七話-2 帝都へ

 ついに女帝を目指すと決めた私は、その事をその日に開催した夜会で集まった領主たちに発表した。


 恐らくは決戦の時が近いと予測していた領主たちも多かったのだろう。旧ロックス伯領には私に味方する領主が兵を率いて続々と集合しつつあったのだ。なのでこの時は、ほとんどの味方の領主が出席していた。


 彼らは私の宣言を聞いて熱狂した。


「おお! 遂に!」


「ベルリュージュ様万歳!」


「女帝ベルリュージュ陛下、万歳!」


 口々に叫んで杯を掲げる。私は右手を上げてこれに答えると、なるべく威厳のある声を意識しつつ言った。


「帝都への道は険しいものになるでしょう。しかし、一丸となって戦えば勝利は疑いありません。皆、力を貸して下さい。その労には必ず報いると約束します」


 領主たちは一転、一斉に私の前に跪き、頭を垂れた。


「「我らが皇帝ベルリュージュ陛下に絶対の忠誠を! 神よ帝国を守りたまえ!」」


 声の揃った忠誠の宣言に、私はブルっと震えてしまう。もう後戻りは出来ない。私に忠誠を誓ってくれた彼らを私は護り導かねばならない。


 アスタームが杯を取ってくれたので、私とアスタームは並んで杯を掲げる。それを見て領主たちも杯を取って掲げた。


「勝利を! 乾杯!」


「乾杯!」


 私の声に全員が唱和し、私は杯を飲み干した。


 ベルリュージュ軍の士気は高く、既にアスタームの指揮下で幾度も戦ってきているので彼の指揮能力への信頼も高い。


 旧ロックス伯爵領に物資を集積して前進基地にする準備も整っており、弱点になり得る補給線の長さも解消されつつある。


 そもそも予測される帝国軍の数は精々一万で、我が軍の数は既に二万に達している。倍の差があれば勝利は動くまい。懸念としては敵が帝都に拠る事だったが、大量消費地である帝都への籠城は長期的には悪手となる。


 ベルリュージュ軍内部で様々に検討した結果、特に策を弄さなくても、普通に堂々と進撃するだけで勝利が得られるだろうとの結論になった。


 しかし、私には少し懸念があった。それはエリマーレ様が手段を選ばず軍勢を徴発する可能性だ。


 帝都には三十万とも言われる人々が住んでいる。これを強制的に徴発する事は、不可能ではない。その後の事を何も考えなければだが。そして私はエリマーレ様がもう手段を選ばないだろうことを確信していた。


 なんの訓練も受けていないニワカ兵士でも数は数である。もしもこれが五万人くらいになり、脅されるなりなんなりして一斉に押し寄せてきたら対処に困る。これに対しては当面対処の方法が無い。アスタームなどは「敵なのだから蹂躙すれば良いだけのこと」と言い切っているが、善良な一般市民である彼らを虐殺してしまっては、この後の統治に少なからず悪影響を与えると思う。


 その後の統治の事を考えると、という話をもう一つすると、ベルリュージュ軍が帝国軍を圧倒し、撃ち破り、大量に兵を殺してしまうのもよろしくない。戦後に帝国軍からの支持を得難くなるだろう。


 帝国軍は帝国中の要である。軍は帝国の要地に基地を持ち、そこに多くの兵士が駐屯している。帝国軍に二十年所属すると恩給を授かることから、それを目的に多くの兵士が帝国軍に志願し、実際多くの者が定年まで勤めて恩給を受給していた。つまり、帝国には元帝国軍の人々が多くいて、彼らは元帝国軍人である事を誇りに思っている。そして元帝国軍人は、有事には軍に復帰して戦う事もある。


 帝国が皇帝直轄地の他は多くの領主の領地の寄せ集めでありながら、帝国という「国家」の形を保ち続けている理由は、この帝国軍、元帝国軍人達の一体感にある。彼らが帝国の各地に住みながら、自分たちは帝国軍の一員だという考えを持ち続けているからこそ、帝国は国の形を保っているのである。この帝国軍、元帝国軍人の考えは各地の領主も無視出来ない。国の護りを担う帝国軍、元帝国軍人が帝国皇帝に忠誠を誓い続けているからこそ、帝国による守護を願う領主達は帝国に服属しているとさえ言える。


