第8話 虚構の産物
試験が始まった。一階から始めた人は私しかいなかった。普通に考えて、一階から始めるのは良い手とは言えない。階段を上がるのと下るのでは、明らかに上がる方が時間がかかる。どこから始めてもいいのであれば、最も上から始めた方が、様々な物資を選べる可能性が高い。
可能性を増やすにはとにかく時間を短縮した方がいい。この試験で大事なのは取捨選択。可能性を増やすことは大事だ。特に、戦闘力よ低い人は。
そして、中盤以降は物資の争奪戦が加速する。生徒同士での物資の奪い合いだ。宝箱が過半数以上開けられれば、宝箱を探すよりも、宝箱を持っている生徒を襲ったほうが効率的だ。
宝箱が全て見える所に置いてあるとは思えない。巧妙に隠されているものもあるだろう。
試験が始まった今、八階や七階といった上位層では、激しい争いが繰り広げられているだろう。
ただし、この試験は全ての宝箱を開けるまで終わらない。最終盤になれば、一階にだって人が入ってくる。それでも、そうなるまでには時間がある。一階の宝箱全ては無理でも、七、八個ぐらいは見られるはず。
物資を見て、ある程度今後どういった試験が出るのかを考察することはできるはず。
一階にも多くの部屋がある。パッと見ただけでも十二個の扉がある。その奥にも扉があって、部屋と部屋が繋がっていたりもする。
部屋が十以上あっても、置いてある宝箱は十個だけ。まあ、一つの部屋に宝箱が一つずつ置いてあったら、面白みがないだろうし。
いや、面白いというのは違うかな? 宝探しと言っても、学園の試験だし。試験が簡単になってしまうと言ったほうがいいか。
変なことを言って、おかしな人だと思われるのは嫌だし、気を付けなければならないわね。
とりあえず、扉を一つ開ける。そうすると、部屋の真ん中に一つの宝箱が置いてあった。
いや、こんなにあっさりと見つけられるとは思わなかった。全てこんな簡単に見つかるとは思わないけど、これは流石にちょっと。
開けてみるしかないか。簡単に見つかる宝箱には大した物が入ってない可能性だってあるし。
開けた宝箱には、色々な色の羽織りが入っていた。黒、白、赤、青、紫の計五着。寒い場所で行われる試験でもあるのかしら? そんなに厚い羽織りじゃないし、これじゃあ防寒対策にはならない気がするけど。
それに一人で使うような物でもないし、五着あっても、私だけなら一着しか使わない。残り四着、誰か渡す相手を探さなきゃならないか。
もしくは、一着だけ取って、宝箱を置いていくか。今この場で羽織っていけば、背負い袋に入れる必要もないし。
私は黒の羽織りを羽織る。この学園の制服は学年でそれぞれ異なる。ブルー生は青、レッド生は赤、ブラック生は黒の制服。わかりやすく、色で学年が区別できるようになっている。
黒ならどの色でも大して目立たないし、ちょうどいい。
それと他の羽織りが入っている宝箱は背負い袋に入れた。まあ、出会った人にあげればいいし、入れ物は一つ持っておいて損はないだろうし。邪魔になったら捨てればいい。
そうして部屋を見ていく。最初の五個は部屋の真ん中に置いてあって、扉を開けた瞬間に見える。
羽織り、短刀、手袋、傘、竹刀……それ程役に立つものがあるとは思えない。短刀や竹刀ならまだ実用性はあるかもしれないけど、傘と手袋の使い道はよくわからない。普段使いなら結構いいものだけど。
特に手袋は魔剣士にとっては相性最悪と言ってもいい。剣に魔力を込める途中で、手袋に魔力が移ってしまう。効率が悪くなる。ただただ魔力を無駄に消費する。
手袋か。私からしたら、大きめの手袋だ。男の子が使う用の大きさ。誰にでも使うのことができる手袋なんて用意できないだろうから、仕方ないけど。それに手袋を使う未来も、それ程予想できるものがない。
結局、簡単に見つかる宝箱には大した物は入ってないってことだろう。まあ、そんなに簡単に試験を有利に進められる物が手に入ったら、面白みが……難しい試験にならないし。
いや……人前でおかしなことを言わないように本当に気を付けないと。今後誰か信用できる相手ができたら、世間一般的な言葉の使い方を教わらないと。
例えば、『もう潮時』 という言葉。世間ではもうそろそろ手を引くとかの使い方をする人がけど、正確には『もう』というのは違う。正しくは好機とかの意味だ。物事の終わりという意味ではない。
正しく使えている人間と間違った使い方をしている人間の正確な割合は知らないけど。
こういった言葉の意味の捉え方の違いで、人はすれ違ったりする生き物だ。認識のすり合わせは、人間が生きていく上で重要な過程だ。
最初に言葉が作られた時の意味と、今世間で使われている言葉の意味は異なっていることがある。
世間で言葉がどんな使われ方をしているか、認識のすり合わせは、私にだって必要だ。
