第7話 偽装

 魔剣士に最も必要なことは魔力量でなければ、純粋な力でもない。技術だ。剣の技を正確に出し、それに魔力を乗せ、身体にも最大限の力を使い、無駄を省き、そして斬る。単純に力を乗せ、魔力を乗せただけの剣は、殴るのとあまり変わらない。鋭さという剣の最大の魅力を消してしまう。


 一人、また一人、そうやって魔力を修練用の竹刀に込める。やっていることは傭兵と変わらない。ただひたすらに魔力を込めるだけでは魔剣士とは呼べない。


 まだ十五歳程の少年少女達だ。私が知っている魔剣士はどれも二十歳は超えているから、私が高望みしているだけな気もする。私も十五歳だけど。


 彼らと私じゃ、歩んできた人生が違う。私の考え方は十五歳には不相応なのだろう。


 彼らにとって、魔力をどれだけ込められるかが、強さの判別方法になっている。膨大な体力を持っていても、無駄な動きが多ければ、それだけ体力を消耗する。自分でそれに気付けなければ、それ以上は成長できない。


 だからこそ、彼らは使える。わざとらしい動きをしなくても、魔力を少量しか込めなければ、私のことを大したことないと、勝手に思ってくれる。


 そのために私は今、授業に参加している。先程上から観ていた修練場に降りてきた私は実戦に参加する。


 修練場の授業は、先生と一対一で行われる。順番につき、待っている間は結構間近でその様子を見ることができる。ただし、遠くから見ていた時とさほど変わらない。


 一人ずつ、順番に指導を受ける。そして私の番もやってくる。


「次」


「よろしくお願いします」


 目上の人には敬語を使う。これは昔から変わらない。それが本当に敬語を使うような価値のある人間かどうかわからない間は。


 どうしようもない大人というのは存在する。そんな人間に敬語を使う程、私は人が良くない。


 果たして目の前にいる男は、敬意を表すに足りる程の存在だろうか。


「では……始め!」


 向こうからは仕掛けてこない。こちらから来いと言うことだろう。私としてはやりにくい。戦う相手の情報が、多ければ多い程、戦闘では有利になれる。


 仕掛けてこないことには仕方がない。思いっきり、とはいかないけど、踏み込んで相手に竹刀を当てにいく。当然、相手はそれを受け止める。


 そしてカウンターの体制に入る。私からしたら、本気ではないとはいえ、相手の動きはかなり遅めだ。


 そもそも攻撃を受け止めてからカウンターに入るのを良い手とは思わない。その場合、カウンターに対して、相手は十分な時間を取って、対応することができる。相手の動きを躱し、最速で反撃に転じるのが、カウンターの本質だと、私は考える。


 相手の攻撃を受けるということは次の動きに転じるのに時間がかかってしまう。


 相手のカウンターを避けるには、十分な時間が私にはあった。


 ただし、そんなことをすれば、注目を集める可能性がある。今、この場にそんなことをできる技量のある人はいないからだ。目立つのも、厄介事に巻き込まれるのもごめんだ。


 ここは受け止める。そこから打ち合いに発展する。ギリギリで受け止めることによって、技量が低いと思わせる。


 魔力は身体能力を上げることができる。それとは別に、魔力を使って身体に過度な負担をかけることができれば、意図的に動きを鈍らせることができる。


 この使い方は、まだ世間一般に知られていない。このことを発見したのは私だし、この情報を共有しているのも、この世に『二人』 しかいない。そもそも基本的には役に立たないような使い方だ。


 知っている情報から、知らないことを理解することはできるが、一切の情報がないのに、理解することはできない。そんなのは原始的な情報だけだ。


 つまり、私が意図的に動きを鈍らせることに気付き、なおかつその原因は解明が必要。ただしそれはほぼ不可能。だから気付くことができない。受けきるのが精一杯だと、思わせられる。後は竹刀に込める魔力の量を少なくすれば、周りの目を欺ける。


「そこまで。まだまだ遅いが、動き自体は悪くない。もっと速く動けるようにした方がいいな」


「ありがとうございます」


 簡潔でわかりやすい。なるほど、これが教師。教える師というもの。必要最低限の情報から、生徒自身に物事を考えさせる。教師という人種は全く見たことがないからこれが良い例なのかはまだ決められないけど、最低限敬語は継続できる相手だと考えていい。今のところは。


