第13話 駆り立てる焦燥

 アルデの『人体操術』を使った授業が始まってからさらに2週間が経過した。

 この間、少女たちはその日その日で変わるアルデが操作する相手に14連敗を喫していた。


 毎日毎日異次元の機動を見せつけられた後に投げ倒され、はたまた死角からの一撃でひっくり返りボロボロになって帰宅するのが常になっていた。

 そして、気がついたことがある。


「これ、アルデ先生を気絶させれば勝ちなんじゃないかしら?」


 暗い金髪を弄びながらフーリエが神妙な面持ちで呟く。

 確かに、論理的な発想だった。

 アルデが設定したゲームのルールに『アルデに攻撃してはならない』という項目はないし、この2週間実行していない新たな切り口からの奇襲。

 考えうる限り現状最も可能性が高そうな作戦だと他の少女たちも賛同した。


 そして今、アルデの操作対象であるライサを除いた4人の少女たちは職員室の机でサンドイッチを頬張るアルデに狙いを定めていた。


「いい? 部屋に入ったら私とイト、エレナとオズの二手に分かれて挟み撃ちにするわよ」


「オッケー。頼んだわよ、オズ」


「もちろん。ブギー君は今日も絶好調さ」


 オズの後ろでグッと力こぶを作る青白い熊のぬいぐるみ。


「それじゃあ、行くわよ」


 フーリエは指でスリーカウントを始める。

 3……2……1……。

 フーリエの長い人差し指が握り込まれるのと同時に4人が一斉に職員室になだれ込む。


「【灰雪かいせつこう】」


「【降霊いけ!青白熊ブギー君!


 手前から攻めたイトが虚空に姿を眩まし、奥から背後を取るようにブギー君が両腕をアルデの脳天目掛けて振り下ろす。

 凄まじい質量の一撃をアルデは器用に身を捻ってかわす。

 サンドイッチのレタスが宙に舞う。


「くっ、外したッ⁈ エレナカバー!」


「わかってるわよ!」


 行き場をなくしたブギー君の腕が職員室の床を割り、木片が巻き上げられる。

 その間隙を縫い駆けるエレナは腰から引き抜いた短剣を構え、その刃に左手を重ねて唱える。


「【破断刃】ッ!」


 突き出した短剣から、その間合いを遥かに超える斬撃が放たれる。


「くっ!」


 空中に逃れたため回避しきれない体制のアルデに斬撃がち直進する。


「獲ったわ!」


「甘ぇ!」


 アルデはその腕に青白い燐光を纏うと、瞬間的に細かい掌底を地面に向かって繰り出す。


「きゃあっ⁉︎」


 掌から放たれた圧倒的な密度の風圧は地面を押し返し、その反作用でアルデは天井まで打ち上げられる。

 そしてついでのように地面に当たり発散された突風がエレナの身体を隅まで弾き飛ばす。


 天井を一時的な足場に地面に帰還しようとしたアルデの眼前にふたりの少女が立ち塞がる。

 故・勇者ルイルの大剣をじっと構えたイトと真珠のネックレスをその手に握るフーリエ。


「フーリエさん、行きますよ!」


「もちろん」


 フーリエは手に持った真珠を数珠のように両手に掛け、高らかに宣言する。


「【滅金強化メルトエンハンス】」


 瞬く間に手の中の真珠が塵と消え、フーリエの纏う雰囲気が凶暴に張り詰める。

 フーリエのじ術式【滅金強化メルトエンハンス】は貴金属や宝石など、彼女が価値を感じたものを消費することで一時的に自身の身体能力を高めるものだ。

 急激に溢れる力の本流に歯を食いしばりながらフーリエはイトと目を合わせる。


「真珠のネックレスじゃ持ち時間は1分程度。イト、手早く決めるわよ」


「はいッ!」


「おもしれぇ」


 アルデはふたりの少女が待ち構えている地点めがけて勢いよく天井を蹴り、弾丸の如き勢いで迫る。

 天井に張り付いていた埃とカビ臭い匂いが職員室に充満する。

 右腕を振りかぶるアルデに少女たちはしっかりと踏み込み、迎撃の準備をとる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


