第五話-5 色々な思惑
領都に戻ると、単身で敵中に突入して敵将を討った私の行動は随分と賞賛された。私は戦場なのだから、自分に出来る最善の行動をしただけなんだけどね。
「いや、普通は単身で敵の将軍を討ち取ろうなんて考えませんよ?」
とサーシャには突っ込まれたけどね。
帝都から来た気取ったお姫様、という評判はエリアンヌをやっつけた時に大分薄れていたのだけど、今回のこれで完全に無くなったようだ。従軍した兵士から噂は広まり、私とアスタームが仲睦まじいという評判も相まって、私はバイヤメン辺境伯領の領主夫人として相応しい人物だと、家臣達から認められるようになったのである。
何しろバイヤメンの者達は野蛮なので、その領主夫人として認められるようになったということは、私も野蛮だと家臣達に認定されたに等しい。遺憾ではあるが、領都での居心地が良くなるのであれば、野蛮であろうが何だろうがどうでも良いということは言える。
私としてはここを追い出されないで、エリマーレ様の魔の手を逃れられ、安心してこのまま暮らせるなら何でも良いのだ。アスタームとの関係も穏やかになった事だし。
ただ、相変わらず皇帝陛下は婚約のご許可を下さらなかった。私は母に皇帝陛下を説得してくれと頼んだのだが、母にはにべもなく断られてしまったし。なぜ皇帝陛下がこうも頑なに私とアスタームの婚約をお認め下さらないのかがよく分からない。
そして、近隣の領主貴族との文通も続けていたのだけど、その中で段々と情勢が怪しくなって行くのが分かった。エリマーレ様は帝都で騒乱を起こしたとしてバイヤメン辺境伯を(公式には私はただの侍女なので、こういう所では名前が出せない)非難し、問責し、帝国軍による討伐を行おうとしたらしい。しかし、皇帝陛下が同意せず、帝国軍は動かせなかった。遠いバイヤメン辺境伯領まで私兵や暗殺者を向かわせるのは、一皇女(エリマーレ様はまだ立太女されていないので)では難しかったようだ。それでこの半年ばかり私は平和に暮らせていたのだった。
それがエリマーレ様は帝都近郊の貴族たちを動かして、貴族の私兵を集めて軍勢を整えつつあるという事だった。バイヤメン辺境伯領に近い領主達にも協力しろとエリマーレ様は強圧的に言ってきたらしいのだが、既に私を支持している領主達はこれを拒否。すると、エリマーレ様は脅迫と懐柔を一緒に通告して来たらしいのだ。
つまり、このまま自分に逆らうと、編成した軍勢でバイヤメン辺境伯領に攻め入る時に、そちらも一緒に滅ぼすがそれでも良いのか、と脅し、しかし協力するのなら帝都からの追放処分は解除し、二十年分の貢納金を免除し、更に多額の援助をすると言って来たのだ。
無茶苦茶である。領主貴族の領地に同意なく軍を入れる事は許されない事であるし、領主貴族からの貢納金が無ければ帝国が立ち行かなくなる。その状態で援助なんてどこからお金を引っ張ってくるつもりなのか。
おそらく、帝都近郊の貴族には更なる大盤振る舞いをして、領主貴族の私兵を集めたのだと思われる。とんでもない事だ。そんな大盤振る舞いの約束はエリマーレ様が皇帝にならなければ実現出来ない(いや、皇帝でも無理かもしれない。帝国が破綻してしまう)が、彼女はまだ女帝になれると決まった訳ではない。最有力候補ではあるけど。
帝国の二公爵家にはそれぞれ男子が一人ずついる。血統的には少し傍系で遠いのだが、やはり皇帝は男がなるべきという意見も強いのだ。しかもエリマーレ様はあの横暴で貴族達からの支持を失ってもいる。そしてこれ以上の横暴をやらかして皇帝陛下の支持さえ失えば、第一候補ですら無くなる事だろう。
それは兎も角、近隣の領主達は帝都からエリマーレ様の軍勢が来る事を不安視していて、私に、つまりバイヤメン辺境伯領軍に防衛のために来て欲しいと要請してきたのだ。気持ちは分かる。そんな統制も禄に取れていなかろう私兵集団が自領に入って来て欲しくないのだろう。
これは困った。私がこの要請を断ると、その領主はエリマーレ様の軍門に降るしか無くなるだろう。そうしないと領地が危ないのだからこれはやむを得ない。すると、エリマーレ様は真っ直ぐにバイヤメン辺境伯領に向かってくることになり、辺境伯領が危なくなり、私の身も脅かされる。
それを防ぐには私に味方してくれる領主の領域まで辺境伯軍を出し、その領主と協力してエリマーレ様の軍勢と戦わなければならない。しかし、これはエリマーレ様と正面切って敵対する行為だ。それに辺境伯軍は私の自由に動かせない。
