第15話 ディルオーネの企み
ユトはロネを連れて、とにかく走って走り、女性の後を追った。
女性は路地裏へと入り、ユト達もそれを追いかけて、路地裏に逃げ込んだ。
「ここまでくれば大丈夫だと思います」
三人は全速力で走って息を切らしながら、ようやく落ち着くことができた。
「あ、ありがとうございます」
二人を保護した女性はようやくフードを取った。
緑髪でいかにも大人の女性という感じの人で、黒縁眼鏡をしていた。
「よかった。あなたを見つけることができて」
女性はまるで、ユトを知っているかのような口ぶりだ。
「あの、あなたは……」
なぜユトを見つけることができてよかったというのか、この女性はいったい何者なのだろう。
「その剣の鞘の紋章に赤い三つの宝石、それはミグレ様のものでしょう。あなたがミグレ様の傍にいたユトさんという方ではないでしょうか? ミグレ様からの手紙であなたのことを読んだことがあります」
「あ、これ……」
ミグレという名前が出てきてさらにとユトの名前。
女性はこの剣で勘づくことができたのだ。
「私はミグレ様の弟子の、ルキルと申します」
「ルキル……さん?」
ミグレには隠居する前に先の生活の為に家を確保したりするのに、しばらくある町で過ごしていたという。
そこでその町に住んでいた頃に弟子がいたとユトは聞いたことがあった。
弟子と言っても人に好かれるミグレの人格を気に入り、一方的に自分を慕っていた幼い子供だったと聞いていた。元兵士だったミグレにとてもなついていたそうだ。
それはまだ小さい子供だったとのことで、ミグレはかつて住んでいた町を出る際にその幼い子供が自分と別れるのが嫌だと泣きわめいていたそうだ。
それがこのルキルという女性なのだろう。ミグレが町を去ってから長い時間が経過したことで成長し、大人になっていたというわけだ。
そうだったので、ミグレと関係のある者であるユトを見て、あの現場から逃げるところを保護したというわけだ。
「ミグレ様の弟子? なんでここで俺達を助けてくれたんですか?」
「それは私の家でお話ししましょう」
ルキルは路地裏から入れるという自分の家へと二人を案内した。
表の賑やかな雰囲気と違って、路地裏は静かだ。
ここならディルオーネからは見つからないかもしれない。
ルキルの案内した先に木造の家には裏口がついていた、そこから中へと入った。
「まずはお二人はお疲れでしょう。お茶をいれますね」
三人は全速力でここまで走ってきたのだ。
その疲労はこたえるものがあった。
しばらくすると、ルキルは台所のテーブルに三人分の茶を出した。
ロネとユトは椅子に座って茶をいただくことにした。
「助けてくださってありがとうございます」
ロネはお礼を言った。あやうくもう少しで連れていかれそうになったところへ、ユトがそこから連れ出し、ルキルが保護してくれたというわけだ。
ロネにとっては下手をすると命がかかっていた危機であったのだ。
「なぜ、俺達を助けてくれたんですか?」
「私はこの町では情報屋をやってるんです」
情報屋。それは人々の噂をかぎつけ、真理を確かめて世間の情報を集め、旅人に知らせるということだ。
その為にこの町の情報収集には詳しいのだろう。
しかし、なぜそんな者がユト達を助けたというのか。
「あの男、ディルオーネは最近この町に部下を連れてよく表れるんです。あの男についてはかつては裏で暗躍する家系ということでひっそり仕事をしていたと聞いていたのですが最近は表に出てきては権力者達にこびて何か企んでいる、という噂があるのです」
ルキルはこの町では何やら情報収集をしていて、その中でディルオーネについてよからぬ噂も立っていることを知ったのだ。
「なので、ディルオーネは近いうちに何をし出すかわからないといわれてる要注意人物でした。そのディルオーネがミグレ様の弟子であるあなたとそのお連れの方を狙うということは、ただごとではないと思いました」
ユトとロネはまさにディルオーネに狙われていた。それも物騒な理由で。
「すみません。私達の為にあなたを巻き込んだようで」
「いいえ。ミグレ様は連絡でおっしゃってました。ディルオーネという男が息子を捨て、その息子と共に暮らすことになっていたと。ミグレ様も詳しい話はおっしゃっていなかったのですが、あなたがその息子さんなのでしょう」
ミグレの通達によって、ルキルはユトのことを知っていたわけだ。
ディルオーネという男に捨てられた息子がいる、と。
ユトは事情を話すことにした。
