第10話 酷い状況

「とりあえず、宝探し、続けよっか」


 水を見つけただけで立ち止まっているわけにもいかない。


「そうですね。そうゆっくりはしていられません」


 とにかく動いてみよう。全ての階には宝箱が十個ずつ置いてある。その内一個を開けたから、この五階にある宝箱は残り九個。


 水はたくさん入っていたけど、宝箱満タンで入っていたわけじゃない。場合によっては、他の物を入れることができるはず。


 それに背負い袋に入れることができる宝箱は二個まで。ここにいる三人を合わせても六個しか入れることはできない。


 それに、上から下がってきて襲ってくる相手だって絶対現れる。


 それなりの相手なら私は遅れを取ることはないし、二人だってそれなりにできる。


 それでも大勢で襲われれば、大丈夫だという保証はない。


 争奪戦は、誰かしら団結しているところがあったとしても、全ての人が協力するわけじゃない。


 こうした奪い合いは協力者同士の連携よりも、敵対者同士の連携の方が厄介になる。


 基本的には、普段から共闘している人の連携は息ピッタリで、厄介だと思うかもしれない。

 

 実際にそれは間違いじゃないんだけど、動きはお互いに呼応しているから、対処しやすいといえばしやすい。


 でも赤の他人と赤の他人の共闘はお互いが不規則な流れで攻撃してくるから、混乱してしまう。


 さらに言えば、襲ってくる相手の目的は、私達を倒すことじゃなく、宝箱から物を手に入れることだ。


 襲うのは、物を手に入れるため。なら、奪われる前に、試験が終了すれば問題ない。


 上からやってくるということは、それだけ上の階層の宝箱も開けられているはず。


 早く開けて、下の階も開けていく。全ての宝箱が開けられれば試験は終了。物資を手に入れた人は、欲張るよりも、今ある物資を守ることを優先したほうがいい。


 というのはわかるんだけど、そうすぐには終わらないよね。ここが五階で、四階、三階、二階、一階とあるんだからまだまだ終わるのは時間がかかる。


 下の階にいったい何人がいるのか……。いないことはないだろうけど、そんなにはいないと思う。


 そうなると、下の階の宝箱は特定の誰かに独占されている可能性もあるわけだけど。


 それ自体はしょうがない。欲張ったら何も手に入れられずに終わってしまう可能性だってあるし。


『 なんでも手に入れようとすれば、全てを失ってしまうこともある。俺は全て失った。だから』


 古い時代の剣聖の書記に、記されている言葉。第六十六代目剣聖、旧名カタグラド・エメラルの書記に記されている。


 ちなみに私は七十七代目剣聖。


 三百年以上前、彼はお酒と女性に溺れて、人望を失った。さらに彼は家名を捨て、ただのカタグラドとして、単独でブラッドムーン帝国に攻め入った。


 単身で国家に挑んで、生き残られるわけがない。彼はブラッドムーン帝国の多くの戦士の命を奪い、命尽き果てた。


 これによって、エレメル王国とブラッドムーン帝国の関係には亀裂が生じ、今では停戦協定を結んでいるほど、一時期は緊迫していた。


 剣聖の血族であるということもあり、彼の遺体はエメラル家に運ばれ、遺品も返された。


 その際に返された遺品の中に、彼の書記が入っていたらしい。


 『だから』 の後は最初から破かれていたそう。


 死んだ際に彼の懐から発見されたこの書記は血で文字が書かれていた。


 これを初めて見た時のゾッとした感覚を私は忘れられない。


 剣聖の書記は大量にあるけど、どれも黒い字で書かれている。


 そもそも本は黒い文字で書かれているはずだし、一般的に何かを書く時は私だって黒ペンを使う。


 一枚一枚読んでいって、黒い字で書かれていることが当たり前だった所に、突然現れた血の文字。


 まだ幼かった私の心に深く刺さった。


 記録だけを見れば、彼のした行いは、剣聖どころか、人として良い行いとは到底言えない。


 けれど彼が伝えてくれたことを無駄にはしないようにと、私はその言葉を覚えている。それだけの衝撃があった。


 そんなわけで、何でもかんでも手に入れようとするのは良くない。


