第18話 作戦

 ロネは必死にミジーナに説明した。 

 一通りのことを話し終わると、ミジーナと共に作戦会議が始まった。


 

「ではまず、お前らに作戦を練ってもらう。まずはお前の考えはどうだ?」

「ディルオーネはいつ来るかわからない。でも恐らく近日中にはここに来ることも考えられます。すでに何等かのたくらみで動いてはいるのかもしれません」

「では急がねばならぬということか」

 まもなくディルオーネがここに来る可能性を考えると、ゆっくりはしていられない。

 一分一秒でも早く、避難するなり戦いの準備をせねばならない。

「やはり避難をしないのならばここから動かないということで、やつらを追い返すしかないというのが賢明か。どうにかして、ここにはもう二度と来れないようにする、といったものか。そうなると、戦うしかあるまいな」

 逃げずにここにとどまるのならば、戦うという選択肢しかない。

「この里の青年達は戦力に回し、女性や子供には戦いの間隠れてもらうという方法がいいかもしれん。もしも占領されてもその者達には隠れててやり過ごしてもらうといったことがいいかもしれん」

 しかし、それには難点もある。

「じゃがわしらの持つ光の魔法は人間には効かん。戦うといっても魔力ではなく体術になるのがメインだろう」

「ですが、そこに少しだけ違う方法があるかもしれません。俺とロネは半分は人間の血が流れています。なので人間の血が半分ある分、人間にも魔力で攻撃できるということが可能です。これまでは理由なしにディルオーネにこれを使うことはできませんでしたが、今回はディルオーネの占領から守ったという理由で許されるかもしれません」

 ライトブラッドの魔法は人間には効かない。しかし、混血の二人の魔法は効くかもしれないという希望がある。

 ディルオーネへロネとユトだけの個人の気持ちで彼を倒すことは禁じられているかもしれないが、ディルオーネの起こした行動により倒されるのならば自業自得ということになるだろう。

