第2話 罪人には向かない職業
「『勇者喰らい』ッ……兄さんの仇、ここで討つッ!」
敵意をむき出しにして息巻くイト。
両の手で指を組むと荒々しく、それでいて
「【
「イトちゃん待って!」
ライサの静止も虚しく空のない教室にちらちらと火山灰のごとき灰色の雪が降り始めると、イトの姿が蜃気楼のように歪み、消える。
そんな鬼気迫る状況の中、アルデはまるで何事も起こっていないかのように飄々と自己紹介を進める。
「え〜、あの灰髪が言ってた通り世間では『勇者喰らい』で通ってます。なんでそんなお前が勇者学校に招かれてるんだって思うでしょ? 俺もわからん。誰か教えてくれ」
「ごちゃごちゃ喋ってるんじゃ——ないッ!」
アルデの視覚から突如として現れたイトはどこから
「先生危ないッ!」
ライサの警告よりも早くアルデは少し身体を反らしてイトの一撃をかわす。
背後からの一撃が不発に終わったことに驚愕しながらもイトは再び自分の姿を雪に隠す。
「お、ちょうど活きのいい灰髪が暴れてるしせっかくの魔力実技の授業だ。実験台になってもらおうぜ」
アルデは溶けてない新品のチョークを取り出すと教科書をペラペラとめくりながら板書をし始める。
「お前たち勇者学校の生徒はその最低限の素質として各々が魔力を持ってる——って教員マニュアルに書いてあった。この灰髪を見る限りマジらしいな。おっと——」
頭上からのイトの襲撃をひらりとかわす。
「いいかー、お前ら。魔力っていうものの性質には2種類ある。勇者が使う
ついに我慢しきれなくなったのか、アルデは大きく息を吸い込み虚空に手を伸ばし——
「いい加減にしろぉぉぉぉッ!!?」
何もないように見える空間からイトを引き摺り出し、その手に持つハサミを落として拘束する。
「だぁ畜生他人がせっかく真面目に授業している最中にブンブンブンブン飛び回りやがって! お前の母ちゃんハエか? ハエの娘なのかコノヤロー」
「うるさいッ! 離せッ! お母さんまで侮辱する気かッ⁉︎」
「えー、このように殺気がむき出しになっているとどれだけ透明人間でも簡単に動きを気取られるのでみなさんは常に冷静で落ち着いた術式の使用を心がけましょうって——え?」
アルデが目にしたのは各々の術式を使用し今にも襲いかかって来そうな少女たちの姿だった。
「その娘を、離しなさい」
ウェーブがかった長い金髪と大人っぽい雰囲気が特徴的な少女——フーリエだった。その鋭い眼差しは彼女らが本気であることを雄弁に語っていた。
「へぇー。離さなかったら?」
「やむを得ないわ。このまま攻撃するしかないわね」
フーリエはごく淡々と告げる。
「なるほど、四対一なら勝てる見込みがあると思っての行動だろうが……」
アルデは悪辣な笑みを浮かべて少女たちを見下ろす。
「『勇者喰らい』といえど俺は元勇者パーティの一員。お前ら、タダじゃ済まないと思えよ」
そのドスの効いた語気と圧倒的な威圧感にたじろぐ一同。
一手読み間違えれば即死。そう思わせるような睨み合いが一体どれほどの時間続いただろう。
不意にアルデがイトを掴んでいた手を離す。
「やめだ。俺は教師、お前らは生徒。俺はお仕事しに来たんであってお前らと争うってのはその範囲外だ。金にならない争い事はやらねーの」
んじゃ後の時間は自習でもしてな、と教卓の上の荷物を小脇に抱えて教室を出るアルデ。
ぴしゃりと扉が閉められると極度の緊張からか少女たちは一人残らずその場にへたり込んでしまった。
「さ、さすがの威圧感だったわね」
「も〜心臓もたないよ〜」
「すみません皆さん……私情で取り乱しました」
申し訳なさそうに謝罪するイトに赤髪に花の髪飾りを付けた少女——エレナが首を振る。
「構わないわよ、あんなやつ……それに、『勇者喰らい』のせいで嫌な思いをしたのはイトだけじゃないわ。現にここにいるあたしたちだって勇者さえ生きていればもっと別の……夢? とか追いかけてたかもしれない訳だし」
「まったくその通りね。あの男の存在は私たちのみならず国民の生活にも重大な悪影響を及ぼした。ある意味で貴方の行動は国民の怒りの代弁だったのかもしれないわね」
ため息を吐きながらフーリエも賛同する。
「それに、前途有望なエリート学生ならまだしも私たちには未来なんてないもの。思う存分、やっておいたほうがいいわ」
◇◇◇
その日の夕方、生徒たちが寮に引き上げた後で校舎内にはアルデとユニスの二人が夕焼けに照らされた職員室で書類作業をしていた。
本校での業務が終わった後でアルデに様子を見がてら前職が残していた仕事の処理をしに来たのだ。