困った私はアスタームと相談してみた。すると、あっさり彼は言った。
「よろしい。軍を出そうでは無いか」
は? 私は唖然としたのだが、アスタームは何でも無いように言う。
「近隣の領主達がエリマーレ様に与するとなると、バイヤメンの安全も危なくなる。君のおかげで近隣領主との関係が改善しているのだから、私としてもこれは維持したい」
私達は辺境伯に相談に行ったのだが、辺境伯も二つ返事で軍を出すと言った。
「去年、アスタームを帝都に向かわせる際、軍勢を通過させるのにも難色を示した近隣の領主が、我が軍の進駐すら認めると言って来たのはベルリュージュへの信頼の証だ。これに応えるのは其方の義務だな」
ということで、あれよあれよという間に軍の派遣が決まってしまった。そして辺境伯が家臣達に呼びかけると、あっという間に七千の軍勢が集まってしまった。血の気が多すぎる。どんだけ戦が好きなのか。
遠征軍の指揮官は当然のようにアスタームと決まり、私も同行することが決定した。私は仕方なく近隣の領主に書簡を送り、軍の派遣とその受け入れを準備して欲しいとの要請をした。領主達は大喜びし、物資の準備を確約してくれた。どうもエリマーレ様の私兵集団は恐ろしく評判が悪いらしい。バイヤメン辺境伯の軍も野蛮だとして評判が悪い筈なんだけどね。
アスタームは上機嫌に軍の編成を行っていた。見ると、バイヤメン辺境伯軍は先の戦いの時は、装備がまちまちだったものが、今回出陣する軍勢はお揃いの真新しい鎧兜が準備されているようだった。騎兵と歩兵で型は異なるけど。そしてその鎧の肩の所には、わざわざ色つきで帝国皇帝の紋章が描かれていた。
……皇帝の紋章は、帝国軍の証である。勝手に使ってはならない。これをわざわざ、いつの間にか新調した武具に使用しているのである。
ちょっと待ちなさい! 私は何食わぬ顔で出陣準備を進めているアスタームを捕まえて詰問した。
「アスターム。これはどういうことなのですか! 皇帝の紋章を兵士の鎧に付けさせるなんて! 大体、こんな装備、いつの間に用意をしたのですか!」
五千人分の真新しい鎧兜なんて、一日二日で用意出来る筈が無い。これまで統一された装備も無かった筈なのに。
アスタームは自慢げに笑っていた。
「なに。いずれこのような時があろうと、君が辺境伯領に入った時から半年掛かりで準備を進めていたのだ」
無駄に用意周到な事である。
「なんですか。このような時とは!」
私の言葉にアスタームは満面の笑みを浮かべて応えた。
「君が、女帝として帝都に向かう時だ」
はい? 私は動揺する。
「ちょっと! 今回は領主達の要請で兵を出すだけです。エリマーレ様の私兵を追い払うだけです!」
「聡明な君らしくも無い。辺境伯軍が他の領主の土地に進駐するなどという事が、普通は認められる筈が無い事は分かるだろうに。それを領主達が認めたのは何故か。ベル。君がいるからだ。彼らは君に来て欲しいのだ」
うぐ……。そう。野蛮との評判で、蛮族として帝国貴族扱いされてもいなかったバイヤメン辺境伯軍の、野蛮と評判の軍隊を自領に迎え入れるなんて、普通は認められる筈が無いのだ。しかし、それをわざわざ「私に」要請してきたのは「私に」来て欲しいという事に他ならない。そしてその理由は……。
「君を推し立てて帝都に向かい、女帝として即位させる。最初から近隣の領主達はそういう腹づもりだ」
エリマーレ様に帝都を追放された貴族達はエリマーレ様を恨んでいるし、彼らが身を寄せている辺境の領主達はそもそも帝都に偏重している帝国の政策に不満があった。そんな彼らにとってエリマーレ様と対立し帝都から逃れ、強力な軍事力を持つバイヤメン辺境伯を味方に付けた私は奇貨である。私に恩を売り、女帝に即位させれば彼らとしてはこれまでの不満を解消し、帝国内での地位向上が図れると考える事だろう。
エリマーレ様が明確に敵対意思を示してきたこの時に、私が彼らを救援するために出陣してエリマーレ様とはっきりと敵対の意思を明らかにすれば、エリマーレ様に敵対心を持っている彼らは一気に糾合して、私を女帝に推し上げるべく動き始める事だろう。
その時に、バイヤメン辺境伯軍が皇帝の紋章を身に付けて進軍すれば、それは私も自分が女帝になると宣言した事になってしまうだろうね。領主達は恐らく協力してくれる。一気に軍は膨れ上がり、そのまま帝都に雪崩れ込む事になってしまうだろう。なんてこと。