 人に教えることなんて、相手の知らない知識さえあれば、誰だってできる。それでも教師という存在がいるということは、需要がある、価値があるということ。その価値がどれ程のものかは、少しだけ興味がある。


 まあ、これ以上は今考えても仕方ない。それに、私の目的は果たした。誰も何も言わなくても、顔や仕草で何を考えているのかを予想することはできる。


 授業を受けるのはここまで。残りの時間は気にせずにこの場を去る。


 私は自分にとって価値があるか、私の大切なもののためにしか行動しない。今の行為は私にとって価値があった。でもこの後ここに居ても、私には価値がない。


 だからここにいる意味はない。そう考える私は、実に現実的で、つまらない人間だと感じた。



◆◇◆



 試験当日、ブルー生は全員、八階建ての建物に来ている。試験が始まるニ時間前に集められた。


 三日程前からこの場に立ち入ることを許可された。私も一度だけ見に来た。各階層にいくつかの部屋がある。階段も複数用意されていて、迷路のように入り組んでいる場所もあった。


 私にとっては好都合な場所だった。今進めている計画を、予定より早く進めることができそう。この試験で計画を終わらせられる。


 試験当日の今、中には多くの宝箱が用意されているはず。それを開けていくのが試験の内容。


 この試験の戦略は大きく分けて二つがある。


 最初に考えられるのは積極的に宝箱を開けていく正当戦略。できるだけ素早く移動し、可能な限り多くの物資を集める。


 そして、他人を積極的に襲う戦略。他人が獲得した物資を奪うことで物資を集める。


 どちら共、間違った戦略ではない。


 それと、今日来てから初めて聞かされたけど、試験中は背負い袋が支給される。宝箱が二つ入る大きさだと言われた。まあ、試験の内容的に物資を持ち運べるものが支給されるとは思っていた。


 そしてこの試験で大事なのは、多くの物資を獲得することでも、他人の物資を奪うことでもない。必要なものの取捨選択だ。自分にとっての最適解の組み合わせを見つける。クラスで共有するのであれば、全体に得をもたらす物資を選ぶ。


 全ての物資を一人で占有するのは絶対に不可能。この試験は、欲張る人間が痛い目を見る。


 これから先に関わるけど、私は勝ち上がる気が最初からないから、そんなに頑張る気はない。


「まもなく試験を開始します。試験会場では各階層にそれぞれ十個の宝箱が置いてあります」


 八階層のそれぞれに十個の宝箱が置いてある。つまり宝箱は合計八十個ある。背負い袋には二個の宝箱が入るようになっている。四十五人の参加者がそれぞれ一つの宝箱を獲得したとして、次にそれぞれ一つずつ獲得していくのであれば、十人の参加者が二個目の宝箱を獲得できない。


 ただしこれは宝箱のまま物資を獲得した場合。宝箱に入ってる物資によっては他の宝箱に入ってる物資と一緒に一つの宝箱に入れて持ち運べるかもしれない。


 まあ、見てみるまでわからないか。とにかく試験が始まればはっきりする。


「今から十分後に試験を開始します。中に入り、好きな階層から開始してください。ただし、各階層の部屋に入るのは試験までお止めください。各階層には多くの魔水晶が設置されているので、入ればわかります」


 魔水晶は一方に一人の魔力を込め、違う魔水晶にもその人の魔力を込めると、二つ目の方に一つ目の魔水晶の様子が映る。防犯に最も効果的な道具の一つだ。悪事を起こしてからそれに反応できるものとは違い、最初から悪事を起こさせない抑止力になる。


 これなら違反する人間はまずいないだろう。


 生徒が続々と入っていく。私もそれに続く。


「ノアちゃーん、一緒に行かない?」


 ルナが私に話しかけてくる。この一週間、彼女はことあるごとに私に話しかけてきていた。人付き合いがいいのだろう。


「ごめんなさい。悪いけれど、一人で行動させてもらうわ。それに、これは争奪戦よ。団体で動くにしても、人数はできるだけ少ないほうがいいと思うわ」


「そっか、でも、うん。じゃあ、私も頑張るから、ノアちゃんも頑張ってね!」


「ええ、お互いに」


 私は入ってすぐの所、一階から始める。


 十分という時間はあっという間に経つ。


「それでは試験、開始です」


 さて、まあほどほどに頑張るぐらいなら、してあげてもいいか。

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