「実は俺……なんであの人に捨てられたかというと……」
ユトは事情を話した。
森で死にかけたことにより、秘術でライトブラッドの血が混じってしまい、混血児になってしまったこと。それにより激怒したディルオーネは自分を追放したということ。
そこから逃げ出してきてミグレに出会ったということだ。
「それでミグレ様はあなたと保護したと。ライトブラッドの混血児になってしまい。通常の人間ではなくなってしまったわけですね」
ユトのことを混血児だと蔑むこともなく、ルキルは聞いていた。
「ではそちらのお嬢さんも何かわけありで?」
ロネは事情を話すことにした。
「実は私はかつて、ディルオーネに捕えられてロストルーゴという囚人の集まる場所へと閉じ込められていたんです。そこから逃げ出して、数年が経ち、ディルオーネが私を探していたというのです」
そしてロネは自分も人間とライトブラッドの混血児だということも、それにより父親が殺され、母と共に閉じ込められた場所で母を失ったことも話した。
事情を話し終えると、ルキルは納得したように、話をまとめた。
「なるほど。お二人は混血児で、それをディルオーネは汚らわしい存在だと、狙われていたということですね。ユトさんはそれが理由でディルオーネに恨まれ追放され、ロネさんはいつか復讐を企てるのではと処分しようとしたと」
ルキルはディルオーネと違い、二人を純粋な人間ではないと蔑むこともなく、最後までしったり聞いた。
「失礼ですが、あなたはライトブラッドを汚らわしいとは思わないのですか? 俺達、それでディルオーネにこんな目に遭わされてるのですが……」
「ミグレ様はおっしゃてました。この世界に生きる者は皆平等だと」
それはミグレがよくユトに言っていたことだ。
「ミグレ様自身も、かつて人間に苦しめられてきました。なのであの方は自ら罪をかぶって隠居した。世間から離れることで、そうやってひっそりと生きていたと。ですが、ミグレ様はきっと自分がそんな目に遭ったからこそ、人を非難したるすることは信条ではないと思っていたのでしょう」
ミグレの教えがあるからこそ、弟子であるルキルははライトブラッドの混血の二人を差別してはならないと思うのだろう。自分の師匠がそう言っていたことを守っているのだ。
「でも、なんで私達にディルオーネが何かを企んでいるかを教えてくれるんです? あいつはいったい何を企んでいるんですか?」
「あなた方の事情を聞いて納得しました。彼が何をしようとしてるのかを。ディルオーネはあながちあなた方と全く関係がないとはいえないことを企んでると思われます」
ルキルはそれを説明し始めた。
「ディルオーネはここ三年の間に、こそこそと何かで動いていたようです。息子、つまりユトさんのことで一度傾きかけた家柄を取り戻すかのように、数年かけて表との信頼を集めていたのでしょう。
そして、ルキルは一番重要である情報を告げた。
「その結果、私の考察はこの結論に至りました。『ディルオーネはライトブラッドを憎んでいて虐殺を企てている』と」
「!?」
ロネとユトはその言葉に驚きを隠せなかった。
ライトブラッド、まさに自分達の身体に流れる血の種族を殺すつもりでいるのだと。
「なんで、なんであいつがそんなことを考えて……!?」
シャドウことディルオーネは裏で暗躍する家系だ。
なぜ表の信頼を集めてまでそんなことをしようとするのか。
「これまでは一切動かなかったのに。なんでいきなり」
これまでのディルオーネは確かに異種族を悪という考えを持っていたが、それはあくまでも人間に害を及ぼす存在にだけだった。
裏で活躍する人間だからこそ、表には出ないようにこっそりと世界にいらないものを処分することを命じられる役割。
しかし、それはあくまでも表から命じられてそういった仕事が来た時だけだ。
なのに、なぜ自分達に関係ない他のライトブラッドの者達へまでそんなことをしようとするのか。
ディルオーネ家の仕事はあくまでも世間へ害をもたらす存在を始末することだけだったのに。
「ディルオーネはどうやら個人の感情でライトブラッドを恨んでいるようです。およそ三年ほど前から表で名前をあげるようになりました。三年前、なんらかの出来事があって変わってしまったのでしょう」
「個人の恨み……? 三年前……?」
ユトはあの出来事を思い出した。
自分がライトブラッドの混血になったことで家系が狂い、そして愛する妻が狂った末で自害したこと。
ユトが追い出されたのがちょうど三年前だ。
そしてユトの母であるラーナが自害したのもその辺りだろう。
