第17話 25%
作戦当日の日暮ごろ。
西リリア分校を出発しユニスのドラゴンタクシーに揺られること数時間、アルデは森の奥にある古びた教会の前に降り立っていた。
「ここが楽園創造教の支部か……けっこうな建物なこった」
此度の任務は表向きには創造教序列七十五位ソラリス=エルドベルトの拘束であるが、この支部にソラリス独りだけがいるとは到底考えにくい。
万が一の場合を想定し、アルデは勇者学校の教員の
「さてと、んじゃ早速いきますか」
黒ずみと水垢が目立つ教会の扉を観音開きに押し開ける。
ギギギという木の軋むような音と共に扉が開き、中から埃と錆びた鉄の匂いがムワッと流れ出てくる。
真っ直ぐにアルデが見据えるその先に目的の男はいた。
ソラリス=エルドベルトだ。
真っ赤に染まったシャツを着崩し、口からは止めどなく涎を垂らしながらあさっての方角を眺めている。
明らかに異様な様子の彼にアルデは周囲への警戒を強めつつ一歩ずつ確かめるようにしながら教会の中へと足を踏み入れる。
ソラリスとの距離があと5歩といった所まで近づいても、彼からは微塵の反応もない。
業を煮やしたアルデは端的に呼びかける。
「ソラリス=エルドベルトだな」
「……゛あ゛ぁ」
あらぬ方向を見ていた目にうっすらと生気が戻り、幾度か往復したのちにその視線がアルデの像を結ぶ。
右目に比べてやけに黒目の大きい左目がぎょろぎょろと忙しなくアルデを睨め付ける。
「勇者喰らい……待ち侘びたよ」
くたびれた様子のソラリスは膝に手をつきながら立ち上がる。
不気味にも頭はずっとアルデの方向を向いたまま固定されている。
「王国騎士団の命令でお前を拘束する。大人しくしてろ」
「……はっ、嫌だね。第一、僕が君を呼び出したんだ。勘違いをしてもらっては困る」
「やっぱり騎士団に創造教のやつが入り込んでやがるのか」
「君に応える義理はない。てか、君が現れてから散々なんだ。魔王様の生贄は捕え損
ねるし、空蝕鬼は失うし、ジェイド様からこんなに醜い姿にされるし……」
「ジェイド様……だと」
怪訝な表情を浮かべるアルデ。
ソラリスはそんなアルデの顔を見て苛立たしげに自身の顔をガリガリと引っ掻くと、その不気味な左目を2本の指でガッと広げる。
「なっ——」
アルデはあまりの
まるで赤子のように四肢を曲げ伸ばしするそれの旺盛な好奇心を示すようにぎょろぎょろと四方八方にその黒目を向ける。
「ははァ——、少しは驚いてくれたかい? 君が殺した空蝕鬼の幼生だよ。君があいつを粉微塵にしちまうもんだから今度は僕がこいつの苗床にされちまったんだよなぁあぁああああああああああああ!」
怒りを顕にソラリスは歯を剥き出し、石畳の床をカツカツと踏み鳴らす。
「ふっざけやがっっててえああえああえあえええ!!!! 失ッせろよぉぉおぉぉおおおおおおおおおおおお! アルデ=クラムゥ!」
奇声と共にソラリスが左の目に力を込める。
瞬間、その左目から血飛沫が散華し、それと同時に教会内のあらゆる空間に亀裂が生じる。
「僕の意識がある間に……この空蝕鬼の力を使って、お前を圧殺する」
パリィン。
ガラスが砕けるような音と共に空が割れ、異形の生物たちが教会内に雪崩れ込んでくる。
「魔王様のお膝元で育った魔獣たちだぁ……お前の肉を喰らい千切るッ! 行けッ!」
ソラリスの号令と同時にざっと100体ほどの魔獣が体液を撒き散らしながらアルデに襲いかかる。
「チッ、やっぱこうなるか」
アルデは全身に力を込め青白い燐光を見に纏うと、集団から抜けてきた第一陣をその圧倒的な膂力を以て薙ぎ払うと、床を蹴り跳躍。
瞬時に魔獣たちの背後をとると腰に備え付けていた投げナイフに魔力を込め、投擲。
青白い一線が魔物たちの群れに大きな風穴を空ける。
が、その穴もすぐに集結してきた他の魔獣たちによって埋められ、再び黒い津波のようにアルデを圧倒的物量で襲う。
「こりゃキリがないな……」
嘆息するアルデにソラリスは血液を振り撒きながら高笑いする。
「フハッハ! いくら君のパワーを以てしても全ての魔獣に意識を割き続けるのは不可能! ジリジリと消耗してくたばるがいい!!!」
「しゃーね、んじゃちょっと本気出すか」
「は?」
呆気に取られるソラリスを尻目に、アルデはふぅーっと息を吐きゆっくり目を閉じる。
まるで襲い来る魔獣たちを意に介していないかのような自然体のまま、カッと目を開くとアルデは高らかに宣言する。
「【
火の粉のようにアルデの身体から漏れ出ていた青白い光が溢れ出し、その身体を包み込む。
「はぁっ!!!」
そのままアルデが右正拳突きを津波にかますと、教会内の全ての空気を巻き込んだ突風が発生。
その本流が黒い津波に抵抗を許さず、押し戻す。
「ぐっ……ぐぁあぁぁぁぁっ」
あまりの風圧に耐えかねたソラリスもバランスを崩し、されるがままに石畳の上を転げ回る。
「……うぅッ……はっ」
次にソラリスが顔を上げると、教会の三角の屋根があったはずの天井には星々と月が輝いていた。
自分の目を疑うかのようにすぐさま辺りを見渡すもそこにあるのは辛うじて土台に近い部分だけが残った外壁と瓦礫の下敷きになり圧死する無数の魔獣たち。
生き残っている魔獣も本能的に敗北を悟ったのか先ほどまでの勢いはどこへやら、くぅ〜んと鳴く大人しいペットのようになってしまっている。
「……悪夢だぁ」
無意識で口から溢れていた。
ざっざっという足音と共にアルデが歩を進めてくる。
その身体からは気のせいだろうか、シューッと蒸気のようなものが上がっているようにも見える。
「さて、ちょっと生徒たちの様子が心配になってきたんでな。お前に構うのはここで終わりにさせてもらおう」
「はっ……あぁ……ああああぁ……」
透き通るような蛍火を纏った拳をアルデは引き絞る。
「ひぃいいいッ……お、お助けを……」
「残念だが、お前はどの道助からねぇ。悪く思うなよ」
パァン。
轟音が爆ぜる音を最後にソラリスの意識は水底に沈んだ。
「よし、任務完了。早く分校に戻らねぇとヤバそうだな」
残った魔獣を高速で駆逐し、意識を失くしたソラリスを縛り上げる。
アルデの脳内にとある嫌な予感が湧いて出ていた。
きっかけはソラリスが語った上司らしき人物の名。
アルデには実に聞き馴染みがある名前だったのだ。
「ジェイド……ただの同名ならいいんだけどな……」
全身に魔獣たちを完封した力を纏い、馬車で3日の道のりをひた走る。
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