「そうか。わしらの魔法は人間には効かぬなら、お前らは混血だからそれが可能だと」

「なので、ここの人達だけより、俺達は戦力になると思うんです。ここに何か戦いの役に立つ道具はありますか?」

 戦いにはまず、武器といったものが必要だ。そして防具も。

 自分を守るべく戦うことも、身を守ることもできなければならない。

「ふむ。何か戦いに使えるものが必要か。だが、あいにくながら我々は戦いを好まない。なので使えるものがあるかはわからんぞ」

 ライトブラッドは戦闘を好まない種族だ。

 もともと温厚な性格で、同じ種族同士で争いをしない。

 ロネの母であるミリナはおっとりした性格だったのはそういったことができなかった。ミリナは女性であり戦闘訓練を受けていなかったのだから、戦う術も知らなかった。

 しかし、ここの里の者達も戦う意思を持てば外部のものには対抗できるかもしれない。

「宝物庫に何か使えるものがあるかもしれん。これが鍵じゃ。行ってみろ」

「ありがとうございます」

 地下の宝物庫の鍵を受け取ると、二人は早速そこへ向かった。


 この里の大樹の根っこの隠れた場所に宝物庫があると聞き、そこへ行くことにしたのだ。

 木の根には確かに頑丈な倉庫のようなものがあった。

「ここだな」

 宝物庫の鍵を開け、重い扉を開けると、一気にかび臭いものが鼻を刺激する。

「うっ」

 長くここに誰も入ってなかった証拠だ。きっと空気も埃まみれだろう。

 これまで戦いがなかったのだから、ここの道具は使われていない。

「何か役に立つものがあればいいのだが」 中に入ると中はごちゃごちゃと色んなものが詰め込まれていた。

 棚には何に使うかわからない壺などがあり、壁には剣や盾といった武具がかけらてていた。

 ユトとロネは宝物庫の中を探した。

「これ、なんの巻物だろう」

 二人は巻物を見つけた。

 それを開いてみると、どうやらこの巻物はここにある宝の扱い方についての説明のようだ。

「これによると、そこの箱には装飾品が入ってるみたいだ」

 何か使えるものがあるかもしれない、と二人は頑丈な箱を開いた。

 そこには銀色のリングに細かな魔法陣が刻まれた指輪のようなものが出てきた。

「あの占い師が持っていたものに似ている」

 それはロネが以前占い師にもらったものと似ていた。

 説明によると、その装飾品はライトブラッドの魔力を増幅させるものらしい。

「それはここで作られたのかもしれない」

 おそらくここで作られたものが、何かの理由で外に持ち出され、それが廻に回ってあの占い師の手に渡ったのだろう。

 あの占い師は、ロネにライトブラッドの血を感じていたのだ。

 だから貴重なものでも、それは本来使うべき者にと渡していたのかもしれない。

 普通の人間が持っていても意味がないからと。それを知っていながら譲っていたのである。

「こっちの剣は?」

 この武器を使うことはないと思っていたのか、埃をかぶっていた。ライトブラッドは元々おおらかで悪しき心を持つものはいないことを信頼していたて。外から入って来るものもいないのだから、これらの武器は使う時がないと。

 しかし、鞘を抜いてみると、それは長年放置されていたとは思えない輝きを放っていた。

 埃はかぶっていたが錆ひとつついておらず、きっと切れ味も抜群だろう。

 それはロネの母の形見のペンダントと同じくここで採掘される特殊な鉱石で作られたものなのかもしれない。血と同じく光る鉱石は採掘されるここだからこそなのか、あるいはライトブラッドの魔力によるものか。

 ここにある装飾品も、武具もどれも長く仕舞われていた割にはそれと同じように新品同然に美しい。

 普通、こういったものは長く使われていなかったのならば埃をかぶり、錆ついて年々劣化していくものだ。そういった状態にならず綺麗なままなのだから、ここにある物は全て普通の人間の手で作られるものではないのだろう。

「これはなんだろう?」 

 宝物庫の奥には何か大きなものが布をかぶされていた。

 ロネと同じくらいの大きさ、つまり人間一人分の高さのある物体だ。

その布を取って見ると、丸い金属製の板のようなものが出てきた。

 大きな鏡になっているか、ロネの顔がはっきりと映る。

 それは衣服を着る際に全身を映すものに見える。

 普通の鏡との違いは、ふちにびっしりと紋章のようなものが刻まれていることか。

「説明によると光鏡だな、ライトブラッドの光を浴びせれば、それを反射してどれほどの力なのかを測れるという、昔使われていたもののようだ」

 ここで昔使われていた、一人一人の魔力の強さを測る為に使われていた物のようだ。

 力を測るには、人の全体を映すほどの大きさでなければならない

 しかし長年争いがなかったことにより、一人一人の力を測れたとしても意味はないと使われなくなった為にここに放置されていたのかもしれない。

 二人はさらに宝物庫を漁っていると、意外にも役に立ちそうなものがいくつも見つかった。

 どれも特殊な素材で作られているためか、全く劣化せず、今すぐいつでも使用できそうな立派な品ばかりだった。



 二人は使えそうなものを外へ持ち出し、ミジーナに報告することにした。

「どうだ? 何か役に立ちそうなものはあったか?」

「宝物庫にあった道具を調べたところ装飾品に力を増幅させるものがあったり、劣化もせずいつでも使用できるほどの道具もあり、これは戦いの役に立つでしょう」

「それならばもしもそやつが侵攻してきたとしても対策はできるということか」

「はい、ですが……」

 ユトはただ戦うだけではないことがしたい、と申し出た。

「俺はなるべくディルオーネを殺したくない。あれでも一応父ですから」

 邪悪なことを考えているとはいえ、ユトにとっては一応ではあるが父親だ。

「私はそれにはいまいち納得はしてないのですが、こいつはどうしてもというので。それに、私もなるべくなら人を殺すようなまねはしたくない。ですが、それは難しいでしょう」

 ロネにとっては憎き男なので殺してもかまわないという発想だが、それでもロネにとっては人殺しをしてしまうとこれではディルオーネと同じことだと思えてしまう。

 なので二人としてはディルオーネの息を止めるのではなく、説得するかあるいは他の方法でこの場所に二度と手出ししないと見せつけられればいい、という考えだ。

 恐らく、その可能性は低いだろうとわかっていても。

「もしも油断すれば、それではそやつは再びここへ手出ししてくるかもしれん。今回が追い返せたとしても、次はないとはいえんからな。それならばそやつを仕留めることも考えなくてはならん」

「そうですね。本当にダメなら……それも考えます」

 もしもここへの侵攻が止められない状況になったら、それは最悪彼を仕留めることも考える必要はありだ。ユトにとっては父親を失うことは辛くても、それは覚悟の上だ。

「では、こちらにはここで特に腕の立つ戦士を紹介しよう。呼んでくる」

 


 しばらくすると、ミジーナは四人の青年を連れてきた。

「紹介しよう。カイナ、ジーク、ジョウ、マーラじゃ」

 ミジーナが連れてきたライドブラッドの男性は、やはりその特徴的な銀髪と金色の瞳を持つ者達だった。

「カイナだ。よろしくだ」

「俺はジーク。われらの力を頼ってくれるなんて光栄だ」

「ジョウだ。この里の為だ、力を貸そう」

「マーラです。外の者はあまり信用できないがこの際だから仕方ない」

 四人の青年達はそれぞれ挨拶をした。

 皆、外見が若く見て、人間で言うと二十代くらいにしか見えない。

 里にいた他のライトブラッドの者達より、少々体つきがよく、それだけ腕の立つ者だということが伝わってくる。

どの者も、確の里の男性の中では体つきが違う。

 きっと普段から鍛えているのだろう。その戦力はきっと頼りになる。

「普段は戦いを望まぬわしらじゃが、ライトブラッドの男性はもともと身体能力は高い。身体速度が非常に素早いのだ。そのおかげ狩りが得意だからこそわしらは食料に困らん。魔法の攻撃ではなく、物理なら人間にも引けを取らんかもしれん」

 それは女性ではなく、狩りをする男性ならではの身体能力だろう。

 ロネの母親であるミリナは温厚な女性だったので自身を鍛えることはしなかった。

 ミリナは元々心優しい女性だった為に、人を傷つけるといった行為を苦手とした為に、それができなかった。

 しかし、ここにいるのは即戦力となる青年達だ。

 きっとロネ達の役に立つだろう。ライトブラッドの魔法が効かないのなら物理は立派な対抗策となる。

「一度ここに強い戦力がいれば、占領は無理だと諦めてあいつらは二度とここに手を出すことはないでしょう。私とユトの力を見せつけて、あいつらにライトブラッドにも戦力があることを見せればいいのです」

 ライトブラッドの者は人間に対抗する方法は体術になるが、ロネとユトの混血は人間にも対抗できる魔力が使える。

「お前らは人間の血も混じってるからあっちに攻撃できる。そしてライトブラッドの血も混じってるから魔法も使えるというわけだな」

 もしもディルオーネがここの結界の近くに表れるというのなら、中に入る前に戦闘をして追い返すべきだ。

 ユトとロネの二人だけでは力が不足するが、こちらに戦力になる青年達がいるのならば、対抗できるだろう。

「いつここにあいつらが来るかはわからない。けれど、近い日にはここに来るかもしれない。一カ月先か、一週間先かはわからないけど、あいつは間違いなくここに来る」

 ロネにとって母の同胞を好き放題されるなんてことはしたくない。

 きっとミリナも自分の種族、そして族長である父親を死なせることを望んではいないだろう。

 ロネにとっては自分にも一族の血が流れているのだから、他人事ではない。そしてユトもまた同じだ。

「では、お前らは宝物庫で見つけた道具を使えるようにしろ。あとはお前らに任せる」

 ミジーナにより、戦力になるものはできた。ならばあとはロネとユトは用意するだけだ。



 宝物庫で見つけた道具を外へ運び出し、それを使えるようにする為に、ユトはそれらを手入れすることにした。 

 元々綺麗な状態を保っている道具達とはいえ、戦いに使う道具なのならば、きっちりと手入れをせねばならない。

 ロネとユトは魔道具を布でふき取っていた。

「大変だな」

 武具の数はかなりの多数だ。

 長く使われていなかったとはいえ、保管されていたのは膨大な数である。

 それらを一つ一つ手入れをして、使用できるようにするのだ。

 時間のかかる作業で、途中で休憩をしながらコツコツと進めていた。

「ふう、ここらでいったん休もう」

 二人が疲労を感じ、一度休憩することになった。



 差し入れの茶を飲みながら。ふと、ロネはこう聞いた

「なぜ、お前はここまでする」

「何が?」

「前も言っただろう。ここにいる者達はお前を混血にした種族だぞ。お前は混血にならなければ家を追い出されることもなかっただろう。あんなことがなければお前はむしろ普通の人間としての人生を歩めたはずだ。なのに、なぜ元凶になった者達の為に、そこまで動こうとするのだ? お前を混血にした者を恨んでいないのか」

