第12話 『手取り足取り』
セレニエ地区での事件から1週間が経過した。
あの事件の後、少女たちはこれといって変わり映えのない日常を過ごしていたが、ひとり気が気でない少女がいた。
イトだ。
ちょうど1週間前にオズと交わした『1週間以内に授業を改善できなければ解雇』という約束がまだ生きている。
少なくとも、昨日エレナに「いよいよ明日であの先生ともおさらばね〜」と笑いかけられた際には「そうだね」と淡白ながらも肯定を示していた。
事件以後オズは変わらずアルデの監視を続けているのか、放課後は日が暮れるまで寮に帰ってこない。
きっと自分の手で最終判断を下す下準備をしているのだろう。
必要な材料を須く調達してから念入りにトドメを刺す。
オズの得意なやり方だ。
「ど、どうしましょう……このままでは……」
分校の敷地内にある寮のリビングからエントランスにかけてを先ほどから行ったり来たりしている。
アルデが教職を離れることは、まあどうでもいい。
しかし、自分の兄の仇が自分の目の届かないところに行ってしまうのはせっかくの好機を逃したようで悔しい。
だから、万が一の時、自分はアルデを庇うことにしよう。
幸い、この分校の誰よりも慰留を求める理由はハッキリしている。
声さえ上げればあとはきっとライサあたりが助け舟を出してくれるだろう。
そう、まだ兄に対しての謝罪も聞いていないのだ。アルデをみすみす手放すわけにはいかない。
よし、と納得の笑みを浮かべて決意を固めるイト。
ちょうどそこにアルデがオズを伴って現れる。
寮にまで現れることなんて珍しい。
たまたまエントランス付近にいたイトを見つけると、アルデは悪戯っ子のように笑い、頼み事をした。
「ちょっとみんなを集めて前庭に出てきてくれるか? あ、着替えも忘れるなよ?」
◇◇◇
「よしお前ら、よく集まってくれたな」
体操着に着替えた五人の少女たちを前にアルデがどこか自信に満ちた様子で話す。
「なに? もう放課後なんだけど」
「まあそう堅いこと言うなよ。学生たる者24時間365日勉強に励むべしってユニスも言ってたろ?」
「そんなブラックな学校に通った覚えないんだけど⁉︎」
エレナが元気よく噛み付いているのを尻目に、アルデは話を軌道修正する。
「んまぁそんなことはさて置き、だ。この1週間、俺の授業に不満を持つやつも多かっただろう」
「何よ突然……」
「まあ聞けって。正直俺は学とかねぇし、教師なんてするもの初めてだ。本校にいる選りすぐりの教師陣と比較されるとどうしても見劣りする」
「だったら——」
エレナの言おうとしたことを察したのか、アルデは手を突き出してそれを静止する。
「——だが、それはあくまでも本校の教師陣と同じやり方をした場合の話だ」
手招きで列の中からオズを呼び出すと、アルデは無遠慮にその頭に手を乗せる。
「そんなやり方してたってお前らは一人前の勇者になんてなれねぇ。てか、そもそもが落ちこぼれのお前たちが本校と同じようなカリキュラムをこなすだけじゃ足りねぇってことはもっと早く気づくべきだった」
「なに? おちょくってるの?」
「それもあるが、メインじゃない」
隣で拳を握るエレナをなんとか宥めすかすイト。
アルデは挑戦的な笑みを浮かべると、オズの頭から手を離し指でピストルを作る。
「授業準備、付き合ってもらうぜ。もしこのやり方でお前らが成長を見込めないと感じるなら、潔く俺はここから出て行こうと思う」
「……っ上等じゃない! やってやろうじゃないの!」
「決まりだ」
アルデが定めた授業の内容は至ってシンプル。
少女たちによる1対4のアンバランス紅白戦だ。
ひとりサイドの少女が他の全員の背中を地面に付けられればひとり側の勝ち、逆にひとり側が一度でも背中を地面に付けば4人側の勝利という不平等極まりないルール。
どうやら今回はオズがひとり側のようだ。
「さて、お前ら泥だらけになる準備はいいか?」
「言ってなさい! ギャフンと言わせてやるわ」
「あと、今回は魔力の使用はなしな」
「何度も言わなくてもわかってるわよ」
ベーと舌を出して蔑むエレナ。
(相手は一番小柄なオズ。あのクマが出てきたら厄介だったけど、ただの格闘戦なら問題ないわね)
そう考え、余裕の表情を浮かべていると隣のイトがなぜか冷や汗を垂らしながら言う。
「みなさん、気を引き締めていきましょうね……」
「……?」
「んじゃあいくぞ〜。よーい——」
パンッ!
