第22話 戦いが終わって


 ロネは真っ暗な空間にいた。


 真っ黒で真っ黒な場所で、身体が重い、なんだかまるで水の底に沈んだかのようだ。もう身体が動かない。自分がここで朽ちるのかと思った。


「ああ、これが私の最後か」

 もはや何をするのも面倒だ、このまま眠りにつきたい、と思った。

「結局、仇を討ったところで、こんなことをしても、あの二人が生き返らないということはわかっている」

 しょせん敵討ちなど自己満足でしかない。

 こんなことをしたところで両親が生き返るわけでもなんでもないのだ。失ったものは取り戻すことはできない。

 もう思い残すことがないのだからこのまま死んでもいいと思った。

 脳に両親の顔が見えた気がした。優しくて優しくて、自分を愛してくれた、大好きな両親。

 もういっそのこと、自分もそっちへ行けたらという気持ちになった。

「父さん、母さん、私もそっちに連れてい……」

 ロネがそんな思考になった時、真っ暗な空間から何か白い光が見えて来たような気がした。


 なんだかあたたかいものを感じる。優しさ、ここはあの世だろうか。 

 自分はあのままあの世に逝けたのか、そんなことも思えたが、先ほどの重たかった体が僅かに軽くなり、動かせる気がした。

 うっすらと目を開けると。何かがいた。

「ロネ、気が付いた?」

 焦点があって目が見えてくると、それはユトの姿だった。

「お前……」

 何か手にあたたかい感触があった。

 ユトはロネの手を握り続け、身体に熱を送っていったのかもしれない。

 その手の握り方は優しくて。まさに太陽のような暖かさを感じた。

「ここは……」

「ミジーナさんの家だよ」

 ぼんやりとした視界がはっきりしてくる。ここは確かに族長の家だ。

 ロネはその家の個室のベッドに寝かせられていたのである。

 ユトはそのベッドの傍にある椅子に座り、ロネが目覚めるまでずっとそこにいたのだ。

「私は、なんでここに?」

 外でディルオーネと戦ってからユトと話してからの記憶がない。自分はなぜここにいるのか。

「ロネ、無理しちゃったんだよ。ミジーナさんによると魔力を使いすぎたってさ」

 ユトはロネが倒れたいきさつを説明した。

 ロネは装飾品による能力の増加による消耗が激しかった。

 ディルオーネへの怒りと憎しみが強かったあまり、最大出力を放ったのだろう。

 両親の敵に攻撃できるというのだから、その怒りは爆発だった。

 その感情のままに使った魔力は膨大で、だから身体が力に耐えられなかったのだろう、と。

 自分の最大魔力を放出し、それを増加させたのだから、もはや子の身体も朽ちてもおかしくなかったということだ。

 一連の話を聞き終えると、ロネはこう言った。

「終わったのか? 何もかも」

 この里はどうなったのか。ディルオーネの部下達はどうなったのか。

「ディルオーネも……あの人達もあのまま死んだよ。もうここには手が出せないと思う」

 ディルオーネと手下達が身に着けていたここへ入れる装飾品は遺体を処理する際に、粉々に砕いた。もうここへ人間は二度と入って来れないだろう。

 戦いは完全に終わったのである。

 ロネが目を覚ましたのを見届けると、ユトは椅子から立ち上がった。

「ミジーナさんが話があるんだってさ。あとで行きなよ」

 そう言い残し、部屋の戸を開けて、ユトは出て行った。

 ロネは自分の手の平に残るユトのぬくもりを、手で触って感じた。



 ロネは身を整えると、ミジーナのいる広間へ行った。

 その傍にはカイナやジークなど、共に戦った青年達もいた。

「ロネ、すまなかった。最初はお前を蔑むようなことを言ってしもうて」

 最初というのはロネがこの里に来た日のことだろう。

 ミジーナは自分の娘の子供が来たというのに、あまり歓迎する態度ではなかったのだ。

「お前はこの里の為に立派に戦った。なんでもミリナの仇だったという憎きあの男を討ったのだろう。この里をあの男の脅威から守ることができたのはお前のおかげだろう。この一族の為に戦った、お前は英雄だ」