「俺が追い出されたのが三年前……。その時から憎しみを抱いて……?」
三年前、と聞いてロネははっとした。
「三年前……私の父さんが殺された」
ロネの父がディルオーネに殺されたのが同じく三年前である。
ちょうどそれはユトが混血になり、ディルオーネの妻が死んだ時期だ。
その辺りからディルオーネはライトブラッドを恨むようになったのだろうか。
「ユトが混血になってユトの母さんが死んだのが三年前」
あの時のディルオーネは自分のもとを逃げ出してライトブラッドであるロネの母と結ばれていたことに怒り、レネオットを殺した。
そしてライトブラッドに怒りを持つようなことを言って、その種族である母のミリナとその子供のロネをあそこへ閉じ込めた。
「ディルオーネは家庭が荒れてしまったことになったことで、その憂さ晴らしに悪事を働くようになったということも考えられますね。ディルオーネ自身が息子と妻のことで憎しみと怒りで狂った、という可能性もあります」
跡取りとしていた自分の息子が混血になり、それが原因で家のプライドが傷つき、妻が狂ったあげく自害したことで。
その憂さ晴らしにいつかライトブラッドを滅ぼすと決めていたのだろう。
三年前という時期とディルオーネがとった行動から、ある一説が浮かんだ。
「まさか、あいつは自分の苛立ちで私の父さんを殺したというの?」
あの凶行に出た理由、そのもとになったのはそれが原因だったのかもしれない。
ちょうどユトがライトブラッドの混血になった頃と、ロネのところへディルオーネが来た時期が同じ。ディルオーネがあんなことをしたのも、それと繋がるのではと。
ユトが混血になってしまったから、その腹いせにまずは自分の部下であるレネオットを殺したのではないかと。
父親を失った原因を推測して、ロネのこわばる表情を見て、ユトはなんとも言えない気持ちになった。
悲しみによりロネはつう、と涙を流しながらユトの方を見た。
「ごめん……俺のせいだよね」
ユトにとっては自分が混血になってしまったことで、ディルオーネが狂うもととなり、それでロネの両親を死なせることになってしまったのでは、と思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「私の父さんが、なんで、なんであいつの自分勝手な理由なんかで……」
ロネはぼろぼろと涙を流し続けていた。
愛する両親が、ディルオーネが自分の気に入らないことがあったからと、まるで腹いせのようにやってきて酷い目に遭わされたのだと。
「やっぱり、お前の、お前のせいだ。なんでお前の父親の都合で私が……苦しい思いをしなくてはならなかったのだ……」
ユトへの怒りの言葉を口にするが、それは怒りというよりも悲しみの方が強かった。
今のロネはユトへの怒りの感情もあるが、それよりも両親を失うことになった理由で、もはや悲しみの方が強いのだろう。
「ロネ、ごめんね。俺のせいで、苦しい思いをさせて。こんなこと、謝っても許されることじゃないけど……」
「うっ……うっ……」
ユトの謝罪の言葉も聞こえないほどに、ロネは涙を流し続けて思考停止していた。
「ロネさん、とても苦しい想いをされたようですね。なんとお言葉をかけていいかわかりませんが……」
泣きじゃくるロネに、ルキルも黙り込んでいた。
無理もない、ロネにとっては大好きな両親を失う原因を知ったのだから。
ロネは手で涙をふき取り、徐々に感情を取り戻そうとしてこう言った。
「なんで……なんで今頃ディルオーネはライトブラッドを虐殺しようとしてるんです?」
ルキルが先ほど言った「ディルオーネはライトブラッドの虐殺を企てようとしている」の部分が気になった。
ロネにとっては両親を失ったことは変わらないが、せめてこれからあの者がやろうとしていることについてはなんだろうか、と知ってはおきたい。
「恐らく虐殺を兼ねて、資源を奪おうとしているのでしょう。ライトブラッド達を支配すれば、彼らが持つ財産や資源が奪える、と。そしてそれを表社会の地位の高いものへと献上すれば、ますます自分が優位になれると」
「憂さ晴らしも兼ねて、自分の為に利用か、あいつらしい」
自分の怒りによる腹いせだけでなく、そうして何かを支配することにより、ライトブラッドが持つ資源を奪い、それを表社会の地位の高いものへと献上すれば、優位になれるだろう。それはまさにディルオーネにとっては願ったり叶ったりだ。
「あいつが好きにして、それでますますあいつが悦に浸るようなこと、あってはならない」
