第7話 少年の秘密

 激しい雨に対して、この木陰の中は雨粒が落ちてこない分、乾いていた。


 ロネと少年の二人は、そこへ雨が降っても乾いている木の枝の薪をくべて、火を焚き、服を当てて乾かした。

 二人とも、下着まで濡れていたので簡易な布を纏っていた。

 焚火に揺れる火で、二人の顔は照らし出された。

 ロネにとっては憎き男の息子と素肌を晒して同じ空間にいるというプライドの高いロネには普段だと我慢できないはずだが、ここから他はどしゃぶりで出て行くわけにもいかない。

 互いがほぼ裸なこともあり、何も話したくなくて、服を脱いでから先ほどから二人は無言だった。

 しかし、沈黙にしびれを切らし、ロネが先に言葉を発した。

「なぜ、私を助けた。あのまま私が怪我を追って死んででもいればお前に危害を与えるものはいなくなるのに。お前は自分に何かをしようとしている相手を助けたことになるのだぞ」

 危害を与えようとした相手をなぜ救おうとしたのか、それはロネにとってはよくわからないものだった。あのまま大木に自分が潰されていれば、少年は逃げる機会ができたかもしれないのに、と。

「簡単さ。目の前で誰かが無駄に命を落とすようなところを見たくなんてない。ましてや君は女の子だ。女の子を守るのが男の役目ってものだろう」

「女?」

 女だと言われるのは癪に障る。その女という性別のせいで、これまで危険な目に遭ってきた。

 男から見れば、下衆な輩にとって女とはまるで性欲処理の道具にされそうになることもある。かつてあの収容所で母もそんな目に遭っていた。

「君、なんで俺を襲おうとするのさ。俺の親父に何か恨みがあるんだろ? 話を聞くことくらいならできるよ」

 なぜ憎き男の息子にそんなことを話さねばならないのか、とロネは思った。

 しかし、この少年に悪意といったものは感じられない。むしろ、ロネの話を聞こうと思っている。それはまるでロネの苦しみを受け入れたかのように。

「……お前の父親は、私と母の目の前で父を殺したんだ」

 ロネはこれまでのいきさつをぽつり、ぽつりと話し始めた。

「お前に、父、ディルオーネという男が私の住んでいた場所に来て……そして……」

 ロネは自分の過去を振り返った。自分が人間の父とライトブラッドの母との間に生まれた混血児ということや、それによってディルオーネに父を殺されたこと、残された母と自分は収容所に入れられたこと、そこで母を失ったこと。そしてディルオーネを憎む怒りで彼の気を引くために、少年に襲い掛かったことなどだ。

「私は……私は……、お前の父に全てを奪われた」

「じゃあ君はその大好きなお父さんとお母さんを失う原因になった俺の父親を憎んでて、それで俺を捕まえてディルオーネの気をひきたいってわけだ」

「呑み込みが早いな……そうなる」

「そっか。じゃあ俺の父親を憎むのは仕方ないよ」

 この少年にも、その憎き父親の血が流れているというのは、ロネにはそんな悠長なことを言える状況ではないはずだ。なのに、この少年は自分の父親のことを、素直に聞いていた。

 むしろそれを受け入れている。

「私は全てを失った時、どれだけの絶望を感じたことか。だから、お前の父親のことは許せなかった。理由を付けて、そうやって人を不幸にさせる。私の両親は、私を愛してくれた。父はライトブラッドの母を蔑むこともなく、愛して私を産み、あの二人といれば幸せだった。あのまま、両親と共にずっと暮らしていたかった。なのに、なのに……」

 気づいたらロネは涙を流していた。これまでため込んでいたものが噴出したのかもしれない。

 人前で泣く姿を見られるのはプライドとして嫌だったはずなのに。こうして誰かに正直なことを話したことで気持ちが緩んだのかもしれ合い。

「じゃあ君はご両親に愛されてたってことなのかな」

「は?」

 少年のその発言に、ロネは首を傾げた。

「何を言ってる? 親が子を愛するのは当たり前だ」

 それはロネにとっては常識である。自分の子供は愛して大切に育てるものだと。

 そのくらいに、両親は自分を愛していた。それが当たり前だと思っていた。

「当たり前、か……」

 そう言うと、少年は少しだけ寂しそうな顔をした。

「君のこと、羨ましいよ」

 少年のその台詞には、どこか影があった。

「俺は親に愛されたことなんてなかった。君みたいに、親の愛情を受けられなかった。次期跡取りだって厳しく育てられたからな。親子じゃなくて道具として見られてたって感じで」

