第24話 奇妙な繋がり
そういえばちゃんとした日程を確認していなかったのだけれど、どうすればいいだろうか。私の方から生徒会長に確認しに行かなければならないのだろうか。
ちょっと面倒なことになった。できればこのまま有耶無耶にしてしまいたいのが本音なのだが、そうもいかないだろうし。
行くしかないかな、生徒会室。人と人の繋がり、それがどうにもひたすら面倒なものだと感じてしまう。
実際、人というものは面倒でしかない。人は生物的ではない欲望を持つ生命体だ。生きたい、子孫を残したいというのが生物的な欲望だ。食欲、睡眠欲、性欲はそんなところからきている。だが、人間の欲はそれだけでは収まらない。
本来生物には仕事なんてものはない。あるとすれば、生物的な働きをするだけだ。それに対して人間はやりたい仕事をする。知らないことを学ぶために勉強をする。嫌いな相手を消すために他人を殺す。
今回のこともそうだ。誰かにお礼をするというのは生物的には意味のない行為だが、人間はそれができる。それは思いやりであり、打算である。
こんな理不尽な生命体はいないだろう。
とりあえず、後で生徒会室に行ってみることにしよう。後から面倒になるかもしれないことは、早めに処理しておきたいものだ。しばらくしたら、行ってみよう。
◇◆◇
生徒会室と書かれている部屋の扉にノックする。
「んー? どーぞ」
エルナの声が聞こえる。気の抜けている声だった。
「失礼します」
返事が帰ってきてから扉を開ける。生徒会室に入ると、中にはエルナの他に、金髪の少女がいた。おそらく先輩で生徒会の一員だろう。なかなかまともな強さのようだ。
「あれ? どうかしたの?」
「先程の話の続きになりますけど、しっかりした日程を決めておきたいと思って」
「あー、そうだね。ラナ、彼はいつ空いてるの?」
エルナはラナと呼ばれた金髪の少女に尋ねる。
「基本、いつでも大丈夫だと思うぞ。友人と呼べる相手もそういないしな」
「ふ~ん、寂し。ってことでいつでも大丈夫そうだから、君の好きな日程に合わせられそうだよ。いつがいい?」
「そうですね。そういうことなら今週末で構いませんか? なるべく早くしたいと思いますし」
週末はなるべく開けておきたいのだが仕方がない。
「ん、了解。じゃ、そう伝えておいてね」
「……ああ」
なぜこの少女に頼むのか。あの先輩と彼女に何の関係があるのだろうか。
「……あの、彼女とその先輩にどういった関係が?」
少し気になったので聞いてみることにした。
「ああ、この子はラナ・ユーフォール。君の言う先輩はライト・ユーフォール。この子の弟だよ」
弟? 少し疑問だ。兄弟姉妹にしては似ていなさ過ぎる。彼は白金の髪だが、この人は金髪だ。どちらも染めている気はなかった。
髪の色は遺伝する。基本的に両親の髪の内、どちらかが遺伝する。そして髪の毛の遺伝はより質の良い魔力を持っている方に遺伝するとされている。実際同じ人間同士で子供を作ると、十人中十人が片方の髪色に遺伝した子供が産まれたという研究結果もある。本当に血のつながった姉弟なら、非常に興味深い。
特例があるとすれば、
ちなみに私の髪は母親譲りだ。青みがかった白い髪。ようは父親より母親の方が魔力の質が高いというだけの話だ。
「じゃあ集合場所と時間も決めておこうか。どのみち寮にいるんだから、集合は寮前で良いでしょ。それじゃあ時間だね。いつがいい?」
「まあ、昼前ぐらいがいいかと」
当事者ではないはずのエルナが何故か仕切っているが、そのほうが楽なのでそれに乗ることにした。
「じゃあ十一時くらいだね。それじゃあ伝えておくよ」
「ありがとうございます」
さて、もう生徒会に用はないので帰ることにする。
「では、用事も済んだので失礼します」
そう言って私は生徒会室から出た。
「うん、じゃ~ね〜」
去り際にエルナが手を振っているのが見えた。ああいったところだけ見ていれば、何処にでもいる普通の女の子なのだけれど。人は見かけによらない、か。
◇◆◇
当日。私は寮のすぐ外に出てあまり人目のつかない所で待機していた。気配も消しているから余程のことがなければ気付かれることはないはずだ。大体十一時くらいだ。向こうが出てきたら、こっちも出ていこう。自分から目立つのは好きじゃない。しばらくして来なければ部屋に戻るだけだ。
そうして待っていると、白金の髪の少年が出てくる。なんだかソワソワしている様子だった。なので、私も出ていくことにする。
「……あの」
なんて言って呼びかけるのが良いのかわからないが、とりあえず呼びかけてみる。
「あ、ああ。どうも」
そんな反応をされても困るのだが。そちらから呼び出したのだから、もう少し何かないのだろうか。
