第17話 剣舞大会

 学園生活が始まって早々、退学者が三人も出た。そのことは、学園中に知れ渡った。その中でも、退学者を出したクラス、ブルー=サードの生徒達はこのことを重く受け止めているようだった。


 些細な失態で、簡単に退学になる可能性もある。生徒にとって、それは恐怖でしかないだろう。


 元から気が緩んでいたわけではないけど、緊張感が増したような気がする。それがいい結果をもたらすのか、悪い結果をもたらすのかは、まだわからない。



 私の結論から言うと、今のような張り詰めた空気のままでは終わらないと思う。人は調子に乗りやすい生き物だから。


 今日も学園では、授業が行われている。私も少しは参加している。ただ、授業はかなり退屈だ。なんといっても、私が知らない知識が出てくることはないからだ。


 知っていることをずっと言われ続けても、何も面白みがない。


 一ヶ月後くらいには、授業には出なくなっしまいそうだ。この学園は授業の参加は自主性をだから、それは問題ないのだけど。


 だが、今私にとってそんなことよりも大事なのはこの後開催される剣舞大会についてだ。王女様のせいで出ることになってしまったが、どうしたものか。


 剣舞大会。剣の技量のみで戦う決闘大会で、学生が出ることはほぼない。特に、魔剣学園入学したての学生が出場するなんて、正気の沙汰でないと言われそうなものだ。


 剣の技量のみで戦う。それがいかに難しいのかは考えればよくわかる。魔力の使用は一切禁止にされる。体内の魔力操作も禁止で、完全に魔力を使うことができない状態での戦闘になる。


 普段から人々は魔力を多用している。癖などという次元ではなく、生きていく上で当たり前のこととして使っている。


 とっさに魔力を使ってしまっただけで、禁止事項に触れてしまうため、即失格。普通の人にはわからないだろうけど、仮にも魔剣学園に来ている生徒達だ。それがいかに難しいのかはわかっていることだろう。


 実際、剣舞大会に参加したのは結局ルナと私だけだった。


 むしろ、私が参加していることのほうがおかしいと思われているくらいだろう。まあ、早めにわかりやすく強いと認識されている相手と当たってくれれば、バレないようにわざと負ければいいわけだから楽なのだけれど。


 剣舞大会は二日間行われ、一日目に予選が行われる。そこで勝ち上がった者だけが、二日目の本戦に進むことができる。


 二日目まで残るのはごめんだ。一日目のどこかで敗北して、二日目は出ないようにしたい。


 そして、それは意外な形で叶うことになった。



◆◇◆



 剣舞大会一日目当日。前日には、予選の対戦表が発表されたのだが、予選最後の相手はルナ・エメラルだった。


 予選で同じ学園の生徒を当てるのはどうかと思うけれど、私にとっては幸運なことだった。


 誰もが、剣聖ルナ・エメラルに勝てるとは思わないだろう。最後まで勝ち上がったとしても、最後の勝負でルナにあっけなく倒してもらえばいい。


「あはは、まあ私も負けるつもりはないけど、よろしくね」


 予選で当たるかもしれないことを知ったルナは苦笑いで私にそう言ってきた。


 剣聖ルナ・エメラル。確か七十七代目の剣聖だったはず。宝石のような緑色の瞳が、彼女が剣聖である証拠だ。


 剣聖である彼女は、すでに魔剣士資格を取得している。本物の戦場に呼ばれることもある。


 すでに命のやり取りをしているということだ。


 一度でも命のやり取りをしたかどうかで、戦いの核心というものへの迫り度合いが違う。


 そこそこの腕で、命のやり取りを経験した者は、強く命のやり取りを経験していない者を出し抜くこともだってできる。


 魔剣学園に通っているのだ。ほとんどの生徒はまがいなりにも命を燃やす覚悟は持っているはずだ。


 まあ、今はまだ、十五歳の子供にそんな重荷を背負わせる必要はないだろう。


 ルナは精神の強い女の子だ。罪人であろうと、自ら人を殺すというのは、ものすごく精神を削ってしまう。


 現状、この魔剣学園で一番強いのはルナのはずだ。



◆◇◆



 大会が始まった。思っていたよりも、魔力を使ってしまって失格になる人達が多かった。わかっていても、反射的に使ってしまうということだろう。


 大会の会場は小規模な部隊がたくさんあり、そこで各グループに分かれて試合が行われている。それぞれに少ないけど、観客席がある。その観客席には、王女様がいた。今日も授業があるはずだけど、休んだみたいだ。


