第23話 変えたくないもの

 ジェイドによる西リリア分校襲撃から2週間後。

 ルート王国の首都ペルルーサ。

 その中心部に程近く聳える3つの尖塔が特徴的なノスタルジックな雰囲気と現代的な機能性を兼ね備えた勇者学校の本校。

 その中央にある通称『シリウスの塔』最上階、理事長室にアルデは招致されていた。


 扉の前で不遜にも腕組みをしてあくびをかますアルデの目前には、革張りのソファに対面して座る校長兼元女王ユニスと勇者を選定する国務機関、通称『カリバーン』の若き副代表カイル。


 そして、アルデの対面、理事長室の奥にていかにもな執務机で万年筆を黙々と走らせるグレーの長髪と精悍な顔つきが特徴的な厳しい老人こそ、勇者学校の理事長であり、現在のルート王国国王ガイウス=ルートロードその人である。


 王族でありながら勇者を第一線で支える伴勇軍の軍隊長として十代目の勇者『鈍色の勇者ハダル』と十一代目『極星の勇者カペラ』を支え、その手腕にて軍部のトップにも躍り出た戦場の王。


彼が王座に就いてからというもの、『勇者ルイルの死は先代女王の手ぬるい治世が原因』という意識のもと無能な官僚は次々に解雇され、グレーな行いをした者は満足な公判すら開かれずに粛清されていった。


そんなガイウスが発するピリついた空気がこの理事長室を支配しており、先代女王であるユニスでさえも少し呼吸が震えているのが感じ取れた。

唐突にガイウスが走らせるペンの音が止まり、永遠にも感じられる沈黙が場を飲み込んだ。


「すまない。君のところの分校が焼失してからというもの、我が校への外圧が強くてね。こうして私も老骨に鞭打って筆を走らせる羽目になっているのだよ、アルデ=クラム」


「申しわけございません。ですが完全にお門違いです、理事長先生」


 片膝を付く慇懃いんぎんな態度とは裏腹に、気心知れた先輩に話しかけるくらいの軽さで反駁はんばくするアルデ。

 「バカッ⁉︎」とユニスが抗議の視線をアルデに向けるが、ガイウスは特に気を害した様子もなく泰然とした態度でその大きな手を組む。


「今日ここに召喚したのは他でもない。西リリア分校の今後の処遇について伝えるためだ。カイル副代表」

「はっ……」


 指名されたカイルは軍人上がりを思わせる洗練された動きで立ち上がると、テーブルに置いていた書類を肩の高さで持ち、読み上げる。


「我々カリバーンの調べでは先の西リリアにおける戦いで楽園創造教第三位ジェイド=フリーバンスに致命傷を与えたのは、イト=クィントゥムであるという結論が出た。よって彼女を西リリア分校及び勇者学校から除名処分とし、以降ルート王国伴勇軍にて現在展開中の都市カムラ奪回作戦に参加してもらうものとする。また、他の生徒に関しては怪我が完治し次第、我々で記憶の封印処理を施したのち本校への復学を奨励するものとする。以上」


「待て待て、納得できるか」


 アルデは膝を払いながら立ち上がると、カイルの方へ向き直る。


「おい、いくつか言いたいことがあるが、まずジェイドの件だ。あいつをやったのは俺だ。イトじゃねぇ」


「ジェイドの体内に残った魔力の残滓を照合した結果、彼の致命傷——体内における魔力の暴発を起こしたのは凝固したイト=クィントゥムの魔力で間違いない。貴様が斬りかからなくとも、奴は死んでいた」


「それはそうだが、どんなに心臓病を患っていても溺れりゃ溺死だろ? つまりイトにジェイド殺害の罪はないはずだ」


「貴様は何か勘違いをしているようだな……」


 カイルは咳払いをすると、心底鬱陶しそうな目でアルデを見据える。


「彼女は貴様のフォローがあったとはいえ、楽園創造教の第三位を仕留めるのに十分な働きをした。その行為は褒められこそすれ、貶されるべき行為ではない」


「じゃあなんで従軍なんて結論になるんだよ!」


「当然だ。第三位を仕留められる有用性を持った駒だぞ。早期に実戦投入して現場で

の経験値を積ませた方が彼女の成長を早めることは明白だ」


「まだ15だぞ⁉︎」


「彼女の意思でもある」


「なに……」


 怪訝な表情のアルデに、カイルは侮蔑のこもった眼差しを向ける。


「彼女の母は勇者ルイルの死後、周囲からの圧力に耐えかねて自殺未遂、現在は病気がちの夫が介抱している状態だ。彼女の願いは、勇者になり国から支援金を得て病に苛まれる家族に安寧をもたらすことにある。それを多少形が違うとはいえ今すぐに叶えられるのだ、不満はあるまい」


