第3話 少女たちの休日

 翌日、アルデは始業時間通りに教室に到着していた。

 ユニスの言葉が効いていたのだろう。きっと昨日の汚名返上のための行動を起こそうとしていたはずだ。

 だが、目の前には想定外のイレギュラーが発生していた。


「ん〜〜〜? コレは一体どういうことかなぁ〜〜〜?」


 アルデの目の前に広がるのは机、椅子、教卓、以上。

 そう、誰一人として少女たちが出席していなかったのだ。


「まさか全員揃って朝寝坊……なんて可愛い理由な訳ねーよな」


 灰髪の少女——イトについてはおおかた予想通りだった。

 自分の兄を殺したといわれている男の授業をお行儀よく受けることができる人間なんてそっちの方がどうかしている。

 それを差し引いてもほかの四人まで欠席とはどういうことなのだろう。

 イトが『あいつの授業は受けないで』とでも嘆願したのならばわからなくはないが、これまでの成績や素行のデータ、そして昨日対面した時の雰囲気から考えてその線は薄そうだ。

 だとしたら最後の威圧が効きすぎたということになる。


「はぁ〜俺ったらお馬鹿さん。加減の仕方も忘れちまってたとはな」


 こうなってはいくら入念に授業準備をしていたとて詮なきこと。

 ここはひとつ、特大の土下座芸でも披露してせめて教室にきてもらうだけでもするべきだ。

 信頼の再構築はそこからでも遅くはない。

 そう考えたアルデは少女たちの住む寮スペースに向かうため教室を出ようとするが、ちょうどそのタイミングでガラガラと扉を開けて教室に駆け込んでくる者がいた。


「はぁっ、はぁっ……やっぱり、先生来てた」


「お前は……」


 肩で息をしながら入室してきたのは癖のある茶髪の少女——ライサであった。

 昨日イトに襲われた時も唯一アルデに警告を飛ばした少女。

 その登場にアルデは無意識に顔が綻んでいた。


「おぉ、おはよう。なんだただの遅刻じゃねぇか。驚かせやがって——」


「先生っ!」


 よほどの急ぎの用なのか、ライサは食い気味に言葉を放つ。


「今日は、みんなでお休みします!」


 あまりにも大胆なボイコット宣言であった。


◇◇◇


数時間後、つけ髭にハンチング帽、サングラスにダメ押しのアロハで完璧な浮かれポンチの変装を施したアルデの姿がそこにはあった。


 ライサのダイナミックボイコット宣言の後、理由を聞いてもはぐらかされ続けたアルデはその後少女たちの寮に潜入しようとし、あえなく失敗。

 と、いうのも玄関から入ってはじめに開けた扉がなんと浴室の扉だったのだ。

 運良く誰も使っておらず名誉の損傷は最小限で済んだわけだが……。


 ラッキースケべのひとつも起こらないこの状況が、事態の深刻さを物語っているとも言えなくはない。

 それから少女たちがめかし込んでお出かけをするのを見つけ、現在に至るというわけだ。

 まあ、うん、はたから見ればフツーにアブない男なのだがそれはさておき。


 アルデと少女たちが来ているのは西リリア地区きっての繁華街、フラレ市場であった。

 王都にも出店しているような有名料理屋の支店やブランドもののアパレル、その他若い女性に人気のある雑貨屋やニッチな需要に応えた魔道具屋など数百店が軒を連ねるなんでもござれの特大市場だ。

 当初尾行は難しくないと考えていたアルデであったが、その予想外の人流と少女たちが歩き慣れているという誤算も相まって視界から外れこそしないもののなかなか少女たちに追いつけないでいた。


 一方の少女たちは、

「ん〜今日もいい天気で買い物日和ですね」


「やだ、日焼けしちゃうじゃん」


「オズちゃんそれ何買ったの?」


「にんにく飴だよ。甘さとスパイシーさが絶妙なハーモニーを奏でるのさ」


「よくそんなもの買うわね……」


 口々に話し合いながら買い物を楽しんでいるようであった。


「あ! 次はあの店に入りませんか」


 イトが指さしたのは上品さと惜しみのないデザインを両立させることで有名な高級アパレル店であった。


「あら、いい趣味してるわね」


「入りましょう入りましょうっ!」


 フーリエとライサの賛同もあり五人はぞろぞろと入店する。


「あいつら、学生の癖に結構高い店で買うんだな〜。うらやまし」


 と、愚痴をこぼしながらアルデもその後を追う。


「いらっしゃいませお客様、なにかお探しですか?」


 という店員の決まり文句を丁重にスルーして、イトを中心に店内の物色を始める。


「あっ、これ可愛いです」


 セーラー型の上着を見つけイトが声を上げると、


「せっかくだから着てみたら?」


「絶対似合うと思う!」


 との声援を受けそのままフィッチングルームへ。

 そして、カーテンを開けて出てきたイトの姿を見て、


「あら、着てみるとやっぱりいい形ね。とても上品で、それでいてあどけさも活かしてる」


「イトちゃんスタイルいいもんな〜めちゃくちゃ似合ってるよ!」


 三人で感想を述べ合っていると、他の箇所を物色していたオズとエレナが数店の服を持ち寄って合流する。


「ねぇイト、こんなのも似合うと思うんだけどどうかな?」


「わ〜可愛いですね。早速試着してみますね」


 と、まるで着せ替え人形のように勧められるがまま、店中の服を着まわしていくイト。

 その表情はアルデに襲いかかった時とは打って変わって、年相応らしく満ち足りたもので……。


「なんか隠し事でもあるのかと思って来てみれば……まあ、大人には反抗したい年頃だもんな。一日のサボりくらい水に流してやるか……」


 少女らの楽しそうな様子を見て、安堵したアルデが目立たないように退店し学校に戻ろうとする道中。

 先ほどの店の向かい側にぱっと見ではわからないが、明らかに店内を観察している二人の男がいた。

 白のTシャツに黒のパンツスーツ姿の長身痩躯の男と、対照的に背こそ低いもののその蓄積された脂肪の下には多くの筋肉があることが窺えるランニングシャツを着た汗かきの男。

 そのじろじろと見定めるような目つきは明らかに女性を狙っているものだと、アルデは見抜いていた。

 実際ここに来るまでにも、ところどころでこの市場での人攫いの噂は耳に挟んでいた。


「まさか……あいつらも一般人じゃあるめぇしな。さすがに杞憂だろ」


 今日の昼飯は何にしようかなどと考えながら、アルデは学校への道を戻った。

 一方店内の少女たち。

 イトが着替えてフィッチングルームから出てくるたびに、


「キュート! キュートですっ!」


「まぁ、似合ってるんじゃない」


「くぅ、ぼくに似合わない服を易々と……」


「イトさんとの相性バッチリね」


 と、他の四人からの賞賛の嵐が飛び交う。

 そして極め付けは……。


「「「「うわぁ〜っ」」」」


 たくさんの服をキープしていたイトに、ここぞとばかりに店員さんがオススメしてきたこの店秘蔵の品。

 シンプルなデザインながらも身体のラインを美しく見せる的確な装飾がされており、清楚なイメージのイトにはベストマッチとも言える純白の膝丈ワンピースだった。

 まるで深窓の令嬢が街に繰り出してきたかのようなその圧倒的な透明感に一同息を呑んで固まってしまう。


「へん……ですかね?」


 皆の反応が不安になったイトが恥じらい混じりにそう切り出すと、止まっていた少女たちの時間が急激に解凍されてゆく。


「いや、いやいやいや! その逆! すっごい似合ってるよ!!!」


「く、悔しいけど負けを認めたくなるわね」


「凄すぎる……まるでオーダーメイドしたみたいだ」


「文句なし。これ、今後あなた以外買い手なんて見つからないんじゃない?」


 絶賛以外の何者でもなかった。

 その後しばらくの間店員さんも巻き込んだ大写真撮影会か開かれると、来た時の服に着替えたイトは、


「じゃあ、キープしてるのと……あとこのワンピースも。全部ください」


 この店で爆買いを果たしたのだった。


 全員でイトが買った服を分担して持ち歩きつつ、高級なランチを食べ、綺麗なアクセサリーに目を奪われ、映画館でひとしきり涙した少女たち。

 あたりは暗くなり始め、そろそろ寮の門限が迫ってきたという頃。

 イトはふと目に止まった店舗に無性に入りたくなってしまった。


「あの……最後にあのお店にだけ寄って行ってもいいですか?」


 少女たちはイトに言われるがまま占いの館に吸い込まれて行った。

 店内はこぢんまりとしており薄暗いランプ灯に異国情緒のある絨毯が敷かれている、いかにもといった雰囲気だった。

 その壁際にぽつんと座る白髪の老婆の前に案内された五人はイトを最前にして席に着く。


「いらっしゃいお嬢さん。今日はどういったご相談で?」


 しゃがれた声でゆったりと尋ねる老婆からは熟練の貫禄が感じられた。


「わたしの——将来についてお聞きしたいのですが」


「はいよ」


 占い師は歳を感じさせないテキパキとした手つきでカードを混ぜ、そのうち数枚を儀式めいた模様に並べる。

 その風格と占い特有の緊張感にあてられたのだろうか。少女たちは押し黙り、ただじっとその結果が出るのを待っていた。


「さて、お嬢さん。ここに九枚のカードがある。どれか一枚、左手で選びなされ」


「左手……」


「そう。いつだって運命を掴み取るのは左手さね。ババアの言うことは聞いとくもんだよ」


 イトはこくりと頷くと、しばし逡巡したのち向かって左側に配置されていたカードを選び、めくろうとする。


「待ちな」


 その直前になって老婆が制止する。

 なにか作法を間違ったのかと動きを止めるイトであったが、老婆の口から出た言葉は予想だにしないものだった。


「それじゃないよ」


「えっ——」


 意図が飲み込めずポカンとするイトの様子を見た老女は、説得するような語調で語る。


「あんたが選びたいのはそれじゃないだろう?」


「え、いや、でも」


「選ばざるを得ないから選ぶのと、選びたいものを選んでるのとは全く違うよ。例え今は見えていない道でも、志すことを怠っちゃあ夢にすら見られなくなっちまう。自分の見たいもんちゃんと見な! 最後に勝つのはどんな絶望の淵にいてもでも希望があることを信じ抜けた者さね」


