第14話 どっちも正しい

 この日、アルデに操られるのはオズ。

 と、いうことで彼女を除いた4人で作戦会議を始める。


「今日こそは先生に勝つわよ」


 いつになく真剣な様子でフーリエがテーブルに身を乗り出す。


「昨日は先生の身体能力を軽視したせいでライサの付け入る隙を与えてしまった。先生を狙うのは結果的に2対4の状況を作ることになって得策じゃなかったわ。今日は素直にオズを狙って動きましょう」


「そうですね。となると、やはり厄介なのはブギーくんですね」


「そうだね。あのくまさん力強いしパンチは通らないし、何より結局2対4になっちゃうんだよね〜」


 あちゃー、といった様子でライサが頭を押さえる。

 そこに、エレナがそろりと手を挙げる。


「どうしたの、エレナ?」


「あー、今日どうしても見たい映画があるのよ。だから今日の作戦、とりあえずあなたたちだけでやっててくれる?」


 帰ったら合流するわ、とへらりと笑ってみせる。


「え、エレナさすがに——」


 ダンッ!


「どういうつもり……」


 イトの嗜めのさらに上から降りかかる怒気。

 フーリエだった。

 先ほどまでのわいわいとした雰囲気が一瞬にして氷点下に達する。

 凍てつく空気に気圧されながらも、エレナはあくまで自分のスタンスは崩さないといった様子で胸を張って見せる。


「ど、どういうつもりも何も映画見に行くだけじゃない。なによ怖い顔しちゃって」


「映画を見に行くだけ? あなた私たちがどういう状況にいるのか理解しているの?」


「当たり前よ! でもだからこそ毎日を大切に生きるのが大事なんじゃないの?」


 売り言葉に買い言葉かエレナの語気も強くなる。


「大切に生きるって遊び呆けることなの? 私たちは一刻も早く勇者に並ぶ力をつけて自分の身を守れるようにならなきゃいけないのよ⁉︎」


「そんなことわかってるわよ! けど毎日毎日あの怪物に挑んで泥だらけになって痛い思いをしてるだけじゃつまんないじゃない! あんたこそちょっと焦りすぎなんじゃないの?」


「なんですって⁈」


「え、エレナ落ち着いてください」


「フーリエも、ね? ほら、深呼吸してみよ?」


 イトとライサが止めに入るも、ふたりの熱は冷めない。


「つまんないって、あなたは勇者になることが楽しいことだとでも思ってたの⁉︎」


「それは……ッ」


 エレナのひ視線が宙を彷徨う。

 その瞳には雫が揺れていた。


「そうよ! あたしはみんなからチヤホヤされて豪華な生活を送るために勇者になるのよ! こんなつまんないことをするためにここにいるんじゃないわ!」


 そう言い捨てると椅子にかけていたカーディガンを掴み上げ、リビングから逃げるように走り去る。


「待ちなさい!」


 フーリエの静止は、少し広くなったリビングに霧散した。


 ◇◇◇


「はぁ? それを俺にどうしろってんだよ?」


 燦々と照りつける日差しに天然のカーテンをあてがって作られた木漏れ日の下、イトとライサはフーリエとエレナの喧嘩の顛末をアルデに語っていた。

 アルデは面倒くさそうにベンチから起き上がると大きな欠伸をする。


「どっちの言い分も間違ってねえ。頑張りたいやつも、息抜きしたいやつも両方いて当たり前だ」


「そうですけど……なんか、フーリエが焦ってる感じがして」


「そうそう、いつも1番冷静なのに。最近はずっと感情的というか……」


「あー、生理とかじゃねぇの?」


 汚物を見るような冷め切ったふたつの視線がアルデを射殺す。


「と……まあ冗談はともかく、俺が行くよりお前らが探したほうがいいんじゃね? なんかあいつ俺に当たり強いし」


「それがわたしたちが何を言っても聞き入れてもらえなくて……」


「フーリエの方も意固地になっちゃって独りでオズに勝つってどっかいっちゃったんですよ」


「ったくどうなってんだよ……」


 肩をすくめるアルデ。


「あー、わかったよ。じゃあ今日の夜なんとかしてみるわ」


「すみません、お願いします」


「まったくだぜ。んでお前ら、ちょっと協力してほしいんだが……」



 ◇◇◇


「ちょ、ちょっと。一体どういうつもりよ」


 イトに半ば強引に寮内にある大浴場へと連行されるフーリエの姿がそこにはあった。


「まあ、いいなじゃいですか。フーリエさん最近何か悩んでるみたいですし、もしよかったらゆっくり喋りませんか」


 イトの甘言に、つい足許が緩み脱衣所に到着するふたり。

 所々ほつれが目立ってきた制服を脱ぎ捨て、カラフルな下着を外し、透明感と艶のある素肌を外気から隠すように両者軽く身体を洗ってから大きな湯船に浸かる。

 ふーっと身体の中に溜まっていた空気が口から漏れ、水面から立ち上る蒸気に思わず顔が綻ぶ。

 お湯に浸からないように髪を団子にしたイトがぐーっと身体を伸ばすのを見て、フーリエもどこか警戒が解けたのか思い口を開く。


「イト……アルデ先生があと3日でここを離れるって話聞いてる?」


「えっ——」


「やっぱりね」


 寝耳に水といった反応のイトにフーリエは深いため息をつく。


「あなたは口が固そうだから言うけど、他のみんなには内緒ね。きっと私以上に不安になる子がいるから」


「……はい」


「いい子ね。私も部分的にしか聞けてなかったけど3日後にソラリス=エルドベルト捕獲の任に当たっていて一時的にではあるみたいだけどここを離れるらしいの。それも王国騎士団直接の命令で」


「そんなことって……」


「ないわね。普通は」


 フーリエの言葉が含むところに気がついたのかイトの顔に緊張が走る。


「じゃあ……」


「ええ。きっとその日に何かが起こる。先生にだけじゃなく、恐らく私たちにも。それを聞いてから私は……そうね、こうやって話しているうちに気がついたわ。焦ってたのね、きっと。それでも確かに、先生がいなくてもお互いを守れるくらいに強くならなきゃいけない。私はそう思ってこの1週間を過ごしてきたわ」


「そう、だったんですね。ごめんなさい。わたしたち何も気がつかなくて」


「いいえ、何も気がつかないように振る舞っていたのは私の方だから。まあ、こうやって心配されてちゃ世話ないわね」


 自嘲気味に嗤うフーリエにイトはかける言葉が見当たらなかった。


「他の子、特にエレナには言わないでね。あの子、ああ見えて繊細で傷つきやすいところあるから」


「……」


「大丈夫。あと3日もある。今日はオズちゃんに……アルデ先生に勝てなかったけどきっとこの3日間のうちにあの人を超えてみせるわ」


「フーリエさん……」


 ザバリと湯船から立ち上がって雄々しくそう宣言するフーリエの肩は微かに震えていた。

 18歳。

 少女たちの中では最年長であり相対的に大人びて見える彼女だが、世間的に見ればまだまだ子供。

 そんな彼女が独りであの『勇者喰らい』と同じだけの責任を負おうとしていることのへの重圧や覚悟はいかほどのものなのだろうか。

 湯船の中でただその背中を眺めることしかできなかったイトには想像もつかなかった。

 そこに、ガラッと入り口の扉が開く音がする。


「なにひとりでカッコつけてんのよ」


 そこにはバスタオルを身体に巻いたエレナの姿があった。

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