 現在は帝国中に済んでいる帝国軍人、元帝国軍人は我が軍を静観している。しかしながら帝都の帝国軍がエリマーレ様に強制的に動員され、我が軍の前に立ちはだかった時、アスタームがいつものあの容赦の無さで帝国軍を撃ち破り、蹂躙し、殺戮した時はどうなるか。当然、反発を呼ぶと思う。不本意にも偽帝に動員されたとはいえ、一応は皇帝の命を受けてしまってやむなく出撃してきた帝国軍を、私の軍が一方的に撃ち破ることは、戦後に帝国軍を支配下に入れて帝国全土の統治を行わなければならない私にとって、必ずしも望ましいことでは無いのである。


 なので帝国軍と対決する際には、なるべく正面からは戦わず、損害をあまり与えず、帝国軍のプライドを傷付けないような勝ち方で、私とアスタームに信服させるような勝ち方が求められる。私がそう言ったら、アスタームは渋面になってしまったわね。


「無理難題だな」


「あら、これからはずっとそんな感じですわよ。皇帝なんて降り掛かる無茶振りを延々と何とかし続けるお仕事ですもの」


 政治なんてそんなものだ。領主達の間を取り持ち、あちらを立てればこちらが立たず、こちらに利益をもららせばあちらに不満が出るという無理難題を、延々と硬軟取り混ぜた方策で何とか実現して行く。それが帝国皇帝のお仕事だ。


 大変かつ報われる事が無い仕事。私は母の元を訪れて悩みや愚痴を母に打ち明ける皇帝陛下や、皇帝陛下に割り振られた仕事に頭を悩ませるエリマーレ様を見てそれを学んでいる。もっとも、王国に匹敵する大領主の息子であるアスタームだって、辺境伯の様子からその事は学んでいるだろうけどね。


 そういう風に様々な事態に対応すべく、アスタームと共に想定して対策を考えるという事を続けていると、帝都の情勢が段々と入り始めた。


 どうやらエリマーレ様は一応は帝都にいる領主貴族と官僚貴族、そして帝国軍の将軍からは忠誠の宣誓を得たようだ。まぁ、認めないと考える者達はとっくに帝都を出て北に走っているのだろう。


 その上でやはり反乱勢力であるベルリュージュ軍追討の命令を発し、軍の徴募と編成を行っているそうだ。元帝国軍人の招集の他、やっはり帝都から大規模な徴募(幸いにも強制ではないようだ)を行っており、予想以上に帝国軍は膨張しそうな気配である。ただ、我が軍の精鋭二万に対して確実にそれ以下の数になり、しかも大半が新兵というのでは、我が軍の勝利は動くまい。


 多くの貴族がそう考えているようで、敗北の確定的な決戦を回避するため、エリマーレ様に私との和平を勧める者が多くいるようだ。帝都にいながらこっそり私を支持している貴族が仲介を申し出ているという話もあるようだ。


 あのエリマーレ様が私との和平など考える筈が無い。私はある意味そう楽観していたのだが、しばらくすると、どうやらエリマーレ様が和平の打診に同意したとの情報が届いた。私は驚いた。どういう風の吹き回しなのやら。


「罠、もしくは時間稼ぎだ。和平が実現するなど期待しない方が良い」


 アスタームは冷然と言い捨て、私は複雑な表情になってしまう。もう少し前。私が女帝になると決意する前であれば、私はいろんな事に目を瞑って、エリマーレ様との和平を望んだかもしれない。


 しかしながら、もう私は決意して、皆に向かって宣言してしまった。今更和平を望むなどとは言えない。そして確かに、この状況下でエリマーレ様が和平を言い出すなんて、十中八九何かの企みがあるに決まっているのである。


 それでも一応、私は味方の領主貴族に和平打診について相談した。驚いた事に全ての領主達が口を揃えて「罠だ」と断言したわよね。どれだけエリマーレ様に信用が無いか分かろうというものだ。


