第5話 第一試験と剣舞大会
繰り返される暴力。殴られ、蹴られ血を吐く。どんなに苦しくても、涙を流しても、地獄は終わらない。苦しめば苦しむほどに、さらなる苦しみが与えられる。永久に繰り返される苦しみに私は耐えることしかできない。
体の至る所が腫れ、掠れた声しか出せず、血と涙を流した跡があり、心はとっくの昔に砕けている。ボロボロになった心にも、まだ恐怖の感情は残っている。
耐え難い苦しみに嫌気が差した。絶望の中で一生を終えるのなら、終わりは自分で決めたい。
そう思うと目の前には大きな穴が現れる。底の見えない、とても深い穴だ。
気付けば足が前へ前へと動いていた。そしてそのまま穴の中に落ちていく。落ちるとどんどん加速していく。本当に底の見えない穴だ。
このままこの深い穴の中に落ちて、受け身を取らず、底に頭から当たれば、きっと楽になれる。
落ちる速度が加速するたびに何かが軽くなっていくのがわかる。重いものが自分から消えて、最後には自分すらも。
もはや重さを感じない。自分を感じない。何も感じない。苦しんだ体がまるで癒えるかのような感覚がある。砕けた心に安らぎが訪れる。
今の私にあるのはただ、落ちる感覚……。
◆◇◆
目を開けると、さっきまでの光景は夢だったのだと理解できた。落ちる瞬間の感覚がまだ残っている。ひどい悪夢だ。あの夢は存在しなかった私の過去だ。もしもあの夢の通りなら、私はとっくに消えた人間で、ここにはいないことになる。
その方が世界にとっては平和なことかもしれない。いや、あの男なら私が駄目になっても、また新しい誰かを犠牲にするだろう。それが駄目ならまた次、それも駄目ならまた次……やつは成功するまで繰り返す。
人間を道具としてしか見ていないやつにとって、誰であるかはどうでもいい。むしろ、どんな人間も真に平等に扱えると言える。
あの男にとって、一人の人間と一本の剣の価値は変わらない。どこまでも冷たく、どこまでも利己的で、どこまでも強欲だ。
これ以上やつのことを考えるのは止めよう。嫌な夢を見た。ただそれだけでいちいちあの男のことを思い出していては精神が持たない。
夢を見るのにもその人の心理が関わってくるらしい。嫌な過去を悪夢として見るということは、その過去に自分が取り残されている、あるいは囚われているということらしい。忘れたくても忘れられないもの。
思い出は決して良いことだけじゃない。
起き上がって、洗面台まで向かう。水で顔を洗うと、少しは気分も紛れるだろうと考えたからだ。程よく冷たいもの、涼しいものは心を爽やかにする。
人間は不便だ。朝に食事を取り、昼にも食事を取り、夜にも食事を取る。そして寝て起きて、再び朝食を必要とする。一日に一度の食事で一日分の栄養分が確保できれば良いのだけど、人体はそう都合良く造られていない。
体は常に、必要な栄養分を消費している。頭を使うたび、体を動かすたび、何もしなくても少しずつ消費していく。だからそれが枯渇すれば、体の消費した分の栄養を欲するのは当然だ。
昨日の内に十日分程の食料は買っておいた。とりあえず、パンを食べて、すぐ近くの学園に向かおう。
選んだのは日持ちが良く、やわらかいもの。けど味は大したことないから値段は普通。裕福じゃない私にはぴったりだ。
◆◇◆
学園の集合時間は朝の八時半。それ以降に来たものは遅刻扱い。でも特に遅刻したからなにかあるというわけじゃない。
この魔剣学園はルールが他の学園とはまるで違う。ここでは試験で結果さえ出せればいい。授業を受けるのも、受けないのも本人の自由だ。昼間から遊び歩いていても、文句は言われない。
それでも登校日というものは存在する。試験の内容発表日などがそうだ。別に行かなくてもいいだろうけど、行かずに困るのはその本人だ。
ちなみに今日は登校日。試験の内容が発表されるから。
「それじゃあ、試験の内容を発表しますね」
張り詰めた空気が訪れる。
第一試験 宝探し
試験会場は学園所有の八階建て建造物
今から一週間後
試験内容
・各階層にいくらかの宝箱が置いてある
・中に入っている物資は今後の試験で使用可能
・いかなる物資も獲得者が自由に使用できる
・獲得した物資は隠していても良い
・又、物資はクラスで共有しても良い
・試験中、他者から物資の横取りをしても良い
・全ての宝箱が空けられた時点で試験終了
・体調不良者、行動不能となった者は途中退場とする
・この試験におけるペナルティは無し。ただし以下の場合はその限りではない
他者に再起不能の傷を負わせた場合
無許可で試験会場を退出した場合
試験中に娯楽または嗜好品の使用をしていた場合
「ーー以上が試験内容になります。わからないことがあったらまた個別で聞きに来てください」