「「ハァァァァァァァァァッ!!!!!」」


 両者の気合いがぶつかり合い、最後の瞬間が近づいたその時——。


 タァンッ。


 至近から銃撃音が轟く。


「うぁ……」


 職員室の入り口にほど近い位置で構えていたイトの身体が傾ぎ、そのまま鈍い音を立てて埃まみれの床に倒れ伏す。

 フーリエが轟音の方角を見やるとそこには硝煙をたなびかせる一丁のライフルとその照準を半目で覗くライサの姿があった。


「くっ……」


 思わぬ伏兵だった。

 アルデを襲うと決めた時に、アルデが操る生徒が学校内にいないタイミングを狙うのが得策という判断に至っていた。

 実際、今日ライサは街に降りてショッピングに行っているはず。

 アルデがそれを知っている素振りはなかった。

 それなのにどうして……。


「はっ」


 ライサの足元を見たフーリエは思わず息を飲んだ。

 ライサが履いているピンヒールには値札が付いているではないか。それに、ピンヒールをピンヒールたらしめる細長い踵の部分が片方ひしゃげている。


 よく見るとライフルを構えるライサの目は今にも泣き出しそうだ。


「まさか、この短時間で街から戻ってきたというの……」


 アルデの全速力を舐めていたわけではなかったが、自分たち4人を相手にしながらここまで遠隔操作に力を割くことができるとは……。


「悪くない作戦だったぜッ!」


 空中から迫るアルデに対抗するにはライサに気を取られすぎた。

 背中に走る鈍痛を噛み締めながら、フーリエは敗北。

 作戦は、失敗した。


 ◇◇◇


「くっ……屈辱的だわ」


 アルデに「今後も俺を狙って構わないぜ」と謎の許可をもらって寮に引き返してきた少女たちはまるでお通夜後のような雰囲気でテーブルを囲んでいた。


「実際、今回みたいな速度で増援が来るとなるとアルデさんを狙うのは得策とは思えませんね」


「そーね。ただでさえ化け物なのにそれがふたりになったら勝ち目なんてなくなるわ」


 綺麗に整えられた爪にペイントを施しながらエレナが賛同する。


「まあ、そんなに焦らなくてもいいんじゃない? まだ始まって2週間しか経ってないし。そもそもこんな短期間で実力が上がるほど簡単な世界じゃないでしょ」


「それも……そうね」


 オズの真っ当な意見に渋い顔ながら肯定の意を示すフーリエ。

 これで話は終わりとばかりに、ライサがショッピング中に起こった悲劇とその後の顛末についてみんなに泣きつく中、胸の中のざわつきを静かに見つめる。


(でも……それじゃいけないのよ)