ロネがディルオーネに対して怒りの感情を抱いているのは間違いない。
しかし、こんな考えもあった。
「あいつのやりたいことをさせると、また私のような辛い思いをする人が出てくるということだ。ライトブラッドにだって家族を持つ人もきっといる。ディルーネがその人たちを虐殺するとなれば、私のように悲しむ人が出てくる」
ロネの母であるミリナはあまり自分のことを語るタイプではなかったが、そのミリナにも生まれた場所があるからこそ、ロネの父と出会い、ロネ自身が生まれた。
ロネにとってライトブラッド達は先祖にもあたる。全く関係がない者達ではないのだ。
「あいつが、これ以上好き放題して他人を苦しませようとするなんて許せない。私は父さんと母さんの敵を討ちたい。でもそれにはまず私の先祖の人達だって救う必要がある。私が、私自身の手であいつを討ちたい!」
「ロネ……」
ロネはこれ以上、ディルオーネが好き放題するのは許せなかった。
それならば、きちんと自分の手で討ちたいと。
「俺も、手伝うよ」
怒りに震えるロネに、ユトはそう言った。
「なぜ、お前まで」
「ロネのご両親がそうなった責任は俺にもある。もとはといえば俺があんなことになったからあの人を狂わせた。だったらせめて、ロネのやりたいこと、手伝わせてほしい」
こんなことを言っても、ロネにとっては両親を失った事実は変わらない。
しかし、このまま何もしないよりは、何かをした方がいい。
「俺も、あの人とは決別したいから。どうせならロネの為にできることをしたい。俺のせいで、ロネを苦しめたから」
それがユトの考えだ。
「なんでルキルさんはその情報を教えてくれたんですか?」
そう聞かれると、ルキルは真剣な表情で言った。
「ミグレ様ならきっと、そういったことを喜ばないと思います。私には人の心の大事さをよく教えてくださいましたから。私はミグレ様の意思を継いで、この世界の争いごとを少しでもなくせたらいいと思っております。人を恨み、憎しみ、そうやって悲しみの連鎖がなくなればいいと思っています。ミグレ様の教えの通りです。ミグレ様はきっとそれはいけないことだと。ならばディルオーネがお二人の身体に流れる血の種族を殺したいと思っているのならば、そんな無駄な殺生は阻止したいのです」
師匠の想いを継ぎたいからこそ、けして争いをしてはならないと思っているのだ。
弟子だからこそ、師匠と同じく無駄な殺生はしたくない。
「ですが私はしょせん情報屋。戦力なんて持っていません。ルキル様の弟子として、私にできることは人々に情報を伝えるくらいです。誰かの為になるのならしたいのです。そこで、ミグレ様の弟子であるユトさんに会ってみたかったのです。そしてユトさんはあの男の息子、ロネさんは両親の敵として、あの男と因縁があります。それならあなた方とディルオーネを制止する方法について共に何かヒントになることが思いつかないかと」
その為にルキルの情報を二人に伝えたのだ。
今ここにいる三人で、何か方法が思いつかないかと。
「だったら、さっさと私達の手でディルオーネを討ちに行けばいいだけだ。あいつ一人が暴走するのならば、それを止めれば」
両親の仇なのだから、ロネは今すぐにでもあの男を殺してやりたいとすら思う気持ちでいっぱいだった。
「残念ながら、ここにいるユトさんとロネさんだけの力ではだめでしょう」
ルキルは口を挟んだ。
「ディルオーネがあなた方の手で止めようとして、裏世界で最高の地位にいるディルオーネを討つことにもしも失敗すれば犯人であるお二人は裏世界全体の敵になる。なおかつあなた方は混血。まっとうに勝負すればあなた方の正体が世間に知られる可能性がある。そうなればロネさんは脱獄の罪で即処刑でしょう。そして、ユトさんも恐らくただではいられません」
ここにいる二人だけで戦おうとすると、まずあの護衛にはかなわないかもしれない。
それだとディルオーネを確実に仕留めることなく失敗すれば捕まり、速攻処分されるだろう。
未熟な二人ではあの強靭なディルオーネにかなうとは思えない。
「なので、ディルオーネを説得するという形がいいでしょう。しかし、あの男がそれを受け入れるとは思えません。ですがお二人の力ではやはり失敗のリスクの方が大きいです」
ディルオーネの周囲には強い護衛がいる。
彼はは元々シャドウの家系としてかなりの強さだ。
「私は、ライトブランドがどこにいるか、見当がつくかもしれません」
ルキルはそう言った。
「本当ですか? どこにライトブランドが住んでるか、わかるんですか?」
