鈍き輝きの炎と太陽

雪幡蒼

第1話 鈍き輝きの混血の少女

 小鳥のさえずりが聞こえ、美しい木々に囲まれ、暖かい日差しが差し込む森があった。

 その奥で、彼女達は暮らしていた。

 森の近くにある川の傍で、女性が洗濯をしていた。

 銀髪で金色の瞳を持つ女性は若く美しい美貌だ。肌は普通の人間よりも真っ白だ。

「母さん」

「あらロネ、どうしたの?」

 そこへロネ、と呼ばれた子供がやってきた。

 母親と同じ銀色で金色の瞳、それは母が子供の頃と生き写しと思ってもおかしくないほどに似ていた。年は十一歳ほどの少女だ。

「こんな花を見つけたの」

 そう言って、ロネは母親に掌に持っている花を見せた。

 白い花びらは日の光沢でうっすらと虹色の色彩が見える。

 この地域では珍しい花だ。

「まあ、綺麗な花ね。どこで見つけたの?」

「あっちの方に生えてた。今の季節にしか咲かないのかな? なんていう花なんだろう?」

 豊かな森の中、その広大な自然で珍しいものを見つけると、ロネはこうして母親に見せに来るのだ。綺麗なものは、母に見せたい、と。

「この花、綺麗だね。あっちにたくさん生えてた。摘んで、父さんにプレゼントしたい」

「いいわね。きっとお父さんも喜んでくれるわ」

 母は優しい笑顔で、ロネにそう言った。

 そう言って笑い合う。どこにでもいる、平穏な母娘だ。

 ロネはその後、森でその花を摘むことに夢中になり、そのまま日は傾いて来た。

「ロネ、そろそろ帰りましょう」

 森に母が迎えに来た。

「わかった。早く帰ろう」

 母親に手を繋がれて、顔がそっくりな母娘は帰路につく。


 森の奥、小さな一軒家があった。

 木で作った質素な家だが、雨風は防げる。

 冬は隙間風が吹き、お世辞にも暖かく住み心地のいい家ではないが、それでも暮らせれば十分だ。

 木造で作られた簡易な家だが、そこにある一家が三人で暮らしていた。

 周囲には自然あふれ、川や食料にも恵まれ、自給自足にはぴったりだった。

 日用品は町に行けば買える。狩りで得たものや珍しい薬草を採取してそれを売る。そうして一家三人が生活していくには十分だった。

 母娘が家で洗濯物をしまっていると、玄関のドアが開いた。

「ただいま」

 買い出しに行っていた父親が大荷物を抱えて帰ってきた。

 ここから町までは片道約三時間ほどだ。三人はわけあって人里から離れた場所でひっそりと暮らしている。

「おかえりなさい。あなた」

 大荷物を抱えた父親は、どっこいせ、と荷物を床に降ろすと、長距離移動で歩いて来た身体を休める為に、椅子に座った。

「父さん、珍しい花が咲いてたよ。ブーケを作ったのを作ったの」

 そこへ、ロネは昼間に積んできた花で作ったブーケを父に渡した。

「これをロネが作ったのかい?」

「うん、父さんにも見せたくて」

 父親はそれを受け取ると、花を見つめた。

「へえ、珍しい花だね。虹色に見えるなんて、なんて花なんだろうね」

「珍しい花みたい。父さんにどうしても見て欲しくて」

「ありがとうロネ。これは花瓶に飾っておこう」

 父と娘の微笑ましい様子を見ていて、母親も穏やかな気持ちになる。

「さあ、ご飯にしましょう。まっててね、今日はお父さんが買ってきた材料でシチューを作るから」

「わーい。母さんのシチュー、大好き」

 木造で作られた簡易な家だが、そこにある一家が三人で暮らしていた。

 母はミリナ。父親はレオネットという。そして二人の娘のロネ。

 父と母、そして娘、どこにでもいる平凡な一家だ。ある秘密を覗いては。


 ミリナは台所でシチューに入れる食材を包丁で切っていた。

 ニンジンと玉ねぎを切り、ジャガイモの皮をむこうとした時だ。

「いたっ」

 ミリナは一瞬、苦痛の表情を浮かべながらそう言った。

「どうしたの?」

 母の声が心配になったロネはミリナの傍に来た。

「ちょっと切っちゃったみたい」

 ミリナはジャガイモの皮をむく際に包丁の刃の部分を滑らせてしまい、それが指を切ったのだ。

 そして、その指についた切り傷から、キラキラとした銀色の液体が流れていた。

 母の指から流れる液の色を見つめて、ロネは呟いた。

「母さんの血の色、綺麗」

 銀色に流れるその血は、まるで銀の装飾品を液体にしたかのように輝いていた。

 人間に流れる血液は本来は赤黒く、汚らしいものだ。

 しかしミリナの血液はまるで輝きを放つ雫のようだ。

 赤色ではなく、まるで聖水のように銀色に輝いている。

 ミリナの銀色に輝く血液。これがこの家族の秘密だ。

 

