第6話 開催! 解雇ゲーム!

 楽園創造教の襲来からはや二週間が経過した。

 その間アルデはイトとの契約を履行し、少々の遅刻こそするものの勇者学校の教師として真面目に授業を行い、少女たちもまた欠席することなく学業に、そして訓練に勤しみ各々が成長を遂げようと切磋琢磨する日々。


 しかし、ここに来て新たな問題が首をもたげていた。


「アルデさん、申し訳ないですが授業が教科書通りすぎてその……学ぶところが少ないように思います」


「イトお前もうちょい歯に衣着せてもよくないか? 先生傷つくぞ」


 ぎゃーぎゃーとわめき立てるアルデであったが、実際彼自身も感じていた問題であった。

 何を隠そうこのアルデという男、学というものがないのだ。

 幼少期の記憶は朧げで、蝕民鬼に襲われているところを時の勇者ルイルに助けられる。そこからは勇者のパーティメンバーとして活動し、『勇者喰らい』になってからは賞金稼ぎとしてあちこちを飛び回りながら悪党をしばき回す日々。


 そんな爛れた生活ばかりを送ってきたアルデの授業といえば教科書を読み、そこに載っている例題を解かせ、解答通りの採点基準で正誤を決める。

 ありていに言えば誰にでもできる授業だった。

 それは戦闘訓練や魔力実技の授業においても変わらず、基本的に勇者学校の定めたカリキュラムに則ってやれ魔力発現の起源だの刀剣を用いた基本的な構えだの耳にタコができるほど聞いた基礎的な内容を繰り返しこれといった私見を交えることなく進む。


 少女たちにとってこれは期待していたよりもかな〜りつまらないものだった。

 初日のとんでも具合を考えるとずいぶんマシになったように思えていたものの、二週間も経つとさすがに我慢の限界であった。

 ぶつくさと教科書の良さを語るアルデにイトは辟易とした様子で提案する。


「あーもう教科書がよくできてるのはわかりましたから。もっとアルデさんの経験とか実体験を踏まえた授業にしてもらえませんか?」


「俺の体験談? んなもんが聞きたかったのか?」


 面倒くさそうにしながらもアルデは勇者パーティにいたときのことを思い出すようにしながら饒舌に語る。しかし……、


「な、長すぎる……」


 まるで人生を尋ねたら生まれた時から今に至るまでをその人生分の時間をかけて喋るのではないかと思うほどに冗長なものだったのだ。

 朝の一時間目の半ばから話か始めた勇者パーティで二年間の話がもう陽も沈みかけた最終下校時刻になってもまだ時系列でいうと一割すら進んでいない。

 自分が知らない兄の話だと目を輝かせて聞いていたイトでさえ今はその手の甲をつねり、ほっぺの裏を噛み締めながらなんとか意識を保っている状態なのだから他のメンバーについては言うまでもあるまい。

 しかもタチの悪いことに一度話し始めると自分の世界に入ってしまうタイプで、疲弊して脱落していく少女たちのことなどお構いなし。話に一区切り付くまで永遠話続けるのだ。

 昼休みを挟むタイミングで一度みんなで止めようとも画策したのだが、アルデが上機嫌で教室に入ってきてあの死んだ目を懐かしさで彩りながら語り始めると誰も止める気にはなれなかった。


