ユトと父
第14話 ユトは衝撃を受ける
ユトは目を見開いた。
「久しぶりだな。わが愚かな息子よ」
見間違えるはずもない。背の高い男。青い髪に特徴的な紫の瞳。
まさにあのディルオーネ本人だった。二人にとっては数年ぶりに見る、因縁の相手。
数年ぶりの親子の再会がまさかのこんな形になるとは、ユトは思ってもいなかった。
「ディルオーネ!」
ロネにとっては探していた人物であり、両親の敵だと、怒りでいっぱいだった。
「お前がレネオットの娘か。ロネとかいったな。綺麗な女になったな。それならばきっとあそこの者に可愛がられる。ロストルーゴに戻ったらどうだ?」
ディルオーネはにやにやとした表情でそう言った。
その言い方から感じられるのは、ロネにとっては母と同じ目に遭わせられるということかもしれない。それをわかりながら言っているような口ぶりだ。
閉じ込められ、女だからと好きなように扱われる。それは屈辱だ。
「父さんを殺して、私と母さんをあんなところへ閉じ込めて……。母さんがどんなに苦しい目に遭ったか! お前らなんかに……好きにされてたまるか!」
両親を奪っただけでなく、まるで嘲笑するようなディルオーネの態度にロネは腹を立てた。
「ロネ、ここは我慢するんだ!」
ユトはそれを制止した。
今ここでディルオーネに刃向かえば、何をされるかわからない。まずはこの場をやり過ごさねばならない。
「愚かな息子が。売りさばいたというのに、逃げ出していたとはな。とことんお前は恥さらしだよ」
ユトにとっては売られたくなんてなかった、この父親は自分を追い出したのだから。
「お前は行く先々で一生可愛がられて生きるはずだった。なのに逃げたとは、面汚しだ」
実の息子を蔑み、そして再びディルオーネはロネの方へと目を向けた。
「その娘はお前と同じようにライトブラッドの血が流れているのだ。その娘を探していたよ。いつか私を討ちに来るのではないかとな。その娘は私を憎んでいそうだからな」
ディルオーネは過去に自分がロネの目の前で何をしたのかを覚えている。
それでロネが自分を両親の仇と討ちに来るのではと想定してそちらから探していたのだ。
それも、ただ探すのではなく、自分の思う通りの処分をしようとして。
「お前と同じ混血ならばいっそ実験台にしてもいい。ただ殺すのではなく、その血にはどんな成分があるのか」
ディルオーネはまるで実験動物のように扱うかのような発言をした。
この男だとやりかねない。かつてユトの生命を救ったライトブラッドの青年を拷問した末に命を奪ったのだ。
「なんで混血を馬鹿にするんだ! 大体私の父さんを殺す必要なんてなかっただろう!」
ロネは怒りに満ちた表情で怒鳴りつけた。もう感情が抑えられない。
「あの男は私のもとから逃げ出しただけでなく、ライトブラッドの女と関係を持ったのだ。ならばあれがふさわしい罰だろう」
「ライトブラッドが何をしたというのだ!」
まるでその種族を差別するような発言にロネは苛ついた。
「ライトブラッドなど、この世にいてはならない。この勇者の血族であるディルオーネ家の息子を化物にしたのだ。忌々しきライトブラッドの血族など、滅ぼす必要がある」
「何を言うんですか……自分から捨てたくせに!」
自分から捨てておいて、なぜまるで自分の息子をそうしたとことでロネの両親を奪う必要があるのだ。なぜそんな言い方をするのか。
それは単なる自分がライトブラッドという存在により、気に食わないことがあったからそれに理由を付けてそれをしようとしているのではとも受け取れる。
「理由を付けて人を陥れようとするなんて、ロネの両親は関係なかったはずです。なのにまだそんなことを言うなんて。母上は、母上はこんなことを望んでいるのですか?」
あの母親がディルオーネがこうして自分が気に入らない者に酷い目に遭わせるというようなことを望んでいるというのだろうか。
しかし、ディルオーネは衝撃的な事実を告げた。
「ラーナは死んだよ」
「え……」
それを聞いた瞬間、ユトは思考が動きが止まった。そのくらいに衝撃を受けたのだ。
あの母が死んだ? というのを受け止めれられないのだ。
「母上が……死んだ?」
あの母はユトが混血になったことで狂ったように叫んでいた。
あの母が狂ってしまう原因になってしまったからこそ、原因となったユトの存在は居場所も失い、遠くへ売られたというのに。
自分があの家を追い出され、売り飛ばされることになったのは母の為だとも言っていたのに、と。
「どういうことです? 母上はなんで亡くなったんですか?」
それを聞くと、ディルオーネは憎しみと悲しみの表情を浮かべた。
「お前が混血になって、我が家が傾きかけたことでラーナは心を病んだ」
それはユトもあの家にいた頃に見た。
母は狂ったように叫び、自分の精神を保てなくなるほどだった。
「ラーナの為にとお前を売り飛ばしたのだが、その後もラーナの心は自制を失っていた。自分の息子が変貌したこそ、それによって我が家の名誉が汚れるということに、妻として精神を保てなかったのだ」
