第四話-4 様々な交渉

「決闘!?」


 エリアンヌが仰天した様子を見せるが、私は澄まして言った。


「そうですわ。帝都の淑女が優雅なだけじゃないと貴女に教えて差し上げます」


 エリアンヌは口をあんぐり開けてしまっていたが、やがて顔面を朱に染めた。怒った。


「よし! 受けて立ってやる! 後悔するなよ!」


 よしよし。乗って来た。私は内心で舌を出す。私がほくそ笑んでいるとも知らず、エリアンヌは勇ましい表情で叫んだ。


「いつでもやってやろうじゃないの! バイヤメンの女の恐ろしさを思い知るがいい!」


「では、今からやりましょうか」


「え?」


 再びエリアンヌがポカンとした顔をしてしまう。


「戦士の心得は常在戦場。いついかなる時も戦いに備えているべきでしょう? よもやその覚悟が無いとはおっしゃいますまいね?」


「き、貴様はドレス姿ではないか!」


 私はスカートの裾をこれみよがしに翻して微笑む。


「貴女と戦うならこれで十分です」


 あからさまな挑発にエリアンヌが頬を膨らませ爆発寸前の様子となる。若い若い。


「よし! 今ここでやるとしよう! 後悔するなよ!」


 私は微笑むと、サーシャからスティレットを受け取った。鞘を払って黒い刀身を見せ付ける。


「私はこれを使います」


「し、真剣を使うのか?」


「決闘だと言ったでしょう? 当然殺し合いですよ」


 私の微笑みにエリアンヌが明らかに怯んだ。案の定、この娘は実戦の経験が無いと見える。それは当たり前よね。


 いくら女性も戦える事が求められると言ったって、女性の従軍が認められる事なんて滅多に無い筈だもの。辺境伯のお姫様として大事に育てられてきたエリアンヌが殺し合いを経験している筈がない。


「よ、よし! わ、分かった。誰か! 私のハルバードを持って来なさい!」


 ほうほう。長斧槍ね。私はまたもほくそ笑む。スティレットを使うと言っているのに長物武器を選ぶんだから、やはりこの娘の勇ましさは訓練場止まりなのだろう。


 召使いが銀色に輝くハルバードを持って来てエリアンヌに渡す。長さは私の背丈と同じか少し長いくらい。エリアンヌはそれを片手でブンブンと振っている。力は結構あるみたいね。


 私の方はコルセットを少し緩めるだけ。靴はそもそも襲撃があった場合を警戒して動き易いものを履いている。ドレスは問題にならない。私はドレスを着て戦うことに慣れている。


 広間のテーブルなどが片付けられる。出席者は驚きながらも、突然始まった決闘に興味津々だ。女性も。やはり戦いを尊ぶ気風がどうしてもあるのだろう。


 私が準備が整うのを待っていると、アスタームが飛んできた。今日の夜会には出ていなかったので、知らせを受けてやって来たものと思われる。


「何をする気だベル! 馬鹿な事は止めよ!」


「大丈夫ですよ。アスターム。ちょっと調子に乗った義妹を懲らしめるだけです。殺したりはしませんよ。……怪我はするかも知れませんが」


 なおも何かを言い募るアスタームを無視する。エリアンヌは準備運動をしていた。その動きを観察しなければならない。相手の動きを見切るには観察が大事なのだ。


 やがて、準備が整ったので、私はアスタームの手を振り払って進み出た。緑色のドレス姿で右手に黒の短尖剣。このスティレットは帝都でアスタームに借りたものだが、馴染んだのですっかり愛用している。