 ディルオーネの性格からすると、そう見えないこともない。他人の家族に平気で酷いことをできるのだから、自分の子供にもそんな扱いをしていたのかもしれない。

 しかし、実の息子には厳しくしたのも教育の一環なのではと思える。

 親に情を抱くと、強くなれない。時にはその感情によって戦意を失うことだってある。それで突き放すように育てていただけなのでは、と。

「ふん。それはお前がそう思っているだけだろう」

「ホントだよ。俺はいつも親からはきついことばっかり言われてた。まるで本当の子供じゃないのかのように」

「そのお前の父親が私の家族を奪った」

「まあ、あの人ならそういうことやりかねないからね」

 自分の父親を「あの人」と呼ぶ。なぜかその言い方には違和感があった。

「そうだ、まだ名前教えてなかったね。俺はユト。君の名前は?」

 ディルオーネの息子の名前を初めて知った。先に名乗られたからには、ロネも自分の名前を言うことにした。

「……ロネ」

「ロネか。いい名前じゃないか」

 両親が授けてくれた名前。ユトはそれを褒めた。

「君、人間とライトブラッドの混血児ってさっき言ってたよね」

「それがなんだ」

 やはりユトも他の人間たちと同じように自分を蔑むのか、とロネは思った。

 そう感じ取られないように、弱みは見せない。

 それを聞くと、ユトは地面に置いていた剣を持ち上げた。

「君になら、話してもいいかな」

 そして、持ち歩いていた剣の鞘を抜く。

 ギラリとした刃は、恐らくこれまでもユトの身体を守る為に使われてきたのだろう。

 そしてユトはその刃を自分の腕に当て、そのまましゅ、と線を引くように腕を斬りつけた。

「何を……」

 突然の自傷行為。何を見せたいというのだろうか。

 こうしてもただ自分の身体を傷つけるだけだというのに、なぜわざわざ自ら腕に切り傷をつけるのか。

「ほら」

 ユトは剣で線を引いた傷口をロネに見せた。その傷口からは血が流れていた。

 しかし、その血の色を見てロネは驚愕した。

「な……!?」

 ユトの血はうっすらと鈍く光を放っていた。

 人間の血液である鮮やかな赤であるはずの血の色が、銀色が混じり、わずかに光っているに光っている。

「なんだこの血は……!?」

 人間の血液が光るはずがない。この光を発する血はライトブラッド特有のものだ。

 光が弱いことからして純血ではなく、人間にその血が半分が混じった状態なのだろう。

 ライトブラッドと人間の混血である自分と同じように、ユトの血液も鈍く光っているのだ。

 しかし、母のように透き通る光の色ではなかった。あのように輝いていない。

 まるで自分のように人間の血が混じったような輝きだった。

「なぜだ……?」

 おかしい、人間の血は光るわけがない、とロネは信じられなかった。

 人間の血の色と混じる、これはライトブラッドの血を引く混血の自分だけだ。

「なぜだ? なぜお前の血が光っている?」

 純粋な人間である出身のユトがライトブラッドの血を引くはずがない。

「そう、俺もライドブラッドの血が流れてる」

 どういうことだろうか? この世で自分以外にも混血の者がいたということだろうか。

 ディルオーネ家にライトブラッドの者がいるなどありえない。

 ああいった家系は正当なる後継者を産む為に、絶対に異種族の者など受け入れるはずないのではないのか。

 きっと婚姻についても由緒正しき血統の者だけがディルオーネ家へ嫁ぎ、そして子孫を作っていくだろう、とロネは考えていた。

 その家系に異種族の者を入れるとなれば大問題である。ましてやあのディルオーネはライトブラッドを酷く嫌っていた。だからこそ、母と結ばれた父を脅威とみなし、殺害したのだ。

 その家の息子が、なぜ混血なのだ、と。

「俺はもう、ディルオーネの息子でも跡継ぎでもなく、なんでもないんだ」

 ユトはそう言うと、悲しそうな表情になり、過去を振り返った。


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