「俺の最初の相手はお前か? ずいぶんと可愛らしいお相手だな」


 私も試合が始まる。一回戦目の相手は、ただの傭兵の男だった。強いか弱いかで聞かれれば、迷わず弱いと答える。正直困ったものだ。一瞬で勝負を決めるわけにもいかない。


「それでは、試合開始!」


 審判の合図とともに試合が始まる。勝利条件は簡単。相手を戦闘不能にするか、相手に降参と言わせたら勝利になる。


「安心しな嬢ちゃん。なるべく痛くはならないようにしてやっから」


 自分が負けることをこれぽっちも考えていない様子だ。慢心は敗北をもたらすとは、よくいったものだ。この場合、慢心していなくても、敗北の結果は変わらないだろうけど。


 相手の男が剣を振るう。はっきりいって遅い。重みはそれなりにあるが、剣が振るわれる速度はかなり遅い。痛くしないといってたけど、まともに受けたら少しは痛そうだ。


 後ろに少し後退する。かなり無駄が多く、大げさな動きだ。


「やるじゃねぇか、今のを避けるなんてな」


 いや、多分誰でも避けられると思うけれど。多分、この男はあれね。低級の魔獣を狩ったりして生計を立てている。低賃金で少ない労働をし、たまに誰かとそこそこの依頼を受けて報酬を山分けしているような人。別に駄目というわけではないけど。


 まともに相手するだけ無駄だと思った。正直、話にならない。多分、誰と当たっても、一回戦か二回戦かで敗北していたと思う。二回戦までいけたなら、かなり奮闘したといえただろう。


 少しずつ近づいていき、今度は私が剣を振るう。


「うおっ!? はぇぇ!?」


 え? 本当に言ってるの? かなり遅めに接近したつもりなのに、これが速いらしい。正直信じられない。


 ……そのまま峰打ちで相手の男を倒した。なんというか、思っていたのと違う。まがいなりにも本当に傭兵をやっているかを疑いたくなった。あれなら、学園のブルー生でも勝てる位の力量しか持ち合わせていない。


 負けた男は泣き出してしまった。傭兵の男が少女に泣かされるという、なんともいえない状況が生まれてしまった。


 まあ、彼もまだ若い。高くて二十代半ばぐらいだ。これから先、切磋琢磨していけるのならまだまだ成長の余地はあるはずだ。



◆◇◆



 二回戦目。さすがにさっきのような相手だと私も困ってしまうから、もう少し骨のある相手だと嬉しいのだけれど。


 二回戦目の相手は、商会で働いている男だった。魔剣士資格は持っているため、一定の実力は保証されている。


「よろしくお願いします」


 男は礼儀正しかった。立ち振る舞いといい実力といい、さっきの男とは大違いだ。


「試合開始!」


 審判の合図で試合が始まる。


 男はさっきの傭兵の男と比べると速い速度で接近してきた。私はかろうじてそれを防いだように見せかける。


 男は攻撃を続ける。動きはそれなりにできているけど、少しだけ鈍い感じだ。恐らく普段から体を動かしていないからだろう。


 問題は、どうやって倒すかだ。やろうと思えば簡単に倒せるけど、そのつもりはない。


 運良く倒すことができたと思わせることが大事だ。


 周りにバレないように、男の足をひっかける。体制を崩した男はそのまま倒れそうになるが、足を踏み直しなんとか持ちこたえた。


 だが、その時にはもう遅く、私の刃が彼を捉える。


「僕の負けですね」


 それによって相手は降参を選択。意地を張るような人物にも見えないし、そんなのが妥当なところだろう。


「ありがとうございました」


 変わらず男は礼儀正しい。こちらもそれ相応の対応はすべきだろう。


「こちらこそ、ありがとうございました」


「さすがですね」


 そう彼が言うので、それは否定することにした。


「いえ、たまたま運が良かっただけですよ。普通なら、私が負けていました」


「ご謙遜を。まあいいでしょう。その言葉は褒め言葉と取らせていただきますよ」



◆◇◆



「お疲れ様です」


「わざわざ見に来るほどのものではないと思うのだけど」


 ため息を吐き、観戦しに来た王女様と会話を交わす。


「この目で見ないと意味がないではありませんか」


「残念なことに、次の相手はルナさんよ。万に一つも、私に勝ち目はないわ」


「常識的に考えれば、そうでしょうね。ただ、私も知っているんですよ。世の中常識では考えられない強さを持った人達がいることを」


 エメリアがどう捉えたのかはわからないけど、この剣舞大会の内容的には、ルナに勝てるかどうかは怪しい。それは紛れもない事実のはずだ。


 剣聖は剣術という部類において、最強の存在だ。万人がどれだけ努力を重ねたところで覆らない圧倒的な剣力を持つ、それが剣聖。


「棄権、などというつまらないことはしないでくださいね」


「それはルナさんにも言われたわ」


 一回戦も二回戦も、ルナの対戦相手は棄権したらしい。向上心のない人間が、はじめから結果が決まっている勝負を受けないというのはわかる。


 ルナはそれがつまらなかったようだ。


「心配しなくても、棄権はしない。せいぜい抗ってみせるわ」


 しばらくして、剣聖ルナ・エメラルとの試合が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る