アルデの持つ銃の発砲音を合図に4人少女たちは一斉に駆け出す。
「先手必勝っ!」
最も走力のあるエレナが戦闘を放棄したかの如く直立不動のオズに掴み掛かろうとした時、その視界が反転する。
「えっ?」
直後、ドシャァッと地を滑る音。
遅れてやってくる鈍い痛みにエレナはようやく気がついた。
自分が既に負けたことに。
自分を投げた小柄な少女の方に驚愕の目を向けると、
「ふんっ」
と、どこか馬鹿にしたような笑いを返される。
オズは次なる敵に目を向ける。
遅れてやって来た3人はエレナの惨状を目の当たりにし警戒を強めたのか、コンビネーションを組んでオズを三方から包囲していた。
アイコンタクトを取りながら、逃げる隙がないようにタイミングを合わせ飽和攻撃を仕掛ける。
「「「おりゃあっ!」」」
しかし、オズはそれも難なく跳躍して回避すると最も態勢を崩していたフーリエの脚を素早く払い、転倒させる。
「ぐっ……」
なんとか持ち直したライサとイトが自棄っぱち気味にオズに飛びかかってくるが、最初に到着したライサの腕を掴み、その細腕からは考えられない膂力を以て後続のイトに投げつける。
「「うわぁぁぁッ⁉︎」」
盛大な玉突き事故の出来上がり。
分校の前庭には、息ひとつ乱れていないオズと背中を土だらけにして腰をいわす4人の少女たちという異様な構図が出来上がっていた。
「……くっ、なるほど。確かにオズは見違えるくらいに強くなったわね。これがあ
んたの新しい授業の成果だって言うの」
「まあ、半分は正解。もう半分はっと」
アルデが手を叩くと、まるで糸が切れた操り人形の如くオズがその場で膝をつき、肩で息をし始める。
「え? ちょっと、オズ⁉︎」
「大丈夫、ただの運動のし過ぎだ」
「ぼく、もっと軽いのを想像してたんだけどな……」
恨みがましげにアルデを見るオズ。
軽い感じで手を合わせながら、アルデはようやく起き上がった少女たちに向けて堂々と語る。
「これが俺が考えたやり方だ。俺の人体操術でひとりの身体を操り、残りのやつらと模擬戦をやり続けてもらう。4人組の方は擬似的に俺とやり合う機会ができて大幅に経験値アップ。操られてるヤツは自分の現状では出せない力の出し方や使い方、あと目や身体に必要な筋肉の箇所を直感的に知ることができる。こうすりゃどんなに口で言うのが下手でもお前らに直で伝わる」
「前にセレニエ地区で人狼會と戦った時に感じたんだ。自分が知らない自分の可能性を、それがどこにあるのかまで。だからぼくは、この方法を考えついた」
オズが膝に手を付きながら立ち上がる。
「これが最速で勇者に近づく方法に違いないと、ぼくは思うよ」
オズの言葉に、難色を示していたメンバーも肯定せざるを得ない空気になる。
イトやライサは言わずもがな、だ。
「さて、じゃあ誰からも反論なさそうだし、これで行くとするかー」
ん〜っと伸びをしてから、アルデはパンっと拳を打ちつける。
「明日から文字通り、手取り足取り教えてやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます