第12話 ユトのささやかな幸せ

 ミグレと暮らし始めて数か月、ユトはここに来てから日々色々なことをやってみた。



「ミグレ様、今日の洗濯物が終わりました」

「うむ、ご苦労じゃ。どうじゃ? 茶でも飲まぬか?」

 ユトにはこの平穏な日々が幸せだった。

 違うのはあの屋敷では父親であるディルオーネの言いつけからなのか家族も使用人たちも自分のことを道具かのように冷たい目線で見ていたが、ミグレはその逆で、ユトを温かい目で見守ってくれることだ。

 後継の道具でもなく、奴隷でもなく、ユトを一人の人間として大切にしてくれる。


 ここに来てからも、ユトは日々の鍛錬を怠らなかった。

 奴隷にされた時は武器等を持たせてもらえなかった。奴隷が攻撃手段を得て、主に逆らうといったことが考えられる為、けして武器に触らせなかった。

 ユトは元々剣の腕を鍛えられており、ここに来て再び自主鍛錬を始めたのだ。

ユトは剣技は才能がある、父親に厳しく育てられたのだ。

「お前はなかなか太刀筋がいいのう」

 ユトが毎日欠かさず鍛錬をする姿を見て、ミグレはいつも感心していた。

「厳しく育てられてきましたから」

「その力、きっといつか役に立つぞ。お主の日々の努力は間違いなく積み重なっていくじゃろう。お主はこれからももっと強くなれそうじゃ」

 ミグレはこうしてユトの力を認めてくれる。あの家族のように跡継ぎであればできて当然、むしろもっと力を上げろ、といった厳しいことも言わない。

あの屋敷で育てられた時のように厳しい目で見られるのではなく、日々成長していくことが嬉しくてたまらなかったからだ。そう思うと、ますます鍛錬に励もうという気持ちになる。

 ユトは剣を置いて、ミグレに気になったことを聞いてみた。

「ミグレ様は、どうしてこんな辺境の地にご隠居されてるのですか?」

「ほっほっほ。気になるかね?」

「あ、すみません、こんなこと聞かれるのは嫌ですよね」

 過去の辛い部分に触れられると普通は嫌な気持ちになるものだ。

「いいじゃろう、もう終わったことじゃ」

 ミグレは嫌そうな顔もせず、ユトに話し始めた。

「わしもな、若い頃はある都市で兵士をしていてな。どうしてもを助けたかった者がいたのじゃ」

 ミグレはかつてのことを思い出す。

「わしはある時、町で子供を助けた。金髪で美しい青い目、まるで人形のようで、可愛らしい少女じゃった。しかし、その子供はその美しい外形だったからこそ、親元から無理矢理連れ去られ、奴隷としてそこへ売られてきた子供じゃった。買い手もすでに決まっていて、もうすぐその先に身柄を渡されるとこじゃった」

 まるでユトと同じような子供の話だ。奴隷に売られてしまった哀れな子供。しかし子供としてはおとなしく売られてその先で一生奴隷にされるなんて嫌なものだ。ユトはその気持ちがよくわかる。

「わしはそんな事情を知ると、どうしてもその子供を助けてやりたかった。ただでさえ故郷から連れ去られ、誘拐された先で知らない他人のところへ売られるなんて耐えられなくての。どうしてもその子供を親元に返してやりたくて、その逃亡を手伝ったのじゃ」

 ミグレは自分がやったことについて、少し物悲しそうに話した。

「綺麗な外見により、高く売れるはずだった商品をかくまっただけでなく、逃亡の手伝いをした。買い手にどう説明するのだ、その大金をお前がかわりに支払えるのか、お前がやったことは罪人の逃亡を手伝ったことと同じだ、などと色々なことを言われたよ。兵士の仕事はやめざるをえず、わしはその街にいずらくなり、身分を奪われることになった」

 言い終わると、ミグレは再びユトを向いた。

「じゃから、わしはこうしてひっそりと暮らしているのじゃよ。自分に嫌なことがあったからと、そこから逃げたのだからある意味わしも逃亡した卑怯者といえるがな」

「そんな、ミグレ様は何も悪いことしてないじゃないですか。その子を助けたのだって、ミグレ様の優しさですし。攫われた子を親に返してあげたいなんて普通です」

「世の中どうにもならんこともある。自分がやりたくても、それを周囲が受け入れられることでもないこともある。世の中とはそうやって理不尽なこともあるのじゃよ」

 ミグレはユトをなだめるように言った。

「じゃから、その場から離れるというのもありじゃ。その子供もそうじゃったが、お主が自分を虐待していたその家から逃げ出したというのも、それは正解じゃったとわしは思うぞ」

