第18話 元勇者パーティメンバー:ジェイド=フリーバンス

 ギィィ。


 月が昇りはじめた頃、西リリア分校にひとりの侵入者が現れた。

 宗教的な紋様が刻まれた司祭服に身を包んだ壮年の男。楽園創造教のジェイドだ。

 堂々と正面玄関から校舎に入ってきたジェイドは中を見渡し、首を傾げる。


「おかしい、誰もいないのか」


 全ての灯りが消され、聞こえるのは窓を揺らす風の音だけ。


「勘付かれたか」


 ソラリスの手配した間者など信用はしていなかったが、ここまで筒抜けとなると話は変わってくる。

 重たいため息を吐くと、寮の方も見やる。

 この校舎と同じく一切の灯りが消されており、人の気配はしない。


「さて、どうしたものか……。あまり大きな被害は出したくなかったのだがな」


 ジェイドは渋顔で独りごちると、念の為と上階へ続く階段を上り始める。

 踊り場にたどり着いたくらいでジェイドはふと気がついた。


「雪……?」


 いつから降っていたのだろう。

 灰色の雪がジェイドの周りを取り囲むように降っていた。

 その虚を突くように小さな人影が背後から躍り出る。


「ふっ!」


 最小限の動きで最大限のダメージを与えれるように、イトは首を狙って大剣の突きを放つ。が……。


「よかった、無駄足にならなかったようだ」


 完全に隙を突いたハズの一撃は、ジェイドの指に掴まれ阻まれていた。


「ひっ……」


 完全に人間を超えたその反応速度と反射神経に生物的な恐れを覚えるイト。

 最大限の力を込め兄の形見の体験を引こうとするが、三本の指でつままれているだけとは思えないほどの力でガッチリ囚われており、離脱が叶わない。


 何度も何度も大剣を引こうとするイトにフンッと鼻息を吐くとジェイドは問いかけ

 る。


「ルイルの形見……お前があいつの妹か」


「……そう、ですけど」


「そう警戒するな。私だ……。ほら」


 ジェイドは空いている手で司祭服のフードを退ける。

 月明かりに照らされてその深く皺が刻まれた顔が顕になる。


「ジェイド……さん」


「そうだ。久しぶりだな、イト」


 剣を押さえる力が抜けていくのにつられて、イトも大剣に込めていた力を抜く。


「どうしてここに……」


「仕事だ。他のメンバーもいるのか?」


「はい。みんな! 出てきてください」


 イトの呼びかけに他のメンバーが踊り場を取り囲むように集結する。


「おや、ひとり足りないようだが」


「オズさんですね。どこに行ってしまったのでしょう」


 簡単に辺りを見回してもそれらしき姿は見当たらない。

 イトは諦めて、未だ警戒を解かない3人にジェイドのことを紹介することにした。


「みなさん、安心してください。この方はジェイド=フリーバンスさん。兄さんのパーティメンバーだった方です」


「どうも、驚かせたな。ジェイドだ」


 簡単に自己紹介をし、黙礼をするジェイド。

 周囲の3人が困惑の表情を浮かべるのを見て、端的に要件を伝え始める。


「今日来たのは仕事だと言った。目的はひとつ。アルデ=クラムの始末だ」


「「「「……ッ⁈」」」」


 ジェイドの口から語られたおぞましい言葉に全員の呼吸が一瞬止まった。


「この五年間探し回ってようやく足取りが掴めた。勇者ルイルの肉を喰らい勇者の座をほしいままにしようとした男だ。このまま生かしておく訳にはいかない」


「で、でも……アルデさんは兄さんを殺していないって——」


 反射的にイトが口を挟むと、ジェイドは悟ったような目で応える。


「わかっている。あいつはルイルを殺しちゃいない。だが、肉を食べたのは事実だ」


「——嘘です!」


 イトの拒絶するような断言と同時に少女たちは各々の武器をジェイドに向ける。


「イト、やめておけ。私はお前たちと争うためにここに来たわけではない」


「アルデさんに罪を押し付けるあなたをわたしたちは信じられません。出ていってください」


「……はぁ。あいつは思いのほかいい教師をやっていたようだな。だが、それはできない。それに、わかっているだろう? 私はルイルと肩を並べ戦った人間だ。いくら勇者学校の生徒と言えど時間稼ぎにもならんぞ」


 ジェイドが発する有無を言わせぬ圧力に、剣先が震える。

 ここから一歩でも踏み込めば自分たちはジェイドに敵と見做される。


 アルデを知っていて捕らえに来たと言っているのだから、少なく見積もっても彼にはアルデに比肩する実力があるのは確か。

 一度もアルデに勝利した経験のない自分たちが果たしてこの男に勝利することができるのか。


 全員の中に疑問と、それよりも大きな不安が生まれ信念を貫き通すための一歩を躊躇わせる。


「懸命な判断だ。生き残ることは何よりも重要だ。死んでしまっては何も遂げることはできんからな」


 憐れむようにそう言うと、眼前を塞ぐイトをすり抜け階下に降りる。

 一振りの抵抗どころか一歩の反抗すらも許されなかった少女たちが己の力不足に屈しそうになっていると、背後から大きな破砕音が轟く。


 4人が音の方向に目をやると、そこにはジェイドと組み合う大きなくまのぬいぐるみが。


「みんな、なにやってるの? こいつ体良く喋ってるけど敵なんでしょ。だったら戦わなきゃ」


 後者の入り口から入ってきたオズが全体を鼓舞する。

 少女たちの足が地面から離れ、再びブギーくんと力比べをしているジェイドに4つの敵意が向けられる。


「ジェイドさんすみません。大人しくしてもらいます」


 イトの発する言葉に覚悟を見たのか、ジェイドはしばらく押し黙った後、ぼそりと言う。


「【業】」


 組み合う手から徐々に腕、胴体とブギーくんの身体に紅の炎が広がる。


「お前たちが決めたんだ。いいだろう」


 ジェイドは燃え上がる大きな熊を背に司祭服の袖をまくり、その丸太のような腕を見せつける。

 そこに彫られていた紋様は……。


「ジェイドさん、あなた」


「仕事だと言った。嘘はついていない」


 淡々とそう言うと、スゥと息を吸い大きく目を見開く。


「楽園創造教序列第三位、ジェイド=フリーバンス——参る」

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