この試験がいかに大事なものか、愚かな人間でなければよく理解できるだろう。物資が今後の試験で使えるというのは、今後その物資を獲得できなければ、不利になる試験が訪れるということだろう。
この試験の学園側の意図はなんとなくわかる。生徒達に本気を出させることだ。今後の試験で有利になるのであれば、必死になって物資を集めたいと思うのは当然だろう。
入学試験ではどうやったって手抜きをしている人はいる。私だってそうだ。生徒達の能力をできるだけ把握したいのは教師という立場を考えればなんとなくわかる。
「あ、そうそう。今日はもう一つ。剣舞大会のの参加確認をしたいと思います。まあ、ほとんど出る人はいないでしょうけど、出たい人はいますか?」
剣舞大会に生徒が出ない理由はルールが厳しいからだ。剣舞大会では剣術だけで戦わなければならない。体術や魔術など、他の技の一切を使うことができない。会場のいたるところに監視の網がある。少しでも魔力が感知されたら即失格になってしまう。
この学園、それどころか王国全体の魔剣士学園生徒を集めても、出場しようとする人間はほとんどいないだろう。
エメリアの方を見ると、含みのある笑みを浮かべている。『 わかっていますよね?』と、そう言われている気分だ。
「はーい」
私が手を挙げると、同時に一人、手を挙げる人がいた。
「二人? 誰かが出ること自体珍しいのに」
手を挙げたのはルナだった。彼女の肩書きと見たところの実力を考えれば剣舞大会でも十分腕を振るえるだろう。
「じゃあ、ルナさんとノアさんが出場するということでいいですね? 登録はこちらでしておきますね。じゃあ解散です」
剣舞大会は今から二週間後。第一試験よりも後になる。できるだけ多くの人に私の実力は隠しておきたい。派手に暴れて、自分の背後関係を探られるのはごめんだ。
それに剣舞大会に関しては私が本気を出しても太刀打ちできるかはかなり怪しい。
◆◇◆
そうして解散された後、生徒達はそれぞれの授業を受ける。途中入出と途中退出も自由。魔剣学園といえど、結局は学舎だ。文学や数学の授業も当然ある。魔術学や剣術の授業もあるが、そればかりというわけでは無い。
一時間の内に様々な教室で、様々な授業が行われている。いくつかの授業を聞いても、どれも知っていることばかりで、私がわざわざ聞きに行くほどのものはなかった。それどころか思っていたよりも程度が低い。
ついでに学園を回って構造を把握することにした。
普通の座学用教室から魔力実験室や修練場に手洗い場など。どれも綺麗なものだけど、普通の学園とそう変わらないだろう。外には結構大掛かりなプールも用意されている。自由に使っていいらしいけど、まだ春だし誰も入っている人はいない。
倉庫部屋を通ろうとすると倉庫の中から声が聞こえた。
「大丈夫なんですかね? バレたら何か罰則があったりとかは……」
「いちいち心配するんじゃねえ。面倒くせえな。所詮は世の中金だ。金があれば大抵のことはなんとかなるんだよ」
「そうだぞ。ルワ様を信じろ」
聞こえてくるのは愚者の声。生まれ持った地位や金に溺れた愚かな人間。汚れた人間は今までにも多く見てきたけど、どこに行ってもそんな存在はいる。
こんな人間はどこかで痛い目を見ないと反省しない。自分が愚かな人間だと気付かないまま生きていくよりはマシだろう。反省できる人間はまだいいが、それでも反省できない人間はもう、救いようがない。それは痛い目を見せるまでわからないことだけど、期待はしない。多分、彼らは反省しない。所詮人間なんてそんなものだ。
「あー……お前、飲み物と尾菓子を買ってこい」
「俺がですか? セジじゃなくて?」
「黙って従ってろよ、退学になりたいのか?」
「……はい」
「ったく、ルワ様の命令をさっさと従ってればいいんだよ」
出てきたのはテイシャ・ブコン。出て扉を閉じた瞬間、彼はため息を吐く。溜め込んだストレスを原因の前で見せるわけにもいかないのだろう。
「あ」
彼と目が合う。彼は本心からルワに従っているわけでは無い。それならーー。
策を思いついた。
「ねえ、貴方、あの男を退学にさせたくはない?」
「なんだって?」
私の予想では彼は私の誘いに乗ってくる。彼は私がルワに膝蹴りを浴びせ、気絶させたことを知っている。
一度でも何かで相手に勝利したものは、その相手に勝てると思わせることができる。
「……できるのか? る……あいつを退学なんて」
乗ってきた。そうなるような状況にしたのは私だけど、正直浅い。
「今から言うことを貴方がきちんと守ること。それができればあの男を退学させるのは簡単なことよ」
彼を利用すれば、直接手を下さなくても退学に追い込むことができそうだ。
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