 ミグレは過去に奴隷として売られてきた子供を助けた経験がある。

 だからユトを他人事だと思えなかったのだろう。その子供と境遇が似ていて、だからこそユトのことも助けたいと思ったのだ。

「ほっほっほ。じゃがそのおかげでわしはここでお前と会うことができた。これも運命じゃろうて」

 ミグレはここでユトと共に暮らせるようになって、楽しくなってきたのだ。ユトが本当に欲しかったものはこれだろう。

 ユトが育った家では、こうしてユトのことを一人の人間として扱ってくれるものはいなかった。

 皆に冷たくされ、寂しい想いをして育ち、両親ですら自分を認めてくれなかった。

 しかし、ミグレは自分を見てくれる。そして優しくしてくれる。これこそがユトにとって本当に欲しかったものだ。


「そうじゃ、それだけ剣の扱いがうまいお主になら、あれを授けてもいいじゃろう」

「あれ?」

「わしが若い頃に使っていた剣じゃ。お前ならきっと使いこなせる」

 ミグレはそう言うと、倉庫から青い鞘に収められた剣を持ってきた。

 青い鞘には何やら細かい紋章が刻まれていた。絵には三つの赤い宝石が埋め込まれている。普通の剣ではなく、特別な剣だ。

「いいのですか? そんなものをいただいて」

「わしはもう年老いたからどうせ武器など扱えぬ。それならば若いお前にこそ使ってもらえれば、この剣も喜ぶじゃろうて」

 ユトはミグレから武器を授かった。それは、とてもとても立派な宝物にも見えた。

「ありがとうございます! 大事にします!」

 ユトにとって、また一つ大事なものができたのだ。




 ある朝、目が覚めるとユトは身体がいつもと違うことを感じた。

 その身体に流れている血の為か、身体が僅かに光を発していたのだ。

 ユトは寝床から飛び出し、ミグレの元へ走った。

「ぬう。何か身体に異変が起きたようじゃな。どんな気分じゃ?」

 ユトの症状を見て、混乱に動揺するユトにそう尋ねた。

「何か、身体の奥から興奮を感じるのです。まるでいまにも中のものが飛び出しそうな。心臓がばくばくして、何か興奮するような気持ちがあって」

 ユトの鼓動は異常だった。ここに来て落ち着いた生活をしていたはずなのに、突然の謎の症状。

「ふむ。何か力が覚醒しそうという感じじゃな。外へ出よう」

 ミグレはユトを外に連れ出し、いつもトレーニングをする場所に立たせた。

 そこへミグレは牧を組み立て、小さな的のようなものを作った。


 ユトは自分に何か新しい力が発言しているのを感じているのかもしれない。

「ユト、その興奮した気持ちを声に出すように、ここへその念のようなものを放出してみい」

「ほう……しゅつ?」

「お主に魔法のようなものが覚醒するかもしれんということだ。わしも昔そういった症状を文献で見たことがある」

 いったいなにを吐き出すというのか。そんな能力、自分には生まれつきないのに。

 しかし、今はミグレの言うことを信じるしかない。物知りなミグレが言うのだから、それなら信用できるかもしれないと。

「ううーん……」

 ユトは身体中の血液がまるで沸騰するかのような感覚があった。何かが身体の中から出てきそうな、それを全身で出したいという気持ちだ」

 しばらくうなったのち、力を溜めたようなその感覚で、的の方へ手を突き出した。

「はあーーーっ!!」

 一瞬、ユトの身体の光がより鮮やかになり、そこから光の弾が放出され、それが勢いよく的へとぶつかり、その的は砕けた。

「な……んだ……これ」

 自分が今、何をしたというのか。身体を高ぶる気持ちを放出するような勢いで念じたら発射された謎の光の弾。

 光を放出すると、ユトの身体の光はだんだんと消えていった。

「ふむ、やはりな。これはライトブラッドの持つ光魔法というものじゃな」

 魔法、と聞いてユトは首を傾げた。

「ライトブラッドは特有の魔力を持つという。血の光のように、その光が弾という形になり、放出できる。それが彼らの生まれつきの能力じゃ」

 これまでの自分にそんな能力はなかった。それがなぜ突然出てきたのか。

「お主にライトブラッドの血が混じり、時間が経過して身体に馴染んだことでその能力が覚醒したようじゃの」

「覚醒……?」

 以前のユトは普通の人間だった。なので生まれつきそんな能力はなかった。

 しかしライトブラッドの血が混じったことにより、身体に変化が現れたのだ。

 強くなりたいと思うその意思に反応したかのように。

「じゃがこの力は通常はただの光じゃ。人間に放ったところで、これはただの光となり、物理のような効果は得られず、ただ通り抜けるだけじゃ。だがお前さんは半分人間の血が混じっとる。だからこそ、物理の力として発動するようじゃの」

