ロネとユト
第13話 ロネ、窮地に陥る
「……と、これが俺の話かな」
流れでユトの話を最後まで聞いていたロネは、どういえばいいのかわからない感情に包まれた。
この男も自分と同じように苦労をしていたのだと。
雨の勢いが収まり、雨粒は小さなしずくになってきた。
先ほどまでの大雨ではなく、小雨に変わり、雨音も静かなものになっていた。
ユトがロネと同じ混血でありながら、正義感を捨てなかったのはそのためだったと知った。
ロネと違ったのはそこだった。
ロネは自分の親を失った悲しみを怒りという感情にかえ、それをいつか復讐してやろうと生きて来た。
ユトは逆だった。
生まれた頃から勝手に道具扱いし、必要なくなったらゴミのように捨てた家族を憎んでいたが、その後に恩人に出会うことができ、そして人を憎むのではなく、人を愛することを学ぼうと思った。
愛されなかった自分のような存在がいるからこそ、自分自身が人を憎んではいけない。自分が人へ刃を向けてしまうようでは、自分を助けてくれた者達の気持ちを無駄にすることになる。
一連のことを話し終えると、ユトは揺れる焚火を見つめながら真剣な表情で言った。
「俺は決してこの世界を憎まないことにした。こうやって差別や偏見で傷つく人々がいるのなら、俺がそうじゃない世界を創ろうって決めたんだ」
ユトの過去を黙って聞いていたロネは、その考え方は自分とは違うと思った。
自分に酷い仕打ちをされたというのに、逆に世界を憎まないことにした、その考え方はロネとは違う。
ロネには両親亡き後、自分に寄り添ってもらえる人物がおらず、人の優しさを教えてくれる存在がなかったかもしれない。
「お前の話を聞いたとしても、私はお前が嫌いなことは変わらない。あの男の子供なのだからな」
この世界、ディルオーネを恨みながら一人ずっと生きていた。
あの男に復讐することが、自分にやるべきことだと。
「こんなこと言ったって、君の考えが変わらないのは仕方ないさ。俺の父親がそれだけ君に酷いことをしたんだからさ」
ユト自身もその父親に傷つけられたという部分もあるからだろうか。
あの男はそれだけのことを他人にもしてしまうと知ったからかもしれない。
時間が経ち、衣服も乾いたことで、二人は木陰から出た。
空は雲の隙間から日差しがさし、これで天気は大丈夫だろう。
ロネはこれからどうしようかと迷った。
ここでディルオーネの息子であるユトと別れてしまえば、あの男への手がかりを逃すことになってしまうかもしれない。
しかし、どうすればいいのかと、すぐには思いつかない。
「ねえ近くの町まで一緒に行こうよ」
ロネが迷っていると、そこへユトが先に声をかけた。
「女の子一人でここから町に行くなんて危険だよ。せめて着替えだけでも買いに行こう」
この男といれば、ディルオーネに仕返しをする方法が思いつくかもしれない、とは思った。
もう少し情報を得る為には、自分が気に入らないとしても何か思いつくかもしれないと。
「ふん……。町までならな。私はお前のことが気に入ったわけではない」
あくまでもこれはユトを護衛にする為、と割り切ることにした。
町へ行くまでの間、二人は何も話さなかった。
ロネにとっては憎き男の息子ということもあり、利用しようとしていただけであり、仲良くしたいと思っている相手ではないからだ。
話を聞いたからといって心を開いたわけではない。
そう思いながら二人で足を進めた。
森を抜けると、そこには町があった。
そこそこの大きな町なのか、人々の活気が賑やかだった。
行商も盛んなのか、人も店もたくさんある。
ここならば服も旅の必需品も揃えられるだろう。
「じゃあ俺、あっちで買い物してくるから」
そう言って去っていったユトと別れ、ロネは一人で行動することにした。
このままユトとは別れていいのかと思った。
あの者を人質にするといっても、ディルオーネの息子があんな温厚な性格と知ってしまった今は何かがやるせない。
「これからどうすればいい?」
ディルオーネの息子を人質にとることでディルオーネの気を引こうとしていたが、肝心の息子は嫌がる様子もない。
むしろディルオーネが息子を捨てたというのならば、すでに自分の子ではなく忌々しい存在となったユトを痛めつけたところで、何もないだろう。
「もうしばらく、あいつの様子をうかがってみるか」
ロネはとりあえず、自分の買い物をする為に、店へと向かった。
ロネが通りを歩いている時、そこへ「おい、そこのお前」と荒っぽい声がした。
ロネの前に、三人の男が立ちはだかった。
それは女を茶に誘う、といった温厚なものでなく、どこかロネを見て厳しい視線を向けている。
三人とも皮の鎧を身に着けていた。腰に剣を携えていることから戦闘能力があると見える。
(こいつらに関わると面倒なことになりそうだ)
ロネは無視をすることにして歩く方角を変えて男達から離れようとしていた。
「おい、待てよ」
立ち去ろうとしてるロネの肩を男の一人が乱暴に掴んだ。
「お前。顔を見せろ」
顔を隠しているのには理由があるのに、そこへつっかかってくる。下手をするとロネが混血だという正体がばれてしまうかもしれないというリスクがある。
「嫌だ。そんな必要はないだろう」
