第13話 終幕

「いいわ、少しだけ付き合ってあげる」


「ありがとう。それじゃあいくよ」


 別にそれほど多く動くつもりはない。相手の動きに合わせてあげればいい。


 初動はカフカに譲る。あくまでも、私は受ける側だ。勝つつもりもない。単なる遊び。


 強いて言うなら、今の彼女がどこまでやれるのかは、少しだけ興味がある。


「ちょっと油断し過ぎじゃない?」


 背後を取られる。刃が振るわれる音と空間の広さから、刃の位置を捉える。それに合わせてこちらは剣を振り、相手の剣に合わせる。


 後は相手の力と合わせる。そうすることで、拮抗した状態を作ることができる。


「これも止めちゃうかー。結構本気のつもりなんだけど、ね!」


 足を動かし、体をねじらせて、回転斬りで攻撃してくる。こちらは冷静に、両足を一歩ずつ後退させ、寸前のところで回避する。


「……危ない」


 適当にそんなことを言ってみた。


「本当にそうかな? 私は寸前で回避するのが一番だと思うんだけどね」


 カフカはそんなことを言う。下手な誤魔化しは彼女には効かない。


「寸前で避ければ、最少の労力で最大の反撃に転じることができる。完璧に避けられるとわかっている攻撃を、わざわざ大きな動きで避ける必要はないからね」


 その通りだと、素直に賛同したいと思えてしまう。ただ、それがわかっているとなると、こっちは言い訳をすることができなくなってしまったことになる。少し困った。


「最初に会ったときから思ってたことだけど、只者じゃないよね、ノアちゃん」


「私のことを、誰かに言いふらすつもりはあるのかしら?」


 こちらが聞くと、カフカは大げさに手と首を振った。


「あはは、私はそんなに悪趣味じゃないよ。誰に言うつもりもないし、このことで脅すつもりもない。安心していいよ」


 先に脅すつもりはない、と言われたらもっと怪しくなるからやめた方がいい、なんて余計なお世話ね。私らしくもない。


 それに、彼女の人柄的にもこんなところでつまらない嘘をつくとは思えない。


 例えこの人格が嘘だとしても、人一人のために崩すことは考えにくい。ひとまず信頼して問題ないはずだ。


 私一人がバレようと、最悪問題ないし。


 カフカは背後を取るのは諦めて、真正面からの攻撃を仕掛けてくる。その素早い斬撃全てに剣を合わせて防ぐ。


 カフカはよく動く。小柄で素早いのは厄介なことだ。自分より背の高い相手より、背の低い相手の方がやりにくい。攻撃の的が減るからだ。


 抑え込む戦いなら背が高い方が、背の低い方を抑え込むのは簡単だ。


 ただ、純粋な戦闘、殺し合いなら攻撃の的が少なくなるというのは一長一短ではあるけど、大きな利点になる。


 大きな的は、一度二度と攻撃を受け続けていくと、どんどん不利になっていく。


 逆に背の低い方は、一撃を回避しやすいけど、一度回避できなかった時のダメージは、こちらの方が多い。


 一個体の血液量は、身体の大きさで決まる。失血死しやすいのは背の低い方だ。それでも戦闘で有利になることに変わりはない。


 カフカは私より少し背が低く、そして動きが速い。剣に込められている力も申し分ない。十分に強者の部類に入ることができる人物だ。


 それでも単純な力や速さ、魔力の総量で勝敗が決まるわけではない。速さにおいては、一対一ではほとんどの場合、そう大した武器にはならない。ほとんどの人間が速さを活かすことができていないからだ。


