強者と弱者
第22話 必然の遭遇
言われた通りに、上級生達が学園で見られるようになった。私個人に関わろうとする先輩なんていないし、私も興味がない。
ただ、生徒会長のエルナ・ライムエル、だったっけ。あの人には結構興味がある。壇上の裏に戻ってからの言葉があまりにも生徒会長にふさわしくなかったから、ブルー生からの評価は特に高いわけではないけれど、数人は彼女の異様さに気付いたことだろう。
ちょっと戦ってみたいという気持ちはある。あれはまごうことなき強者だ。
素がちょっとポンコツな気がするけど、そういう人間ほど本当は怖いなんて話はいくらでもありえる話だろう。
とはいえ、私が簡単に近づけるような相手ではないから、色々と考えものだけど。表でよく動くというのはリスクが生まれる。
そんなことを考えながら、授業を受けている。もちろん得られるものはないから聞き流しているけど。ひたすら虚無な時間なので、考え事をするのに向いている。ここの授業は教師側から解答者を当てられることはないから、いくらでも自分だけの時間に当てることができる。
何もない時間はただ苦痛なだけの時間よりも何倍もましだ。人によっては充実感が感じられる嫌でも何かしている時間の方がましだと言うかもしれないけど。
「ーー以上で授業を終わります」
授業が終わった。この後は昼食の時間か。たまには食堂にでも行ってみようかと思った。別においしいものが食べたいとか思ったわけじゃないけど。ただ、なんとなく、それだけ。
食堂に続く廊下を歩いて、角を通りかかろうとした時に向こう側から走ってくる人とぶつかった。
「っ!」
事前に気付いていたのに何故か避ける気にならなかった。倒れたのは向こうの方だけで、私は立ち尽くしていた。
その男の子は
「ぁ……」
倒れた男の子は私の方を見て、顔を赤らめていた。見ているだけで恥ずかしいということだろうか。そんなに私の顔って酷い見た目なのだろうか。
だとしたら私でもちょっとだけ傷つくかもしれない。元々自分の顔に期待なんてしていなかったけど。半分穢れた血が混ざっているし。
「あっ、ごめんね、大丈夫だった?」
「いえ、それよりそちらの方が大丈夫ですか?」
倒れたのはこの男の子の方、いや、男の子というのはちょっと失礼かもしれない。この人の制服は赤色だからレッド生、一年上の先輩にあたる人だ。
「ああ、うん。僕は大丈夫だよ。そっちこそけがとかしていないならよかったよ」
「それならこちらも問題ないです」
「君は、後輩だよね……それも女の子。デリカシーがないなぁ。ごめんね本当に」
あんまりそう自分を下げるものではないと思うけど。もっと自信を持ってもいいと思う。まあ、実際問題全然強くないからそういう意味では殊勝といえるかもしれないけれど。だからといってずっと聞いてて気持ちのいいものでもない。
それに人は調子つきやすい生き物でもあるが、同時に傷つきやすい生き物でもあるのだ。自分で自分を卑下し続けていると、本人が自覚できないうちに精神が擦り減っていくものだ。
「あまりそう自分を悪く言わないであげてください。私は気にしていませんから」
「気遣ってくれてありがとう。それじゃあ、さようなら」
彼は立ち去っていった。その後ろ姿はどこか焦りを感じた。まるで何かに追われているような、そんな感じだ。
何か、自分が一人でちょっと傷ついたような気がした。ただ特に気にするようなことでもないのでそのまま食堂に向かった。
食堂で比較的安めのものを頼んだ。どこか隅っこの席で一人で食べようかと思っていたのだが。
「あ、ノアちゃーん。一緒に食べない?」
ルナに呼び止められたのでルナと一緒の席に座ることにした。できれば人の好意は素直に受け取っておきたい。人と良好な関係を築くために必要なことでもあるし。それにちょっと聞いておきたいこともあるし。
「こんにちは、えっとノアさん」
