第6話 魔剣士である意味

 三人組は廊下の真ん中を歩いていく。ルワ・ツイヤーとその子分二人だ。その内の一人は何かを狙っている様子がわかる。


「さっきから何をキョロキョロしてるんだ? お前」


「い、いや、なんでもない」


 一つの教室から生徒が出ていく。廊下の大部分が塞がれてしまい、その生徒は隅に行くしかない。


 今しかない。


 子分の片割れが心の中でそう呟いた。


 すれ違い様に足を出す。隠す気のない、誰が見てもわざとしたとしか思えない程わかりやすい。だが、それで十分。これは嫌がらせが目的ではないのだから。


 つまずいて転びそうになる生徒。後は彼が乗ってくるかどうか。


「おっとっと……おい! 何しやがる!?」


 乗ってきた。これで計画は上手く進められる。子分の片割れは心の中でニヤリとする。


「は? 何が?」


「何がじゃねえよ! お前、わざと俺の足を引っ掛けやがったな!」


「ルワ様、何か言ってますよ。不愉快ですね」


 ルワが舌打ちをする。


「お前、誰に口聞いてやがる? このルワ・ツイヤー様に逆らおうってのか?」


 別に最初っからお前に話しかけてねえよ。


 そんな言葉は出さない。むしろ計画通りに進んでいることを喜び、口元が緩みそうになる。


 そして愚か者が一人の生徒に手を出す。子分の片割れが思わず口角を大きく上げて笑いそうになる。


 自分が恐れていた人が、これほどに馬鹿だとは思ってもいなかった。存外、大したことのない人間だったようだ。全て金と暴力で解決できると、本気で思っている。


 恐れは相手を大きく見せ、恐怖は逆らう勇気を消す。彼女の言ったとおりだと、彼は実感する。


「ほら、抵抗してみろよ?」


 生徒は反撃しない。耐える。それで暴力が止まるわけではない。


「それ以上はやめておいた方がいい」


 一人の少女がルワの手を止める。灰色の髪をした紫の瞳の少女だ。


「あ? 誰だお前」


「ブルー=ファーストクラス会長、リーゼロッテ・エルメルス。私のクラスの生徒に手を出されては、私もそれ相応の対処をする必要はある。その権利もあるだろう。今ここでやり合えば、君は私に勝てないけど……どうするんだい?」


 ルワが暴力を振るっていた生徒、紫の髪の少年はイワンデ・ドーウブ。ブルー=ファーストの生徒。


 そして、彼女はそのブルー=ファーストのクラス会長であるリーゼロッテ・エルメルス。女性にしては少し身長が高い。ルワと同じくらいの身長がある。


「女が……調子に乗るな!」


 対象をリーゼロッテに変え、殴りかかる。その拳をリーゼロッテは平然と片手で受け止める。


「殴る蹴る、といった札は十分有用だが、それは相手よりも戦闘力が高いということが前提だ。言ったはずさ。君は私に勝てない。少なくとも暴力ではね」


 諭すかのようなリーゼロッテの口振りに、ルワは苛立ちを募らせる。


「ここで私が取れる手札はいくつがある。暴力で解決する手、逃げる手、他人を頼る手。でも、ここはあえて何もしない。だからここは穏便に済ませようじゃないか。その方が、お互いのためになると思わないかい?」


 苛立ちを膨らませるルワも、手から力を抜いた。これ以上は無駄だと考えたからだ。ルワにとって力は弱者を潰すためのものであり、自分より強いかもしれない相手とは争うだけ面倒だと考える。


「……覚えてやがれ、女」


「そっちこそ。君を蹴落とせる機会があれば、私は君の排除に動くだろう。気をつけるといい。最も、私がその気になれば、君がどうしようと手も足も出ないだろうけど」


 予定外の状況に焦る男がその場に一人。去り際にリーゼロッテはその男の焦りを見抜く。それを見たリーゼロッテは肩透かしを食らったような気分になる。それはこの先を見据えてのことだ。


 ーーこれは私が出るまでもないね。


 リーゼロッテは心の中でそう呟いた。



◆◇◆



 リーゼロッテ・エルメルス。彼女の介入は少し予想外だった。クラス会長という立場を考えれば、当然と思うかもしれないが、わざわざ一生徒間の問題に介入するほどの優しさが彼女にあるとは思わなかった。


