第8話 娘を探して

 美しい盛り付けのなされたデザートを胃に収め、三人はカフェを出た。


「ああくそっ……次の給料日までまだあるぞ……」

 すっかり素寒品になった自分の財布をなでながらアルデは数日後の自分を想像し身震いする。

 そんな哀れな男の前を歩くふたりの少女は見目麗しい甘味にすっかりハイテンションだ。


「オズ、大変美味しかったですねあのジェラート」


「そうだな。イトが頼んでた限定パフェ、今度ほかの奴らも誘ってまた食べに来ようぜ」


「はい! ぜひそうしましょう!」


「ったく、お気楽そうでいいな」


 呆れ顔でその背中を見守っていると、突如店と店の間から人影が現れアルデに激突する。

 鈍い衝撃を身体の側面に受けたアルデは踏ん張りが効かず、そのままセレニエの石畳に人影ごと倒れ伏す。


「がぁ……ッてて……おいバカ気をつけ——」


 強かに打った後頭部をさすりながら腰を起こすと、柔らかい感触。

 アルデの目と鼻の先にあったのはそばかすの浮いた顔と亜麻色のショートヘアが印象的な女性だった。

 アルデに覆い被さったままのその女性は閉じていた目をやおら開くと、かなり焦った様子で見知らぬ男の胸に泣き縋る。


「すみません! あの、娘を知りませんか?」


「はぁ?」


「お願いですッ……娘を……マーガレットを探すのを手伝ってくださいませんか?」


「え? ちょどういう——」


「お願いします! お礼ならいくらでも……だからお願いマーガレットだけは……っ」


「わかった、わかったから落ち着けって⁉︎ な⁉︎」


 呆気に取られていた少女たちの手を借りてなとか泣きじゃくる女を剥がしてもらったアルデは、先ほどのカフェで自分の残金寿命を削り温かいコーヒーを買ってやる。


「ありがとうございます……」


 鼻水を啜りながらお礼を言い、コーヒーを受け取った女はゆっくりとそれを飲むと次第に落ち着いたのか、幾度か大きな深呼吸をする。

 その間懸命に背中を撫でてやるオズとずっとさすっているアルデの後頭部を一応濡らしたハンカチで冷やしてやるイト。

 コーヒーを飲み干し、女性がようやっと落ち着いたところでアルデは切り出す。


「んで、娘さんがどうしたんだ? 迷子か?」


「はい……すみません。見ず知らずのあなたがたに語るのも変な話なのですが、私の娘マーガレットが怖い男たちに連れて行かれてしまったのです」


「人攫いか——」


 フラレ地区でもあったように、こうした少し栄えた街では珍しくないことだった。

 建物が多いことはそのまま裏路地が多いことを意味し、買い物客が多いことは犯罪者たちが雑踏に紛れることを容易にする。

 おんな子どもがひとりで歩くのは昼間でも危ないような地区だ。運悪く鉢合わせてしまったのだろう。


「それで、どこで連れ去られたんだ?」


 アルデが話を促すと、女は震える声で当時の状況を説明し出した。



「私は今日マーガレットを連れて子ども服を買いに来ていたんです。その帰り道、駅までの道に迷いうっかり裏路地に入ってしまったのが運の尽きでした。どこからともなく現れた男たちが一瞬で私からマーガレットを奪って行ってしまったのです。私も抵抗は試みたんですが、いかんせん相手は屈強な男たち……。ものの数秒で意識を刈り取られ、眠っている間に金品もすべて奪われていて……」


 何もかもを失って自暴自棄になって走っているときにあなたにぶつかったのです、と締めくくる女。

 突然突きつけられた犯罪の一部始終に分校が襲撃されたあの日のことを思い出したのか、険しい顔つきになる三人。

 それを見て取り繕うように女は口を開く。


「すみません。困りますよね、いきなり。それと申し遅れました。私、ベラと言います」


「俺はアルデ。こっちのちっこいのがオズで灰髪の方がイトだ」


「どうも……」


「よろしくー」


 会釈を交わす四人。


「んで、ベラさん。俺はまぁ力を貸さんでもないが、それより先にここらの取り締まりをしている駐在さんとかに相談して協力してもらった方が確実じゃねぇか?」


「あっ、いえ、その……」


 俯き加減に目を泳がせるベラ。


「あ、あの男たちに脅されたんです……『もし警備隊にチクったら娘の命はないものと思え』って」


「なるほど。かなりやり慣れてやがるな……」


「アルデさん、わたしたちで力になって差し上げましょう」


「……そうだな。乗りかかった船だ」


 まあ、実際は船の方から追突してきたわけなのだが。


「オズ、お前もそれでいいか」


「異論なし。やるならその連中が遠くに逃げる前に手早くいきたいね」


「みなさん……ありがとうございます!」


 感涙で再びそばかすの目立つ顔をぐしゃぐしゃに汚しながら何度も礼を述べるベラ。

 オズの言っていた通り事態は一刻を争うので、効率を重視し初手は四人で手分けをして犯人グループの足取りを聞き込みすることにした。

 セレニエ地区の西半分をイトが。

 東半分をオズが。

 そして事件現場を含む路地裏をアルデがベラを連れて捜査する。

 そして一時間後。

 先のカフェを目印にして集まり、得た情報を照合する。


「西側特に異常ありませんでした。ですがやはり最近若い女性を狙った金品及び身代金目的の誘拐事案が多発しているとの情報があったので、もしかしたら今回の犯行グループもその手の輩なのかもしれません」


