最終話 これから

 ロネは目を覚まし、個室を出た。


「ロネ、おはよう。どうだ、よく眠れたか?」


 ミジーナと朝食を取りながら、ロネは正直に言えなかった。

 うまく眠ることもできないまま起床時間になってしまったのだ。

「どうだ? ここで暮らすことを考えてみたか? お前がわしと暮らすなら、色々準備をせねばならぬ」

 祖父のその言い方に、ロネはここで言わねばならない、と思っていたことを口に出した。

「実は……私は……」

 大事なことを祖父に伝えたのだ。



 ユトはもうすぐここを出て行く。

 きっと今頃は旅支度で出発の準備にかかっているかもしれない。


 しかし、ロネは今すぐ絶対にユトに会わねばならない。

 そう思い、ユトの居場所を聞いて、すぐにそこへ向かった。



 ユトは広場で剣のトレーニングをしていた。

「ロネ、おはよう。どうしたの? そんなに慌てて」

 ミグレにもらったその剣で、毎日欠かさずやっているその行為を。

 今のユトは恐らく普段通りの精神だろう。今がいい。いつも通りのユトがいい。

 ロネが思っていることは今なら伝えられる。時間がない。言わねばと。

「私はお前に話したいことがある」

 そのロネの表情は真剣だった。

「何? 何があるの?」

 ロネはすぅーっと息を吸い込み、心を落ち着かせる。

ロネは決心を固めたかのようにその言葉を口にした。


「私は、お前と共に行く。お前についていく」


 ロネは決心していたことを伝えた。


 その言葉を聞いたユトは、目を見開いた。

 しかし、それはすぐに消え、一気に嬉しそうな表情になった。

「本当? 一緒に来てくれるの?」

「ああ」

 二人は見つめあった。ロネはユトの目を合わせる。


「別にお前について行くのは、その……変な気持ちではなくて、もっとこの世界を見てみたいと思ったからだ。ここで一生過ごすよりも、もっといろんなものを見てみたいと」 


 人間から疎まれる混血というリスクがあるというのに、それなのにロネはユトと一緒に行きたいという。なぜそんな危険を抱えてまでユトについていきたいのか。


 素直には言わない。だが、ロネはやはり自分の気持ちを確信した。

 昨日のユトの告白から、ずっと心が騒めいていた。

 自分でもこれがいったいなんの感情かわからなかった。

 しかし、考えてみてたどり着いた。


 この男を「好き」だと。

 


「だって、お前は戦いが終わったら自分のことを好きにすればいいと言っただろう。ならば、お前が私と共にいることが、私にとってお前にしたいことだ」

「ふーん。そうか。それが俺にやりたいことなんだ。俺は嬉しいけど」

 ユトは優しく微笑んだ。この発言を嫌がることもなく、むしろそうしてほしいといわんばかりの気持ちが伝わってくる。


 ロネはまた悔しさを感じた。

 ああ、なんでこいつはこんなにも笑ってくれるのだろう、と。


「だから……お前が今日、ここを出るというのなら、私ももう決心はついている。おじい様にはもう話してきた」

 ここにいた方が安全であり、血縁者の祖父もいる。

 それでも危険なことは承知でもユトと一緒にいたいと思った。

 これが、ロネにとって今、一番やりたいことなのだと。

「じゃあ、もうそろそろ行こうか」

 そうと決まれば、あとはここを出るだけだ。


 ロネはミジーナにしっかりと別れの挨拶をして、カイナやジークなどこの里の者達にも挨拶を済ませてきた。

 そして、旅支度を終えたロネはユトとの待ち合わせ場所の里の出入り口に来た。

「もういいの?」

「ああ、みんなにしっかりと挨拶をしてきた」

「じゃあ行こうか」

 二人は里を出た。




 里を出て、二人は外の者を通さぬ為のライトブラッドだけが通れる結界の前に来た。

 ここを潜り抜けるにはまたあの痛々しい感覚が自分達を襲うだろう。

「またここか。あの時みたいにちょっと苦しいかもな」

 ユトは苦笑した。

 しかし、それでもいい。

 今ここを潜り抜けることは、二人で出て行く為の最後の試練のようなものだ。

「でも、仕方ないよね。ここを通らないと外に出られないんだから」

「ああ」

 ロネは後ろを振り返った。母の故郷である、ライトブラッドの里を。

 これから自分はここを出て行く。

 母はここを出る時、こんな気持ちだったのだろうか。

 好奇心で外へ出たいと思い、そこで好きな者である父と出会い、自分が生まれた。

 ロネは思った。

 自分もいつか、ユトとそんな関係になれるのだろうか、とそんなことを考える。

 そして、頭の中で両親の顔が浮かんだ。

「父さん、母さん見守っていてください」

 ロネは心の中でそう呟いた。

「人々が憎しみを抱かない。そして人が愛し合える世界。私はいつか、そんな世界を創ります」

 そして再び振り返り、前を向いた。


 ここから始まるのは、二人の長い長い旅になるだろう。

 ある共通点を持った、二人の旅。


 「さあ行こう、最高の復讐の旅へ」


 二人は歩き出した。

 それはこれから続くであろう、二人の旅へと。


 今日も世界は廻る。人々は生きる。それがこの世界なのだから。

                                了


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鈍き輝きの炎と太陽 雪幡蒼 @yutomoru2

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