「ちょっと、お婆さんいい加減に——」


「部外者が口を挟むんじゃないよ! 道を決めるのはあくまでこの子さね」


 占い師の言葉におとなしく腰を下ろすエレン。

 そこからたっぷりと時間が流れた。

 イトの指が、動く。


「わたし、やっぱりこっちにします」


 イトが左手で選んだのは先ほどとは真逆の、向かって右側に置かれたカード。

 それを見た老婆はふぇっふぇっふぇ、と掠れた笑いをあげる。


「そう来なくっちゃな、お嬢ちゃん。だが、この道も決して楽ではないぞ? 幾多の困難と葛藤がお嬢ちゃんを待ち受けているだろう。それでも、この道を選ぶかい?」


 問いかける占い師に、イトは今度こそ自信を持った声で返答する。


「はい。この道にします。今度こそ、嘘はないです」


「ふぇっふぇっふぇ、上出来だ。めくってみな」


 そこに現れた奇怪な、それでいてどこか神聖な絵を見てイトは何故か安心を覚えていた。


「ふむふむ。お嬢ちゃん、将来いいお嫁さんになるね。もう運命の人とはもう出逢ってるさね。間違いなく。子宝にも恵まれて順風満帆な家庭を築けるだろう。なに、心配いらない。お嬢ちゃんの旦那様は死ぬまで一途に愛してくれるさね。あと——」


 老婆はこれまでになく穏やかな雰囲気で顔の皺を増やしながら伝えた。


「安心しな、長生きするさね」


 占いの館を出る頃にはもうすっかり日が落ちてしまっていた。


「まったく、とんだホラ吹きだったわね」


 帰る足を急がせながらエレナが毒付く。


「まあまあ、お婆さんはわたし達の事情はご存知ないですし。そんなに怒らないでください」


「でもねぇあんた——」


「あぁッ!」


 急に足を止めたライサが閃いたとばかりに提案する。


「ここの路地をねこう、くねくね〜っと進んだら学校の裏手に出る近道になってるだよ!」


「それほんとにっ⁈」


「あまり議論している時間もないわ。エレナさん、案内してくれる?」


 フーリエの鶴の一声で一同エレナに続き市場外れの裏路地を駆ける。

 ゴミ箱をかわし、雑誌を飛び越え、暗闇に目が慣れてきたところで徐々にスピードを上げながら学校を目指す。

 両手に大量の衣類の袋を提げたままでの行軍は思った以上に過酷であった。

 狭い路地で袋が壁に擦れるたび、「ごめんなさい」の声が上がる。

 やがて学校まで道半ばといったところで、突如、少女達の行く手を塞ぐようにして人影が現れた。


「……っ誰ですか?」


 ぶつかって押し通るわけにもいかず闇の先にいる人物に声を投げかける。

 その人影は少しずつ少女達の方に歩み寄ってくると月の光が当たるところでようやくその姿を現す。


「あっ、先生!」


「あっ、じゃねーよ。何時だと思ってんだテメーら。心配したじゃねーかよ」


 暗闇の中から現れたのはアロハを脱ぎ捨て、勇者学校の関係者を示す真紅のマントを羽織っただらしのない男——アルデだった。


「あ、あんたには関係——」


「あるだろうが。これでも一応せんせーなの。ほらわかったら路地なんか出てこの道進め。ユニスにはもう連絡してるから焦らず迅速に帰れよ」


 ざっくりと学校までの道のりが描かれた手書きの地図をライサに渡すと再び闇の中に戻っていくアルデ。


「あれ、先生は戻らないんですか?」


「ユニスに監督不行き届きで市街の見回り言い渡されたんだよばーか。わかったらはよ帰れ。ほら、しっしっ」


 追い立てるようにして少女達を裏路地から出すアルデ。

 ふと、最後尾を行くイトと目が会う。


「……」


「……なんだよ」


「いえ」


 さあ、帰りましょう、とアルデからそっぽを向き他の少女達に呼びかけるイト。

 少女達が大通りまで出るのを見送ると、先ほどの暗がりに戻りため息を吐くアルデ。


「ったく、余計な手間かけさせやがって」


 アルデの足下には昼間イトが爆買いをしていたアパレルショップを張っていた二人の男が伸びていた。

 結局あの後アルデは引き返してこのチンピラもどきを尾行。少女達に狙いをつけているのを突き止め、路地裏に誘導。事前に昏倒させておいたのだ。

アルデは目覚めぬ二人を手近なゴミ箱にまるで犬神家のごとく逆さまに突っ込むと、腹をさすりながら少女達の後を追った。


「おかげで昼飯食いそびれたじゃねーかバカヤローが」


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