第19話 西リリア総力戦
「ブギーくんッ⁉︎」
全身に炎が広がり炭化していく相棒に狼狽するオズにジェイドの標的が向く。
一飛びで階段から後者の入口までの距離を詰め、右腕を引き絞る。
「ふんっ、なかなかやる」
「出力250%。はじめから格上相手は想定済みよ」
ジェイドの右腕が十分に伸び切る前の拳をフーリエの両手が包み込むようにして押し留めている。
ギリギリと骨の軋む音がフーリエの体内を伝って耳朶に響く。
(押されてるっ⁈)
オズを庇うように前傾姿勢で対峙するフーリエの身体が徐々に押され始める。
ピンと伸び切った両の腕にかかる負荷は、彼女が後退に抗えば抗うほどに等比級数的に増えていく。
一本、また一本と腕の筋繊維が張り裂けていく感触を音で味わいながらもフーリエは叫ぶように指示を出す。
「避けてオズ!」
「力不足だ。フーリエ=シルヴィスタ」
フーリエの叱咤から数舜も経たないうちに左右の肘が悲鳴を上げ、そのまま豪奢な金髪が宙を舞い、ダン、と鈍い音を立てて扉と激突し、沈黙。
「消費した
冷淡に憐れむような目で意識を失ったフーリエに言い捨てる。
「が、この時間稼ぎもお前の本望か」
先ほどまで当惑していた小柄な少女がいない。
先ほどの発破で冷静さを取り戻したか。
灯りこそないが玄関扉向かって左手側から脱兎の如く駆ける足音が響いている。
「逃す手はないな」
ジェイドがオズが逃げた方角に足を向けると、正面の空間が波のように揺らぎ、弾丸のような勢いで顔面目掛けて切先が飛び出してくる。
「やぁああああああああああ!!!」
張り裂けんばかりの雄叫びと共に特攻を仕掛けるイトだったが、ジェイドは汗ひとつかくことなく切先を見てから身体を躍らせ紙一重で刺突をかわす。
「学習がないぞ、イト」
「それはどうでしょう」
不敵に笑うイトに呼応するかのようにジェイドの頭上に人影が重なる。
「【
燃える紅髪をたなびかせてエレナが空を、イトの大剣と直行する軌道を描いて切り取る。
ガンッ。
するとエレナの短剣の軌道に差し掛かった大剣は壁にぶつかったかのように突然方向を変え、直前に描かれた軌跡に沿う形でジェイドの肩口に降りかかる。
「ふむ」
が、ジェイドはそれをも警戒なステップでわざと体勢を崩し避け切ると、腕の延伸力で身体を横回転させ、イトの隣に躍り出る。
「悪くない連携だ」
「まだ終わりじゃないですよ」
イトが何の前触れもなく、突然身を屈める。
するとそこにはイトよりも少々小柄な茶髪の少女——ライサがライフルを構えて照準を覗き込んでいる。
「【
詠唱と共に引き金が引かれ、超至近距離から本物の弾丸が放たれる。
「ぐっ……」
眉間を狙って放たれた弾丸はジェイドの大きな身体を浮かし、2歩後退させる。
「まだだ、行け、ブギーくん!」
「!」
ジェイドが視線をずらすと、そこには遁走したはずのオズの姿があった。
先刻の足音はブラフか。
そう納得したのも束の間、赤く燃え盛る中、既に黒い何かとなってしまった巨大なくまのぬいぐるみが灼熱の拳を振り上げ、よろめくジェイドに叩きつける。
「……」
流石のジェイドも不安定な体勢で最大質量のパンチをかわし切ることは叶わなかったのか、勢いそのままに校舎の床に大穴を空け、沈む。
木屑と土埃が舞い、火の粉が散る。
「えっ——」
大穴にジェイドを縫い付けていたはずのブギーくんを包む炎が急激に強まり、やがて完全に塵と化す。
「なるほど、悪くない。悪くないが、足りないな」
埃まみれの身体を起こしながら、ジェイドは淡々と告げる。
その右手の指の間にはライサの放った尖った弾丸が挟まれていた。
「【
撃の威力が強化される術式だったな。確かに、ソラリスなら今の一撃で手打ちにできただろう。が、私を殺るつもりなら大シケの海の中で当てるくらいのことはしなければならんな」
カランカラン、と役目を終えた銃弾が床に跳ねる
「さて、次は私から仕掛けよう」
ジェイドの姿が一瞬にして視界から消える。
「え」
次の瞬間にはもう、その拳はイトの眼前に迫っていた。
「イトッ⁈ 【
間一髪イトの顔とジェイドの拳の間に刀身をすべりこませたエレナにより、致死の拳は弾かれる。
「どうよ、あたしがいる限りあんたは指一本触れられないわよ」
「なるほど。そのようだな」
拳をさすりながら無感動に言うジェイド
「だが、君の術式で遮断できるのはあくまでも物理的な異物だけだ」
ジェイドは大きく両腕を広げると、目を閉じ意識を集中させ——。
パンッ。
柏手を、打ち鳴らす。
「くっ……」
エレナが他の少女たちの前を切り、障壁を作り出そうとするが……。
「「「「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!!??」」」」
ジェイドを中心として起こった大きな爆発は、エレナの障壁などお構いなしといった様子で意識のある4人の少女たちを散り散りに吹き飛ばす。
「……少し、やりすぎたか」
爆発で飛び散った火の粉が木製の校舎に引火し、所々から煙が上がり始める。
ジェイドは一番手近で倒れ伏していたエレナに近づき、その首を締め上げる。
「う……あがっ……」
「エレナ=リナス。【破断】の術式は君が敵対認識する異物を寄せ付ける盾となり、異物を切除する鉾となる。が、私の術式とは相性が悪かったようだ」
残酷な現実を突きつけられたからか、はたまた傷が痛むからか。
その切れ長の瞳に涙を浮かべるエレナ。
焼けた腕で必死の抵抗を試みてはいるものの、その力は徐々に弱まっていき、そのまま脱力してしまう。
完全に意識を失ったのを確認するとジェイドはエレナを地面に下ろし、次なる標的を探す。
「おぉ」
ジェイドの目に入ってきたのは、頬を焦がしながら残る2人の少女たちを庇い立つイトの姿だった。
彼女の背で地に伏せる2人は既に気を失っているのだろう。
煙に囲まれつつある中にありながら、ピクリとも動く気配がない。
ジェイドはどこか寂しげな目をしながらイトの姿を捉えると、踏みしめるように近接する。
「イト……」
「はぁ、はぁ……諦めませんよ。まだ……」
間合いに入るなりジェイドに切先を向ける。
その目には孤軍になって未だ冷めやらぬ闘志がみなぎっていた。
「やめておけ。仲間も尽きた。勝ち目はない」
「それは……どうでしょう」
自嘲混じりの笑みを浮かべるイト。
その心を見透かしたのか、ジェイドはゆっくりと息を吐き拳を握る。
「さらばだ」
「はあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
最後の力を振り絞って剣を振るい、迎い撃とうとするイト。
その時——。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
青白いオーラを纏った一蹴がジェイドの右肩を捉え、そのまま吹き飛ばす。
「あ——」
イトの口から安堵と驚きが混じった言葉が漏れ出る。
「遅くなったな。よく持ち堪えた」
イトの黒髪をくしゃくしゃと撫でながら、アルデは拳を打ち鳴らす。
「さて、第二ラウンドだ」
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