第11話 アルデの奇策

「チッ……一足遅かったか」


 セレニエ山に到着したアルデが目にしたのは既に人狼會に捕縛されている生徒たちの姿であった。

 ジョニーが渡してくれた構成員のリストを確認したことでベラ——本名ベルズの裏切りは確信していたのだが、少女たちの行動の早さは予想外のものだった。

 状況は人狼會の思うように動いている。

 今からだとアルデ自身がその最高速度で動いたとしても、全員を昏倒させる前に発砲を許す結果となるだろう。

 生徒も、マーガレットも、そしてその母親をも救い出す手立てを考えなくてはならない。

 そして、アルデはその打開策を既に打っている。

 あとは、時を待つのみ。

 アルデは東屋を取り囲む低木に身を隠し、敵の状況を窺うことにした。


 ◇◇◇


「さて、それじゃああんたたちのせんせーが来るまで大人しくしといてちょうだいね」


 ベラが東屋にイトとオズ、それからマーガレットとその母を拘束し自由を奪う。

 一番最後に捕まったイトが、その口を塞ごうとする布を拒みベラに詰問する。


「あなたたち、楽園創造教の信者ですか」


 その強い口調、そして布越しに伝わってくる鋭い視線にベラは可笑しそうに嗤う。


「あははっ、そんなキモい集団と一緒にしてほしくないね」


「じゃあなぜ……なぜアルデさんの所在を知っていたのですか」


 兄を殺された自分ですら、本人が名乗るまでアルデが『勇者喰らい』であることには気が付かなかったのだ。

 街の一チンピラ組織が彼の素性を把握していることがどうにも不可解だった。

 ベラはその筋張った首を鳴らしながら応える。


「そりゃ、あたしはヤツに屈辱を与えられたからさ」


「屈辱?」


「ははっ、お嬢ちゃん物好きだね。いいよ、特別に見せてやる」


 ベラは強引にイトの目隠しを取ると、自分の服の袖を大胆に捲り上げる。

 露わになる細いながらも筋肉質な腕。

 その肘あたりに、大きな傷があった。


「これは五年前、あの男に付けられた傷だよ」


「五年前……兄さんが死んだ年ですね」


「兄さん? まあいい。当時王国騎士団の部隊長をしていたあたしは殺された勇者ルイルの仇討ちを掲げ、他の部隊と協力して勇者喰らいを夜襲したのさ」


 ベラはイトから目を外し、陽光が差す樹々に目をやる。


「完敗だった。たった一人の男に選抜された現役の騎士五十人が瞬殺だぜ? それも一人の死者も出さずに」


「え?」


「ナメられてたんだよ、あたしらは。勇者と違ってたかが王国騎士如きに殺す価値すらもない。お前たちは必要ない。きっとあいつはそう言いたかったんだろうね」


 ひび割れたような手術痕を撫でながらベラは続ける。


「この怪我が、その証左さ。あいつにやられたせいであたしは右腕で剣を振れなくなって除隊。騎士以外はてんでダメだったからさ、堕ちに堕ちてこのザマよ。でも、今日ようやく運が回ってきたんだろうね。朝この街で映画館に入る勇者喰らいの顔を目にしてあたしは急遽この計画を立てた。あの男の力さえあればあたしは騎士何十人分の力を従えて満足いく生活を送ることができる」