 それでも、打診があれば検討しているふりはしなければならない、ということで、私は帝都にいる支持者に密書を送り、和平の打診があった場合は検討すると伝えた。その間もベルリュージュ軍は帝都進撃に向けて着々と準備を進め、アスタームは中核となるバイヤメン辺境伯軍だけでは無く、各領主軍にも皇帝の紋章が入った具足を用意していた。見分けが付き易いように意匠が帝国軍とは少し異なるが、これは我が軍が私兵では無く、次期皇帝の率いる軍隊であるとの正統性を主張するためのものだ。


 そして遂にエリマーレ様から和平の打診のための使者(まだ非公式段階)がやってきた。私は旧ロックス伯爵領に置いた仮宮殿でこれを出迎えた。大仰に正装して、次期皇帝にしか許されない皇帝陛下よりも三段低い階に据えた椅子に座って使者を威圧する。私は大げさだと言ったのだが、こういうのははったりが大事なのだと周囲に説得されてこうなった。アスタームは私の横にやはり正装して立っている。


 使者は私を密かに支持する官僚貴族だったのだが、この時代掛かった出迎えに驚き、恐縮したようだった。跪いて私に和平の打診の書簡を差し出す。私はこれをサーシャに受け取らせて、仕掛けや毒が無いかしっかり調べさせてから受け取った。まぁ、私に毒は効かないけどね。


 書簡はエリマーレ様の親筆ではなく、大臣の誰かが代筆したもののようだった。しかしながらエリマーレ様のご意見が反映されている事は疑いない。何しろ出だしからこうだ。


「ベルリュージュ皇女はなぜ姉であるエリマーレ様の即位を祝賀せず、あまつさえ兵を用意して帝都を威圧するのか。今すぐ兵を解散して帝都にはせ参じ、新帝エリマーレ様の前に跪くが良かろう」


 ……読み進めて私は少しだけ期待していた自分を恥じた。これは酷い。


 何しろ和平条件が、準備している軍の解散。領主連合の解体。アスタームとの婚約の解消。バイヤメン辺境伯領の封鎖。そうすれば私の一命を助け帝都に帰る事を許し、私を皇女として認めて優遇しよう。というものだったのだ。本当に和平する気があるのかしらね。これ。


 いや、無いのだろう。端からその気は無い。これの無礼な要求に激怒した私が使者を斬り捨て、そのまま怒りにまかせて帝都に攻め込む事を期待しているのではないだろうか。そうすれば私はエリマーレ様が慈悲深くも差し伸べた和平の手を振り払ったという事になり、エリマーレ様は私の非を鳴らす事が出来る。それにどの程度の意味があるのかは別として。


 ただ、この馬鹿な書簡から分かることは、エリマーレ様は我が軍との決戦を引き延ばす気は無いという事だ。引き延ばしたければ下出に出て、こちらの出撃意欲を低下させようとするだろうから。こちらを挑発し、怒りにまかせてやって来られても迎撃する自信があるのだろう。どういう方策かは知らないけど。


 そうね。私は考える。こちらの準備は出来ている。今更私にエリマーレ様と和平をする気も無い。この挑発に乗ってあげようじゃ無いの。


 私は書簡を使者の目前でビリビリと破いて見せた。使者の顔が青くなる。私は微笑みを消して無表情を意識する。そして椅子にふんぞり返ったまま使者に向かって言い放った。


「ご苦労でした。このような戯れ言を届けるために来て下さった事に感謝いたしますわ。そうですね。お返しに、貴方達にお約束致しましょう」


 私は一転、満面の笑顔を浮かべる。


「二週間後、私は貴方と帝都で再会することをお約束いたしましょう。帝都の皆様にもお伝え下さい。その時までに、誰が皇帝に相応しいか、よく考えておきなさい、と」


 使者は這々の体で退出して帝都に逃げ帰っていった。こういう席であるから、領主貴族も謁見の場にあらかた出席していた。丁度良い。私は座ったまま皆を睥睨し、言った。


「聞きましたね。二週間。それまでに帝都を陥れます。必ず勝利を」


 アスタームが右手を挙げて地響きのような声で叫ぶ。


「ベルリュージュ様に勝利を! 帝国万歳!」


「「ベルリュージュ様に勝利を! 帝国万歳!」」


 領主達が唱和する。こうしてベルリュージュ軍は遂に帝都への進撃を始めたのだった。

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