第21話 とある星と、その末路

「はぁ……危ねぇ。助かったぜ、イト」


「……」


 辛うじてその形を保っている南半分の校舎裏。

 両の脚を負傷し壁に背中を預けるアルデと、その隣で正座のまま押し黙るイトの姿があった。


 ジェイドによる爆撃の瞬間、他の少女たちを救出し終え戦場に戻ってきたイト。

 彼女に【人体操術】を用いて間一髪の所を救い出してもらっていたのだ。


「すまん。身体、痺れるだろ」


「……いえ」


 咄嗟のことで適切な調整が効かず、イトに15%もの出力で動いてもらっていた。

 そこらの市民なら四肢のいずれかが弾け飛んでいても不思議ではないが、腐っても勇者学校の生徒といったところか。


「ったく、迷いなく校舎ぶち壊しやがって。とっとと終わらせねぇと——」


「アルデさん」


 冷え切った声音で、表情で、イトは立ち上がろうとするアルデを制する。


「ジェイドさんの話、本当ですか」


「……なんだそれ、覚えが——」


「そうやって、シラを切るんですね」


 失望と軽蔑の混じった、突き放す語調に、アルデの顔からも飄々とした仮面が剥がれる。


「……俺はルイルを殺していない。が、その肉を食べたのは真実だ」


 静かに眼を閉じるイトに耐えかねて、夜空を見上げる。

 肺に重くのしかかる空気を助長するかの如く、星など見えはしない。


 ただ昏く、覆い隠すだけの夜空だ。


 北校舎が放つ紅焔がイトの顔に影を落とす。

 残された時間は少ないと、アルデは準備を諦めて静寂に踏み込む。


「言い訳をするつもりはない。あるのは事実だけ。怨むも殺すもお前の勝手だ」


「……それだけの覚悟を持ちながら言い訳のひとつもできないんですね。あなた

 は臆病者です」


「そうだな」


「怨嗟も殺意も浴び続けながら、それでも生きるのをやめない。まるで羽虫のような人生ですね」


「その通りだ」


「……否定っ……しなさいよ」


 彼女の心の揺らぎに呼応する呼応するかの如く、紡ぐ言葉に濁音が混じる。


「お前は間違っていない」


「間違ってます」


「そんなはずはない」


「だって——あなたのことを、まだ知らない」


「……」


「わたしだけじゃない。この国の殆どの人たちがあなたのことを知ろうとしない。知りもしないから怨み、叫び、呪う。それを甘んじて受け入れることであなたも自分を罰し、均衡を得ようとしている。違いますか」


「……違う」


「正解ってことですね」


 燃え盛る。

 北の校舎が、静閑な夜が、少女の心火が。

 炎は燃やし、そして照らす。


「無知で他人を呪うのはもう疲れました。白状してください。それとも、生徒に無知を強いるおつもりですか。アルデ先生」


「先生……か」


 炎は燃やし、照らし、そして——、

 溶かす。

 溶けた氷は流れ出でる。


「ルイルは、瀕死だった俺を庇って重傷を負った。なんとか魔の手を振り払い、逃げた先は霧の谷。目が霞み、耳がうそぶき、口が結ばれた頃2人して倒れた。そこからどれだけ経ったか。いや、2人とも辛うじて息をしていたからそれほど経っていなかったのかもしれない。限界を迎え、気づかれないようにそっと意識を閉じようとする俺に、あいつが言ったんだ」


『勇者の肉ってさ、喰えば不老不死になれるらしいぜ』


 アルデの頬に溶けた氷が伝う。


「魔族の伝承だ。あいつがどこで知ったのかは解らないが、有名な話だ。その意図は直ぐに示された。ルイルは俺の顎を掴んで自分の指を、喰い千切らせた。4本指の手で俺の咀嚼を手伝い、嚥下させた。あいつは自分の四肢が使い物にならなくなるまでそれを続けた。終始、笑顔だったよ」


 溢れ出る鼻水を啜り上げ、あくまでも何かを堪えるように唇を一度引き結び、アルデは続ける。


「効果は直ぐに現れた。俺の身体中の怪我が癒え、意識もはっきりとしてきた。完全に覚醒した俺にあいつが遺した言葉は、あまりにも残酷で、あいつが根っからの勇者だってことを思い知らされた」


「兄は……なんて言ったんですか」


「……『全部喰え。魔王の飯にはなりたくない』。マトモじゃねーよ。でも、俺にはそれに従う他なかった。心を殺した。あいつの肉も、血も、臓物さえも無心で食べ切った。そして、俺はあいつ勇者になった。ルイルの元にあった勇者の魔力【ホープ】も俺に宿り、俺は13番目の勇者になった」


「通りで。先生の動きはとてもよく似ていました。木から落ちた時に救ってくれた兄さんの煌めきに」


「だが、俺は勇者としての訓練を受けていない。それがこのザマだ」


 アルデは傷だらけの腕を差し出す。

 おびただしい火傷の痕に紛れて、固まりたてのカサブタのような味が鼻を通して伝わってくる。


「いつか授業したよな。勇者の星魔力せいまりょくはこの星と一体になり循環している。凡人と同じ魔力循環回廊しか持たない俺がシステムに組み込まれた大きな魔力使うと、オーバーヒートを起こす。あいつのようには、戦えない」


「先生は、兄さんじゃないです」


「それでも、あいつの代わりを務められるのは俺だけだ」


「わたしたちで、兄さんになりましょう。それができるのは先生だけじゃないですか」


 イトは、そっとアルデの手を包み込む。

 その手は冷たく、震えてさえいたが、アルデの熱を優しく奪い取る。


「勇者喰らいと勇者の妹。業を背負うにはおあつらえ向きだと思いませんか?」


「だが……」


「臆病、出てますよ。あなたが育てて、これからも伸びる器です。きっと大丈夫ですよね?」


「……ああ、もちろんだ」


 力強く、細い身体を抱きしめる。


 あの日継いだ炎は、きっと冷え切り小さくなった。


 やっと息ができる。


 汗と血に塗れた甘い香りを吸い込み、勇者たちは立つ。

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