「えっと、自己紹介しようかな。ライト・ユーフォールです。よろしく」
「……ノア・ブルーホワイトです。まあ、全部お任せしますので、お好きな所に連れて行ってください」
「ああ、うん。じゃあ、僕が美味しいなって思ったお店に行こうと思うよ。それでいいかな」
「それで構いません。行きましょうか」
先輩に連れられてやって来たのはそれなり高そうな店だった。正直食べ物の味に強い興味なんてないから、もっと安めのお店にしてもらっても良かったのだけれど。
「じゃあ、好きなものを頼んでくれていいから」
そうはいっても経済的な余裕があるとは思えない。なるべく安めのものにしてあげよう。ただでさえ高いのだから。一番安いものでもいい値段をしていたが、先輩は「それでいいの?」 という反応をしていた。といっても先輩も同じものを頼んでいたから人のことは言えない。
「おまたせしました」
料理を頼んでしばらくしたら運ばれてきた。
「いただきます」
先輩と一緒に食事を始めた。気まずいものだ。お互いに喋ることが無い。こういう空気になるのが本当に嫌だ。なんとなくストレスを感じてしまう。ただただ早く食事を済ませたい。こんな茶番は早く終わらせたい。
早々と食べていると、あっという間に終わってしまった。先輩の方はまだ半分食べたかぐらいのところだった。
「あれ? もう終わっちゃった? 食べるの早いね」
言われて嬉しいと思える言葉じゃない。私は特に気にしないけれど、人によっては本気で嫌だと思われるかもしれない。
先輩は私を待たせないにするためか、食べる速度を上げた。無理な早食いは体によくないからやめたほうがいいと思うが。
「うっ……」
案の定喉を詰まらせた。背中をさすれば少しは楽に感じるだろう。
「……大丈夫ですか?」
「ゴホッゴホッ、大丈夫だよ。ありがとう」
全く困った先輩だ。心配になってくるくらいだ。こういう親族がいれば過保護になりそうだ。もう少し幼かったら可愛げがあると言えるかもしれないけど。
「気にしないでください。ゆっくり食べてくれて構いませんから」
「うん、そうするよ」
先輩にはゆっくりと食事を取ってもらった。
「ごちそうさまでした」
先輩はちゃんと両手を合わせている。
「……口にあったかな?」
先輩は不安そうに尋ねてきた。私には食べ物の好みなんて無いが、ここはあったと言っておいた方がいいだろう。
「はい。美味しかったですよ。ごちそうさまです」
別に美味しいなんて思ってないけど。それを聞いた先輩はホッと胸を撫で下ろした。
「それなら良かったよ」
食事を終えて、先輩が会計を済ませると、店を出た。
「それじゃあ、後は自分で帰れますから」
「うん、それじゃあ」
私はそのまま先輩と別れて帰ろうとするが、先輩も特に行く所がないのか来た道を戻ろうとしている。来た道を戻れば寮に戻る。私も寮に帰るから、歩く道が同じ方向だ。一応別れの挨拶もしたからか、先輩は私の少し後を歩いてくる。私からしても構う必要がないので、気付かないフリをしている。
しばらく歩いていると、路地の多い区間へ入った。どこかで暇を潰せそうな所があればそこに行ってもいいなと思いつつ、そんな場所を探す。が、探す必要はなかった。
「よう、嬢ちゃん。いいところがあるんだが、寄っていかないか?」
ガラの悪そうな男に絡まれた。男は自分の指で路地裏を指している。ナンパよりもたちが悪そうだし、なんとなく何をしているのかはわかった。この際ちょうどいいので利用させてもらおう。
「いいですけど」
「ヘヘッ、こっちだぜ」
男に連れられるままに入り組んだ路地の中に入った。わざと一度来た道を何度か通っているのがわかる。方向感覚がしっかりしていないと、まず間違えなく迷うことになるだろう。そして、行き止まりに辿り着いた。そこには仲間だと思われる男が二人いて、地下に繋がっている小さな扉がある。
「おーおー。いいのを連れてきたな」
「だめだぜ? よく知りもしない男に着いていくのは。こういうことになるからな」
そう言って男が体を触ってこようとしてくる。まあ、わかっていたけど。じゃあ、片付けようーー
「ま、待て!」
後ろから知っている声が聞こえた。ちょっと前まで一緒にいた人物の声だ。振り返るとそこにはあの先輩が立っていた。ついてきていた気配には気づいていたが、男がわざと路地の中を彷徨っているのを繰り返している内に路地の中で迷っていたから、気にしないでいたが。偶然ここを見つけたのか。
「なんだよお前。俺達のことをつけていたよな?」
「そ、その子に手を出すのはやめてもらいたいんだ。彼女は僕の……僕の彼女だから!」
……え?