母はそのくらいに狂っていたのだ。自分の産んだ息子が変貌したことにより。
「そして、ラーナはその結果、自害したのだ」
自分の子が化け物になり、表からの信頼をなくし、家が廃れることに恐怖を抱いたのだろう。自分が生んだ者のせいで、この家を失う。
「自分が嫁いだのはこの家の由緒正しき血を受け継がせる為だったというのに、その子供が化け物になり、自分にも責任があると感じていた。躾が悪かったために、子供を一人であんな場所に行かせてしまったと。それは自分自身に責任があって、跡継ぎだったものももういないとなれば、自分の生きる意味などないと思ったからだだろうな」
ディルオーネは自身の妻を失ったことを振り返った。
「ラーナは最後、もう誰の声も聞こえない状態になっていた。何を言われても反応すらしなかったよ。ある朝、ラーナは護身用の短剣で自分の首をかき切ったのだ」
「そんな……」
ユトは想像した。母親が狂ったあげく、自分自身で命を絶ってしまうほどに追い詰められたということを。それはなんて恐ろしいことだろうか、と。
「血まみれでこときれていた妻の遺体を見た時の私の絶望がわかるか?」
「……」
ユトは何も言えなくなった。
きっと母のあの美しい髪や顔は血にまみれ、冷たくなっていたのだろう。
最後の母の表情はいったいどんなものだったのか。やはり絶望の末で悲しみに暮れた表情だったのか。
そんな母の姿をもしユト自身が直接見ていたら、それは耐えられなかっただろう。
ましてやその原因が自分にあるとなれば。
「棺に横たわる妻の遺体を見た時、私はどれだけ辛かったことか。あの息子のせいだ、と悔やんだよ。お前を売り飛ばせばラーナは落ち着くと思っていた。ところがそうまでしても、ラーナは元に戻ることはなかった。なぜ自ら死なねばならなかったのか」
ディルオーネは振り返ると、目の前のユトをきつく睨んだ。
「お前のせいなのだぞ。お前があの日言いつけを破ってあんな場所へ行ったせいで、お前はあんなことになった。そのせいでどれだけのものに迷惑をかけたと思っている? お前のせいで、我が家は廃れるところだった、お前の母親もお前が死なせたも同然だ」
「俺のせいで……母上が死んだ……?」
ユト自身はけして母と仲が良かったわけではない。あの母は通常の親子のように愛情が溢れていた感じではなかった。
ディルオーネがライトブラッドにあんな感情を抱くのは。妻を失った悲しみがここまで変貌させてしまったのかもしれない。
自分の子がライトブラッドとの混血になったせいで、そんなことになったと。
自分の息子を混血にした為に、名誉が汚れること、妻を失ったこと、跡取りをなくす羽目になったこと。
「俺は……。俺は……」
ユトだって好きでこうなったわけではない。ユトを助けたあのライトブラッドの青年だって、自分を助ける為にやむなくあの秘術を使ったまでだ。
それだというのに、理不尽に殺され、助けられたはずの息子をこんな扱いにした。
そして妻を失ったのを息子のせいだというのだ。
「わかっただろう。ならその娘を差し出せ。なんならこの場でお前を私の手で処分してもいい」
「やめろっ!」
ディルオーネの部下達がロネに掴みかかった。
「離せ!」
ロネは抵抗して、身をよじる。
「抵抗するな!」
部下達が三人がかりでロネを抑え込もうとした。
「何するんだ! ロネに触るな!」
ユトはロネを連れてここから逃げなくてはならないと思った。
それには乱暴にはなるがまずは手下を片づける必要がある。
ユトは腰に携えた剣を引き抜こうとした、その時だ。
ディルオーネの手下が二人に迫ってきたその瞬間だった。
パアン!
突然何かが破裂したような音が響き、地面から火花のようなものがあがった。
「なんだこれは!」
ディルオーネがそう叫ぶと、途端に足元から煙が立ち上がった。
ロネを抑えようとしていた手下が混乱により手を離す。
それはもくもくと広がり、その間に隙ができた。
「今のうちに逃げよう!」
ユトはロネの手を引っ張って、急いで走った。
「待て、逃がすな!」
手下たちに追いつかれないように、全速力で走った。
「どこへ行くのだ?」
「とにかくあの場所から離れるんだ!」
ユトは曲がり角を曲がり、なんとかディルオーネ達の視界からは消えることができた。
逃げるといってもどこへ逃げればいいのか。
このまま町の外へ走るべきか。
この町にいる以上、あの者達が追いかけてくるだろう。
ディルオーネ達のいた場所からはとにかく全速力で走った。
「くそう、どこに逃げれば……」
ユトがどこへ行くべきか迷っていた時だ。
「こちらです!」
女性の声だった。二人の目の前にフードをかぶった女性が走ってきた。
「私についてきてください!」
そういうと、女性は走り出した。
この女性が何者かはわからないが、とにかく今はわらにもすがる思いだ。
「行こう!」
信用してもいいのか、というのはわからないが、とにかく今はどこへでも逃げられればいい。
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