「ライトブラッドの特徴は光る血を持つからこそ、人々のいない場所へ隠れ住んでいる。血が光るということをばれてはいけないのだから、暗い場所だと血の輝きが見えてしまう。なので明るい地域、それは太陽の光がより届く場所に住居をかまえてるのでは」
ルキルは続けた。
「しかしかといって紫外線の強い暑い場所だと隠れ住むには厳しい。そこは自給自足する為の作物が育たない、狩りをする動物もいない。資源が育たない、燃料も獲れない、人々が暮らしにくい。となると高い山で太陽の光がより近くに感じられる場所。ではあるけど住みやすい場所ですね」
そしてルキルはロネが身につけているペンダントを見た。
「ロネさんのペンダントを見せてください」
ミリナが最後にロネに贈った形見のペンダントだ。
ミリナは言っていた、これは自分の故郷で大人になった証としてもらえるものだと。
「これは……特殊な石ですね。もしかすると……」
ルキルはその表面を軽くこすった。そしてそれを机の上に乗せる。
「ここにロネさんの血をこすりつけてください」
「血を?」
ロネは机にあった針で指をつぷり、と刺した。
たらりと血が流れ、それを石にこすりつける。
「見てください」
ルキルは机に石を乗せ、傍にあった本で影を作り、光を遮断した。
「こ、これは……!」
その石はぼんやりと光を放っていた。
こするとそれは銀色に薄く光っていた。
まるでライトブラッド特有の血のような色だ。しかし鮮明な光ではなく、鈍い輝きだった。
「間違いありません。ロネさんのお母様がこれを持っていたということは、きっとその場所のものでしょう」
「この石はなぜ光るんですか?」
「これはその地方で採掘される石ですね」
ライトブラッドは光輝く血がばれないように明るい場所に住む。
この石はそんな場所でのみ採掘されるものだった。
「これは太陽の光を常に浴びて光を蓄えたといわれる、サンライトストーンつまり、太陽の輝きの石といわれるものです」
そして光る条件は「ライトブラッドの血が付着すると輝く」
大人になった証にもらえる。
ミリナは自分の故郷でそれは大人といえる年齢になったら貰えると言っていた。
この世界の成人は十五歳。つまり、ミリナがその際に授かったものだろう。
出血する痛みに耐えられる証としてあの地方で使われていたのかもしれない。
ロネは混血だ。
その為に光る血の成分は半分なので鮮明にではなくぼんやりと鈍く光るのだ。
「この石はここから出てきていると思われますね。古い文献に、石がここから採掘されたと」
ルキルは地図を取り出した。この大陸のものだ。
「ここに、ライトブラッドの集落があると考えられます」
日の光がより受けやすい場所、つまり南の方角にあるのだ。
「私の情報網で、光る血を持つ種族が隠れ住む集落があるということを情報を集めました。ロネさんのお母様の形見からして、この石のことで間違いないと思います」
「ここに、母さんの故郷が」
母の故郷となると、ロネの先祖たちがいる場所だ。
「ですが、ある時期から石は採掘されなくなりました。恐らくなんらかの理由でここから出入りすることができなくなっているのでしょう」
ディルオーネ裏世界でのつてを利用して、世界中のことを調べつくしていて、それを知っている可能性もある。
しかし、これまですぐに攻め込むことができなかったのは表からの信頼を得て、自分のやることを正当化する為に動く準備に時間がかかったからだろう。
表で名前が知られるようになった今、彼のやることは正当化され、ディルオーネが支配して資源を持ち出せば表に有利な地位を保てるかもしれないと。
「でも、それならなんでこれまで他の人間たちがライトブラッドの集落へ行ったことがなかったんだろう? ルキルさんに場所がわかる人がいるなら、とっくに誰かがそこへ行っていてもおかしくないのに」
ライトブラッドは隠れた集落に住んでいるとしても、これまでそれが外の世界で一般に知られることがなかったのが不思議である。
ルキルのように、ごく一部の情報屋しか知らないというのも不自然だ。
「そうですね……そこには人間が入りたくても、入ることができない普通の人間を拒む、何等かのものがあるとすれば、そうだとしたら。普通の人間はそこへは入れませんね」
「なんらかのもの?」
「例えば、外からの人間を拒む、結界のようなものがあるとしたら」
「結界?」
