第21話 ユト、父との最後の会話

 その場にはユトと死にかけのディルオーネだけが残された。



「父上……」

 ユトはもはや動くこともできない父の傍にしゃがみ、声を届けようとした。

 父親とこうして近くで話すのは久しぶりだ。

 昔、ユトがまだあの屋敷にいた時以来だろうか。

 皮肉にも自分を捨てた父と、こんな形で話し合うことになるとは思わなかった。

「お前なんかに……情けをかけられてたまるか……化物め」

 ディルオーネは今できる精一杯の力でユトを睨みつけた。

 こうしなければ自分のプライドが許せないのだろう。

 化け物と嫌った息子に、こうやって哀れな視線を向けられるのが悔しいのだ。

「お前は化物だ。こうして実の父ですら討とうとしたのだから……。由緒正しき我が家に生まれながら恥さらし……だったな」

 命乞いすらせず、最後まで実の息子へと罵倒する。

「ふん……殺すなら殺せ。裏稼業として生きていた我々は息子に殺されるというのもまたふさわしい最期だろう。どうせこのままラーナのもとへ行くだけだ」

 ディルオーネはすでに死を覚悟している。自分はどうせもう長くないと。

 化物であるかつての息子に情けをかけられるくらいならば早く死んだ方がマシだと。

 どちらにせよ、ディルオーネがまともに声を発することができるのもあと僅かである。

「父上。あなたのそういう部分は昔から嫌いでした。息子である俺を跡取りに育てるといいながら冷酷に扱い、必要なくなったら捨てる。自分のことばっかりで、誇りが傷つくのを嫌がり、人を蔑んだことも」

 幼いころからディルオーネの跡継ぎだということで、人を殺すことに情けをかけぬようにと冷酷に接し、普通の親子のような愛情はなかった。

 この父親が自分を追い出したせいで、こんなことにもなった。


 しかし、ユトは最後に父に言いたいことがあった。

「だけど、俺はこの世に生を受けられたことは感謝します。俺はこれまでたくさんの人に会って、中には優しい人にも出会えて、ここまで生きてこれた。ある意味あなたがあの家から追い出したからこそ、今の自分があるとも言えます」

 母に拒絶され、父に捨てられて、辛かった。

 しかしだからこそユトはあの後、あの家から解放されて自由になり、優しい人物にも会うことができた。

 皮肉にもユトがディルオーネの理想の跡継ぎにはなれなかったからこそ、ユトは今こうして生きながらえることができたのだ。


 しかし、今更これをディルオーネに説明したところで意味はないだろう。

「あなたが俺に助けられるのが嫌だというのなら。その気持ちを尊重します」

 それは自分の父であるディルオーネをこのまま見殺しにして見捨てるという意味ではない。

 情けをかけるのではなく、父自身が救いを求めていないというのだから、それを受け入れるわけである。下手に助けられてて生きながらえると、きっとディルオーネにとってもユトにとってもよくないことはわかっている。

 ディルーネは残った僅かな力で顔を動かし、天を見上げた。

「お前は最後まで親不孝ものだった……。私の理想通りに育たず、あまつさえ自分を狂わせたライトブラッドに味方して……私を敵としたのだから」

 相変わらず罵倒する姿勢は変わらないが、それでも声はだんだんと小さくなっていく。

 それはそれだけ弱っていく証だ。

 そして、力を振り絞ったかのように、ディルオーネは言った。

「だが、それもまたいいだろう……。相手に情けをかけない冷酷なものこそが、ある意味では私の理想の息子だったのかもしれない。そこは認めてやる……」

 シャドウの跡継ぎとして殺しができなくならないように、冷たい感情を持たせようとしていた。

 ディルオーネにとっては息子が自分のことを助けないことが、ある意味その性格になったのかもしれない、と皮肉に感じた。

 ディルオーネはそう言うと、最後にゴボッと血を吐き出した。

「私を死なせたことを、後悔するがいい……」

 そう言い残すと、自然と呼吸が弱まり、とうとう動かなくなった。


「さよなら。父上」 

 徐々に体温を失いつつある父の最期を看取ったのだ。

 幼き頃から厳しかった父、せめていつかは父に認められたかった。

 母にも、自分を観て欲しかった。もうそれは叶わない夢なってしまったけれど。

 しかし、ディルオーネは最後のほんの僅かな時間だけ、ユトのことを認めた。

 これでよかったのかもしれない。


 父の死を看取ると、ユトはようやく立ち上がり、歩き出した。

 里の方へと向かっていると、その途中にロネがいた。

「終わったか」

 悲しいのかどうかよくわからないユトの表情に、ロネはディルオーネが死んだのだと察した。

 仕切っていたディルオーネが死亡したのだから、もうライトブラッドを滅ぼせという者はいない。戦いは終わったのだ。

「うん。あの人は死んだよ」

「……そうか」

 ロネもまた、憎んでいた男の死というものになんだかよくわからない感情が渦巻いた。

「さ、里にもどろ……」

 ユトがそう言いかけたところで、ロネが突然どさり、と地面に勢いよく倒れたのだ。

「ロネ? どうしたんだ? ロネ!」

 ユトが触ると、ロネは意識を失ってしまっていた。


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