第22話 死灰天華
「ふん、他愛もない任務だ」
炎上する西リリア分校から意識を失った4人の生徒を確保したジェイドは、天を焦がすかの如きその業火を眺めていた。
ルイルの妹たるイトと仇敵のアルデを薪に燃えるその炎は血で錆びた彼の半生を清算するかのような美しさで猛り、爆ぜる。時々、遠くで瞬く星のような火花を散らしながらジェイドにとっての決別の夜を祝福しているようにも、彼のこれまでの罪を炙り出そうとしているようにも見え、ジェイドは安堵と猜疑心の混じった複雑な気持ちで胸を埋めていた。
「まだ俺にこのような感傷が残っていたとはな……」
「そりゃ、お前も人の子だからな」
炎に肺をやられた掠れ声に、ジェイドはぎょっとして振り返る。
そこには全身火傷とススにまみれた憎き敵、アルデと彼に寄り添うように立つイトの姿があった。
「あれで無事とは、悪運の強いやつめ」
「これが無事に見えてんならお前もいよいよだな」
イトの支えを離れ、ジェイドの方に一歩を踏み出すアルデ。まるで大地がそこにあることを確かめるかの如く不安定な一歩でよろめきながら、少しずつ前に出る。
「やめておけ。この期に及んで勝機などない」
「悪いけど勝ち目のない戦いはしない主義なんだよ」
「戯言を。その脚では満足な踏み込みもできまい」
「そうかなッ——」
アルデは杖のように使っていたルイルの忘形見の剣で思いっきり地面を叩くと、その反動を利用してジェイドに向かってかっ飛ぶ。
「ぬんッ!」
あまりにも奇異な移動方法に一瞬反応が遅れたジェイドだったが、すぐさまアルデの位置を認識すると柏手を打ち、その振動を増幅させアルデの目の前に小規模な爆発を起こす。
「もらった!」
アルデは術式を解放。
青白い燐光に包まれたまま剣の腹でジェイドの爆発を捉え、その勢いを利用しさらに加速する。
「なにを」
「テメェの術式は見切った。爆発の力を面で受け流すことができりゃ利用できる!」
アルデは爆風の勢いを纏ったまま、ジェイドに斬りかかる。
「ぬぐッ」
「おぉぉぉぉぉおりゃッ!」
アルデの必殺の斬撃をジェイドは振り下ろされる
「チィッ!」
「速度はカバーできても剣圧が落ちてきているぞ。腕の方も限界なんじゃないか?」
「ご心配どーも。つっても、俺はお前を止めてられりゃそれでいいんだよッ」
「ぐっ……」
アルデが剣に体重を乗せ、ジェイドが校庭に膝をつく。
どうにかして左右に逃れようとするジェイドを逃すまいとアルデはほとんど感覚のない右足を気力と経験則だけで大きく一歩踏みだす。
「早まったなアルデ。ここで一太刀浴びせられたところで、致命傷を避けるのは容易だ。生徒を逃す時間稼ぎのつもりか」
「じょーだん。逃すことが目的ならここには一人で戻ってきたさ」
「まさか」
鬼気迫る表情でジェイドは自分たちの戦いに巻き込まれないギリギリに立つイトの方を見やる。
彼女は祈るように両手を組み、そして焼けるように熱い熱気の中で静かに呼吸を繰り返す。
「オドを整えている……大技か」
「いや、もう間に合わねぇさ」
アルデの視線の先、そこには舞い散る火の粉に紛れて火山灰のような綿雪がふたりに舞い始めていた。
「チッ」
ジェイドは自傷も恐れず指を鳴らす。
アルデとジェイドの間に小さな爆発が生まれ、両手を攻撃に充てているアルデはそれをもろに喰らっている。しかし——
「何故立っている」
「教え子より先に戦場からいなくな先生がいるかよ」
マントはおろか、シャツもボロボロに裂け、顔中火傷だらけになりながらもアルデはジェイドを抑え続ける。剣に加わる力は弱まるどころか、むしろどんどん強くなり、ジェイドの腕が悲鳴を上げ始める。
彫像のように固まるふたりに灰色の雪が降りかかる。
「イト=クィントゥムの術式は姿を隠すためのもの。ここに勝機があるとは思えんが」
「甘めーな。あいつの術式は姿を隠すために、自分のオドを空気中に散布し、オド同士を繋げて即席の反射板を作る超繊細な術だぜ?」
「いくら精密な術式だろうと分校送りにされるレベルの雑魚だ」
「そうやって思い込みが強い性格が災いして、お前は自分を堕としたんだろうが」
「黙れッ!」
ジェイドは眼を血走らせながら、渾身の力を振り絞り、両の指を擦り合わせアルデを爆撃する体勢に入る。
パチン。
ジェイドの指が鳴ったとき、アルデは悪魔のような笑みを浮かべた。
「はい、アウト」
「ッ⁉︎」
アルデに言われた瞬間に、ジェイドも自身に起きた異常事態に気がついた。
術式が発動していない。
ジェイドの術式【豪炎】はジェイド自身が発生させた振動にオドを乗せ、何倍にも増幅。空気との摩擦によって熱を生み爆発を起こすといった仕組みのものだ。
その術式が発動していないということは、魔力を無効化する何かがあるのか、はたまた……。
しかしその効き目は、ジェイドの吐血により証明された。
「カハッ……なるほど、いい術式だ」
「だろ? 俺が【
「……そのようだな」
ジェイドは祈るような姿勢のまま両膝をつくイトを見やる。
果たしてどのような手品で自分はあの落ちこぼれの女生徒に敗北したのか。内臓を損傷し、先がないと理解しても魔術師としての興味がそれを考えさせた。
その純粋な眼を見てか、剣に込める力を緩めることなくアルデは語る。
「この術式は必中必殺。灰色の雪の中にいる全員に自信のオドを取り込ませ、循環器官に送り込み、相手が魔力を使用すると反応して集合・凝結。魔力の移動を堰き止め、体内で暴発させる魔術師殺しの一撃必殺。【死灰天華】、あいつが勇者に近づくために編み出した新たな術だ」
アルデの話を聞き、納得がいったからか、ジェイドは安らかな表情を浮かべながらぼそりと呟く。
「なんだ、いい教師してるじゃなえか」
「……そうだな」
「だが、いま一つ配慮が足りないようだ」
「なに?」
ジェイドは徐ろに剣を押し留めていた腕を脱力。押し合う相手を失ったアルデの刃がジェイドの右肩から胸にかけてを袈裟斬りにする。
血の塊を口から吐き出しながらジェイドはアルデに勝ち誇ったような顔を向ける。
「ガキに人、殺させるなよ。トドメは、お前で刺せ」
「……そうだな。肝に銘じるさ」
アルデはそのまま剣を振り抜き、ジェイドの命を断つ。
血飛沫が飛び、火傷まみれのアルデの肌をさらに赤く染める。
こうして、西リリア分校を襲った楽園創造教による『餌場』としての搾取は幕を閉じた。
この事件から2週間後、アルデは独り勇者学校の本校に出向いていた。
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