 フーリエは3日前の夜のことを思い出していた。


 ◇◇◇


 その日、フーリエは5人分の課題を集めてアルデのいる職員室まで提出しに行っていた。


 こんなに夜遅くになってしまったのは主にライサとエレナのせいだった。

 どれだけ教えても次の問題になると途端に解けなくなってしまうライサと、そもそも課題をやろうともしないエレナ。

 そんなふたりを説得し、なんとか課題を終わらせるためにイトと協力をしていたらこんな時間になっていた。


 ちなみに、「全員揃ったら持って来い」と言ったのはアルデだった。

 どうやら課題の催促をするのが面倒くさかったらしい。

 校舎が全体的に消灯されている中、職員室の窓からは煌々とした灯りが漏れていた。


 ノックをしようと扉の前に立つと、アルデの怒号が聞こえてきた。


「ユニステメェ! なんでこんな学校創りやがったッ⁈ 『餌』とか『贄』とか正気の沙汰じゃねぇだろ!!!」


 ぎょっとして中を覗き見ると、そこには学校備え付けの魔導通信機を耳に当て鬼の形相で激昂しているアルデの姿があった。

 口ぶりからして、相手は勇者学校の校長にして先代女王のユニスだ。

 今にも飛びかからんといった激しい剣幕でユニスを責め立てる。


「次の勇者を育成するために成績が悪いだけの学生を生贄にしていいわけがねぇ! おい、聞いてんのか⁉︎」


「うん……。アルデの言う通りね」


「だったら——」



「でもね、こうでもしないと世界を守れないのも事実よ。ルイルが死んでから魔

族や楽園創造教の動きは活発になっている。1を切って10を救う覚悟がないともうこの世界は成り立たなくなっている。そこを理解してほしいわ」


「そういう問題じゃねえだろ!」


「そういう問題よ。それに、わたしだって分校の子たちを見殺しにしたいわけじゃないわ……。見殺しにしないためにあなたを派遣したんじゃない」


「くっ……」


 アルデが苦虫を噛み潰したような顔で歯を食いしばる。


「あなたの人体操術を使えば飛躍的に彼女たちの成長速度は早まる。それを見込んでの人事よ」


「じゃあなんでそれを早く言わなかった!」


「言えないのよ……。そういう制約だから」


 疲れ切った声音で呟くユニスにアルデは押し黙るしかなかった。

 ユニスはいわば中継役。

 実際にこのクソみたいな制度を作り、運営しているのはさらに上の存在ということになるだろう。

 前女王のユニスを従えることができる存在……そんな人間は限られていた。


「理事長……国王のゲルバードか」


「さぁね。言えなーい」


 冗談めかした口調ではぐらかすユニス。


「あ、別件になるんだけどね。王国騎士団からあなたに出撃要請よ?」


「なんで俺が……」


「学生と一緒。教員にも王国騎士団の末席としての地位が与えられてるの。地位を与えられるということは、それに伴う責任も生じるということ。ドゥーユーアンダースタン?」


「はいはい。それで?」


「あなたの任務は1週間後。内容は楽園創造教『ソラリス=エルドベルト』の拿捕よ」


「1週間後ッ⁈ それにソラリスって、この前襲撃してきたやつじゃねぇか」


「そ。あいつはしくじった。きっと創造教の中でも地位を危ぶめているはずよ。彼を捕まえて、現在の魔族や創造教に関する情報を引き出すのが目的。あなたがいない間の授業は一時的にわたしが担当することになると思うわ」


「……そうか」


 ソラリスの確保。

 それは分校への襲撃者の撃退を意味している。

 これまで『贄』という制度を保ってきた学校がここに来て尻尾切りか?

 きな臭い事案だ。アルデはそう感じていた。


「じゃあ、詳細はまた書面にして送るから。ちゃんと読んどきなさいよ」


「おう」


 アルデは通信機を机に置く。


(アルデ先生が1週間後にいなくなる……)


 フーリエは漏れ聞こえてくる会話の断片を整理する。

 これまで自分たちを人として扱ってこなかった学校が急にソラリスの確保に動き出すのはどう考えても不自然だ。

 この状況に裏があることはほぼ確定。

 そしてそのタイミングでアルデを分校から離すということは……。


「あ……」


 身の毛もよだつような残酷な計画が頭をよぎった。

 このままでは、自分たちはよくて欠員、最悪の場合全滅の可能性すらあるだろう。


 事態は一刻の猶予もない。

 早く成果を挙げなければ。

 背中を伝う冷たい汗。

 下着に染みて消えていくその雫が自分たちの末路を表しているようで……。

 フーリエは決意した。


「この1週間でわたしがアルデ先生に並んで見せなきゃ……」


 ◇◇◇


 あの決意から3日。

 今日もなんの成果も得られないまま夜が来る。

 ベッドに入るたびに、死が近づいている感じがして心臓が痛い。

 まるで残りの寿命をこの一瞬に凝縮するかのように拍動が速度を上げる。


「もう、時間がないのに……」


 その切れ長の瞳から溢れた涙は、頬を伝い、程なくして枕の染みのひとつになった。


 タイムリミットまで、あと4日。

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