第23話 生徒会長

 食堂を後にした私は屋上に来ていた。やはりここは心地が良い。風を斬るようにして走るのよりも、風に吹かれている方が気分がいい。


「はぁ」


 ため息をつく私はこの後のことを考える。このまま外に出ていってもいいんだけど、そうしたからといって別にやることがあるわけでもない。


「あ、いたいた」


 考え事をしていると、屋上の扉が開いて、一人の少女の姿が見えた。


 誰かを探しているような素振りだったが、屋上には私と彼女以外に誰もいない。なら、探していたのは私ということになる。


「……何かご用ですか」


「そうだね、用があるのは私ではないかな。なんていうのかな。仲介役?」


 なるほど。私に用がある誰かが代わりに目上の人に仲介を頼むということだろう。


 立場が上の人間からの誘いを断るのは立場的に難しくなる。そういう人間関係の上面の話は理解できるのだが、それにしたって出てきた相手が大物すぎる。


 目の前にはいる相手は、白い髪と紅い瞳と蒼い瞳のオッドアイの少女、生徒会長エルナ・ライムエルなのだから。


「えっとね、その彼が君にお詫びをしたいと言っているんだよね。まあ無理強いはしないし、向こうの子も、時間がある時でいいって言っているんだけどさ」


 彼、ということは相手の人は男性か。誰かに何かされたような覚えは全くないのだけれど。


 全く面倒で迷惑な話だ。一方的な善意の押し付け、とはまた少し違うが、感覚としてはそれに近いものを感じる。


 とはいえ、相手は悪気があると思っているのに頭ごなしに否定するのもよくはないだろう。


 何も悪くないのに負い目を負い続けるというのは好ましいと思わない。さらにはその原因が自分でもあるのなら尚更だ。


「私が誰かに何かされたという記憶は特に思い当たりませんが……わかりました。誤解ならそれを解けばいいだけの話ですから。それで、それはいつになりますか?」


「いつでもいいみたいだったよ。できれば何か美味しいものでも奢らせて欲しいって感じだから、学園の食堂でいいならそれでもいいし、外食に行ってもいいって言ってるよ」


 料理を奢ることがお詫びということか。ならまあ、適当なお店に行って何か適当に頼んで食べればいいか。できれば、その前にそんな必要はないと断りたいところだけど、多分向こうもそれじゃあ納得しないのだろうし。


「そうですか。……それにしても、誰に頼まれてもそういうことしているんですか?」


 正直、生徒会長が出てくるようなことではないと思う。というか、お詫びなら自分から出向くできだとも思うけど、相手は悪くないので今は気にしないでおこう。


「そんなことはないよ。あはは、本当はこういうことするの、私向いていないんだよね。滅多には受けないかな、っていうよりもそもそもそんなお願いをしてくる人がいないよ」


 それは確かにそうだろう。


「それに私も人づてだしね。最初にお願いした人から私にこのことを持ってきたって感じだから」


 つまり誰かが仲介を頼んで、さらにその仲介を生徒会長に頼んだ、ということか。わざわざ生徒会長に頼みにいく理由がよくわからない。


「私は仲介を頼まれたのは副会長だからね。それで、副会長は男の子。だからこういうことを女の子に任せたい、みたいに思ったんだろうね」


「でも、それなら何で副会長さんはあなたに話を?」


 それを聞くと、彼女は頬を赤らめて答えてくれた。


「副会長は女の子が苦手なんだよね。で、その、副会長は私の、さ。その、あれだから」


 明確な発言は控えているが、聞いていたらなんとなくわかる。


 つまり生徒会長と副会長は恋仲か、それに近い関係なのだろう。だとすると、壇上の裏から聞こえてきた声の持ち主が副会長か。


 生徒会長がスキンシップが多いだけで全然関係ない人、ということも考えられるが、副会長に誰か恋人がいるというのはどこかで聞いたことがあるし、何より今彼女は私に関係を明かした。


 明確な言及はしなくとも、それを隠そうとしていないあたり、人前で他の誰かとそうくっつくものでは……いや、やめよう。


 恋愛は私の理解の及ぶところではない。その過程や感情、行動の現れを知れても、理解は難しい。そこから理解できても、納得できるかは怪しい。


 恋愛のことを深く考えるのは、やめよう。


 エルナは咳払いをする。


「とにかく、そういうわけだからよろしく」


「わかりました」


 エルナは振り向いて扉の方へ向かっていった。私も振り向いて外の景色を眺める。


「あっそうだ。ちょっといい?」


 後ろからエルナに呼びかけられたので振り向くと、彼女は腕を振りかぶっていた。


 なんとなくわかる。寸止めだろう。万が一拳が当たった場合は問題になるだろうし。


 予想通りに、拳は私の頭に当たる寸前で止まった。いっそ当たりにいったらどういう反応をするのか少し興味はあったがやめておいた。後が面倒なことになりそうだ。


「ふ~ん。避けないんだ。寸止めなのがわかってたみたいだね」


「そういうわけでは。ただ、反応することができなかっただけですよ」


 とりあえず嘘をつく。


「だったら気付いたらのけぞるんじゃないかな」


 確かに。

 

「見た目よりも神経が図太いんですよ」


 付け焼き刃の言い訳を重ねる。


「そういうことにしておくよ」


 エルナは今度こそその場から去っていった。誤魔化せたとは到底言い難いがとりあえずは今のままでいいだろう。生徒会長とあろうものがそう他の生徒のことを言いふらすようなことはしないだろう。


 仮に力ずくで口封じしようにも一筋縄ではいかないし。


 噂話は簡単に飛躍する。エルナ・ライムエル。噂によれば、この学園に入ってから一度も第一席から退いたことのない、稀代の天才。


 試験の内容がどんなものだったかはわからないからそれの難易度がどれほどのものかは把握しきれないが、生半可なものではないだろう。


 上位の者は下位の者に狙われる。上位の人間を蹴落とすためには、誰かと結託するというのはいくらでも考えられる。


 そんな中で最も高い位を保ち続けるというのは凄いことなのだろう。


 逸脱者や超越者、とはこういう人物のようなことをいうのだろうか。



◇◆◇



「どうだった?」


「まぁ、現状はなんとも言えないかな。ただ者じゃないけど、それが別に強いことにつながるわけでもないからね。ただ、」


「ただ、なんだ?」


「死線に入ったことのある人達と同じ目をしてたよ。私達みたいにね」


「そうか」


「ま、目的はちゃんと果たしたし、戻りますか。色々と片付けなきゃいけない書類も残っているし」


「……人は変わるものだな」


「んー? あはは、なになにいきなり」


「昔のお前だったら、まず生徒会長なんてしなかっただろう? 馬鹿で生意気で理不尽なまでに強くて……気のいいやつだった。そういうことだ」


「それはお互い様……ってわけでもないけど、皆変わっていくよ。人は変化する生き物だからね」


「そうだな」


「じゃ、戻りますよ。生徒会書記ちゃん」


「ふっ、変わらないところもあるものだな」

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