 どれだけの速さを持っていたとしても、無駄な動きを削減できなければ、意味がない。


 速さだけが武器で技がお粗末な相手は、一度捕らえることさえできれば、簡単に無力化することができる。


 全ての武器は使い方次第だ。一見使い道がないような物でも、使い方次第で強力な武器に化けることもある。


 ただし、今回の場合はそうしたことは当てはまらない。カフカは速さを持っているし、それを無駄にしないだけの洗練された技も持ち合わせている。


 動きのブレも感じられない。迷いもない。見事なものだと、心の中で素直に称賛しておこう。


 それでも私が受け止められる範囲内であることには変わらない。


「参ったねー。回避することもなく、全部受け止められるなんて。しかも、ノアちゃんはその場から一切動いていない」


 それはその通りで、私は戦いが始まってから一歩も動いていない。


「そっちから仕掛けてくるような様子もない。私じゃ力不足ってことかな」


「そんなことはないと思うわ」


 十五歳の少女なら上出来なんて言葉で片付けることができないぐらいには十分な実力がある。


「あはは、この状況で言われても説得力に欠けちゃうよ」


 不用意な言葉はかえって相手を傷つけることもある、か。人間の心というものは難解で複雑だ。


 こちらが気遣っているつもりでも、それが相手を傷つけることだってあるのだから。


「それならもう少し力を出したらどう?」


 こちらから一つ提案をする。カフカは本気を出していない。まだ余力を残している。


 少なくとも今出している力が半分以下であることは明確だ。


「これはあくまでちょっとした遊びだよ? それにお互いそんなことをするメリットはないんじゃない?」


「そう言われてしまえばそれまでね」


 彼女が望むなら、もう少し真面目にやろうかと思ってたけど、そうでもないみたい。


 まあ、お互い手の内を明かすメリットがないのは確かだ。ただ、一歩も動かず相手の攻撃を防ぐという遊びは案外面白い。


「後、例え私が本気を出したとしてだよ? 今の感じだと、ノアちゃんの方が私より数段上なんじゃない?」


「そんなことはないと思うわ。案外私の方があっけないということもあるかもしれないわよ」


「今の状況を見て、説得力があると思う?」


 動き回っているのはカフカだけ。私は一歩も動かず立ち尽くしている。状況だけ見るなら、説得力は全く無い。実際、私の想定より数段上の実力だったとしても、私なら簡単に制圧できる、と思う。


 私としては、遊びの難易度を上げようとしただけだから、別に彼女が提案を飲まなくても、問題はない。


 それに、試験ももう終わる頃だろう。最後にいい暇潰しができていることには違いない。


 私は基本的に相手に合わせて、間合いを管理し、最少の動きで回避し、反撃に転じる戦い方をする。


 私には得意な戦い方はないし、逆に苦手な戦い方もない。相手に合わせて、戦術を変えることができる。なら、相手に合わせ、相手が最も嫌がる戦い方をすればいい。


 今回は受け止めるだけの遊びのため、そこまで気にする必要はない。


 手を止めることなく続けていたカフカの攻撃が止まった。


「だめだね。このままじゃ全然拉致が明かない。全然動いていないノアちゃんに比べて、私は動き回ってる。このままやり続けても、先に倒れるのは私の方だろうね」


 私が余程の虚弱体質でもなければ間違いなくそうなる。そして私は虚弱体質ではない。カフカの言う通りになるだろう。


「諦めたの?」


「うーん……それ以前の問題かな。はじめから勝つつもりもないし、そもそもこれは勝負にすらなっていないでしょ?」


「じゃあ、この遊びはこれで終わりということ?」


「そうだね。このまま続けても私としては全然面白くないからね。本気を出す気もないし」


 確かに一撃も入れることができないというのは面白みがないだろう。そしてこの場で本気を出すつもりはない。


 この遊びは、これで終わりのようだ。


「あ、でも全く楽しくなかったわけじゃないよ? 体を動かすことは好きだから、その点でいえば私はよく動いたからいい運動になったね」


 まあ、彼女がそういってくれるならそれでいい。相手に悪印象を持たせるのは、相手から敵意を向けられる原因になりかねない。


 こうしてこの戦いは終わった。


「……」


「……」


 無言で二人きりというのがこんなにも気まずいものとは思わなかった。


「えっと、何か話そうっか? 何がいいかな?」


 空気を察したカフカが提案をしてくる。


「できれば、そっちから話を振ってくれると助かるわ」


 こっちには特に人と話せるような話題を持ち合わせていない。相手の話に合わせることはできても、自分から話題を振ることができない。


「じゃあ、この学園のことについて話そうか。ノアちゃんは、この学園について、何か思うことはある?」


「……ここは魔水晶で監視されてる。会話も聞かれているはず、ここでそんな会話はまずいんじゃない?」


 もしも学園側にとって不都合な会話をした場合、簡単に切り捨てられる可能性は考えられる。


「そんなに気にする必要はないと思うよ。特に不都合なことを話すつもりもないし。単純に思ったことを話そうってだけ。それに、私はクラスのみんなと結構仲がいいからね。少しでも危ないと思ったら会話の内容をみんなに公開するよ。そうすれば、学園側は私達のクラスの生徒全員を退学させなきゃいけなくなる。そんなことは簡単にできないだろうしね」


 学園側に脅しをかけているのか。一つのクラス丸ごと退学になれば、他のクラスや学年にも、疑惑が募るだろう。下手に手は出せない。


 この場でこの話に乗ってもそこまで問題はなさそうだ。


「普通に考えるなら、ここの方針は一般的な魔剣学園とは根本的に違う」


「というと?」


「普通なら、どこの国でも大した実力のない貴族達の方が、実力のある平民よりも優先される。でもこの学園ではそうした格差が一切ない」


 普通に考えれば、あり得ないことだ。こうした学園で、階級の格差がないのはかえって不気味に感じられる。


「ここは王国主体の魔剣学園。教育費や試験会場とか、学園生活で必要な費用は全額負担してくれている。そんな所に理由が隠れているのかもね」


 かなりの高額をつぎ込んでまで、王国には手に入れたい人材があるというのだろうか。そこまでして何をしようというのか。興味はある。


「ここでそれを考えても仕方ないでしょうね。それに常に考えていれば、いずれ答えは出てくるかもしれないわ」


 一つの疑問にすぐ答えが出るとは限らない。与えられた点と点を結んで正解に近づいていくことも、ちょっとした遊びになる。地道に気長に考えよう。


 話すことがなくなった。というより、私が話を終わらせてしまった。話を繋ぐというのは案外難しいものだ。


「試験が終了いたしました。各自建物から出てください」


「……終わったようね」


「うん、お疲れ様」


「……お疲れ様」


 これにて、始めての試験が終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る