第17話 ライトブラッドの里

 ロネは息を切らした。


「着いた……」

 息を切らしながら、奥へ走ると、木で作られたような高い門のようなものがあった。

 防壁のように、ここから先には簡単に進めないようにしているのかもしれない。

それはまるで人々が住む集落を囲む壁のように見えて、ちょうど中に何かがあるのをあるのを守っているような構造だ。その中に人が住んでいるかのように。

「誰かいるのか?」

 その門に近づくと、そこには人がいた。

「何者だ!?」

 集落の入り口には、門番と思われる男が二人。

 二人はロネとユトの姿を見ると驚愕した。

「こんなところへ外の者が入れるだと?ありえない」

「お前たちは一体なんだ!? どうやってここへ来た」

 二人の男は怒鳴りつけた。よそ者を警戒しているのだ。

 武器を構え、今にもロネ達にとびかからんする勢いだ。

 門番の姿を見ると、その男たちはロネの母親と同じく、銀髪で金の瞳の種族だった。ロネの母似た容姿だ。

 ライトブラッドの容姿である。

「お前たちが、ライトブラッドか?」

 初めて母以外に見るその種族にロネは尋ねた。

「答える義理はない。お前ら侵入者だな。ここへ来るとはどうなるかわかっているのだろうな。この場所を知られたからには……はっ!」

 そう言いかけて、門番は何かに驚いたかのように口を止めた。

「待て、この娘……」

 男ががロネの顔をじっと見つめた。

「な、なんだ?」

 初対面であるはずのロネがいったいなんだというのか。

 まるでどこかで見たことがあるのか、それとも警戒しているのか。

 男はロネが首に下げているペンダントを見た。

「お前……それは!?」

 門番は驚いたように次は大声を挙げた。

「これをどこで手に入れた!?」

「え……?」

「これは我が里に伝わる、ここで十五になり成人を迎えたものだけ持たされるものだ。外からやってきたお前がここに来たということは……」

 ロネが持っていたペンダント、それについて問い詰めてきたのだ。

 やはりこの石はミリナが言っていた通り、ここで作られたものという証拠。

 そして、門番は次にこう言った。

「お前、まさかミリナ様と何か関係があるのか?」

「ミリナ!?」

 突然出てきた母の名。ロネは驚いた。

「なぜ……その名前を」

 この者達はロネの母親を知っているというのか。母と何か関係があるのか。

「それは母の名前だ。なぜお前らが知ってる?」

 それならばやはりここはミリナと関係のある場所だと思えた。

「お前の母がミリナという名前だというのか。では間違いないんだな」

 男はミリナの顔をじっと見つめた。何かを確かめるかのように。

「確かにミリナ様の子供の頃そっくりだ」

 ロネの外見は母親の生き写し。そのミリナの子供の頃を知ってるというのだ。

 その瓜二つの外見に、それっで門番はすぐに察したのだろう。

「ミリナ様はこの里の族長の娘だ。十数年前にここを出て行ったきり行方がわからなくなっていた」

「族長の娘?」

 ミリナはライトブラッドの族長の娘だったのというのだ。

 ミリナ自身はロネにあまり自分のことを話さなかった。なのでミリナの家族については一切知らなかったのだ。そんな母はそんな権力を持つ者の娘だったのかと驚きが隠せない。

「ちょっと待て、族長に話をつけてくる」

 族長の娘であるミリナの子供と思われる娘が来たのだから、これはこのまま追い返すわけにはいかないと思ったのだろう。

 なのでこれは族長に話をつけねばと思ったのかもしれない。



 少し時間はかかったが、しばらくして門番の一人は戻ってきた。

「お前ら、族長が会って話がしたいと言っている。入れ」

 門番たちは中へ入ることを促した。

 外部からの侵入者は入れるわけにはいかないと言っていたが、ここの者だったミリナと関係のある娘となれば、全くの部外者というわけではないからだ。



 門が開かれた。

 門の中に入ると、木々に囲まれた道の先には、不思議な空間があった。

「ここが……」

 立派な立派な、それはまるで神の聖域かのような大樹がそびえていた。

 夜が来ないというこの場所はけして暗くなることはないためか、空を見上げると、すがすがしく青い空に、まぶしすぎる太陽が照りつけていた。ここが夜にならない場所だからだろう。

 大樹をぐるりと囲むように、螺旋階段状になっており、そのあちこちにいわゆるツリーハウスといわれるであろう建築物がある。

 普通の木の大きさであれば小鳥の巣箱のように見えるが大樹では人間が暮らせる規模の家が建っているのだ。

 大樹の螺旋階段のようになり、上に行けば行くほどにはあちこちに木で作られた床の高い家。

 どの家もドアがついておらず、それはここがそれだけ防犯を気にする必要もないほどに安全な土地ということが伺得られる。

 母の故郷については子供の頃に話で聞かされただけだ。

 話だけの中の地に実際に足を踏み入れているとなると、不思議な気持ちだ。

「族長の家はこっちだ」


 案内され、上へ登っていくと、大樹の頂上に他の家よりも立派な家、屋敷に近い建築物があった。

 ここには他の者達とは違う、この里の権力者が住む家という雰囲気だ。

 入口には戸の代わりに布が垂れ下がっていた。

 中は広く、会議に使うであろう大きな机を囲むように椅子があり。ここでは大事な話をする為に使われる建物だと思わされる。

 近くには本棚もあるのは何らかの記録をまとめた資料かもしれない。

 そこに、会うべき人物がいた。

「ミジーナ様、連れてまいりました」

 族長の名前はミジーナというらしい。

 そのミジーナと呼ばれた男は、椅子に腰を下ろしていた。

 銀色の髭を生やした金の瞳、ライトブラッドの特徴的な外見ではあるが、少し年を取ってるようだ。

 ライトブラッドの外見は人間よりも老いが遅いので、ミリナは年の割にも若々しい外見だったが、族長であるミジーナはは他の者達よりは老いてるのだろう。

「座れ」

 ロネとユトはミジーナと同じく、椅子に腰を下ろした。

 ミジーナはロネの顔をまじまじと見た。

「ほう、お前がミリナの娘か」

 それは、本当にそれが事実であるかを確かめるように。

 ロネの目や鼻などをじっくりと見る。

「なるほど。確かにあいつの子供の頃とそっくりだな」

 そしてロネが首からぶらさげるペンダントを見つめる。

「それは私があいつの十五の誕生日に贈ったものだ。間違いないようだな」

 ミジーナは父として自分の娘であるミリナの面影をロネに感じたのか、それを認めた。

「我が娘がいつのまにか子を成していたとはな。わしの言うことも聞かず、勝手に外に出て行き、手紙すらよこさんかった。どこの誰ともわからぬ人間と共にいて、人間の子を生んでいたとは」

 族長は母ミリナの父ということは、ロネにとっては祖父にあたる。しかしその関係は普通でいう祖父と孫という穏やかなものではないだろう。

 ロネはミリナが外の男と関係を持って生まれた子だからだ。

「ミリナは、母は死にました」

「死んだか」

 族長は少し、目を閉じた。娘が亡くなったことを悲しんでいるのか何かを考えているのだろう。しかし、次に出た言葉はこうだった。

「だからあれほど言ったというのに。外へ出ればろくな目に遭わない。ずっとここで一生を過ごせばよかったものを。なぜ外の男なんぞと。あいつの好奇心旺盛なところは昔から手を焼いておった。いつかは苦しい目に遭うかもしれないと言いくるめておいたのに」

「母は間違った選択はしたとは思いません。ただ愛する人と結ばれて、私を生んで幸せそうでした」

 母が外に出たことにより、レネオットと結ばれてロネが生まれたのだ。

 だから母のその好奇心により、自分はこの世に生を受けられたのだとロネは思っていた。

 例え、最後は悲惨な目に遭ったとしても、彼女は幸せだったのだ。

 最後は愛する夫を失い、自身も衰弱して生涯を終らせるという形だったが、それでもミリナはロネとレネオットと過ごしていた時間は幸福だっただろう。

「まあいい、お前らの話だけは聞いてやろう。お前らは何の用でここへ来た?」

「この里についてです。外の世界で、ディルオーネという者がここを狙っています」


 ロネとユトはここまでのいきさつを話した。


 裏世界で活動していたディルオーネという者がいるということ。

そしてここにいるユトも、事情があって混血になってしまったということを。

そのディルオーネという者はライトブラッドを恨み、その腹いせにここを狙っているということを。

 

 ことのいきさつを説明すると、ミジーナはふむ、とうなずいた。

「なるほど。それでお前たちはここへ来たと」

「ここはもうじきあいつらによって襲撃される可能性があります。だからここから避難することを勧めます」

 しかし、ミジーナはそれを聞くと、険しい表情になった。

 それは賛成できない、といわんばかりに。

「わしらがここを捨てて外に出て行ったとしてどこで生きるというのだ。人々から蔑ますまれてこうして隠れて住んでいるというのに。外の世界でわしらを受け入れられるものなんてないだろう。それならばここで死んだ方がマシだ」

「そんな……」

 外へ行ったとしても生きていくことは難しいのだから、それならば里を捨てるよりもここで運命を共にした方がいいというのだ。

「しかし、我々として、ここをやすやすと占領されるわけにはいかん。そんな個人の恨みで殺されるとなると、ライトブラッドの誇りとして先祖に申し訳ない。それを許すわけにはいかんな」

 ミジーナは髭を触りながらそう答えた。

「この里のものが禁断の秘術を使ったことが原因だとすると、確かにわしらの責任でもある。本来なら重い罰を受けさせるはずなのだが、そやつはもうすでにいないのだろう」

 ユトに術を使った者はもういない。ディルオーネに拷問されて死亡したのだから。

「あの人は俺を助ける為にそうしたんです。だから……こうなってしまうのは俺に原因があるのです。それならば、何もしないわけにはいかない。無駄な殺生はしたくないんです」

 今回はロストルーゴの脱走者であるロネ、そして陰の子息を混血にした罪という表向きな理由、そして自分の私利私欲であるこじつけで資源を領土を奪うつもりなのである。

 ライトブラッドの土地を制圧することで、資源を奪い、宝を奪い、土地を奪う。

下手をすると、資源だけではすまないかもしれない。

 ライトブラッドを捕獲する。奴隷にして言うことを聞かせるといったことも考えられる。

 容姿端麗なその外見は高く売れる。面倒な男たちや年寄りは皆殺しにして、使える子供は奴隷に、女は娼婦にする価値がある。さらに人間ではないのだから、実験対象にしてもかまわない。

 ディルオーネの手にかかれば恐らくライトブラッドにとってはいい扱いをされないだろう。裏の家系だからと悪を退治するのは当然だとばかりに。

 ライトブラッドは資源を占領した忌まわしき種族と表に話して、その息子も混血にしたのだから。

「ふむ、ではいつここが攻め込まれるかもわからんということか」

「ここには結界があるとはいえ、ディルオーネはすでにここを突き止めている可能性がある。もしかして、結界に侵入する方法も知ってるかもしれない。なので避難をしないのなら、何等かの行動を起こす必要があります」

 このまま何もしなければ、ただあの男の思うがままである。

「ならばお前の力を借りるとするか。お前は外の人間で、そやつの息子。何か力になるものがあるかもしれん。ただし勘違いするな。一族の危機というから一時的に手を組むだけだ、お前のことを信用したわけではない」

 ロネとユトの力を借りるとはいってるが、それはあくまでも一族の危機で手を組むだけで、けして二人のことを受け入れたわけではないのだと。

 それでもこのまま何もしないよりはましだ。

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