「……違いますけど」
何を言っているのだろうか、この人は。私が否定したのを聞いた男達は笑い出した。
「ハッハッハ、ダッセェな。帰れ帰れ、ガキ」
ぜひそうして欲しいものだ。いる方が迷惑だし。
「確かにそれは嘘ついちゃったけど、でも君達が彼女にしようとしていることを見て見ぬふりなんてできない。彼女から離れろ」
なんで刺激するようなことを言ってしまうかな。男の一人が舌打ちをする。
「面倒くせぇ。死ね」
次の瞬間、男は先輩の頭を思いきり殴る。先輩はそれに反応できず、吹き飛ばされて、壁に頭からぶつけた。当てたところが悪ければそれなりに重症になりそうだが、死ぬほどじゃないだろう。仮に死にそうになっても、後で助けてあげればいい。少なくとも気絶はしていそうなので楽に片付けられるようになった。
「これでも元傭兵でな。力にはそこそこ自信があるんだ。お前魔剣学園の生徒だろ? 情けねえよな、剣がないと何もできないってのは」
「ヘヘッ、そういうことだ。お嬢ちゃんもよくわかったんじゃないか? 今更逃げようたって無駄だぜ?」
「けひひ、久々にいいのをやれそうだ……ガッ!」
一人目。死なないように手加減はした。
「……あ?」
「おい、どうした……ぁ」
二人目。もちろん殺していない。
「……何が」
最後に残った男は突然のことに驚く。
「力自慢なら」
私のは最後の男にも膝蹴りを食らわせた。
「ぐぅおぉぉ……」
男はその場に倒れ込む。
「少なくとも無防備な人間の頭蓋骨を一撃で粉砕できなければ話にもならないわ」
「な、何が」
男はおそらく、私が攻撃したことにすら気付けていないだろう。
「さっき、本気の殺意を込めて彼を殴ったでしょう? 彼は全く防御できていなかったし、魔力の防御術も何も仕掛けていなかった。それを一撃で殺せない程度の力しかない傭兵なんて三流ね」
今の私の言葉はきっと届いていないだろう。男は苦しみに悶えながら気絶した。
「さて、後は……」
先輩の方を向いて少し驚いた。彼は目を開けて私の方を見ていた。
「……起きていたんですか」
「昔から体は丈夫なんだ」
誇張抜きにそうだろう。並みの人間なら、あの拳を受けて壁と頭をぶつければ意識を保てないはずだ。戦闘力はともかく、頑丈なのはまず間違いない。
「それにしても、君は強いんだね。君の動きは目で追うのがやっとだったよ」
さらに驚くことが起きた。さっきの動きが見えていたらしい。本気からは程遠いが、それでも常人に追える速度のつもりはない。動体視力が優れているのか。
「君の邪魔をしてしまったね。始めから、僕は必要なかったみたいだ。申し訳ないよ」
そんなことはあまり気にしていないが、それよりも大事なことは彼の口封じだ。
「……君に一つお願いがあるんだ」
「……なんでしょうか?」
なるべく穏便に済ませるためにも無碍にはできないが、結局内容がどうかによる。
「僕を鍛えてくれないかな?」
「……はい?」
「僕は弱くてね。レッド生の中では底辺なんだ。姉さんは優秀なんだけどね。僕もきっと、もっと強くなれると思うんだ。お願いします」
先輩の目は本気だ。先輩は頭を下げて、頼み込んでくる。
「条件が二つあります」
私がそう言うと、先輩は顔を上げた。
「一つは、今日のことを誰にも言わないこと。もう一つは、私にに鍛えてもらうことは誰にも知られないこと。それでも構いませんか?」
それさえ叶うのなら、少しくらいは遊びに付き合ってあげよう。
「うん、それで構わないよ」
「わかりました。また連絡します。それじゃあ今日はもう帰ってくれませんか? 私はこの人達の処理をしますから」
「……処理?」
「別に殺したりしませんよ」
「わかったよ。それじゃあ、約束だからね」
先輩はこの場から離れていった。
約束、か。奇妙な人と、奇妙な繋がりが生まれてしまったな。
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