ロネは面倒ごとは避けようと思い、あえて強気な態度で否定することにした。
こういう時は弱みを見せると相手がつけあがることを知っているからだ。
しかし、男達はひく気もなく、それどころかにやにやと笑っていた。
「顔を隠して、歩く女……。何か人に見られたくない事情でもあるのか? わずかに見えているお前の髪と目の色、もしかしてお前はライトブラットとかいう、しかも純血じゃなくて、まさか人間との混血……だったりしてな」
「!」
まさにロネが顔を隠している理由を、ずばり言い当てられたのだ。
「答える義理などない!」
種族を当てられ、すぐにでもロネはこの者達から離れねばならない、と逃げようとした。
しかし、その場から走り出そうとした時、二人の男がロネの進路を塞ぐ。
「どけ! 私はお前らの言うことなど知らない!」
安っぽい装備であるが、体格はやはり成人男性だ。
ロネが二人を避けようとすると、肩を掴まれていてはその力にはかなわない。
「最近、あるお方からライトブラッドの混血の女がここらをうろついてると聞いてな。そいつは数年前にロストルーゴから逃げ出したロネとかいう子供でな。確か、レネオットという娘の」
「……!!」
なぜ自分の名前を知られているのか。そしてなぜ父の名前まで知っているのか。
自分がロストルーゴという場所から逃げ出してきたということを知ってるということは。まさかあの場所からの追手ではないのか。
なぜ数年前の脱走犯を今頃になって探しているというのか。
いかなる理由にしても、ロネが危機に陥ってることは間違いない。
「知らないな。人違いだ」
ロネは逃げねばならない、と思った。
しかしここでライトブラッド特有の魔法を使ってしまえば、正体がばれて特定される、ここから逃れる為にはそれは避けたいことだった。
力づくで逃げるしかない、そう思い、肩を振りほどこうとするが、その力は頑丈だった。
そんなロネの気持ちも考えず、男は続けた。
「お前を探している方がいてな。その方はお前がいつか自分を恨んで仇を討ちに来るのではないかと。そうなる前に殺すか再び閉じ込めろという命令があった」
誰かが自分を始末しろという命令を下したというのか。
それでこの三人が自分を探しに来たということなのだろう。
それでは自分の命が危ないとロネは焦りを感じた。
「ロストルーゴにいたはずの子供がいなくなった。あそこでは死ぬ者もたくさんいるから人が消えたところでいちいち気にも留めないのだがな。しかし、ライトブラッドという混血の、あの魔法を使っていた子供がいなくなったということを知り、もしも死んだのではなく逃げたのならば我らの慕う方がそいつがいつか自分を殺しに来るかもしれないから連れ戻すか始末しろ、とずっと探していたのだよ」
このままおとなしくしていればロネは自分が窮地に陥ってるのだと感づいた。
殺されないとしても、きっとあの荒れ果てたロストルーゴに連れ戻されると何をされるかわからない。母のように、男共の性欲処理にされる末路が待ち受けているかもしれない。
「私はあそこへは戻らない! せっかく自由になれたのに、なぜ連れ戻されなければならないのだ」
「お前が生きていることが脅威だからなんだと。ただでさえ混血の娘など、不気味なものでしかないってな。それに、お前の持つ力はいつか何をしだすかわからないからお前のような娘はいてはならんのだとよ」
ロネの持つ光魔法のことだろう。しかし、ロネはけしてあの力は無関係の者には使わないことにしていた。自分に危害を与えようとしている者に自己防衛に使うだけだ。
恐らく、何かロネに関係あることをした人物がそれを疑っているのだろう。
「くそっ!」
この場では仕方ない、自分の身を守る為だ、と自分に言い聞かせてロネはまさにこの男達が言う力である魔力を練り上げた、そして発動させようとした時だった。
「ロネ!」
男達の後ろに強く声をあげた少年がいた。ユトだった。
その表情は男たちに飛びかからんとしている怒りに満ちていた
ロネがなかなか戻ってこないことが気になり、見に来たのだ。
ロネにとっては今、ユトがこの状況から自分を救ってくれる者にも見えた。
「何をしている! お前ら、ロネに触るな! すぐに離れろ!」
ユトは男達にロネを解放しろ、と言い放った。
「その子が嫌がってるだろ!」
「この娘は見つけ次第、抵抗すればその場で殺すことも許可を得てる。大人しくこの娘を差し出せ」
「ダメだ! お前らなんかにロネは渡さない! ロネがお前らに何をしたっていうんだ!」
「その者がいつか復讐を際立てようとするかもしれないからだ」
「復讐だって? 誰がそんなことを」
ユトがそう言ったところに、後ろから声がした。
「相変わらず、下手な正義感を持っているものだな」
重圧な声が響いた。それはまるで何かを企んでいる男の声だ。
恐らくこの男達を雇った者だろう男がこちらに歩いて来た。
その姿は、ロネとユト、二人にとって忘れられるはずもない人物だった。
「ディルオーネ……!」
紫の瞳、ユトと同じ特徴を持つその男は二人を見下すように笑みを浮かべていた。
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