 対するエリアンヌはハルバードを持ち、男装して軽装鎧も装備している。背丈も私よりも拳二つは大きい。どう見てもエリアンヌの方が強そうに見えるでしょうね。


 でも、私は目を細めてニンマリと微笑むと挑発的に言った。


「覚悟は宜しいですか?」


「む、無論だ! いつでも来い!」


 気負いが目に見えるような声ね。私は顔の前に右手で剣を立て、左手で優雅にスカートを広げた。


「では、参りましょうか」


 エリアンヌが構えるのを待って、私はスティレットを構え右手で小さく突き出しながらジリジリと間合いを詰めた。


 エリアンヌも警戒しつつ足を運び、私の右に回り込もうとする。睨み合う事しばし。私は右足を大きく一歩踏み出した。


 ハルバードの槍先がピクッと動いた後「やっ!」と気合の声も高らかに、エリアンヌが私の腹に向けて斧槍を突き出してきた。


 私はそれを余裕を持って見ながら、足はそのまま少し身体を引いて躱し、斧槍が引かれるのに合わせて一気に飛び込んだ。


 エリアンヌの構えは右構え。右手を前にして斧槍を持っているので彼女から見て右側へ回り込みつつ、彼女の懐に潜り込む。ここは右構えだと死角になるのだ。


 私の動きをエリアンヌは見失った。一瞬硬直する彼女の隙を私は見逃さない。私は彼女の右の脇の下、鎧の隙間にスティレットを少しだけ突き刺した。


「うっ!」


 エリアンヌがうめく。刺したと言ってもほんの少し。でも十分に痛いし出血するくらいの攻撃に調整した。そして私は飛び退き、エリアンヌから距離を取る。


「うふふふ。危なかったですわね? あのままスティレットをズブズブと突き刺していれば、貴女の心臓に届きましたよ?」


 私は優雅に微笑みながら、スティレットの剣先に着いたエリアンヌの血をぺろっと舐めてみせた。


「ひっ!」


 エリアンヌが脇を押さえながら悲鳴を上げる。ふむ、以前に戦った嗜虐的な刺客の仕草を真似してみたんだけど、脅しの効果はあるようね。


 しかしエリアンヌは気を取り直すと自分を鼓舞するように叫んだ。


「ま、まだまだ! 勝負は着いていないわよ!」


 しかし、ハルバードの槍先はユラユラ頼りなげに揺れている。ふむ、予想以上に脆かったわね。


「そうですか。それでは今度はこちらから参りましょう」


 私はスティレットを顔の前で一瞬立てると、そのままドレスを翻して真っ直ぐ突っ込んだ。エリアンヌは気合の声を上げて斧槍を突き出して来るが、既に鋭さは失われている。怪我もあるけど恐怖で身が竦んでいるのだ。


 命懸けの戦いの場では、いかに恐怖を捨てられるか、そして相手に恐怖を与えることが出来るかがしばしば勝敗の境を分けるものだ。エリアンヌは既に私に恐れを抱いてしまっている。もうそに時点で勝負ありなのである。


 私は突き込まれてくる斧槍をステップだけで交わすとスティレットを振って彼女の手にピッと傷を付けた。今度は本当に僅か。血が滲む程度だ。


 エリアンヌは何度もハルバードを振り回し、私に突き掛かって来るが、私はもう動きは見切っているし、そもそもいくら大柄なエリアンヌとはいえハルバードのような大型の武器は女性の筋力ではなかなか使いこなせるものではない。寸前で躱しては、私は剣を振って彼女の鎧からはみ出た部分をピッピッピッと傷付けて行く。


 可愛い義妹の肌に傷が沢山残ったら可哀想なので、最初のちょっと深く刺したアレの他は本当に皮膚の表面を傷付けただけだ。それでも血は出るし、服は切れるし、痛いことは痛い。


 しばらく続けるとエリアンヌは血だらけの結構酷い姿になってしまった。私は怪我一つない。多少返り血を浴びているけどね。


 エリアンヌはガクガクと震え出した。私との力量の差は理解してくれたでしょうね。そろそろ降参してくれないかしら。でないと。


「まだやりますか? 私もそろそろ疲れてしまいました。次は手元が狂って、うっかり深く刺してしまうかも知れませんよ?」


 私はそう言ってウフフフ、っと微笑んだ。エリアンヌの顔が引き攣る。もう構えを維持するのも難しそうだ。するとそこに流石の大音声が響き渡った。


「それまで!」


 アスタームは叫ぶと、私とエリアンヌの間に割って入った。そして。


「やり過ぎだ馬鹿者! 限度を知れ!」


 と怒られた、何よ。エリアンヌが降参しないのがいけないんじゃないの。


「おおおおお、お兄様あぁぁぁあああああ!」


 エリアンヌが泣きわめきながらアスタームに縋り付いた。恥も外聞もあったものではない。ワンワンと大声で泣いている。


「よしよし。怖かったであろう。兄が付いているから心配は要らぬ。……ベル! 自分よりも二つも年下の娘になんという仕打ちだ!」


「……二つしか変わらぬではありませんか。それに私はその歳には一人で複数の刺客を屠っていましたよ?」


「君のような特殊な生い立ちの者と一緒にするでない!」


 怒られて私はむくれた。婚約者よりも妹を大事にするなんて酷くはありませんか? 