「なるほど。オズ、お前の方は?」


 アルデが水を向けると、オズは腕を組み考えるようにして報告する。


「ぼくの方は収穫あったよ。実際女児を連れた不審な男女グループを見た人間が何人かいた。やつら北東の方に向かって歩いてたらしい。この街の北東には鉄道とかの交通手段は通ってなくて、山に囲まれているらしいから、恐らくそのどこかにやつらのアジトがあるんだと思う」


「なるほどな。アジトか……」


 オズの報告にアルデは内心舌を巻いていた。

 分校の中でも最年少。

 頭が切れるとは聞いていたがまさかその少ない人生経験を補って余りあるほどだったとは……。

 アルデはふたりの情報を総合し、脳内でまとめると至極冷静な声色で生徒たちに通達する。


「よし、お前らはベラさんとここで待機だ」


「え?」


 アルデの方針に疑問を示したのはオズだった。


「なんでさ先生。ひとりで行くよりもぼくら全員でかかった方が確実じゃないか? 相手の人数も知れないんだし」


「いや、そんなことはねーよ。俺ひとりで十分だ。間違いない」


「……くっ」


 オズには理解できななった。

 明らかに自分の提案の方が合理的なのに、アルデのその黒光りする瞳には揺るぎない自信のようなものが感じられたからだ。

 子どもが喚き散らすようにオズは妥協案を打ち出す。


「じゃ、じゃあせめて先生の得た情報をぼくらにも共有してよ。それでぼくらが推理してもし当たったらぼくもそっちに——」


「オズ」


 諭すようなその声にオズは自然と口を閉じる。


「これは遊びじゃねーの。マーガレットちゃんが助かんなかったら責任取れんのか?」


「それは」


「それに、お前らはまだ生徒なの。大人の問題は大人が解決するからひとまずベ

ラさんの安心毛布になってやってくれ。な?」


 そう言ってオズの頭をたっぷりと撫で回すと、アルデはイトに「頼んだぞ」と言い残し北東方向の路地裏に消え去る。




「ちぇっ、白けるよ。聞き込みさせるだけさせといてさ〜」


 アルデが事件解決に繰り出した後、そのまま立ち話を続けるわけにもいかなかったのでイトとオズはベラを連れ、昼食をとったカフェで帰りを待つことにした。

 グラスに入ったオレンジジュースをストローでぶくぶくと泡立てながらオズが不満たらたらといった様子で語る。


「だいたいなんだよ『大人には大人の問題が〜』って。こちとら正式に国の正規軍としての行動権利だって持ってるっつーの」


 勇者学校の生徒には万が一の場合に備えて自発的に事件を捜査し、必要があれば犯罪者相手に戦闘を行う権利——正しくは王国騎士団の末席としての位が与えられていた。

 これまでに語った通り、不安定な状況で成り立っている勇者学校の元で学ぶに当たって、自衛策として自信の武力と魔力を行使できる裁量を与えておくことは最低限の安全措置であるのだ。


「仕方ありませんよ。実際、我々はあくまでも学生です。非常時以外は指導者の許可が出ない場合、その魔力の使用および戦闘への参加は認められません。この場はアルデさんに託しましょう」


「イトは従順だね〜」


 面白くないという様子で辺りを見回すオズ。

 そして、何か閃いたかのようにニヤリと笑うと嬉々としてベラに話しかける。


「ねぇベラさん、アルデ先生とどの辺回ってたの?」


「え?」


「ちょっとオズ?」


 ペロリと舌を出し悪びれる様子のないオズは目でベラに回答を促す。


「え、え〜とですね……東の方の奥……たしかバーとファストフード店の間から入った気がします」


「そうなんだ〜。ありがとう」


 満面の笑みで席を立つオズの裾を掴むイト。


「……別に危ないことはしないって。自分が関わった事件の顛末を見たいだけ。野次馬根性だよ」


「でも……」


「ほら、イトが付いててくれればベラさんも安全だし、ここは人通りも多い。護衛はひとりでも多すぎるくらいさ」


 じゃ、とイトの手を振り払い雑踏の中に消えていくオズ。


「えぇ……」


 髪をかき上げ、眉根を寄せるイト。

 そんな彼女の心中を察したのか、ベラは穏やかに声をかける。


「あの、イトさん。もしよかったらオズさんを追いかけてください」


「え、いやでも……」


「私の方は大丈夫です。喫茶店にまで押し入って襲ってくるような連中、そうそういませんから」


「……」


 イトは心の中でオズが何かしでかすんじゃないかという心配とここで万が一に備えてベラを見守り続けることを天秤にかけ、熟考。そして——。


「すみません。すぐ戻ります!」


 ベラに頭を下げ、オズを追いかけることを選択した。


「いってらしゃい」


 ベラは手元に残していたブラックコーヒーを一気に飲み干した。

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