第16話 憎悪と恐怖

「ふざけんじゃねえ!」


 あっけなく、退学となった。ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇありえねぇ……ありえねぇ!!!!


 罠に嵌められた。あのクソ女に!


 架空の話だとかなんとか抜かしてやがったが、どうせ全部事実なんだろ? 俺はあんな女に嵌められたわけだ。


 可愛い顔と声して中身は真っ黒なクソ女だ。許さねえ。必ずブチ殺してやる。


 だが、今はテイシャの方だ。退学になり、追い出された後、このクズを引きずって人目のつかない所まで持ってきた。


 入り組んだ路地裏だ。薄暗い場所で誰もこない。ぶっ殺すのにはいい場所だ。


 このゴミが、この俺を裏切りやがった。この俺をだ。昔から散々面倒を見てやったご主人様のことを裏切りやがったんだ。


「オゥラ!!」


 テイシャを蹴り飛ばす。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 何度も何度も蹴り飛ばす。いくら蹴り飛ばしたところで俺の怒りが収まることはねぇ。こいつは殺す。たっぷりと痛めつけた後でな。


「この俺を裏切りやがって! 誰のおかげでここまで生きてこられたと思ってんだぁ? ああ!?」


 このクズを蹴り続ける。蹴るたびに怒りが増幅していきやがる。殺意が込み上げて来やがる。


「……お前なんかいなくたって、俺は生きてこれたんだ。このクズが!!」


 あ? この俺をクズ呼ばわりだと? 下等なゴミの分際でこの俺をクズ呼ばわりだと?


「ずっと、ずっーと、お前が死んでくれたらなぁと思っていたよ!!! お前みたいな世界のクズ、死んだほうが世界のためになるようなクズ、この世界にはいらねぇんだよ!!」


 テイシャの激情。意味がわからねぇ。こいつは何様のつもりなんだ? 何の権利があって俺に怒りをぶつけてやがる。


「このルワ様に向かって何だその口の聞き方はぁぁぁぁぁ!?」


「お前のことを慕ったことなんて、一時もねぇよ! セジだって本心ではそうだ! 誰もお前を必要となんかしてないんだよぉ!!」


「黙れ! 黙れ、黙れ、だまれぇぇ!!」


 殺す。絶対に殺す。ぶっ殺ししてやる。


 テイシャの首を締める。押しつぶすかのようになぁ!


「このまま死ねぇ!!」


「俺を殺したら、お前は殺人鬼だぞ、ゴミクズ。よかったなあ!! お前に! ぴったりの!! あだ名だ!!!」


 苦しそうにしていやがるくせに、なんだその態度は。お前は人ですらねぇ下等生物だ。お前を殺しても、人殺しにはならねぇんだよ馬鹿が!


「ぐぅ!」


 さらに力を込める。いいぞ、もうすぐ死にそうだ。


「あぅ、あっ、うっう!」


 ようやく、この下等生物が死ぬ。そう思った瞬間、俺の腕に強大な力がかかって無理やり下等生物の首から話させやがった。


「ケホッ、ケホッ」


「今、ここで殺せば、あなたはもう復讐する機会を失ってしまいますよ」


 聞き覚えのある、甘ったるい不快な声。暗くて顔はよく見えねえがはっきりとわかる。その長ぇ白の髪が証拠だ。


「てめえ、今更俺達を笑いに来やがったのか」


 わざわざ授業を休んでまでくだらねぇことをしにきやがって。


「初対面の女性に対する態度ではないですね。酷いです、しくしく、なーんてね」


 悪趣味なゴミ女だ。何が初対面だ、ふざけやがって。だが、これは好都合なことでもある。この場でこいつも殺してしまえばいいんだからな。


 俺は飛び出し、こいつの首を掴む。


「あなた程度が私を捕まえることができるとでも思っているのですか?」


 簡単にかわしやがった。


「チッ!」


 何度も何度も拳を振るう。その全てが直前でかわされる。この動き、違いねぇ、あの女の動きそのものだ。


「無理ですよ、どう足掻いたところで。私に攻撃が当たることは絶対にありません」


「イライラするんだよっ!」


 もう一度拳を振るう。その拳はクソ女に止められた。


「威力も話になりませんね」


 その時だ。強烈な違和感を覚えた。目の前にいるこいつは間違いなく俺を嵌めたクソ女のはずだ。白い髪で青い瞳の女だったはずだ。


 目の前にいるこいつがその女だったはずだ。


 だが、今目の前にいるこいつの瞳は赤色だ。まるで血で染められたかのような目をしている。


 おかしい、何だこれは……。顔は全く同じなのに、瞳の色が違う。声は同じなのに、口調が違う。


 体が震えている。この俺が? この女を恐れているのか? この俺が? 怯えているのか?