 まぁ、ここまでやっておけば、エリアンヌが私に逆らう事は二度と無いでしょうし、エリアンヌが今後どんなに勇ましいことを言っても、今回の醜態が有る限り誰も信じないでしょう。私の強さを皆様も知った事だし、今後バイヤメン辺境伯領で色々過ごしやすくなることでしょう。


 と思いつつ、私は観衆の方へ振り返り「さぁ、余興は終わりました。宴を続けましょうか?」と皆様に笑顔で言った。


 のだが、賛同の声は皆無だった。あれ? 私を見る方々が全員、目を丸くして硬直しているのだ。男性も女性も。どうしたのかしら。


 私が首を傾げていると、サーシャがこれも引き攣った表情で近付いてきて言った。


「ベルリュージュ様。その、そのお姿で宴を続けるのは無理だと思いますよ。会場にエリアンヌ様の血が飛び散ってますし」


 私は自分の姿を見下ろす。多少返り血は付いているけど、母はこれくらいの格好でも平然と夜会に出ていたわよ? と思ったのだが、アスタームもやってきて私を隠すように立つと言った。


「集まってくれた皆には済まぬ事をしたが、またベルリュージュの開く夜会に出てくれればありがたい」


 結局、夜会は打ち切りになってしまった。アスタームは頭が痛そうな顔をしながら私にお説教をした。


「せっかく、帝都の洗練された作法を持つ皇女、という形で領地に周知されつつあったのに、台無しになったでは無いか」


 アスタームとしては私への支持を集める上で、如何にも皇女らしい振る舞いである夜会の開催はプラスに働くと踏んでいたようだ。バイヤメン辺境伯領の家臣の中には、帝都の文化を軟弱と否定して、出来れば帝都とは距離を置くべきであると考えている者も多いらしい。そういう者を懐柔するのに、婦人を帝都の華やかな文化で籠絡するのは悪くない方法だとアスタームは考えたのだ。


「あれで君の本性が知れ渡ってしまった。君を慕っていた夫人も随分引いていたぞ。君への支持を集める方法を他に考えねばならぬ」


 私への支持を集め、辺境伯領の家臣の意見を、私を女帝に押し上げる方向に統一しないと、辺境伯領挙げての帝都遠征など出来ない、という事らしい。


 困りますよ。私は女帝になんてなる気も無いし、皇帝陛下に反逆して、帝都に攻め入る事なんて考えてもいない。夜会の開催は私への支持を集めるためだった事は確かだけど、それはこの辺境伯領での行動の自由度を上げるためのものだ。


 まぁね。アスタームはやる気満々だけど、辺境伯ご夫妻には反逆の意図は無さそうだし、私にもその気は無い。エリマーレ様の手勢だけなら兎も角、帝国軍は強大だし近隣の領主貴族だって反逆までは支持すまい。つまり、私が女帝になるなんて無理なのだ。


 その内、アスタームも諦めるでしょう。私はこの辺境伯領に引き籠もって天寿を全うする事が目標なのだ。


 ……私は、この時点でもまだまだ事態をこんな風に甘く見ていたのだった。


 ちなみに、年若い義妹を一方的にいたぶって血まみれにした私の所業は、辺境伯領の家臣達を男女問わずドン引きさせたが、元々尚武を尊ぶ気風の土地だった事もあり、評判自体はそれほど落ちなかった。


 むしろ戦場で容赦ない事で知られるアスタームとはお似合いの夫婦になるだろうと認識され、それまで帝都の皇女などアスタームの妻に相応しくないと言っていた保守的な家臣達が私達の結婚に賛成してくれるようになる効果もあった。


 女性達はそれまでエリアンヌの派閥だった者達までが私を慕ってくれるようになったわね。私の武勇に憧れの視線を向けてきて、訓練場で是非手合わせをお願いしたいと頼まれる事もあった。


 私も良い運動になるからたまに応じることにしたわね。すると男性からも挑まれる事も増え、そうやって訓練を共にすると、無骨で戦いにしか興味の無いような家臣とも仲良くなれて、結果的に私の支持者は大きく広がる事になったのだった。


 エリアンヌにトラウマを植え付けちゃったみたいだけど、やった意味はあったといえるだろうね。エリアンヌはこれ以降、二度と武器を手に取れなくなってしまったそう。晩餐で同席しても震え上がってしまい、私の顔を見られないような状態が半年くらい続いた。


 戦闘訓練は私も役に立つから、私は積極的に訓練場に行った。そうして城の中の騎士や家臣と交流を深めれば、思わぬ刺客が紛れていても対処しやすくなる。侍女生活で少し鈍った戦闘技術を磨き直す事にも役立ったし。


 でもね。私と手合わせを希望する者の中にたまに「あの時のエリアンヌ様と同じようにいたぶってくれ」と懇願してくる者がいるんだけど、あれはどういうつもりなのかしらね?


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