第11話 判断
少し前に遡る。
私は紺色の髪の少女、カフカと遭遇した。
「あの、その羽織りは?」
「宝箱に入っていたわ。黒色なら目立たないし」
「うーん、多分色が目立たないということより、他の人と違う服装している方が目立つと思うよ」
なるほど。周りと違う格好をしていたら、浮くということね。
「それなら、あなたにも上げるわ」
私は青色の羽織りを取り出して、カフカに渡した。
「えっ、これを私に?」
「ええ」
「……ありがとう!」
彼女は笑顔で私に言ってくれる。
「別にお礼を言う必要はないわよ。同じようなものを着ている人がいれば、浮かないはずでしょう? 私のためよ」
「そういうことにしておくよ。とにかく、ありがとうね」
そういうことも何も、それが私の本心なのだけど。私が自分のためにならないことをしない。
将来、もう私が他人のためだけに動くことはないと思う。だから、私にお礼を言う必要はない。全部自分のためなのだから。
彼女は無邪気な女の子だ。羽織りを渡したら、彼女はすぐに羽織りを羽織った。正直似合っていると思う。
「似合っていると思うわ」
お世辞ではない。これは私の本心だ。
「そう? ありがとう」
ちょっと恥ずかしそうにしている彼女に私は疑問を抱く。何か恥ずかしいことがあっただろうか。
「それで、貴女はこれからどうするつもりなのかしら? よかったら教えてくれない?」
「うーん……とりあえず二階の探索は終わったから、三階に行こうかな。ノアちゃんは一階から来たんだから、多分一階の探索も終わってるんだろうし」
「……そうね」
「そうだ。えっと、ノアちゃん。じゃあ一緒に行動しない?」
初対面の相手にしては、カフカはかなり積極的な方だ。友達も多いだろう。
「いいのかしら? 私は貴女とクラスが違うのよ? 裏切られたらどうするつもり?」
これは奪い合いだ。同じクラスならともかく、違うクラスの生徒も行動をともにするというのは、得策じゃない。
「それなら別に裏切ってもいいよ。私は一通り物資を揃えたし、この先持ち逃げされてもそんなに痛手にはならないから」
裏切られても問題ない、ということね。確かにそれなら他人と行動することはそこまで悪い手じゃない。
裏切られても自分に害がないのであれば、裏切られるまでの間、自分の取れる手段を増やすことができる。
不要になれば、捨てればいいし、自分の方から裏切ったっていい。
まあ、彼女にはそういった雰囲気は感じられないけれど。彼女はルナと同じようなタイプだろう。
こういう人がいると、私の考えは間違いなのではないかと思ってしまう。それに、間違いであってほしいとも思う。
「そう。それなら構わないわ。こちらも貴女を裏切るつもりはないのだし」
ルナと似たタイプの人は、関係を持っても嫌な気はしない。一緒にいても心地のいい相手だ。
「そっか。じゃあよろしくね、ノアちゃん」
「よかったらなのだけれど、一度上の方に行ってみない?」
「え? 上の方に?」
「ええ、どうなってのか、少し気になって」
「うん、まあいいけど。それじゃあ行こっか」
素直な女の子だ。将来悪い大人に騙されないか、少しだけ心配かもしれない。
……私は何を考えているのかしら? 私がそんな心配をしても仕方がないのに。
こうして、上を見に行くことになった私達は三階、四階と上がり、五階に上がったところで、数人の気配を感じた。
そして、一人の少女の叫び声が聞こえてきた。この声はルナのものだ。ルナ本人に何かあるとは到底思えない。何かあるとすれば、他人絡みだろう。
……このまま放っておくのも感じが悪いし、カフカもいる。放ってはおけない。
ハズレを引いてしまった。上の階へ行こうなどと提案しなければこんなことにはならなかったはずだ。
扉が開いている部屋を通り、さらに奥の部屋に入る。するとそこにあったのは酷い状況だった。
ルナとエメリア、そしてウリシアがいるのだけど、ウリシアは下着の姿で、さらに赤髪の大柄な男がいる。
とりあえず、赤髪の大柄な男を取り押さえよう。そう思い、私は彼の背後に静かに近づき、彼の足を引っ掛けた。
「とりあえず、着替えるまでは彼を抑えておくほうがいいんじゃないかしら」
そのまま腕を取り、体制を崩して彼を投げ飛ばす。そして、ウリシアが見えないように、首を傾ける。
「うおっ」
突然のことに、彼は困惑しているだろう。
「無防備になっていて助かったわ。正面からじゃ、私ではとても制圧できないもの」
いい言い訳ができた。この程度の相手なら、正面からでも簡単に気絶させることだってできる。ただ、そんなことをするわけにはいかなかったから、背後からの奇襲というのはいい言い訳になる。
実際、不意打ちならある程度の実力差を埋めることは可能だ。
「ノアちゃん」
「とりあえず、この酷い状況を説明してもらってもいいかしら?」
「ぐうっ、痛え」
「動かない方がいいわ。こっちは五人。一人じゃどうしようもないもの」
「ラクサトル君?」
彼はカフカのクラスメイトでラクサトル・イーザストというそうだ。
とりあえず、ウリシアには制服を着てもらい、詳しい事情はルナに説明してもらった。
スラム育ち、か。下着くらい私にも貰えたし、風呂にも入れてもらえた。傷の手当て、栄養食も少なくとも一日二食は与えられた。