 そもそも王様とか貴族とかって、普通の人が幸福な暮らしを送れるために存在しているはずだしね。


 普段から裕福な人が自分のためだけに利益を追求するのは間違いだって、私は思う。こんなこと普通の貴族の人に言ったら反感を買っちゃいそうだけど。


 でも貴族が平民達を守らなきゃ、誰も守ることはできない。裕福な私達には、きっと人々を守る使命がある。


 ーー扉を開けると、また部屋が現れる。今度の部屋には宝箱は置いてなかった。


 一つの階層でどれだけの部屋があるのかをちゃんと確認していないのは失敗だったかな。


 十以上の部屋があれば、全ての部屋に宝箱があるわけがない。逆に部屋の数が十以下なら、宝箱が同じに部屋に二つあることも考えられる。


 一つは簡単に見つかるようにして、もう一つは簡単には見つからないようにする、みたいな置き方がされている可能性もあるかな。


 うーん、難しいよー。私はそんなに頭が良くないからなー。人生の大半を剣に費やしたせいなんだけど。


 誰かが簡潔にわかりやすくこの試験の攻略法を教えてしてくれないかなー。……そんな都合のいいことは起きないのが現実なんだけど。


「うー、そんな都合よくはいかないですねー」


「そうだねー、ウリシアちゃん。まあ、気長に行こうよ。ゆっくり……しているわけにはいかないんだけど」


「そうですね。宝箱がないのであれば、この部屋に居ても意味はありません。早く次の部屋に行きましょうか」


 エメリアちゃんの言うとおり。だけど、悩むことがある。


「扉は三つあるけど、どれに進むのが正解かな」


 部屋の右側、左側、奥の三箇所に扉がある。


「三人いるのですから、全員で別れたほうがいいでしょう。そもそも、集まって行うような試験ではありませんし」


「そうですねー。その方が私も気が楽……何でもないです」


 思わず本音が出てしまったようなウリシアちゃんは、自分の口を抑えている。


「ただ、どの扉の向こうに宝箱が置いてあるのか、もしくはさらに先の部屋があるのかは、開けてみるまでわかりませんけどね」


「じゃあ、お二人がお先に好きなのを選んでいいですよ。私は余り物でいいので」


 こういう言い方をされるとちょっと困るんだよねー。遠慮しないのは上の人としてどうかと思うし、かえって遠慮すると、さらに遠慮されちゃうし。


 これも貴族達が平民達に威張った態度をし続けてきた結果なんだけどさ。


 そうして権力だけが増大し、平民達は萎縮していく。このままだと、いずれは王国が崩れていくとお父さんも言っていた。


 でも今はどうしょうもないから、遠慮するわけにもいかないかな。


「うん、じゃあ、エメリアちゃん、好きなの選んで?」


「なら、私は奥の扉で」


「じゃあ、私は右の扉かな。ウリシアちゃんは左の扉でいいかな?」


「はーい、大丈夫です」


 それぞれが別れて扉に向かう。私は右側の扉に、エメリアちゃんは奥の扉に、ウリシアちゃんは右側の扉に。


 私が扉を開けると、暗くて狭い部屋が出てきた。宝箱はないし、先の扉もない。


「こっちの部屋にはなんにもないよ」


「私の所にもありませんよー」


 ウリシアちゃんの所にもないらしい。じゃあエメリアちゃんの所にあるかな。


「こっちは先に続いていますよ。宝箱も置いてありますね」


「じゃあそっちに行こっか」


「……別れられたほうが気が楽だったんだけどなー……」


 ウリシアちゃんが何かをぼそっと言ったような気がするけど、気にしないでおこう。多分、あんまり聞かれたくない話だろうし。


 奥の扉を開けて出てきた部屋は、今いる部屋とそう変わらなかった。左側と右側と奥に扉が置いてあるのも変わらない。


 少し広くて、宝箱は右奥のすみっこに置いてあるのだけが、この部屋との違いかな。


 部屋を進み、すみっこに置いてある宝箱の方に向かう。


 宝箱を開けてでてきたものに困惑した。


「えっと、これって……水着?」


 入っていたのは、男女、大小様々な大きさの水着だった。大きさ、色、模様、露出度含めて様々。えっと、どうすればいいの、これ?