「さて、これで俺がルイルと出会ってからふた月が経過したわけだが……ってお前らちゃんと聞いてたか?」


「あ、あはは……はい」


「ったくまともに聞いてんのはイトだけかよ。あとの奴ら卒業できなくてもしらねーからな」


 自分の昔話をテスト問題に組み込まないでくださいっ、とイトがくたびれた様子でツッコミを入れ、この日の授業が終わった。




「あの、さすがにマズくないですか?」


 寮に帰宅しみんなで夕食を摂っている中、イトがやつれた顔で話題を投げる。


「えーそうかな? フーリエちゃんのシーフードピラフめちゃめちゃ美味しいと思うよ?」


「いえ、そうではなくて……その、アルデさんの授業のことです」


 あの一件以来、イトはアルデのことを『アルデさん』と呼ぶようになった。

 他の面々が『先生』と呼ぶ中で明らかな心の距離を感じる呼び方だが、これが彼女なりの折り合いの付け方なのだろうとアルデ含め分校の全員が特に触れることはなかった。


「まー確かに。あの超人的な動きの秘訣とか、学校では教えてくれない勇者になる近道とか教えてくれるもんだと思ってたけど……正直自習の方がありがたかったまである」


 ピラフを美味そうに頬張りながらオズが不満を漏らす。


「そうなんですよね……決して手を抜いていないことは伝わって来るんですが、どうも長時間聞く気にはなれないというか」


「ん〜先生ってたぶん先生するの初めてだよね? だったらまあ仕方ない気もするけど……」


「とはいえ、ぼくらにはあまり悠長なことを言っている余裕もない。次いつ楽園創造教が現れてぼくらを攫いに来るのかわからないからね」


 淡々と語りながらフーリエにおかわりを所望するオズ。

 彼女は十五歳と分校の中では最年少でありながらその冷静で的確なものの見方で頼りにされており、少女たちの相談役のような立ち位置にあった。


 そんなオズだが、西リリア分校に転入してきたのはつい最近である。その分、楽園創造教の襲撃に対する不安もひとしおだったのだろう、彼女は教師としてのアルデの存在意義に関して他の少女たちよりもかなりシビアな判定を下していた。


「ぼくはこれ以上価値の薄い授業が続くようなら先生を変えてもらうようにユニス先生に打診するのもやむなしだと考えてるよ」


 実際、アルデの前任者が西リリア分校から追放されたのはオズの根回しの成果であった。

 まあ、理由はアルデのように授業への不満ではなく過度なセクハラ発言だったので妥当すぎる結末だったのだが……。

 そんなオズがアルデの追放をも画策し始めていたことに少女たちは驚きを隠せなかった。


「オ、オズ、そんなに性急に事を運ばなくてもよいのではないでしょうか?」


「そ、そうだよ! 先生も、ほら、明日には何か面白くてためになる授業方法を考えてくれてるかも……ね?」


「明日は学校ないよ」


 イトとライサが取り成そうとするも、火に油を注ぐがごとくオズに加担する者が現れる。


「あら、あたしはオズに賛成よ?」


 エレナだった。

 本人曰く、特別アルデに恨みや因縁があるわけではないらしいが、なにかと否定派に回りがちな強気な少女。

 エレナはピラフに添えられた温かいコンソメスープを飲みながら続ける。


「だって、教科書を音読する機械がいるより自分で読んで演習をする方が効率いいわ。イトにとっては因縁のある人だし? 命の恩人でもあるかもしれないけど、クラスとしては必要ないわね。あ! イト個人的に雇ってあげたら? 家庭教師として」


「雇いませんっ! なんで兄さんを殺した相手にわざわざお給金を出さないといけないんですか!」


 顔を真っ赤にして抗議するイトを面白がるエレナ。

 それた話題を戻すべく、オズが、はいはい、と手を叩く。


「んじゃ、この一週間以内にアルデ先生が何か打開策を見つけられれば残留。そうでないときはユニス先生に頼んで解雇してもらう。それでいい?」


「異論なーし」


「ぐぅっ……妥当な判断かも、ですね……」


 両派閥の合意を以て、アルデの知らぬ水面下でのアルデ存続ゲームが始まった。




 翌日。

 この日は勇者学校は全校休校日。

 『剛腕の勇者』こと三代目勇者クトゥルスの命日なのだ。

 剛腕という名前とは裏腹に、学生も教師も各々が一時本分を忘れて身体と心の癒しに充てる、そんな祝日であった。

 この日アルデは赴任してから久々のまともな休みであったこともあり、西リリア分校からは少し離れたセレニエ地区でのんびりと一日を潰そうと考えていた。

 しかし……。


「なーんでお前らこんな所まで付いて来てんだよ」


 その傍には普段の制服を脱ぎ捨て、洒落た服でめかし込んだイトとオズの姿があった。


「わたしは別に、その……そう! 監視ですよ! いつあなたが人間を襲うかわかりませんからね」


「人を飢えた肉食獣みたいに言うのやめてくんない?」


「ぼくはちょっと興味があって。アルデ先生って休日なにしてるのかなーって」


「基本昼に起きて酒飲んで寝るだよ」


「うわぁ……自堕落」


「こうはなりたくないですね……」


「うるせぇぇぇぇえ! 文句言いに来たならもう帰れよ!」


 こんな調子でなぜか賑やかなパーティメンバーに囲まれたアルデは調子を狂わされながらも半ば諦めた目で目的地に向けて歩みを進めた。

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