 ディルオーネがここへ来る前に、ロネが一足先にここへ来て作戦を立てることであの男の野望を防ぐことができたのだ。

「ロネ、よかったらここで一緒に暮らさないか。お前は正真正銘わしの孫じゃ。お前さえよければ、ここにいればいい」

 ミジーナはロネを孫と呼んだ。自分の娘の子供なのだから、ロネは正真正銘ミジーナの孫である。

「……おじい様がそう言ってくださるのはありがたいです」

 ロネもまたようやくミジーナのことを祖父と呼んだ。

 母であるミリナの父親なのだから、ロネにとっては間違いなく祖父だ。

「ですが、人間の血が混じった私がここにいるわけにはなりません。きっと、この里の人達も嫌がるでしょう」

「そんなことはない。わしがみんなに説得しておく。お前をこの里に迎えることはできる」

 ミジーナはそう言うと、カイナ達もそれに賛同した。

「そうだそうだ。ロネさんは正真正銘ミジーナ様の孫なんだ。ここにいる資格はある」

「ここで我らと共に暮らせば。危険な外の世界からは安全に過ごせる」

 共に戦った青年達もそう言うのだ。

 ロネの心が揺らいだ。ここにいてもいいのか、それとも出て行くべきか、と。

「……考えてみます」

 今はまだはっきりとした答えが出せない。

 そしてはっとロネは思い出した。

「そういえばあいつは……ユトはどこです?」

 先ほど部屋から出て行ったユトの姿がここにはない。

 いったいどこへ行ったのだろうか。

「あやつは宝物庫へ行くと言っていたよ。戦いに使用した道具を再びあそこにしまうと言っていた。会いたいなら行ってみるがいい」

 ミジーナにそう言われ、ロネは早速そこへ行くことにした。



 ロネはあの時はユトを殺すことで頭がいっぱいだった。自分の親を殺した男の息子なのだから、絶対に許せないと。

 しかし、こうしてミジーナ達のことを見ると人間にもいい人いる。ユトの気持ちが少しだけわかった気がする。



 宝物庫へ行ってみると、ユトはそこで戦いに使っていた道具を運んでいた。

 戦いが終わったのだからと元の場所へ戻しているのだ。

「あ、話は終わった?」

 ロネの姿に気が付くと、ユトはいったん手を止めた」

「なぜ助けた?」

「何が?」

「倒れた私をおじい様の家に運んだのがお前だと聞いた。なぜそこまでする?」

 カイナ達が言っていた。外で倒れたロネをユトが抱きかかえて里へと連れて帰ったのだと。そして目が覚めるまでずっと傍にいて見守っていたということだ。

「おいおい、そんなこと言うのかよ。一緒に戦った仲間じゃないか。当然だろそのくらい」

「……あれは母の同胞を救う為に一時的に手を組んだだけで、私は別にお前に好意を持ったわけではない」

 共に戦ったとはいえ、ユトにそこまでされるとなると、なんだか複雑な感情だった。

「君、助かるの嫌なの? あのままにしておいた方がよかったとか?」

 ユトにそう聞かれると、ロネは悲しみの表情になった。

「私なんかが生きていても、どうにもならない。こんなことをしても父さんも母さんも生き返るわけじゃないってことはわかってた。これから生きていたとしても、私は両親を亡くした悲しみを引きずっていくだけだ」

 ロネはこのことを考えると、敵討ちをしたところで何にもならないのだと実感している。

「私を助ける必要なんてないはずだ。わざわざこの里を救う為に共に戦った意味も。私はお前と初めて会った時、お前を殺そうとしたのだぞ。憎きあの男の息子だと。生かしておけば、またいつお前を殺すかわからない。ディルオーネは倒せたとしても、お前が憎きあいつの息子というのは変わらない」

 ロネは自分の家族を奪ったディルオーネを打倒し、仇は取れた。

 しかしそれでもユトがそのディルオーネ家の血が流れる存在という事実場変わらない。

「そっか。俺がそういうやつだってのは変わらないもんな」

 自分の家族を奪ったディルオーネを打倒し、仇は取れた。しかしそれでもそのディルオーネ家の血が流れるユトのことはいまいち好きになれない。ロネがそう思うのが当然かもしれない。

「じゃあさ、君が俺のことをいつか殺すことが君の生き甲斐っていうのなら、何度でもやってみればいいじゃん。それが生きる希望になるならいいって思うよ。言っただろ? 戦いが終わったら俺のことは君の好きにすればいいって。俺は逃げないよ」

 ロネは決戦前にユトが言っていたことを想いだした。



『もしも、ロネが俺を殺したいと思うんならそれはそれでいいんじゃないかな。これが終わった後に好きにすればいい。俺のことが憎いのなら殺したっていい。俺は責任を取る為に逃げない。ここのことが終わったらロネに何をされたっていい』



 決戦前に言っていた「ロネの好きにすればいい」ということだ。

 なぜ戦いが終わった今もまだそれを言うことができるのか。

 あの戦いが終わったのだから、そんなことは忘れて、さっさとロネの元から去って逃げることだって可能なはずだ。なのになぜわざわざ今もそれを貫くのか。

 ロネにとっては別にもうユトを殺す気など起きなかった。すべての元凶になったディルオーネは死んだ。ユトは自分の母の故郷、そして祖父たちを救う為に共に戦った。

 あの男の息子だからといって別にユトをまだ憎む必要もないのかもしれない。

 悪の根源であったユトの父親。ディルオーネはもういない。

 かといって、その息子と親しい間柄になれるなんていかがなものか、という気持ちもある。

「私は……あの男も嫌いだったがこの世界も嫌いだ。気に入らないものを差別し、時には迫害をし、弱き者を支配しようとする。あいつ以外にだってそういうやつはたくさんいる。こんな理不尽な世界なんてお前をどうにかしたって変わることではない」

 ロネにとって、自分がライトブラッドの混血で迫害をされた事実は変わらない。

 あのロストルーゴにいた時も母があんな目に遭わされたことで衰弱し、ロネには何もすることもできないまま最期を看取ることになった。

 あそこで暮らしていた地獄の日々もロネにとっては忌々しい記憶だ。

 弱き者はあんな目に遭わされるということも恐ろしい。そんなこの世界が憎い。

 そんなロネの様子を見て、ユトは何か思いついたように、こう言った。


「なあ、最高の復讐方法を教えてやろうか。この世界に対するとっておきの復讐を」

「復讐……?」


 ユトはロネを見つめて話した。


「俺達が生きる、それがこの世界への最高の復讐方法さ。この世界に生まれて理不尽な目に遭った、それが悔しい。じゃあこんな理不尽な世の中に生まれたからこそ、俺らがずっと生きていくことが、この世界への当てつけに一番いい方法なんじゃないのかな」


 ロネも悲惨な目に遭ったが、それはユトもそうだった。


「俺達せっかくこの世界に生まれたんだもの。死んだら弱いやつはいじめられるって、そいつらの思惑通りじゃん。じゃあ、その反対に俺らがずっとずっと生き続ければ、この理不尽な世の中への最高の仕返しになる」


 その瞬間、ユトとロネに自然の風が吹きつけた。

 それは残酷な冷たい風ではなく、春の暖かさを感じる優しい風だった。

まるでユトの言葉を自然が肯定するかのように。

 髪が風で揺らぎ、ユトの表情が露になる。それは優しい微笑みだった。


 ロネの心に、複雑な感情が生まれた。

 ユトの言葉がやたら心に響く。自分は逃げないという信念、この世界への復讐だというその方法。その普通とは違う考え方に、ロネはなんだかこれまでの憎しみで燃え上がっていた炎が、その風により揺らぐ気がした。


「そんな考え方ができるのは……それだけお前がおかしいってことだ」

 戸惑いの感情を認めないかのように、ロネは反抗的な発言をする。

「まあ、俺個人の感情論ってやつだし。でも、俺は今後も生きていけるのなら、そう考えて生きていくまでだよ」

こいつはあの男の息子だ。

 何か、頼りになるような、その勇敢さ、それに何かがわからない感情が渦巻く。

 ユトのことを考えてしまう。その言葉が心を包む。

 この先どうするかを考える。

「君が俺を好きにしないなら、俺はまた旅に戻るよ。俺はしょせんよそ者だから、ここにはいられないし」

 ロネは族長であるミジーナの孫なのだから、ここに残るという選択肢もある。

 ミジーナもロネがここにいることを望むなら里の者を説得すると言っている。

 しかし、ユトはここの者とは関係ない。

 ロネは族長の孫でも、ユトはここからすればよそ者であり、ライトブラッドの混血とはいえ元人間だ。

 里を救った英雄だとしても、ここはけして居心地のいい場所ではないだろう。

「ふん。ならもう会うこともないだろう」

 ロネはそのままユトに背を向けようとした。

 ユトが旅に戻るというのならばもう二度と会うことはないだろう。

 このまま別れてそれぞれの道へ行くべきだと。

「なあ。ちょっと待てよ」

 ユトに背を向けるロネに、ユトは声をかけた。

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「こんなこと言ったって、無理だろうとは思うけどさ」

 ユトはロネに真剣なまなざしを向けた。これから言うことが本気だとでもいうかのように。


「よかったら俺達、これから一緒に旅に出ないか?」

「はあ?」


 何を言ってるのだろうか、とロネは首を傾げた。

「そんなことできるわけないだろう。お前とは混血という共通点はあっても他人だ。なぜ共にいる必要がある?」

「そりゃあ、お前が憎んでいたディルオーネはもういない。けれど俺を恨むなら好きにすればいいって言っただろ。なら俺のことをいつでも殺すタイミングがあるように、一緒に行動するのはどうだろってわけ」

「お前のことが憎いってわかっているのならば、なおさら共に行くことなんてできるわけない」

 否定するロネに、ユトはこう言った。


「そうかな。俺はロネみたいな子、好きだけどな」


「なっ!」


 ユトの突然の「好き」という発言にロネは驚いた。

 これまで異性にそんなことを言われたことはない。

 ずっと一人で旅をしていたのだ。

 ロストルーゴで母がされていたことを考えると、男は嫌いだ。

 なのでこんなにストレートに言われて動揺を隠せなかった。

「ふざけるな。私のどこがいいというのだ?」

「君は自分の信念を貫き通して、結果的にはここを守る為にディルオーネと戦って人助けみたいなこともしてたし、ロネには優しさがあると思ってる」

「……!?」

 ロネの心の中で、一瞬何かが揺らいだ。


 最初は自分を殺そうとしていた相手に、責任を取ると言ったり、こうして自分という存在を認めてくれている。

 これまで両親以外の誰にも自分の存在を認めてくれるものなんていなかった。

 混血だからと人間社会で普通に暮らしていくなんてできなかったし、隠れて生きていくしかなかった。

 それが、ユトはロネの存在をしっかり見ていたのだ。ロネをしっかりと人として、そして女性として見ている。

(駄目だ、こんなやつに騙されるわけにはいかない)

 ロネはけしてユトの言うことに惑わされてはいけないと思った。


「お前はどうせここを出て行くのだろう。無責任なことを言うな。そんなことに私を振り回すな」

「うん……だよね。俺も明日にはここを出るつもりだよ。ここで一緒に戦ったとはいえ、他所のやつがいつまでもここにいるわけにはいかないもんね。じゃあ、ここを出たらさよなら、かな。俺がまた旅に出たら、きっと君に会うことだってもう二度とないだろうしさ」

 ロネはなぜかその発言に、何かが突き刺さる気がした。


 ユトは出て行く、ロネにはもう二度と会えない、これが永遠な別れとなる。

 なぜかそのことが、心に突き刺さってしまうのだ。


 まるで、ユトと会えなくなることが寂しいかのように。

(私が、こいつに会えなくなることが寂しい……?)


 いったいなんなのだろうかこの感情は。あの憎きディルオーネの息子として、殺したいくらいの相手だったはずなのに。

 共に戦ったとはいえ、それっきりにするつもりだったのに。

 先ほどの「好き」という発言で、何か心が動いてしまったのだろうか。


「ロネはここでミジーナさん達と暮らす方がいいかもね。お母さんの故郷なんだろ。無理に出て行く必要なんてないもんな。ここにいた方が安全だろうし。きっとここの人達だってミジーナさんの孫ってことで受け入れてくれるよ」

 ユトの言う通り、ロネはここに残るという手があるのだ。

 祖父や同胞たちと共にここで一生暮らしてもいい、そんな風にも思えていたはずなのに。

 いったいこの戸惑いはなんだというのか。


「……一人にしてくれ」

 気持ちの整理がつかない。こんな状態でうまく会話ができるわけもない。

 ロネは逃げるようにミジーナの家へと戻った。


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