まあ、私の場合は道具を丁寧に扱うという感覚のほうが近いだろうけど。
ウリシアが今着けているのは水着らしいけど、下着との違いが私にはわからなかった。素材が違うらしいけど、見ただけではそこまではわからない。
水着が試験でどう活かせるのかがわからない。水辺で何かすることがあるのか……。単なる嫌がらせとは思えないし。
そんなことよりもこの状況をどうするのか。
「で、どうしましょうか、この人?」
ただ、話を聞く限り、彼は別に悪いわけじゃない。悪いわけじゃないけれど、見られた本人が許せるかどうか。
事実がどうであれ、そうした噂が広まれば、彼の評価は地に落ちるはずだ。元々どれだけ評価されているのかは知らないけど。
まあ、少なくとも三年間? かはわからない学園生活で女子には常に冷たい目で見られることになるだろう。
生殺与奪の権をウリシアに握られたようなものだ。
「別に私は気にしていないから。この話はこれで終わりでいいんじゃないですかね」
本人がそう言っているのであれば、これで話は終わりでいいだろう。私も別に言いふらすつもりはないし、ルナやカフカが言いふらすこともないはずだ。
……王女様ならやりかねない。他人を使って噂を広める姿が容易に想像できる。
まあ、彼女はいたずら好きなのであって、誰かをどん底に陥れるようなことはそうしないだろう。
この手札を切るとしたら、間違いなく王女様になるだろう。そうなると、この場にいる人が良くない。
私は平気な顔をして嘘つける人間だから、噂になっても否定できる。
ただ、ルナとカフカはそう嘘をつけるような人間じゃない。笑顔で誤魔化しても、押されたら隠しきれなそうだ。
ウリシア本人もフワッとしすぎていて、ちょっとした機会にポロッと言ってしまいそうだ。
他人に同情するなんて決してしないけれど、今この場の彼は少し可哀想だとは思った。
「ウリシアちゃんがそう言うなら、私達からは何も言わないよ」
「そういうこと。投げ飛ばしたことは謝るわ」
私は彼に手を差し出す。彼を投げ飛ばしたのは私だ。最低限の誠意は見せるべきだろう。
「いらねえよ。そんかわり、ここであんたに投げ飛ばされたことは、秘密にしてくんねえかな?」
自分より弱いと思っている相手に投げ飛ばされるというのは、屈辱的だったのかもしれない。
実際は私の方が強いけど、彼にそれがわかるはずもない。
「別に構わないわ。元々、言いふらす気もないし」
そもそも私は彼に対してほとんど興味がない。ただこの場で遭遇した、それだけの存在。向こうも同じはずだ。
「ただ、そんなことよりも、この試験はそろそろ終わりが近づいてきていると思うわ。一、二階の宝箱は全て開けられているし、上だってもうほとんど開けられているはずでしょう?」
本当はのんびりとこんなことをしている場合ではない。
むしろここにきてまだ上の階層で争奪戦ばかり繰り広げていることに、驚きを通り越して呆れる。
余程戦いが好きなのか、下の階のことを忘れてしまっているのか、何も考えていないのか。
何も手に入れられずに終わって後悔するのは自分だというのに。
そう考えると、この男の判断は冷静的だ。
相対的に評価が上がったといっていいだろう。
「……下の階の宝箱は開けられたまま、中身が残っているものがあるわ。探しに行ったらどうかしら? ここでまた争いを続けるのも不毛なものでしょう?」
私はこの男に一つアドバイスをした。聞き入れるかどうかは彼次第。最終的な意思決定の権利は彼にある。
おすすめはしないけど、この場で彼が争う選択をしても、私は否定しない。面倒だけど。
「ああ、そうだな。ここでわざわざ争い続けるのは時間の無駄だ。下に行かせてもらうぜ」
賢明な判断ね。相対的にだけど、もう少し評価を上げてもいいと思った。
彼はそのまま急いで下に向かった。
「はあ、さて。さっきも言った通り。終わりは近づいてきているはず。物資を手に入れたいなら、急いだ方がいいわ」
「ノアちゃんはいいの? 取りに行かなくて」
「私はもうできる限りの物資は獲得したし、早く終わってもらった方が助かるわね」
こんなつまらない、面白みのない時間がずっと続いても退屈なだけだし。
「そういえば、この階の宝箱はどれだけ開けたの?」
「まだ二個だけだね」
「……どれだけのんびりと探索していたの」
「あはは、そうだね。ゆっくりしすぎていたよ」
一個の宝箱にどれだけ時間をかけているというの……。トラブルがあったにしても、さすがに時間をかけすぎている。
……ふぅ。時間切れ、みたいね。
「……そろそろ、上にいた人の多くが下に降りてくるわね。急いだ方が良さそうだけど」
間違いなく、降りてきている。奪えないと判断したのか、争うのが嫌になったのか。いずれにしても、判断が遅すぎるけど。
階段から足音が聞こえてくる。まあ、全員がこの階に来る、なんてことはないはずだけど。争いに巻き込まれるのはできれば避けたい。
降りて来た生徒達の姿があらわになる。
この試験も最終盤に入ったといっていいはずだ。
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