「ええ、こんにちは、ウリシアさん」
私が彼女の名前を呼ぶと、少し驚いたような顔をする。
「あ、私の名前覚えててくれたんだ」
「クラスメイトの名前くらいはちゃんと覚えているわ」
席にはルナの他にウリシアが座っていた。仲良かったんだっけ、この二人。生まれも育ちも全然違う二人が良好な関係というのは面白い。
ウリシアは見ている限り勉強熱心な少女だ。授業にいつも出ているし、暇な時は自主練場に行くことも多い。
「珍しいよね、ノアちゃんが食堂に来ているのって」
「まあ、確かにそうね。ところで、一つ聞きたいことがあるのだけれど」
「ん? 何かな?」
とりあえず今しがた気になったことを聞いておこうと思う。
「私の顔って、皆からはどう思われているのかしら?」
ナルシストみたいな聞きかたになってしまったけど、他にあまりいい言い回しは思いつかなかった。
「えっと、何でそんなことを聞くのか聞いてもいいかな?」
「さっきたまたまぶつかった先輩の男の人が、私の顔を見て顔を真っ赤にしていたから、そんなに酷いものだったのかなって思っただけだけど」
そういうと、ルナはえっ、という顔をした。ウリシアもポカンとしている。その反応の意味がよくわからなかったので私も首を傾げてみる。
「違うよ、それ! 何でそういうことになっちゃうの?」
立ち上がって大きな声でルナが叫んだ。少し顔が赤い気がする。
「ちょっと、あまり大きな声は出さないで、ここは食堂よ」
「ああ、ごめんごめん」
落ち着いたルナが座って、今度は普通の声で喋る。
「まず、顔の件についてだけど、ノアちゃんはすっごく可愛いからね?」
ルナが言うと、ウリシアもコクコクと頷く。そういえば前にもルナにそんなことを言われた気がする。
「で、顔を赤らめた先輩については、多分ノアちゃんの顔を可愛いと思ったから顔を赤らめたんじゃないかな。もしかしたら一目惚れとか?」
「話が飛躍し過ぎよ」
「そんなことないって。でさ、どうなのどうなの、相手の先輩の人は?」
結構グイグイくる。ルナにしては珍しい。女の子は恋愛の話が好きというのは聞いたことがあるけどここまでとは。
「白金の髪をしていたわね」
「白金の髪……ってそういうことじゃなくてさ、ノアちゃんはどう思ったの?」
「どう思ったと言われても……何も」
見た目の情報を見てとっただけで何か思うことなんて特にない。
「あー……うん、まあノアちゃんはそうだよね」
「なんだか釈然としない言われようね」
「だってさ、正直に言うとさ、ノアちゃんってその、冷たいじゃん?」
「そうね」
私は感情が希薄なのだからそうだろう。それに人より感情を表に出さないし。
「もっと自分が思ったことを表情に出してもいいんじゃない?」
そもそも表情に出す感情がないのはどうすればいいのだろうか。
「もっと笑ってみたらいいんじゃない? 私、ノアちゃんの笑った顔見たことないや」
「笑った顔はできるわよ」
私は微笑みを作ってみせた。表情筋が死んでいるわけではないので、作ろうと思って作ることはできる。感情を再現して演技することもできる。
「ああ……」
「嘘……」
ルナとウリシアは絶句した。ルナに関しては自分から言い出してきたくせに。
「何?」
「……やっぱりそう簡単に見せちゃだめかも。破壊力が凄いから」
「ふぇ……すごいすごい」
顔と表情に対して破壊力という言葉が全く合っていないような気がする。なんだか様子が変だ。ただ、
「失礼なことを考えているわけでもなさそうね」
「あー、うん、そうだね。言われている方はよくわかんないかもしれないけど、別に悪口を言っているわけじゃないからね」
「……それがよくわからないのよね」
その後も他愛もない話をして昼食を終えた。
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