 ミグレが淡々と説明した。自分の身体にはそんな能力が覚醒したのだと。

 そんな能力が覚醒してしまった自分は、まるで以前とは違う、人間になってしまったのでは、と恐ろしい気持ちになる。

「ユト、これは恐れることではないぞ」

 不安になるユトに、ミグレは優しく語りかけた。

「これは使えるぞ。鍛錬を重ね、この能力を使いこなせるようになれば、お主は新しい力を手に入れたことにより、きっと今後の役に立つ。これはそれだけお前が強くなれるということかもしれぬ」

 ユトの変化を怖がることもなく、ミグレは前向きにそう言ってくれた。

「ユトや。こう考えるのじゃ。人間にはないこの力を覚醒させたのじゃから、お主はある意味、混血になったからこそこの能力を得ることができた。あの青年からのプレゼントだったのかもしれん」

 混血になったことで自分は不幸になり、周囲を巻き込んだ。

 しかし、だからこそ生き延びてこうして新たな力も入手できた。意味のなかったことではない、これはユトにとってのまた新しい成長だとミグレは励ました。

「ミグレ様。俺、この能力を使いこなせるようになりたいです!」

 ミグレの言葉によって、ユトもまた前向きになれる気がした。

「そうじゃ。使いこなせればお前はもっと強くなれるぞ。それができるように、きちんと鍛錬することじゃ」

「はい!」

 新しい力が覚醒し、また一つ強くなった気がした




 そして二年後、ミグレは病に倒れた。

「ユト、すまんのう。わしの為に毎日こんなことをさせて」

 熱心な看病をしていても、ミグレの具合は悪くなるばかりだ。

 病状からして、高齢なこともあり、恐らく先はもう長くないだろう。

 この先の自分に必ず訪れるであろうことを予想して、ミグレはユトを慰めた。

「ミグレ様が死んでしまったら、僕は一人になってしまいます」

 絶望の淵にいた自分に救いの手を差し伸べ、家族となり、見守ってくれて居場所を作った者がいなくなるというのは恐怖だった。

 ミグレが死んでしまえば、この世で自分を受け入れてくれるものなどいない。

 また誰も味方がいない、恐怖の日々が始まるのだと。

 寝台で横になるミグレは日々日々痩せて言った。

 しかし、最期までユトを優しい目で見ていた。

「ユト、泣くでない。別れとは人生につきものじゃ。わしがいなくなっても、お前は一人で生きていける。あれだけの力があるのじゃから。」

「ですが、これでは僕はまた独りぼっちのあの時のように戻ってしまいます」

「大丈夫じゃ。わしはもう十分生きた。もう思い残すこともない。わしはこの数年間をお前と過ごせて幸せだったぞ」

 ミグレはそう言った。

「しかし残念なのは、お前が一人前をなるのを見届けることができなかったことじゃ」

 ミグレはそれが未練だと、少しだけ寂しかった。

「もしもこの先守りたいと思う者が現れれば大切にせい。お前はもっと世界を見てもいい。この世界が残酷なことばかりなのではなく、美しいところもあるというのを見てほしい」

 ミグレのその優しい言葉にユトは涙を流した。


 数日後、ミグレは息を引き取った。

 こうして自分を守ってくれた人を失った。

 ミグレの遺体を庭に埋葬した時、ユトはこれからどうしようかと考えた。

 このままここを隠れ家として生きていれば安全かもしれない。

 しかしミグレは自分に世界を見ろと言った。世の中みんなが憎いものばかりではないと知って欲しかったから。

 ミグレもかつては辛い想いをしていたからこそ、ユトの気持ちに共感し、ユトを本当の家族のように大事に見守ってくれていた。

 ミグレのおかげて人の温かさを知った。こんな自分をかばってくれる者がいた。

 世の中の人々は皆が嫌な者ばかりではない。こうして人の事を真剣に考えてくれる人もいる。

 ユトはかつて憎んだあのライトブラッドの青年の気持ちを考えた。

 あの時は自分の身体をこんなことにしたのだから助けないでほしいと思った。

 しかし、あの青年の気持ちを考えれば、あの青年もまた、なんとしてもユトを助けたいという気持ちが強かったのだろう。

 あのライトブラッドの青年も、瀕死状態の自分を救う為に、禁断の術を使い、自分の貴重な血を分けてまでユトの命を助けようとしてくれただけだ。

 憎くない、あの者は悪くない、むしろあの者の優しさだった。

 あのまま死に絶えるよりも、あの家から追い出されたことで、こうしてまた違う人生を歩むことにより、ミグレという素晴らしい人にも出会えた。

 ならばこの世界でもっといいことを探しに行こうと思った。


 そしてユトはミグレと過ごしたその場所から世界を見るために旅立った。

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