 エメリアちゃんも予想外のものに面食らっている。ウリシアちゃんはフワーっとしていて、あまり困った様子じゃない。


「ああ、まあ、水の多いところで行われる試験でもあるんじゃないでしょうか?」


 うん、そうだろうね。そうじゃないとただの嫌がらせになっちゃうし。エレメル王国は海辺が広いし、所有している孤島もいくつがあるから、水の多いところっていう範囲なら、いくらでもある。


「あのー、これって試験じゃなくても使えるでしったけ?」


「あー、試験で使えるって言ってたけど、それ以外で使っちゃだめとは言われてないかな」


「そうですね。わざわざ回収して試験になって、またそれぞれに配るとも思えないですし」


「じゃあ、これ一つもらってもいいですか?」


「えっ? いいけど」


 今これを何かに使えるの? そう思っていたら、ウリシアちゃんは制服を脱ぎだした。


「えっ? ちょ、ちょっとウリシアちゃん何やってるの!?」


「ふぇ……いや、下着の代わりにしようと、思った……だけです」


 私が大きな声をだしちゃったからか、ウリシアちゃんの声はだんだん細くなっていった。


「下着の代わりって、今着けているのでいいでしょ」


「いや、着けてないですよ?」


「え?」


 今、すごいことを言われた気がする。いや、着けてないの?


「あの、なぜですか?」


「単純に買えないからです。この学園、制服も武器も教育費も全部学園側で負担してくれるけど、私物まで負担してくれるわけじゃないでしょ? 私なんて一文無しだから、なんにも買えないんですよ。食事も学園が無料で提供してくれるので済ませてますから。あ、でもあれおいしいんですよ?」


「いや、でもっ、ここで着替えるのはまずいよ!」


 上には男の子もいる、今のこの変なタイミングで降りてこられでもしたら……。


 ……いや、誰か降りてきてる。気配を感じる。


「あー、誰か来てるかなー? お二人もわかります?」


 ウリシアちゃんも気付いたみたい。エメリアちゃんはあんまりピンときていないみたいだけど。


「もう着替えるなら早く!」


 ウリシアちゃんは裸になって、ちょっと困惑している。


「うー、これってどう着ければいいの?」


「あー、もう! 私が抑えておくからその内に着替えて! エメリアちゃん、着方を教えてあげて!」


「あっ、はい。わかりました」


 それだけ言って私は部屋の外に駆け出した。まあ、私なら大抵の相手には対応出来るはずだし。


 部屋を抜けて、階段の上からやってきた相手と対峙する。


 相手が私に気付くと、剣を抜いた。向こうも戦闘体制に入った。


 相手の振る剣に合わせる。


「全く……ついてないな。剣聖様が相手とあっちゃあ、勝ち目ゼロだぜ」


 相手は男の子だ。赤髪の大柄な男の子。体付きがガッチリしている。


 相手が手に込める力に応じて、私も手に力を籠める。同じだけ力を込めれば、剣がどちらかに傾くことはない。


「悪いんだけど、今こっちはちょっと立て込んでるんだよね。上に戻るか、下に行くなら私はこの場を引くけど?」


「上はもうだめだ。争奪戦になってやがる。あのまま残るよりは下に行って物資を確保したほうが有意義だと思ったんだが、下にはあんたがいたとは」


 戦って勝てないことは、向こうもわかっているみたい。


「けど、一対一なら、逃げ出すのは困難なことじゃない。あんたはそう簡単に本気を出せないだろ?」


 彼は剣に込める力を、右に向ける。こっちが相手の剣を押し出す結果になる。そうなったら相手が怪我をしないように、こっちは力を抜くしかない。


 その瞬間に彼は飛び出した。


「あっ、やばい! ちょっと本当に行っちゃだめなんだってぇ!」


 背後から狙う隙はいくらでもある。隙がいくらでも見える。再起不能にしようと思えば、可能ではある。


 けど、私にはそれがすごく卑怯なことに思えてできない。


 彼は部屋に入り、さらにその奥を目指す。


 けど、奥にあるのは。


「……あっ!? んっ、なっ、ああ!? 何やってんだお前!?」


 部屋に入ると、ウリシアちゃんはようやく水着を着けたばっかりだった。


「だからだめだって言ったのに!」


「うわー……これはさすがに……」


「え? いや、俺が悪いのか!? おかしいだろ! そもそも何でこんなことになってんだよ!」


 あー、もうめちゃめちゃだよ! 何この状況!? どうすればいいの?


「ーーとりあえず、着替えるまでは彼を抑えておくほうがいいんじゃないかしら」


 後ろから声が聞こえて、その瞬間に彼が倒れる。さらに、ウリシアちゃんが見えないように頭を振り向かせている。


「うおっ」


「無防備になっていて助かったわ。正面からじゃ、私ではとても制圧できないもの」


 横を見ると、青みがかった白い髪の女の子がいる。ノアちゃんだ。それと、紺色の髪の女の子もいる。


「ノアちゃん」


「とりあえず、この酷い状況を説明してもらってもいいかしら?」

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