「アルデ〜事務用品壊した始末所まだ〜わたしはやくハンコ押して帰りたいんだけど?」
「うるせぇよ! 誰のせいで一式丸っと揃え直す羽目になったと思ってやがるッ⁉︎ お前が困るっつーならこちとら一生始末所書かないことだってできるんだからな」
「うわぁ〜そんな意地悪なこと言っちゃうんだ〜アルデさんったら悪人面〜っ」
「あぁもう黙れよ気が散るなぁ。煽ってる暇あったら俺仕事手伝ってくれよ。どう考えても着任初日から任されるような仕事量じゃなくね、コレ?」
机の上に山のように積み上げられた書類とファイルを見遣りながらアルデは眉根を寄せる。
「え〜、やーよ。面倒くさいじゃない」
「お前よくその感じで勇者学校の設立とか言えたなホント……」
ぶー垂れながらも結局退勤時間を早めたい一心でしぶしぶアルデの仕事を手伝い始めたユニス。
口振とは裏腹にテキパキと仕事をこなしながら、ふと口をひらく。
「さっそく、バレたみたいね」
しばしの間を置いた後でアルデは気だるそうに返す。
「まぁバレねーとは思ってなかったがまさかルイルの妹がいたなんてな……」
「……」
「お前、知ってて呼んだろ」
「……バレた?」
「たりめーだろ。面倒なことしやがって」
吐き捨てながら目の前の書類に目を通し黙々とサインを殴り書く。
「わりーけどあいつのストレス発散用サンドバッグになってやるつもりはねーぞ」
「別にそんなつもりじゃないわ」
ユニルは早くも仕事に飽きたのか、壁際にあるポットに入った紅茶を自分の分だけ注ぎ、優雅に啜る。
「ただ、過去の遺恨を刈り取る
「……どうだか。現に
「ぷぷっ……そりゃああんな登場の仕方すりゃあね」
「あれお前のせいだかんね? 朝からアクロバティック通勤させられたかと思えば『初顔合わせはこれくらいの方が印象に残っていい』とか言いやがるから」
「クソ真面目にそれを信じて突っ込んでいくのが本当に君らしい」
イタズラっぽく笑うユニル。
「バーカ、単純に御し方がわからなかっただけだっつの」
舌を出し悪態をつくアルデ。
しかしながらアルデは、昔からどうもこの女だけは憎めないでいた。
夕焼けで赤く染まる錦糸のような金髪を弄りながらユニルは続ける。
「それに、教師の価値は何を食べたかで決まるものじゃないわ。世の中にはピーマン好きの教師もいればカエルの肉が好きな教師だっているわよ。でもそれがその教師がダメだという理由にはならないわ」
「勇者に肉を食った男だけは別だろ」
「そんなことないわ。いい、アルデ。教師に必要な唯一の素質を教えてあげる」
「んだよ、本当にそんなもんがあるなら間違いなく俺はハズレだよ」
自身をけなすアルデを、だまって聞いてなさいと嗜めるユニス。
「いーい、アルデ。その素質ってのはね『生徒に未来を示せるかどうか』よ。過去がどうだったかなんて関係ない。今どんな扱いを受けてるかももちろん、ね」
「……けっ」
「私なんかのアドバイスまでちゃっかり聞いて、その場で実践した。普段の態度はそりゃお世辞にもいいとは言えないかもしれないけど。それでも私は貴方に期待してるわ」
「ユニス、お前——」
「あと、この前は『誰も来たい人がいないから助かった〜』なんて言ったけどあれは嘘。ほんとはずっと貴方に来て欲しかったんだよ。誰よりもみんなの未来を重んじる、アルデ=クラムって色男にね」
「——ははっ」
突然堰を切ったように笑い出したアルデ。
狭い職員室に反響するほど盛大に腹を抱えて笑い転げ、ユニスに見られないようにその涙を拭う。
ひとしきり笑い終えたアルデは呼吸を整え、何かが吹っ切れたような顔つきでユニスに口を利く。
「ったく、またお前はそんな嘘ばっかり言いやがって。見え透いてんだよ、ばーか」
「ふふふっ……そうかもしれないわね」
普段の様子からは想像できない慈愛に満ちた表情で優しく微笑むユニス。その姿はまるで薄暮に舞い降りた天使のようであった。
惜しむらくは夕焼けから逆光の位置にアルデが座っていたことであるが……。
「ま、どっちでもいいさ。こんな辺境まで連れてこられてんだ。あと一回や二回騙されたところで大した問題じゃねーよな? 乗ってやるさ。お前の口車にな」
そう宣言し、ちょっと小便行ってくるわ、と教室を出ていくアルデ。
「まったく、チョロいんだから」
嘆息しながらも、どこか嬉しそうなユニスは少し広くなった部屋で穏やかに独りごちる。
「がんばってね、アルデ」
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