第9話 混血になってしまった少年、ユト
ユトは隠れ家に連れ戻されると、血相を変えた父親に酷く怒鳴られた。
「勝手に森へ入るなんて、誰が許可した!?」
事情を知ったディルオーネは、天地がひっくり返るかのような程に怒声をあげた。
「しかも獣に遭遇しただと!? 誰がそんなことをしろと言った」
「ごめんなさい父上。ですがあの人は僕を救う為にやってくれたのです」
「ふざけるな! お前は自分が何をしでかしたかわかっているのか!?」
ディルオーネの怒りは、もはや誰にも止められそうにないほどに狂っていた。
今ここでユトが八つ裂きにされてもおかしくないほどの怒涛だ。
「この馬鹿息子が! お前はこのディルオーネ家の次期当主でありながら、汚らわしい!」
「ひいっ!」
ディルオーネは懇親の力でユトを張り飛ばした。
勢いよくよろけたユトは、その場に倒れ込んだ。
「ごめんなさい。もうしません……だから……」
ユトは必死で許しを懇願する。
自分の考えが愚かだったと、勝手なことをしたのだと。
「謝ってすむものか! お前はもう、人間じゃなくなったということだ!」
「え?」
父親の怒鳴り。その「人間じゃなくなった」という言葉。
「どういうこと……です?」
「そのままの意味だ!」
その意味は「愚かなことをしたのだから普通の人間ではなく愚かな存在になりさがった」の比喩表現なのかと思ったが、ディルオーネの怒りは普通ではなかった。
「あの青年を拷問したら、お前に何をしたかを白状したよ。お前を救う為に禁断の術を使ったと言っていたが、それはお前を人間じゃなくする術だったと」
「え……?」
自分を人間じゃなくする?
一体それはどういうことなのだろうか。意味がわからなかった。
「わかっていないようだな。ならば見せてやる」
そういうと、ディルオーネは短剣を取り出した。
「何を……」
その短剣で何をしようというのか。まさか、それで父が自分を殺そうとしているのか、とユトは怯えた。
ディルオーネはユトの腕を乱暴に掴み、そして皮膚を斬りつけた。
「痛い! なんでこんなことするんですか!?」
「お前の傷口から流れる血を見ろ」
ユトは自分の腕の傷口から流れる血を見た。
「え……」
自分の傷口から流れ出る血液、それは鈍く光っていた。赤色の絵具に、何か違う色をまぜたかのように、真っ赤なはずの血液に、うっすらと輝いていた。
「嘘だ……。こんなの……」
自分の身体から流れる血液が、まるで違う液体が混ざったかのように、不気味な光だ。これは自分が人間ではない何か違う生き物になってしまったのではないかと震えた。
「あの青年はライトブラッドという光る血を持つ種族だ。あいつはお前の命を助ける為にこの術を使うしかなかっただとほざいていたが、お前に自分の血を混ぜたんだ。お前にはあの者の血が混じって、人の身体ではなくなったのだぞ。化物だ」
父から言われる信じられない言葉。あの青年は自分を救う為に、ああするしかなかったと言っていたのに、それはこんな身体にしてしまう、呪いのようなものだったのかと。
「お前はもう人間じゃない。おぞましい血を持つ化物だ。お前に汚らわしい血が流れていると知れたら我々は終わりだ! お前のせいで、これまで代々続いていたディルオーネ家が終わろうとしているのだぞ!」
シャドウであるユトにそんな血が混じってしまったとなれば、ユトは普通の子供を成すことができるかはわからない。父親となるユトの鈍く光る異種族の血が混じった子供が生まれてしまうかもしれないのだ。それではこの家系を続けることはできないと。
「お前はあの者のせいで忌々しい血を引く身体になったのだぞ!」
父の言うように、ユトは自分の身体から流れる血を見て自分が本当に化け物になってしまったのかもしれない、という恐怖が襲い掛かった。
「お前をどうするかはこれから決める! だがもう今まで通りの生活が送れると思うな!」
ディルオーネはそう言うと、部下にユトをある部屋に連れて行くように命じた。ユトは狭い部屋に閉じ込められた。
そして、決して外に出すなと部屋に鍵をかけて監禁したのだ。けして逃すなと見張りをつけてまで。
こうしてユトは閉じ込められてしまった。
部屋からはけして出られない。父はどうしたら許してくれる?
