第9話 剣聖と王女とフワフワ少女

 私は五階で、エメリアちゃんとウリシアちゃんと一緒に行動していた。あんまり上の階層に言ったら他の人と争いになりやすくなるって、ウリシアちゃんに言われたから、真ん中の五階か四階で始めることにした。


 五階まで上がってみて、人がいっぱいいたら四階っていう話だったけど、五階にはそんなに人がいなかったから、五階で始めることにした。


 本当はノアちゃんとも一緒に来たかったんだけどなー。ノアちゃんは多くの人と接するのは苦手そうだし、仕方ないか。


 ノアちゃんと初めて会ったのは入学式の時。私が座った席の両隣は空いていた。私が座ったら、隣の人は他の所に行っちゃった。


 昔から、そうだった。私を特別扱いする人は珍しくない。それは私が剣聖だから。


 魔剣士にとって、剣聖というものは憧れの目で見られる。どこまでいっても絶対追いつけない高みのようなもの。


 エメラル家は代々剣聖の家系。剣聖は時が来ると、次代の剣聖へと受け継がれる。その時、元剣聖と次の剣聖はその事を理解できる。


 エメラル家の目は緑色だけど、剣聖だけは少し違う。剣聖の目は宝石のように輝く。


 五歳ぐらいの時、ふとした瞬間、とてつもない痛みが目を襲った。痛みは一瞬で消えたけど、普通の緑色だった私の目は、宝石ように輝いていた。


 それから私は、一族の全ての人間に敬われるようになった。お父さんもお母さんも私に敬語を使うようになって、よそよそしくなった。


 兄さんも姉さんも妹も従兄弟もみんながみんな、私のことを特別扱いする。剣を振るのは別に嫌いじゃなかったし、私の力で、誰かを守ることができるならそれは嬉しいと思った。


 けど、ただ少し人より才能があっただけで、私のことを特別扱いするのは決して心地のいいものじゃない。


 普通の、ただの一人の人間として見てほしかった。みんなと仲良くしたい。でもそんな願いは叶わない。


 だからこの学園に来た。ここなら、剣聖だからという理由で優遇されることはない。私だって退学になる可能性は十分にある。


 ここなら、生徒も私を普通の人と同じ様に接してくれると思ったけど、ほとんどの人は私によそよそしい。


 心許す相手がいないというのは寂しいものだ。


 みんなが私に遠慮する。そんなことしてほしいなんて一回も言ってないんだけどなー。


 そんなわけで結局一人でいた私の隣にノアちゃんは座ってきた。敬語以外で話しかけられたのは久しぶりだったから、少しだけ驚いた。


 長く伸ばされた、青みがかった白い髪。空を写したかのような青い瞳。そして可愛い顔。


 でもそんなことよりも気になったことは、隙がほとんどなかったこと。


 私は生き物の隙が見える。剣聖の能力らしい。入学式のあの日、その場にいた人は隙だらけで、全員斬ろうと思えば簡単に斬れそうだった。


 けど、ノアちゃんは違った。いつでも戦闘に入ることができるような感じ。


 私のことを特に気にしてる素振りはなかった。入学式が終われば、すぐに立って出ていった。


 私のことを意識しない人は珍しい。変かもしれないけど、私はちょっとだけ嬉しかった。


 私のことをどこにでもいる普通の女の子として見てくれたような気がして。彼女と友達になれたらいいなって思った。


 儚げでクールな女の子。私のノアちゃんのイメージはそんな感じ。私は彼女の笑った顔を見たことがない。


 友達になる道のりは遠そうだけど、めげずに頑張らないと。


 とりあえずこの試験で一緒に行動すれば、ちょっとは仲良くなれると思ったけど。


 全ての物事が上手く行ったら、人生苦労しないよね。せめて一度くらい、笑った顔が見たいなー。


 それにしても、この試験で学園がやりたいことが全然わからない。宝探しって言われたら、なんだか遊びみたいな感じがする。


 宝箱が全て開けられるまで終わらないなら多少散らばった方がいいと思うんだけどなー。奪い合いばっかりやっていたら、余計に時間かかっちゃうし。


 扉を開けると、部屋の真ん中に宝箱がちょこんと置いてある。わかりやすい! 隠す気ないの?


 全部こうなってるとは思わないけど、うーん、ちょっと……。


「拍子抜けですね。本番は何かしらの仕掛けがあると予想していたんですけど」


 エメリアちゃんもそう思うよね。


「あー……まあ……簡単な方が、いいけどね……ですけど」


「あはは、無理に敬語使わなくてもいいよ、ウリシアちゃん。私達、同級生なんだし」


 ウリシアちゃんはちょっと気まずそう。グループを組んだのだって、断れなくて仕方なく、みたいな感じだったし。


 まあ、普通の人が王女と位の高い貴族を前にしたら、そうなるよね。ただ仲良くしたいだけなのに、それがとても難しい。


 ウリシアちゃんは一般家庭出身だし、貴族同士でも階級差があるんだからしょうがない。


 エメリアちゃんとはそれなりに仲良くしている。王女としての彼女の立場はちょっと可哀想だけど、それでも前を向いて頑張ってるいい子。


 少しだけ、ちょっとだけ、性格がほんの少しだけ悪いけど。周りには気丈に振る舞ってる。


 幼少期に裏で国王陛下にちょっとしたいたずらを仕掛けたりしてたのは二人の秘密。あれぐらいの仕返しはいいと思う。


 女の人だから国王になれないなんてことはないはず。国王になれるかどうかは素質と努力をしたかどうか。エメリアちゃんはちゃんと努力してるし、この国の未来のことも考えてる。


