからって変わることじゃない。君が俺を殺したいっていうなら、殺せばいいさ。捕まえて人質にしてもいい。それが君の満足する方法なんだろう? 俺を人質にとれないとしても、俺をそいつののかわりに殺すことで君の気が晴れるなら、それでいい。君みたいな子になら、何されてもいいかなって」

 それは達観して言ってるのだろうか? それとも挑発か。

 それはロネには理解できるものではなかった。

 自分がどんな目に遭わされるのかもわからないというのに、それを受け入れていると。

 ロネの想像とは違った。この少年を陥れることで、気を晴らそうとしていた。

 この少年が恐怖に怯え、泣き叫ぶように命乞いをして絶望に陥ったところを見るのが最高の方法だと思っていた。かつての自分がそうされたように。

 だというのに、実際のこの少年は怖がる様子もなかった。

 こんな反応ならば、もはや人質として連れていくよりも、ここで殺してしまった方が、ロネの気は晴れるのかもしれない。自分のような少女に何をされてもいいというのならば、この少年にとって最悪な手段を取った方がいいのではないかと。

「ならば……」

 その感情で、ロネが少年の首を絞める手に力を入れようとしたその時だった。

一瞬の激しい光が当たりを照らし、空から大きな雷が響いた。

 あまりの激しい音に、ロネは一瞬気を取られた。

「はっ!」と少年は叫んだ。

 二人を囲んでいた木のうちの一本に激しい落雷が直撃したのだ。

 それは木に直撃し、焦げ臭さを出しながら、揺れ始めた。

 少年に覆いかぶさって下を向いているロネには自分の背後の状況に気づかず、今にもその背中に木が倒れてくるのだ。それも、大きないかにも重そうな木が。

 少年の表情が急に切迫したものになった。

「危ない!」と少年が叫ぶ。

 少年が突然覆いかぶさっていたロネの、身体を掴んできた、

 反撃されようとしるのかと、ロネは驚いた。

 少年はロネ抱え、勢いよく地面を蹴った。でぬかるんだ土は滑りがよかった。

 そのおかげか、少年はロネを抱きかかえたまま、大木の下敷きになることを避けるように、二人で道の端へと転がっていった。

 二人のいた場所に、ズシンと大木は倒れ、あのままあの下に居たら潰されていただろう。ギリギリで避けて滑ったおかげで助かったのだ。

「なに、が……」

 自分の背後で何が起きていたのか、なぜこの少年が自分を抱えたのか、状況がわからないロネは混乱した。

「大丈夫? あの木に雷が直撃して、倒れてきたんだ。ちょっと乱暴な行動だったけど、これしかなかった」

 少年には自分が殺されるという恐怖ではなく、この少女の身が危険だという焦りだ。

 このままではこの少女の背中に重い大木が墜落してきてしまう。

 それで少年はロネの身体に手を回し、掴んだのだ。あのまま木の直撃を背中に受ければ、潰されてもおかしくない。

 その台詞でロネは、この少年が自分の上に倒れて来た大木から救ったのだとわかった。

 なぜ自分を殺そうとした相手にこんな感情を見せることができるのだろうか。

 ロネが放心している間も、空からは滝のような雨が降り注ぎ、激しい雷が鳴り響いていた。

 またいつ雷が落ちてくるかわからない。先ほど大木を倒した威力だ。そんなものを直撃したら命はないだろう。

服に水が染み込み、ずっしりと重く身体に貼りつき、水の冷たさが体温を奪う。

「このままじゃ風邪をひく、ここは一旦休戦にしよう」

 少年はそう案を出した。

「何をのんきな……」

 なぜ先ほどまでやりあった相手とそんな悠長なことが言えるのか、とロネは思った。

「このままじゃ君まで風邪をひいちゃうよ」

 現に二人の身体は濡れた服により、冷たくなっていた。

 雨水で冷えた身体に、さらに濡れた服がじっとりと張り付く、今すぐにでも温めねば風邪をひくだろう。

 ロネは少年に抱えられ、立ち上がった。

周囲を見渡した。そしてある場所を見つける。

「あそこ。ちょうど木の影になって雨をしのげる場所になりそう。」

 森の中に、まるでそこだけは雨から守るかのように枝と葉が屋根を作っているような場所があった。

「ほら、行こう」

 少年に連れられるように、ロネはしぶしぶそこへ行くことにした、





 

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