「憎悪だけでどこまでいけるのかを試す、いいサンプルになりそうですね」


 人を見る目じゃねぇ。この俺をまるで玩具を見るかのような目で見ている。


「誰だてめえ……」


「人違いに気付いたみたいですね」


 本当に、人を人として見ていねぇ。まるで道具を見ているかのような目を向けてきやがる。


「怯えているんですか?」


「だ、黙れぇ!」


「声が震えていますよ。ふふっ、情けないことですね」


 異常だ。狂ってやがる。体の底から震えが止まらない。恐怖か? これが。


「本当に面白そうなサンプルですね。憎悪だけでなく恐怖も引き出せました。憎悪と恐怖、これがどういった結果をもたらしてくれるのか、楽しみです」


 次の瞬間、何が起こったのか知ることもできず、俺は意識を失った。



◆◇◆



 昼過ぎの青い空。学園の屋上でパンを食べながら、風に吹かれて過ごす。


「それにしても、君にしてはかなり雑な方法だったんじゃない?」


 ただし、もう一人いる。今日は風が強いし、そうそう人はこない。人が来ても、私も彼女も気配がわかる。


「自分で主体になって動けば、もっと楽に退学させられたんじゃないの?」


 飄々とした口調で彼女は私に問う。


「程度の低い相手には、程度の低いやり方で十分。それに、面倒くさいもの」


「単純な理由だねぇ。ほんと、面倒くさがりなんだから」


「そっちはどうだったの? 試験の時、ずっと八階にいたんでしょ?」


「そうだね。まあそこそこ物資は確保するようにしたさ。君の言う通りにね。全く過保護なんだから」


 この先どうなるかはわからない。保険をかけておくことは重要だ。


「それで? 誰か強そうな相手はいた?」


「それなりに動けるやつはまあいたかな。まともに相手になりそうなのはほぼいない」


「そう」


 ほっとした気もするし、残念な気もする。いや、今後のことを考えれば、残念なんて言葉では済ませられない。


「微妙に残念そうだね。何考えてるのか知らないけど、もうちょっと腹の中を見せてもいいんじゃない?」


「……心配しなくても、私は二人を必ず守る。学園では好きに過ごしてくれていい。彼女はあくまでも私に付き合ってくれているだけであなたが付き合ってくれる必要はない」


「やはり、過保護だよ、君は」


「気に入らないのなら、いつでも裏切ってくれて構わない。何があろうと、私が守るから」


 そういう私に彼女は苦笑する。


「あはは、君のことをよく知っている人間が、そう簡単に君のことを裏切られるわけないじゃないか。どんな制裁が訪れるのか、わかったものじゃない」


 そんなことをするつもりはないけれど。


「で? どうするの? 正直、ほとんどの生徒に見込みがあるとは思えないけど」


「私達が特殊なだけで、十五歳の子供なんて普通そんなものよ。そう簡単に切り捨てられる人材ばかりというわけでもないはずよ」


 自らと周りが強い環境だと、感覚がズレる。環境というのは、人にとってそれだけ大事なものだ。言葉では伝えられない、教えられない感覚を得るには。


「ここには、向上心のある人材が多くいる。才能のある人間より、向上心のある人のほうが、私は能力を伸ばしやすい」


「真正面から教えるわけじゃないからね」


「どのみち、いずれあの日はやってくる。今のままじゃ、王国どころか、世界の全て、奪われてしまうでしょうね。それだけは絶対に避けなければならないわ」


「わかってるさ。それに対抗するためには、戦力の強化が必要になる。今、戦争が起こればどうしようもない。戦力の桁が違う。最強の人間でも一人では、どうしようもないこともある」


 確かに、その通りだろう。


「一つだけ言わせて。ノア、あたしは君のことを信じている。君があたしをどう思っているのかは知らないけど、あたしはそう思ってる」


「そう、嬉しいものね」


「これからあたしは自由に生きる。もちろん『ーーー』 もね。だからノアも、もっと自由に生きてもいいんじゃない?」


 自由に、か。確かに最も望んでいたことだ。


「今、この青空の下で過ごしているだけで、私は満足しているわ」


 青空の下で、風に吹かれながら過ごす。今の私はそれだけで充実している。


「そっか。今までの分、もっと欲張っても、バチは当たらないと思うけどね」


 それは純粋な人に許されたものだ。私の様な穢れた人間には、そんなものは眩しすぎる。


「少し眩しいわね」


 羨ましい気持ちがないといえば嘘になる。それでも私は今の生活で満足している。


「さて、そろそろいくよ。見られたり聞かれたりしたら困るんでしょ?」


「まあ、そうね」


「あ、一つだけ言っとく」


 彼女の言葉に力強さがこもる。


「一度、本気で勝負しよう。あたしは全力で、ノアを倒しにいく」


「そう、好きにすればいいわ。その時は私も相手になってあげる」


 彼女との勝負であれば、少しは楽しめるかもしれない。


「言質、取ったよ。もし破ったら承知しないからね」


 彼女との会話は退屈しなくて済む。


「心配しなくても、そんなことはしない」


「そっ。じゃあね」


 彼女は屋上から去っていった。彼女との勝負。特に指定はなかったし、どんなものになるかはわからない。


 でもそれでいい。向こうの好きな勝負で相手をしてあげる。


 今日はずっと、風が強かった。

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