 ライトブラッド。この世界における希少民族で、その血は銀色に輝くこと。

 その血液による成分は、かつての神からの加護を受けていると言われている。

 その特徴に、ライトブラッドは銀色に輝く、光の魔法を使うことができる。

 ミリナの外見は銀色の血が流れているからこそ、肌が光るように真っ白なのだ。

 ロネは残念ながら混血なので半分だ。肌の色は普通の人間である父と同じだ。

 ライトブラッドは人間からは嫌われている。

 その銀色に輝く光る血には、人々を光で消滅させるという魔法を持つ成分があると言われていた。ライトブラッドこそ人間の敵だ、といわれている。

 そういった理由から本来、ライトブラッドは人々の住処とは離れた場所に隠れ住んでいるのだが、ミリナは人間が暮らす外にいる。

 ミリナは好奇心で里から外に出ていたレネオットと出会い、恋に落ちた。

 異種族と人間が結ばれるという、禁断の恋だ。ミリナの存在がばれれば、きっと良い物ではないだろう。下手をすると、ライトブラッドということが理由で捕らえられる可能性もある。

 なのでこうして人里離れた場所で、隠れてこっそり生活をするしかなかった。

 そして、その二人の間にロネは生まれた。

 しかし、ロネはこのことを不満に思ったことはない。

 基本的に自給自足で、近くに商店もなく、不便な地ではあるのだが、ここは自然が綺麗だし、住み心地もよく、何よりも優しい両親が傍にいる、二人がいれば自分は幸せだと。


「父さんのどんなところが好きになったの?」

 ロネは気になっていたことを聞いた。なぜ種族の違う二人が結ばれたのかと。

「昔、母さんがね。こっそり故郷を抜け出して怪我をした時に、助けてくれたの。憧れの外の世界に出ることができて、私はとてもいい気分になってたの。だけど、帰る方法がわからなくなって、そうしているうちに崖から落ちて怪我をしたの」

 ミリナは好奇心で故郷から出たとはいえ、初めての外でどこへ行けばいいかわからなかったのだ。そうしているうちに、道の迷い、元の場所へ帰る事ができなくなった。

「その時にそこへ現れたのがお父さんよ。怪我をした私の傷口から流れる血を見て、最初は正体がばれて大変なことになるって思った。人間じゃない血の色で、きっと化物だと」

 ミリナはその時、人間に血を見られたことで、恐ろしかったのだ。

「でも、お父さんは私に怯えることもなく、その血を綺麗と言ってくれた」

 ミリナはその瞬間のことを思い出すと、笑った。

 レネオットはライトブラッドという存在を知っていても、実際に会ってみた時はミリナを怖がることもなかったのだ。むしろ美しいと思った。そのまま二人は一目惚れだった。

 そうして結ばれた二人だったが、ミリナが異種族ということもあり、こうして人里離れた場所でこっそり暮らすしかない。

 本来ならミリナは自分の故郷に帰った方がいいとはわかっていた。しかし、どうしてもレネオットの傍にいたかったのだ。

「父さんと母さんが出会ってくれてよかった。そのおかげで私がここにいるんだもの」

 ロネは両親のことが大好きだ。二人が仲が良い姿を見ていると、自分まで幸せな気持ちになる。


 シチューをたらふく食べて、寝室にて幸せそうにベッドで眠るロネの寝顔を見て、ミリナは微笑んだ。

「ロネもすくすく大きくなって、毎日見守るのが楽しいわ」

 それを聞いたレネオットも微笑んだ。

「そうだね。子供ってどんどん大きくなっていくんだね。ロネは君に似てきて、もう少し大きくなったら綺麗なお嬢さんになりそうだ」

 娘の成長が楽しみだ、と二人は思った。いつかその姿を見てみたい、と。

「私、こうしてあなたとロネと一緒に暮らせて幸せだわ。里を出た時は、本当は帰らなきゃいけないって思ってたけど、あなたと出会えたおかげでこんなに幸せなことばかりなのだから」

 レネオットと出会ってから、すでにそこそこの時間が経過しているが、ミリナにとっては愛する夫と娘と過ごせる時間を生きていられることが幸福でたまらなかった。

「でも、時々不安になるの。もしもここが見つかって、私とロネの存在がばれたらって」

 ライトブラッドは元から人間には疎まれていた。身体から銀色の血を流す化物だと。

 その上、魔法が使えるとなると、どんなことをしだすかわからない。そうなれば無理やりにでも引き裂かれてしまうだろう。夫と娘と共にいることができなくなる。それどころか人間との混血のロネはどんな目に遭わされてしまうのか。

「そうなったら僕が君たちを守るよ。絶対に危険な目に遭わせたりなんかしないよ」

「ええ、信じてるわ」

 娘と三人で暮らす。この幸せがずっと続く、それを願う夫婦の姿があった。



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