「そんなの決まってるじゃないか。俺を混血にしたからって、それは俺が憎むべきことじゃない。でも、あの時あの人が俺を助けてくれなきゃ俺は死んでいた」

 ユトを救った者は危篤状態だったからと禁断の術を使い、その結果ユトは混血になってしまった。しかし、そのおかげで一命を取り留めたのも事実だ。

「それに、その人も俺にそうしたことでディルオーネに殺されちゃったし」

 その者は拷問されて、耐えていたかもしれないが、結局衰弱死した。

「俺を救ってくれた人だって、死にかけだった俺を助ける為に、仕方なくああしたんだ。命を助けてくれた種族は、逆に感謝すべきじゃないのか?」

「その考え方は理解できないな。忌々しい存在をなぜ感謝する」

「ディルオーネがライトブラッドに怒りを向けたのは、俺が原因だ。俺が混血になったから俺が原因なのだから、それはきっちり責任を取らなきゃ」

 ロネにとっては、自分の幸せを奪った元凶になったディルオーネを許すことはできない。

 ユトは混血になったせいでそのディルオーネに捨てられたというのに、それに対して憎しみを抱かない。

 ロネの父親が殺された理由だって、息子のことで怒りを抱いたディルオーネが腹いせにやったことだ。だから本来はロネにとっても幸せを奪った元凶はユトということになる。

 しかし、ユトは自分がロネに憎まれてもおかしくないというのに、ロネの傍にいようとする。

 なおかつロネのやりたいことを手伝っている。逃げもしない、恨みもしない。責任を取ろうしている。

「実質お前のせいで私は両親を失うことになったのだ。お前、そんな私と一緒にいていいと思っているのか? 私はお前のことを、この件がなかったら殺したくなるほど恨むかもしれないというのに」 

 ロネは両親を死なせたディルオーネを恨んでいる。

 その息子もまた、その恨みの対象だ。ロネは最初、その怒りをぶつける為にユトを探し、そして襲い掛かって殺そうとしていた。そんな者となぜ一緒にいて共に行動するのか。

 ユトはいったん手を止め、ロネにこう言った。

「もしも、ロネが俺を殺したいと思うんならそれはそれでいいんじゃないかな。これが終わった後に好きにすればいい。俺のことが憎いのなら殺したっていい。俺は責任を取る為に逃げない。ここのことが終わったらロネに何をされたっていい」

 ロネはその発言に驚いた、

「お前……本気で言ってるのか? 自分が殺されてもいいだなんて」

ロネにとってユトが憎いというのなら、自分を殺してもかまわないというのだ。

 責任があるのなら死で償ってもかまわない。むしろ殺さてもいい、逃げることもしない。

「本気だよ。これで君の心が晴れるなら、この命、捧げてもいい」

 ロネとユトが初めて出会った時もそうだった。

 ユトはこれで気が晴れるのならば自分を殺してもかまわない、と言っていたのだ。

 なぜそんなにも自分の命を犠牲にするほどの責任感を抱けるのか。

 命が惜しいのならばとっととこの状況から逃げてしまえばいいだけだ。

 それをせず、こうしてこの場に残るなんて、とロネは思った。

「ふん。その言葉、のちに後悔するといい」

 ユトをどうするかはとりあえずディルオーネをなんとかしてから考えよう、とロネは今自分がやるべきことに精を出した。


 どんなに時間が経っても夜にならないこの場所は、最初は不気味に感じた。

 時折空が曇ることはあっても、太陽が沈んで暗くなることはない。

 時間の流れを感じないのだからら、まるで世界とは切り離された空間のようだ。

 しかし、この里にも規則正しい時間の流れはあるようで、それぞれが決まった時間に起床して、外へ出て、そして夜という概念はないが、その変わり時間経過で大樹に垂れ下がる布が赤と青に変わるという習わしがあった。

 夜は来ないが、外の世界で言えば朝が来ると、布は赤くなり、布が青色になると、それだけ人々が眠る時間になるというわけだ。

 それがここの生活スタイルだ。



 そのまま数日が過ぎ、いつディルオーネが来てもいいようにと臨時体制に入った。

 ユトとロネは里の宿泊場をミジーナの好意で貸してもらえることになり、その間も作戦会議などをミジーナとカイナ達と相談していた。

 念のためにと宝物庫の道具をきっちりと使用法を確かめ、そしてそれらがいつでも使えるように配置しておく、その準備も念入りにだ。


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