「そんな私情のために……この親子を巻き込んだんですか? あなた元騎士としての誇りは——」


「誇りなんかで食っていけるかよ! だいたい、あいつがあたしから職を奪ったんだ。元はと言えばあいつのせいなんだ。苦しんで……当然なんだよ」


 ベラはどこか寂しそうにそう言うと、「もういいだろ」とイトの目と口を白の布で塞ぐ。

 そして、合計十人の男たちが少女たち四人を取り囲み同じく十の銃口を頭に向ける。

 ベラは勝ち誇った様子で高らかに声を上げる。


「勇者喰らいィ! お前の教え子は預かった! 死なせたくなきゃ大人しく出てこい!」


 よく通るがなり声が森にこだまし、その圧に驚異を感じたのかひとつの鳥の群れが森を飛び立つ。

 茂みの中のアルデは、程なくしてベラの前に姿を現した。


「俺を呼ぶなんて物好きなねーちゃんだな」


「はっ! 会いたかったぞ、勇者喰らい」


 凶暴な笑みを浮かべるベラ。

 ふたりの距離が一歩、また一歩と近づく。


「話聞いてりゃ、俺を従えたいらしいじゃねーか」


「従えばかわいい生徒たちは解放してやるよ」


「あ? あとふたり人質が残ってるような気がするんだが?」


「ああ、あれはお前の首輪だ。生徒たちでもよかったんだが、まあ譲歩ってやつだ」


「そんなかわいげのない譲歩があるかよ。それと、最近転職したばかりなんだ。その条件じゃ再転職は飲めねぇな」


 不遜な態度をとるアルデにベラは拳銃を向けて睨みつける。


「強がるなよ。お前はひとり、人質は四人。仮に勇者並みの速度をもってあたしらを昏倒させても誰かひとりくらい引き金を引くくらいの時間はかかるんじゃないのか?」


「ああ、俺ひとりだったらな」


 アルデが不適な笑みを浮かべると同時に、ベラの背後から男たちの悲鳴が聞こえる。


「ぐはっ……」


「お前っ……なんで」


 ベラが振り返るとそこには、目隠しをしたまま男たちを千切っては投げるオズの姿があった。

 よく見れば四肢の拘束具が引き千切られているではないか……。

 圧倒的優勢の状況に油断していたためか、屈強な男たちは突如として猛威を振い始めた少女に不意を突かれ人質を使う間も無くひとり、またひとりと戦闘不能になってゆく。

 あの小柄な身体のどこからそんな剛力が生まれているのか、嵐のような速度とパワーで人狼會を蹂躙するその姿はまるで——。


「どうして……あいつの術式はでかいクマの人形のはずじゃ……」


「よそ見してんじゃ——ねぇッ!」


 オズの強襲に思考を割かれたベラの隙を逃すことなくアルデは青白い燐光を脚に纏い、弾丸より早く彼女の首に手刀を喰らわせる。


「——上出来だ、オズ」

「はぁっ、はぁっ……身体痛っ」


◇◇◇


 ルート王国中央の騎士団に連絡をつけ、イトとオズに人狼會の引き渡しを済ませてもらったのち、マーガレットとその母親ともお別れをした。

 母親の方は路地で襲われた際にマーガレットを庇って負った打撲と口の中の切り傷、マーガレットは少し擦り傷が付いたくらいで大きな外傷はなかったが、念のためふたりはセレニエ地区の大病院で検査入院をすることになった。

 マーガレットは自分を助けに来てくれたふたりの勇者——イトとオズに満面の笑みで抱きつき、


「お姉ちゃんたち、ありがとう!」


 と、精一杯のお礼をプレゼントしてくれた。


 

 そして、学校への帰路につく折、勝手な行動をとったことについてアルデからこっぴどく怒られていた。


「お前らさぁ、よく敵組織の構成員も調べずに突っ込んだよな」


「その……すみません。浅はかでした……」


「突っ込むつもりはなかったんだ」


「結果的に突っ込んでんだからグチグチ言うな」


 トン、と優しい手刀がオズの頭に突き刺さる。


「まあ、結果的にマーガレットちゃんが無傷で済んだからよかったが……今後は俺の許可なしにあんまり危ないことするんじゃねーぞ」


「ごめんなさい」


「……ごめん、なさい」


 素直に頭を下げるふたりにアルデはふぅっと息を漏らす。

 その様子に少し緊張が解けたのか、オズが遠慮した面持ちで尋ねる。


「ところで先生、なに?」


「ああ、のことか?」


 アルデがひょいと指を動かすとオズの身体が不自然なタイミングで陽気なダンシングをし始める。


「俺の術式だよ。人体操術。俺が五秒間頭に触れた人間を一日間自分の思うように動かすことができる。しかも動いてる間のスペックは俺と同等になるオマケ付き」


「ああ、それであんな馬鹿力が出てたのか」


「そーいうこと。万が一お前らが付いてきた時のためにカフェで別れる前に先手打っといて正解だったぜ」


「あーあ、完全にしてやられたってことね。お陰で変な筋肉使って身体中バキバキだよ」


 あとこの変なダンス止めて、と冷静に嘆願するオズ。


「そりゃお前の身体じゃ俺の動きについて来れねぇし、そもそも動きに繋ぐ思考すら処理できねぇはずだ。身体だけじゃなく脳も疲れてるだろうから帰ったらゆっくり休めよ」


「そうするよ……」


 手を握ったり開いたりするオズにイトが心配そうに声をかける。


「どうしたんですか? 痛みだけじゃなくて不調が……?」


「いや、そうじゃないんだ。むしろ——」


 何かを確かめるように再び自分の両手を開閉するオズ。

 そして、ゆっくり頷くとアルデの腕を掴み、身を乗り出すようにして提案する。


「ねぇ、先生。ちょっと思いついたことがあるんだけど」

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