 もちろん女の人にはどうしようもない人だっている。でもそれは男の子も一緒。


 男女じゃなく、本質を見てあげて欲しい。エメリアちゃんは立派だって。


 そんな事考えても仕方がないんだけどねー。


「まー……そうできたら私も気楽なものなんですけどねー」


「あらあら、それじゃあタメ口で話さないと王女に逆らったとして罪に問いましょうか?」


「あ、ふぁ、ふぇ……それは勘弁ー」


 エメリアちゃん、それはさすがに人が悪いよ。権力を使った脅しだよ。ウリシアちゃん困ってるよ。


「ふふっ、冗談です。無理に、とは言いませんが、少しずつ慣れてくれると嬉しいです」


 いたずらっぽく笑うエメリアちゃん。やっぱり訂正。いい性格してるよ、エメリアちゃん。


「勘弁してくださいー。さすがにちょっと、冗談が過ぎる、というか……」  


「そうですね。ちょっといたずらが過ぎました」


「それにしても、エメリア様って思っていたより、いたずらっぽい人なんですね」


「あらあら、人に優しくしているのは本心からですよ。でも、人をちょっといじめるのが楽しいのも本当のことですね」


 片目を閉じて、少し舌を出す。それにしても、ウリシアちゃんと話してるとフワッとした空気になる。


 ウリシアちゃんの声がとってもフワフワしてるのもあるけど、見た目も雰囲気もフワフワしてるのが原因だ。


 何もかもフワフワしてる。けど、それなりに強い。むしろ、フワフワとした雰囲気は相手を油断させる武器になるかもしれない。


「とりあえず、宝箱開けよっか」


「そうですね。開けてみましょう」 


 開けないと始まらないし、終わらない。どうせなら、収穫は多い方がいい。


 宝箱をたくさん開けられれば、それだけ手に入れられるものを選ぶことができる。


 結構ゆっくりしているけど、本当は急いだ方がいいんだよね。


 宝箱を開けると、水がたくさん入っていた。


「お水?」


「まあ、水分補給には、困らない、ですね」


 水かぁ。ここに置いてあるなら常温だよね……ってそんなことどうでもいいか。そんなことより水がここにあったことの方が大事。


「宝箱に入ってるものは、今後の試験で使えると言われてます。つまり、入っているものには、使い道が何かしらあるということです。それを考えながら試験に望まないと、後から痛い目を見るかもしれませんね」


 試験が始まる前にエメリアちゃんから言われたこと。


 そうはいっても水の使い道って、水分補給以外に何が? ていうかそもそも飲めるの、これ?


「というより、これって飲めるの?」


 飲み水なら飲めるというだけで、十分だけど、飲めないなら話は変わってくる。


 そう言ったら、ウリシアちゃんが一本ボトルをとって、少し水を飲んだ。


「あ、ちょっ、ちょっとウリシアちゃん?」


 大丈夫かな。飲み水じゃなかったら体調崩しちゃうかも。


「うーん、おいしい。飲み水ですよー、これ。変な味も臭いもしません。問題ないです」


 そ、そうなの? まあ、大丈夫ならそれでいいんだけどさ。


「な、ならいいんだけど。無茶しないでよ、ウリシアちゃん」


「そうですね。毒でも入ってたら大変なことになっていたかもしれないんですよ。それに、一回飲んだだけでは安全かはわからないですし」


「え……じゃあーもう一回……」


「わーっ! だめだめ、そんな無茶しちゃだめだってぇ!」


「ふぇ……ごめんなさい」


「それにしても、よく飲みましたよね」


「まあ、こんなこと言ったら、あれなんですけど、私の家、貧乏なんですよー。貧民の中でも、最下層でした。食べるものなんて選べないし、毎日食べられるわけじゃなかったし」


 うっ……。ちょっと気まずい。少し好き嫌いがあった幼少期を思い出して心にズキッと来る。


 エメリアちゃんの方を見ると、あっちはもっと気まずそう。


 そう言えば、エメリアちゃんって好きな物以外は全然食べなかったよね。


「そんなだから水だって綺麗なものを飲めたわけじゃないんです。雨水を集めたり、泥水を比較的綺麗な水と合わせて薄めたり……そんな感じです」


 酷い。


「ウリシアさん。貴女は王国南部のスラム育ちなのではありませんか?」


「あれ? なんでわかったんですか?」


「ただの貧民なら、貧しくても最低限生活を営めるだけの支援は行われているはずです。ただ、スラム街となると、王国の支援は届かない」


 エレメル王国は他国と比べても、貧民への支援が活発で、住みやすい国だと言われている。


 それでも埋もれてしまう人達はいる。可哀想だけど、今すぐにどうにかできるというわけじゃない。


「これはいいですね。ウリシアさん、後で詳しくお話を聞かせてもらえませんか?」


「ふぁ、はい?」


「実際にスラム育ちの人から話を聞ければ、この国の政策で対応ができるかもしれません。今すぐに、というわけにはいかなくても、せめてスラムの人が貧民ぐらい、貧民の人が平民ぐらいの生活ができるくらいにはしてあげたいと思ってます」


 珍しく真面目だね、エメリアちゃん。うん、やっぱりいい子だよ。


 人と仲良くなるためには、相手のことを知ることが大事。そう考えると、ウリシアちゃんとちょっと仲良くなれたような気がする。


 仲良くなれたかもしれないというだけなのに、私は少し嬉しいと思った。

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