 教師のくせにそんなことも知らんのか、とカイルが吐き捨てる。

 アルデは掴み掛かりそうになるその心をなんとか抑え込みながら話題を移す。


「……じゃあ他の奴らの記憶封印ってのはどういう了見だ!」


「愚問だな。彼女らは元々死ぬ予定で『餌場』のことを知らされていた身分。創造教との盟約が反故になった今、西リリア分校は必要ないし、盟約が公にできないことくらい貴様でも理解できるだろ」


「だから記憶を消してなかったことにってか!」


「理事長は本校への復学を約束すると言っている。忌々しい生活を忘れて再びエリートとして輝くチャンスを得るのだ。悪い話ではないだろう」


「おまえッ!」


「アルデっ」


 カイルにつかみかかろうとするアルデをユニスが制する。


「すまない、これが交渉の限界だった」


「ユニス校長は放逐されるはずだった4名の生徒の処遇について意義を申し立てられた。幸いにも彼女たちの地力は十分本校でも通用するレベルにあると私も理解している。君の尽力のお陰で将来有望な生徒を手放さずに済んだ。よくやってくれた」


 ガイウスの有無を言わさぬ語気にアルデが苦虫を噛み潰していると、ユニスの手が彼の背中にそっと触れた。その熱が、震えが、アルデに孤独な戦いではないという事実を教えてくれているような気がした。

 少し冷静になり、ふぅーっと息を吐くアルデに、ガイウスはおもむろに立ち上がり告げる。


「アルデ=クラム。勇者殺しの汚名を着ながらよく生徒たちを導いてくれた。その栄誉を讃え、我が勇者学校本校の教師として迎え入れる準備がある。もちろん、過去の罪禍については国を挙げて払拭させてもらおう。どうかね」


「なるほど、いいっすね、それ」


 アルデは開き直ったような表情でおどける。


「そしたら高っかい給料もらって、専科の授業だけして、おまけに自由も手に入る。地獄からの大逆転ってまさにこのことだな」


「喜んでもらえたようでなによりだ」


「だけど——」


 不敵な笑みを浮かべるアルデ。


「俺、もっといい提案があるんですよね」


◇ ◇ ◇


 アルデが理事長室に呼び出されてからふた月が経過した。

 蒸し暑かった気候も段々と冷え始め、家々では冬支度が始まろうとしていた。


 季節が移り変わる中、ルート王国の辺境に位置する西リリアでは三ヶ月前に焼失した学校の土地に新たな建物が建てられていた。

 無骨で頑丈そうな立方体の形をしており、石造りの門には『伴勇軍・西リリア分隊』の名が彫られている。


 しかし、そんな厳しい雰囲気の詰め所から聞こえてくるのは姦しい少女たちの声。


「しっかし、まさか本校すっ飛ばしていきなり伴勇軍の所属になるとは、あたしたちも出世したわね」


「うぇ〜、き、緊張してきた……わたしたちで大丈夫かな……」


「ライサ、しっかりして。ぼくたちはそう、選ばれたのだからっ」


「調子に乗らないの。オズったら、焼けたブギーくん戻ったときより活き活きしてるわね」


「いいじゃないですか。またこうしてみんなで集まれたんですから」


 そこに見えるのは、勇者学校の制服に代わり伴勇軍のユニフォーム身に纏った5人の少女たち。

 西リリア分校がなくなるという事態に直面し、一時はそれぞれ別の分校に転学していた彼女たちだが、つい数日前、急遽発足となったこの西リリア分隊の配属となり勇者学校を飛び級で卒業。晴れてひとりの軍人として巣立っていた。


「とはいえ、勇者じゃなく軍人になるのは予想外だったけどね」


「まあ確かに。でもいいじゃない、勇者になるって結構孤独そうだなって思ってた所だし。」


「なんだエレナ、寂しかったの?」


「バ、バカ言わないでよ!」


 とても魔王軍に対して先陣を切る部隊とは思えないほどぎゃーぎゃーと笑いが絶えないこの作戦室に、定時のチャイムが鳴り響く。

 教室より一回り小さくなったこの部屋では、心なしか以前よりも大きく響くような気がした。


「ところで、わたしたちの上官ってどんな人かな? 厳しかったらやだなぁ……」


「あ、来たみたいですよ」


 ツヤのある木製の扉をコンコンと2度ノックする音。

 しんとした作戦室に隠していた緊張とほのかな期待が走る。

 入ってきたのは帽子を目深に被った黒髪の男性だった。

 慣れた足取りで彼女らの前に立つ男。

 イトが震える声で号令をかける。


「起立。礼」


「本日はお日柄もよろしく……」

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『勇者喰らい』の俺に勇者学校の教師をやれというのだから、もうどうなっても知らない。 八冷 拯(やつめすくい) @tsukasa6741

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