 クラスの会長はそれぞれ張り紙で顔と名前が掲示されている。それには当然、私のクラスのクラス会長も掲載されている。リーゼロッテの顔を見た第一印象は聡明だということ。しかし他人にそれほど興味を抱いているようには見えなかった。


 第一印象で全て判断することはできないが、それでも第一印象というものは人を判断する上で重要だ。最初に与えた印象を後から払拭しようとするのは難しいことだ。そしてその印象を他者が変えることも難しい。


 本性の黒い人間が本性を現しても、それが嘘であると信じたくなるように。落ちこぼれが本当は才能のある人間だとわかった時に、それが嘘であると信じたくなるように。


 私が彼女から感じたものは知慮の深さ。


 ただ、彼女はこれから私がやろうとしていることを理解したと思う。彼女を実際に見て、そして彼女の口振りからそう感じた。やはり聡明だ。彼女はもう、このことに関して関与してこないだろう。


 それにしても、この策で本当に進めることになるなんて。馬鹿も馬鹿なりに、考えて行動してると思ったけど、そんな事なかった。全ての行動を感情に任せている。それならそれで、私も面倒なことをしなくてよくなるからいいのだけど。


 ーーそんな事を授業を受けながら考えていた。


 一つ考えたことがある。いくら授業を受けるかどうか自由だと言っても、一切受けないのはおかしい。目立たないためには入り込むことも必要だ。


 別に隠し事をしたいわけじゃない。けど、自分のことを探られるのはいい気分じゃない。


「ーーということだ。魔力の質量は……」


 いま受けているのは基礎魔力学。世間一般的な魔力に関する事を学ぶ。魔力の使い方とかじゃなく、魔力そのものについてだ。


 魔力とは、生物から発せられる不可思議なエネルギーだ。かつてはこのエネルギーは確認されず、使用されることもなかった。元々生物に存在していた魔力が暴発して、一部の生命が姿形を変容させ、殺傷力の高い生物に変化した。それらをモンスターと呼ぶ。


 かつての人類はモンスターによって大量に殺された。そして、対抗している内に人間は体内の魔力を活性化させた。


 人類は魔力によって発せられるエネルギーを使いモンスター達を倒した。これが魔術の始まりだと言われている。


 魔術は体内の魔力を特定の形や特定の場所で体外に放出することで発動する。


 現在では魔力は発展している。人々は身体を魔力で強化で強化して戦う。その中でも最も地位の高いとされているのが魔剣士だ。魔術士や傭兵などもいるが、各国の主体戦力は魔剣士である。魔剣士が最も戦闘能力が高いとされているからだ。


 魔力で強化された肉体は頑丈で、生半可な刃は弾くことができる。体内に保有されている魔力が最も強力だからだ。魔力は生命と結合することでエネルギーを存続させる。だから体外に魔力を出すということは、魔力エネルギーを存続させる結合を分解しているようなものだ。

 

「ーーということになるんだ。つまり、空間にある魔力は徐々に魔力としてのエネルギーが低下していく」


 ……先を言われてしまった。とにかく、魔力はそういう仕組みだ。ここで魔剣士が主体戦力となっている理由に戻ると、魔術士に比べて戦闘能力が遥かに高いということが挙げられる。


 むしろ魔術士には近接戦闘の技術がほとんどない。魔術士の利点は遠距離からの攻撃が可能ということ。


 さっき言ったように魔力は体外に放出すると、魔力エネルギーは減少する。つまり魔術は魔剣士の一攻撃に比べて威力が出しにくい。


 遠距離から狙うということは魔力が放出される時間が長くなるということになり、その分威力が下がる。


 逆に魔剣士がどうしているかというと、肉体を魔力で強化し、さらにその上で魔力を剣に込める。


 魔力を放出する際に何かの物体に流したほうが、魔力エネルギーが保存できる。剣は鉄でできているが鉄は魔力の伝達力がよく、魔力保存率も高い。


 今どき、戦う場面と言えば、反乱者や害獣、モンスターくらいだ。一対一の戦闘なら魔術士は魔術士相手以外だと、奇襲する手段しかない。魔術を使うにはどうしても、時間がかかる。


 単独戦闘なら魔剣士が最も効率よく、且つ最大の戦闘力を持って敵を倒すことができる。魔剣士は鍛え上げられた肉体に洗練された技術と魔力を使う。


 大規模な戦争になれば、魔術士は遠距離攻撃のできる一級の戦闘力になるが、国同士の調和が取れて、平和な世の中になってきた今、そんな事をする国は出てこないはずだ。最悪の場合、一つの国に他国が一斉に襲いかかる可能性もある。そうなれば国が滅びることにも繋がりかねない。


 そんなわけで、今の世では魔術士は出来損ない、劣等種だとも言われている。


 そんなわけだからどんな国でも魔剣士は重宝され、魔剣士になれば生涯安泰だと言われている。魔剣士としての資格があれば、他の職業、自分の好きな職に就けられる。用心棒という価値で雇ってもらうことができる。逆にやりたいことがなくても、村や農家などの大規模な騎士団を雇えない人達にとっては喉から手が出る程に欲しい人材だろう。一人二人くらいなら私用で雇えるだろう。


 傭兵のようだけど、待遇は全く別。


 魔剣士には専用の資格が与えられる。それこそが魔剣士としての証であり、優遇権のようなものだ。


 形は違っても、どこの国でも魔剣士は優遇される。だから誰も彼もが魔剣士になりたがる。


 ただ、その中でも多くは貴族や名家の出の者だ。多くの魔剣学園では、平民というだけで、差別するところや、最初から入学試験を受けさせてもらえないところだってある。


 その点で言えば、ここは違う。完全な実力主義だから、実力があれば平民も貴族も関係なく合格できる。私のクラスでも半数は貴族じゃない。


 この学園での優遇は各学年上位五名にのみ与えられる。それを第一席から第五席と呼ぶ。


 学園の在校中にある程度の優遇がされ、卒業した際にこの席を手にしていたものはその時点で魔剣士資格を得ることができる。この特権を得るためには学園で上位の成績を修めなければならない。それによって競争が起こる。


 その席は、完全な実力主義で決まる。単純な戦闘力だけでなく、魔術、知能、他者との関わり方など、学園側から見た生徒達の能力を見て判断される。クラスの統率力やカリスマ性も重要視される。


 正直そこまでしてこの学園がどういった魔剣士を育てたいのかがわからない。


 そして、卒業時にその生徒の一番多いクラスは魔剣士資格の取得試験を受けることができる。


 だからこそここは『実力主義の魔剣学園 』である。


 それにしても、授業を受けるというのは退屈だ。知っていることを言われるだけでは新しい発見も進展もない。


 ただ、別にやることがあるわけではないし、もしかすると私の知らないことが授業で話されるかもしれない。期待はしていないけど。



◆◇◆



 実技の授業もちゃんと行われている。私は流石にそこまで付き合いきれないから見るだけだけど。修練場には観客席がある。そこからの見学は自由だ。


 実力を隠すには、それ相応の技術がいる。あからさまに手を抜いてしまえば、それは相手にバレてしまう。実力を隠すために実力が必要という矛盾が発生する。


 もしくは完全な自然体になること。その場の流れに流されるかのように周りに溶け込む。ただし、こちらは見る目のある人にはむしろ異様な人として写ってしまう。


 私が選ぶなら前者。そもそも後者の隠し方は狙ってできるようなものじゃない。才能があってもそれに気付いていないもの、自己肯定感が低い者などが挙げられる。


 結局のところ、人が何を考えているか、何を隠しているのかは実際に見てみるまでわからない。それが人間というものだ。


 ーーそれにしても、ここにいる生徒のほとんどが基礎をできていない。修練場での授業は、剣技の型を覚えたり、二人で軽く打ち合わせたりするものだ。入ったばかりの新入生と考えれば普通だろう。


 彼らは剣の型はそれなりにできている。力もある。でもそれだけ。


 魔力の使い方が拙い。身体の中での魔力の動きを見ればわかるけど、魔力をほとんど使えていない。力も入れればいいと思っている人がほとんど。例え才能を持っていたとしても、これでは無駄になってしまう。


 ここにはそれほど腕の立つ人も、見る目のある人もいなさそう。私にとっては好都合。


 彼らには私の証言者になってもらおう。

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