『勇者喰らい』の俺に勇者学校の教師をやれというのだから、もうどうなっても知らない。
八冷 拯(やつめすくい)
第1章 死灰天華
プロローグ 勇者を食べた大罪人
ルート王国の辺境、シセリア地方に佇む離宮、人呼んでヒイラギ宮殿。
四百年前の王国成立時から国王の避暑地として代々受け継がれてきた歴史ある国宝級の建造物だ。
その洗練された力強い装飾は見る者に自然と畏敬の念を抱かせ、歴代国王の高潔さを物語るようなその純白の外壁は代々仕える職人たちの丁寧な修繕と定期的な清掃の賜物である。
そして、その歴史と人々の思いを内包した重厚な扉は腹に響く轟音と共に粉砕された。
「ちわーす、お届け物でーす」
砂埃の中から現れたのは、中肉中背、櫛すらも通してないボサボサの黒髪。そしてなにより、死にすぎてもはや黒光している覇気のない目が印象的な青年だった。
彼は両手に引きずった見張りの兵士を足下に打ち捨てると、我が物顔でぐいぐいと中に進んでいく。
「ちわーす、じゃありません」
宮殿の奥から玲瓏な、しかしどこか呆れたような声が届き、男がピタリと足を止める。
宮殿の奥から現れたのは華やかさと上品さを見事に両立させた麗しいドレスを見に纏った女性。その美貌から年齢は青年とさほど変わらないように見えるが、立ち居振る舞いから彼女が潜ってきた社交場の数がとてつもないことが感じられる。
「よ、ユニス。元気そうだな」
「あなたはいささか元気すぎますね、アルデ。あれほど裏口から入るように言っているのに」
「裏口ってお前、正面玄関から何時間歩くと思ってんだよ……」
青年がやれやれといった様子で肩をすくめる。
その様子を見て、女性——ユニスは嗜めるように言う。
「それに、公式の場ではユニス陛下でしょ」
「硬いこと言うなよ。それに、女王だったの何年前の話だよ。いい加減その重苦しい肩書き忘れたら?」
アルデの適当な物言いに、ユニスは毅然とした態度で応える。
「そういう訳にはいきません。私は一時的でもこの国を治めた責任があります。そう易々と女王の名から逃げることは許されないのですよ」
「そりゃ窮屈なこって」
どこか寂しげな表情で微笑むと、ユニスはぱんと手を打ち話題を変える。
「さてアルデ。今日ここにお呼びたてしたのは他でもありません。貴方にお願いがあるのですが——」
「いやだ」
「……まだ何も申しておりませんが?」
「お前がそうやって切り出してまともな事を言った試しがねーじゃねぇか!」
憤慨するアルデを宥めるようにユニスは語る。
「お願いと言ってもさして大きなものではありません。三年前、私が勇者学校を立ち上げたのをご存知ですか?」
「ああ……、不在になった勇者の枠を若き才能から埋めようとかいうあの物好きすぎる学校だろ?」
「貴方、その学校の校長の前でよくそれ言えましたね……」
呆れ顔のユニスはわざとらしく咳払いをし、続ける。
「こほんっ……それでですね、勇者学校にはいくつかの分校があるのですが、そのひとつ、西リリア分校の教員が不足しておりまして……現状は本校の教員を日毎に派遣して一時的に授業を受け持っていただいているのですが、さすがにいつまでも担任不在というわけにもいきません」
「まぁ、そうだわな。いやー、俺にもし教師としての力があればなー」
「心配いりません! 初心者からでも始められるアットホームで楽しい職場です!」
「いやいやでも、ほら、可愛い生徒たちの将来のためを思うとどうしても——」
「あなたの経験こそ、生徒たちの将来のためになると思って——」
「行かねぇっつってんだろ!」
不意に出た大声に場が静まり返る。
「……わりぃ。だけど、どうしても行けねぇ」
「それは貴方が『勇者喰らい』だからですか?」
「……」
無言は、雄弁に肯定を意味していた。
ユニスは優しい眼差しでアルデに語りかける。
「ねぇアルデ、いつまでも
「だが世間は許さない」
アルデはキッパリと言い切る。
「魔族との長きに渡る戦争の
「でもそれは真実ではない」
「嘘だと言った覚えもねぇ」
自虐的な言葉を並べるアルデにユニスは涙を堪えるようにドレスの裾を握り込む。
「頼むよユニス。別に俺は満足なんだ。あれから五年も経ってみんな俺の顔なんて忘れちまった。お前の根回しのおかげで俺を狙う暗殺者や弔い合戦を仕掛けてくる王国騎士もいなくなった。このまま誰の記憶にも残らず、寂しく死にてーんだ」
「……そんなのは、許しません」
ユニスは大粒の涙を湛えた瞳でアルデの虚な目を射抜く。
「貴方は世界に奪われ過ぎた。仲間も、笑顔も……居場所も。このまま貴方を日陰で死なせてしまっては、私は自分の生涯に大きな悔いを残してしまいます。ですからどうか、お願い。世間のためではなく、私のためにこのお願いを聞いてもらえませんか」
「……」
「どうか、西リリア分校で教師となって生徒たちを導いてあげてください」
「……」
アルデの目の前で腰を折り、深々と頭を垂れるユニス。
沈黙は、一体どれほど続いただろうか。
張り詰めた空気の中、ユニスはその姿勢を一切崩さないまま、態度でアルデに語りかけ続ける。
きっと、自分が受け入れるまで何時間でも、何日でも、下手すれば何年でもこのままの姿勢でい続ける。そんな気迫が感じとれた。
折れる他、なかった。
「……ったく、しゃあねえな。わかった。わかったよ。やりゃいいんだろ。まったく……てか、俺に学とかないし世間様からクレームがあっても全部お前の責任だからな。それから——」
「っっっっよっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この最強に湿っぽい雰囲気をぶち壊す奇声が発せられる。
ユニスだった。
「やった! ありがとね、アルデ。いや〜助かったぁ。あそこに赴任した教師マージですぐ辞めちゃうからなかなか替えが見つかんなくてさあ。引き受けてくれてチョー助かった。ありがと!」
「は?」
ポカンと口を開けるアルデにユニスは悪びれもせず言う。
「いや〜アルデったら昔っから女の涙に弱いもんね〜、きっと引き受けてくれると思ってたぜ☆」
「え、は? じゃあさっきまでの『私のためにこのお願いを聞いてもらえませんか』ってのは」
「心のままを申したまで」
「テメっ騙したな!」
「嘘は言ってないもーん」
もうお気づきであろうが、このユニス、先代女王でありながらなかなかいい性格をしていた。
アルデも彼女の性格を知らないわけではなかったが、今日はなにぶん久しぶりの再会。女王としての経験が彼女を立派に成長させたんだと心の中で関心までしていたのだが……。
煽り散らしてくるユニスにアルデは半ギレになりながらつかみかかる。
「このやろ絶ッ対に行ってやらんからな! あんな約束は無効だ無効」
「おや〜、そんなこと言っちゃっていいのかな〜?」
首をぐわんぐわんされながら、ユニスはどこから出してきたのか手に持った四角い機械のスイッチを押す。
『ったく、しゃあねえな。わかった。わかったよ。やりゃいいんだろ。まったく……』
「言質、取りました〜」
にまーっと満面で笑うユニス。
その人を喰ったような態度に業を煮やしたのか、こめかみに青筋をピキピキと立てて飛びかかるアルデ。
「よこせッ! ぶっ壊してやる!!!」
「きゃ〜おそわれる〜」
かくして、まんまと策にハマったアルデは勇者学校の西リリア分校にて教師を務めることになった。
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