自分を助けたあの青年はどうなってしまったのか。
そして自分はこれからどうなるのか、と様々なものが心に渦巻く。
何もすがることがないと思ったユトは、母のことが浮かんだ。母なら庇ってくれるかもしれない。母は我が子をかばってくれるかもしれない。
いつも冷たい母だが、自分がこうなったとしれば。自分をかばい、この状況なら父を止めてくれるかもしれない。今は母だけが信じられる存在だ。
いつも父に厳しくされていても、母ならきっと自分をかばってくれる。そう思わなければ、とてもだが正気を保てる気がしなかった。母を信じるしかない。
しかし、それは外れることとなる。
それはユトが閉じ込められて、数日後のことだった。
「いやあー!!!」
隠れ家中に、まるで狂ったような叫び声が聞こえた。
女性の声、ユトには聞き覚えがある。それは母であるラーナの声だ。
「母に何が起きたのか?」とユトは壁に耳を立てた。
すると、その声は発狂してるように叫び続けた。
「いやああ!! あんな子、私の子じゃありません! 私の生んだ子じゃありません! 私の子が、光る血の化物だなんて! あんな奇妙な化物に! すぐに、殺してください!」
その言葉から、母の声はまさに自分のことを言ってると気が付いた。
母は自分が原因で狂ったように叫んでいたのだ。
自分が生んだ実の子が人間ではない違う異種族の血が混じった化物になってしまったことが受け入れられないのだ。
「私の子はきっと死んだんです! きっと憎きライトブラッドに殺されたんです!」
その狂ったようにユトを否定する叫びに、ユトは絶望した。
父が自分を罵倒しても、母は自分をかばってくれると本気で思っていた。その母が息子であるユトを激しく拒絶し、発狂したのだ。冷静沈着であったあの母親がこんなに狂っている。
あんな狂った母の姿など見たくない。
ユトが混血になったことにより、この家は誰もユトを信頼しなくなったのだ。
しばらくして、あのライトブラッドの青年は拷問の末に衰弱死したという話を聞いた。
様々な情報を聞き出す為に、日々いろんな方法で苦しめて拷問したが、その手法がエスカレートしてしまい、とうとう身体が限界を訴え、死亡したのだという。
自分の命を救ったはずの恩人が酷い目に遭わされた。彼はただ瀕死の自分を助けてくれただけだ。それなのに、重罪人とされて処刑されたも同然だ。自分を救ったばかりに。それでは自分が彼を殺したも同然だ。
しかし、その一方で黒い感情も渦巻く。
助けてもらったとしても、こんな状況になったのはそのライトブラッドのせいだとも思えてしまった。
自分だって好きでこんな身体になったわけではない。緊急時だとしても、ほっといてくれればよかったとも思った。こんな身体にされてしまうくらいなら、あのまま死んだ方がよかったのではと思う。とはいえ、自分が勝手に家を抜け出して危険なことに足を突っ込んだのだからこうなってしまったと思うと自分にも責任はある。
自分がおとなしく家にいれば、瀕死を追うことはなかった。そうすればあの青年も術を使うこともなく、自分身体が変化することもなく、あの青年が殺されることなんてなかった。
これから自分はどうなってしまうのかという恐怖がある。
シャドウの跡継ぎになれないのだから、最悪始末される可能性もある。
ディルオーネの子だとは言え、化け物になってしまったら価値などない。
これから起きることは覚悟をせねばならないとユトは思った。
ある日、ディルオーネはユトの部屋を訪れた。
「この混血を治す方法はないのか」
ディルオーネはそう言っていた。
何やら黒いローブに頭まで真っ黒なマスクをかぶり、けして表情の見えない、正体がなんなのかわからない怪しげな人間を連れてきたのだ。
裏社会で活躍するシャドウお抱えの研究員だ。
表では研究できない、人体実験など非道な実験をする役目をしている存在だ。
「ふむ。異種族の血が混じったと。それは興味深い」
自分はこの怪しげな男に何をされるかわからない、とユトは体がこわばった。
しかし、父親に無理やり腕を掴まれ、袖をめくられる。
研究員はユトの腕をナイフで切りつけ、その血を試験管のようなものに入れて血を採取した
「この血液を研究すれば。何かがわかるのではないかと。私としても、こんな珍しい血の色、研究のしがいがある」
どこか笑みを浮かべているような声で、研究員はいいものが得られた、と上機嫌だった。
「せめてこの血が何かに使えるといいのですが。私も楽しみです」
研究員は貴重な資料が入手できたと満足するように、そのまま父と部屋を去って行った。
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