「そ、そんな事は出来ません! 許されません!」
「では、このままエリマーレ様の軍勢がバイヤメンに来るのを待つつもりか? 残念ながら無理だな。君は自分が死ぬ事を容認出来る女性では無い」
アスタームは微笑んだまま私をジッと見詰めている。
「座ったまま殺されるくらいなら、剣を持って敵中に突入して活路を探すのが君のやり方だろう? 君の思うがままに進めば良い。私も、バイヤメンの者達も必ず君を助けよう」
……私は返事が出来なくなってしまう。
そう。この状況ではもう、近隣領主に援軍を送ってエリマーレ様の軍勢と戦うしか無い事は間違い無いことだった。そして、それが帝都との明確な対立になり、勝ち抜くしか生き残る方法が無くなってしまう事だとも分かっていた。そして、エリマーレ様に勝つという事は、エリマーレ様を押しのけて私が女帝になるしか無いということも事実だった。確かに、私は考えが甘過ぎた。
勝って、生き残るためには私が明確な意志を示す必要がある。私が女帝となり、帝国を率いるという意思表示。そうして始めて私は錦の御旗になり得る。領主と貴族達が私を大義名分として掲げて、帝都と対立する事が出来るようになる。そのための辺境伯軍の新しい鎧だった。アスタームは私を帝都から連れ帰った段階でそこまで読んでいたのだ。
女帝を目指す私が率いるのは、北の蛮族の血が色濃い野蛮な軍勢では無く、規律正しい帝国軍で無ければならない。皇女である私が帝国皇帝の紋章輝く帝国軍を率いるからこそ、私は女帝を目指すと天下に示せるのである。もちろん、これは詐称であるけども、だからこそ味方した者達は私を女帝に推し上げてこの嘘を本当にしなければならないのだ。
ここまでくれば、問題は私の覚悟という事になる。私の覚悟。つまり私がエリマーレ様を帝都から放逐して、女帝になる覚悟があるかどうかという話だ。……そんな覚悟あるわけ無い。私は自分が女帝になる事など考えてもおらず、エリマーレ様と対立するのだって、命を守る上でやむを得ないからしているだけなのだ。
しかし、事態がここまで進行すればそんな事を言っている場合では無い、生きるか死ぬかなのだ。そして私は自分が粛々と死ぬことを許容出来る女では無い。アスタームのこれは言う通りだ。自分が生き残る道を選ぶのなら、その道はもう真っ直ぐに私が女帝を目指す道に繋がるしか無いのである。
葛藤は、ある。あるけど、最終的に私の背中を押したのは、アスタームのこの一言だった。
「ベル。私は君を死なせるつもりも無いし、私自身も死ぬ気は無い」
そう。もう事は私の生き死にだけでは無くなっている。私が死ねば、バイヤメン辺境泊領全体も道連れだ。私はもうこの地に愛着のようなものも抱き始めていたし、サーシャを始めとした家臣達とも心からの交流を持っている。辺境伯や夫人とも信頼関係を結んでいたし、そして何よりこの婚約者を随分と気に入り始めてもいる。
私が生きる事を諦めれば、これら全てを道連れにすることになる。私は、それは嫌だった。自分の命だけならまだしも、巻き込んでしまうものがもう大きくなり過ぎていた。道が無いなら、生き残るための道を進むしかないのだろう。
「私が君を護る。君は望む道を行けば良い」
私が望む道。それは生き残り、アスタームやバイヤメン辺境伯の皆と平和に暮らすことだ。私はここに来て初めて、穏やかな日々を持てたのだ。その日々を護りたい。そして自分の欲するものを護るためなら、敵は撃ち破れ、というのが私が母から叩き込まれた行動原理だった。
撃ち破る、撃ち倒す。目の前に立ち塞がる敵を殺すことでしか、私は生き残ってこれなかった。今更その方針を変えることは出来ない。……結局、私はアスタームの真っ赤な瞳を見据えて、こう言った。
「進みましょう」
「よろしい」
アスタームは面白そうに口を歪めた。私がこの期に及んで「女帝になります」と言わなかった事を嘲笑ったのかもしれない。私にはまだそこまで思い切ることが出来なかったのだ。目の前の敵を倒し続けた先が、女帝に繋がってしまうとしても、そんな大それた事を目標として口にすることは出来なかった。
数日後、バイヤメン辺境伯軍五千は領都を発し、一気に山を駆け下ったのだった。これがいわゆる「ベルリュージュの南征」の始まりとなる。
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