「魔法か何かで作られた特殊な結界のようなものがあれば、外から入ることはできません。ならば、自由に出入りできないのに、なぜロネさんのお母様のように中から外へ行けるものがいるのか。それは、ライトブラッドだけが自由に出入りできるというものがあるのではないでしょうか。例えばその種族にだけ入れる不思議な力があるとすれば」
「それじゃ私達がそこへ行ったとしても、拒まれて入ることができないのではないだろうか」
人間が入ることができない、ライトブラッドだけが入れる場所。ならばどちらにせよ自分達では行き来できないのではないかと。
二人はそれを考えた。どうせ自分達が行ってもそれでは何もできない。
そこで、ユトは先ほどのロネのペンダントを見つめた。
血に反応して、光るその装飾品。
「ん? 血……?」
ユトは何か閃いたのか、顔を上げた。
「人間はけして入ることができない。ならば、半分ライトブラッドの血が流れている俺達だったらどうなる?」
ユトは続けて言った。
「俺達は半分はライトブラッドのようなものだ。その種族が自由に出入りできて人間が入れないっていうんなら、半分はその血が流れる俺達ならもしかして、いけるんじゃないか?」
ロネとルキルは顔を見合わせた。
「確かに! 私達は普通の人間ではない。ならばそこを潜り抜けられるかもしれない」
もしもその方法が使えるというのなら、その場所へ行くことができるかもしれない。
そこで、ライトブラッドの者達に避難を呼びかけるか何かをして、ディルオーネのやろうとしていることを防げるかもしれないのだ。
「もしも、それができるのならば、あの男の思い通りなことは未然に防げる」
ロネはディルオーネが虐殺を企てているという方法からなんとかその斬撃を起こさずにすむのでは、と思った。
「俺達は半分、ライトブラッドの血が流れているから、人間ではなくその結界を通り抜けられる可能性があると」
「なるほど。普通の人間ができないことならば、お二人の混血の身体で、ですか。それならば実際にそこへ行って、ディルオーネのやろうとしていることを防げるかもしれません」
ルキルもその案をいい方法だと同意した。
「ダメもとでそこへ行ってみるべきだ。可能性はわずかにでもあるんならそれにかけたい!」
ライトブラッドの集落に、人間はけして入れない。しかし二人には可能性がある。
ならばうまくいけばそこへ行き、ライトブラッド達の協力を得てそこにいる者達に避難を呼びかけるなど、ディルオーネの思い通りの虐殺を防げるかもしれない。
混血であるロネとユトは人間からの信頼を得ることはできない。
しかし、ロネの母親が住んでいた場所となると、ロネはあながち全く関係のない人物ではないのだ。何か、できる可能性はある。
もともとはディルオーネの気を引く為にユトを探していた。憎き男の息子だからだ。
そして、これまでは人間の未開の地だった山を狙っている。
「私達が行かなくては。あの男のやりたかったことを阻止して、あいつに悔しい思いをさせたい」
ロネにとってはそれがあの男を一番悔しがらせる方法だと思った。
力でかなわないのならば、せめてやろうとしていることは阻止すべきだと。
「あの人のことだ。何か作戦を企てているかもしれない。けれど、もしもディルオーネが本気ならば、俺達の魔法で戦うことができるかも」
ライトブラッドの攻撃は同族には効かない。
そしてロネの母ができなかったように、ライトブラッドの魔法も人間には効かない。
しかし二人には半分ずつの血が混じっているから人間にも対抗できる力があるかもしれない。
「では、まずはその集落へ向かい、お二人がもしもその場所に行けたならば、その中にいる誰かにディルオーネの危機を伝える必要があります。避難するかどうかライトブラッドの意見を聞くべきです」
ルキルは話をまとめた。今から動き出せば、斬撃は未然に防げるのではと。
「よし、そこへ行こう! 俺達があの人の野望を潰すんだ」
「ああ。私達でできることをしよう!」
ユトとロネは可能性が見えたことでやる気になった。
ディルオーネの野望を知っても、それを潰すことができるのかもしれないと。
「私もお二人の計画に何かできることがあるなら支援させてください。きっとミグナ様もそれを望んでおられます。できるだけ私も支援します」
こうして計画が決まった。そうとなれば、時間が惜しい。一分一秒も。
有言実行で作戦を速やかに行動に移すべく、三人は計画を立てると、夜に寝ることにした。
話が決まったばかりだが、すぐに動き出さねばならないからだ。
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