認識の誤認から、人間関係を悪くするなんてごめんだし。
人と関わりを持たないのはいい。私は比較的多くの人とは関わり方を持ちたくはない。それでも学園というコミュニティの中で、誰かと関わりを持たなければならないのは仕方がない。それならできるだけ良好な関係を持ちたいと思う。
そうした時に人と認識が違っているのは致命的だ。人間関係の悪化は敵を作る。最初から関わらなければそんなことにはならないけど、そうとはいかない。だからすり合わせが必要になる。面倒なことだけど、それが人間。
三人組の仲のいい友人がいるとする。そこから、友人二人を対象にして、一人が一つのある事に対する知識をそれぞれ違うものを与えたとする。その結果、認識の違いが発生して、ちょっとした揉め事が起こる。
そこからのパターンは二つに分かれる。一つは一方、もしくは片方が謝ることで和解するパターン。二つ目はどちらも相手の言い分を認めないパターン。二つ目のパターンに突入すると、仲に亀裂が入る。
そして、その人間関係は崩壊する。亀裂が入ってからの人間関係の修復はとてつもなく困難なことだ。十年かけて築き上げた信頼は、一つの嘘や誤解で崩れる。
人間は誰かに寄りかかりたい生き物だ。それはただ人を利用したいだけ。自分の欲求を満たしたいだけ。それに最もらしい理由をつける。誰かと仲良くしたい、誰かを愛したい。でもそんな感情はまやかしだ。
人間は一時の感情で平気で他人を裏切ることができる。利用価値だけが、唯一絶対に信じることのできるもの。友情も愛情も、信じるに値しない。脆く弱い、虚構の産物だ。
だから一瞬で崩れる。そうわかっていて人は人と関わる。ただ自分のためだけに。
認識のすり合わせは、お互いがお互いのために起こす。全ての人間は自分のために行動する。結局、そんな所だ。
そう考えると、人間とは虚しいものね。どれだけ取り繕っても、本質は同じ。違うのは、その本質の隠し方だけ。
ーーそんなことを考えながら宝箱を開けていく。残りの五個を見つけるのは部屋に入って見ただけではできなかった。けれど、思ったより複雑な隠され方はされていなかった。
割とゆっくり探していたけど、未だに一階に来る人はいなかった。少ししたら、争いを避けて下の階に下がってくる人がちょっとはいると思っていたのだけど、読みが外れた。
別に争いを望んでいるわけじゃない。それでも、他者間で争いが起きるのは試験の内容的に仕方ない。
まあ、その方がいいんだけど。
宝箱に入っていたものはそれなりに使えそうなものではあった。魔水晶、携帯食料は十分に使える。
それと、金貨が入ってあったのは少し驚いた。
エレメル王国では金貨、銀貨、銅貨が使われている。王国単価で銅貨が一、銀貨が百、金貨が一万の価値を持っている。
入っていた金貨は四枚。四万か。買いたいものなんて特にないけど、しっかりともらっておこう。
後の二つは……役に立ちそうもない。一つの宝箱に入りそうもないし、放っておいていいだろう。
じゃあ、二階に上がるとしよう。
ここの階段はかなり長い。上の階層に上がるのには、歩けば大体一、二分といったところか。
二階に上がっても、人一人の気配も……いや、一人、確実に誰かいる。でも一人だけ。
思っていたより、好戦的な人間が多いのか。それにしたって、意地でも相手から取りに行くより、誰もいないところで探索したほうが楽なことぐらい、誰かが気付いてもいいと思うんだけど。
一つ目の扉を開ける。その瞬間、中から飛び出してきた女の子とぶつかった。
「あたっ!」
「あ……ごめんなさい」
とりあえず謝っておこう。面倒ごとはごめんだ。この子はクラスの子じゃない。他クラスとの揉め事は、クラスを巻き込む可能性がある。
「いてて……ううん、こっちこそ、急に飛び出しちゃってごめんね」
ぶつかってきた女の子も私に謝ってくる。紺色の髪を肩より少し下まで伸ばした女の子だ。
「私、カフカ。カフカ・スラクス。ブルー=セカンドのクラス会長をやっているんだ。よろしくね。あー、えーっと……」
「私はノア。ノア・ブルーホワイト」
なぜ私は人と関わるのだろう。人の関係は、脆いものだとわかっているのに。名前を言えば、相手に覚えられるかもしれない。そうやって薄い人間関係が生まれていく。様々な経験を通して、その人間関係が分厚くなってくる。
でも結局は簡単に壊れる。
私は人と信頼し合い、打算のない、心から信じることのできる相手ができることを、心のどこかで望んでいる。
愚かな話だ。愚かだとわかっていて愚かなことを信じたいと思う心が私にはある。
信じない私と、信じたい私。この矛盾の果てにたどり着く答えが私は知りたい。例え望まない答えだとしても。
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