第18話 密談

「よろしく、ノアちゃん」


 試合が始まる前、ルナは笑顔で私にそう言ってきた。その時は、普段は感じ取れない強者の覇気のようなものを感じた。


「それでは、試合開始!」


 お互いに、始まった直後は動こうとしない。相手の身体をよく観察し、間合いを管理する。剣の立ち合いで、間合いを測らず闇雲に相手に突っ込んでいくのは、勝ちを相手に譲ったようなものだ。


 冷静に敵を見極めることが、戦闘では肝心だ。


 私もルナもしばらくは動かなかった。先手を譲りあったからだ。


「来ないのなら、こっちからいっちゃうよ」


 その方がいい。相手の動きに合わせた方がやりやすい。


 ルナは先手を取るが、かなり手加減したものだった。本気で斬りかかれば大抵の相手は殺してしまうかもしれないし、当然だろう。


 それならこっちも反応を遅くして、遅れて剣を合わせる。


 ルナの剣は重く鋭い。相当腕力があるのだろう。だがそれだけでは言い表せない何かがある。


 剣聖が持つ特別な力。それが一体何なのかまでは私もわからないけれど、少なくとも常人にそう理解できるものではないはずだ。おそらくは感覚に近い何かだろう。


 剣聖は継承制だけど、かなりいわくつきなところが多い。剣聖は一族の誰が次の剣聖を継ぐのかがわからない。


 今の剣聖の子供が継ぐことがあれば、甥や姪、兄弟姉妹誰が次の剣聖になるかわからない。私が生きている間に剣聖が受け継がれたのは一回しかないから、継承がどういうものなのかはよくわからない。


 とにかく剣聖はいわゆる『フワッ』 としたところがある。説明できない不可思議なものというのはあんまり認めたくないのだけれど、剣聖の継承に発生する現象は説明できない。


 もっとも魔力も百年ほど前まではしっかりとした説明はできていなかったのだから、何事もちゃんと追求しなければ、理解はできない。


 一撃を防がれて、ルナは少し驚いていた。なんというか、防がれたことに驚いているというよりは、別の何かに驚いてるみたいだったけど。


 それにしても悪くない一撃だった。これでも手加減してくれているのだから前の人よりは遥かに優秀だと思う。


 いわゆる興が乗るというものだろうか。少し遊んでみよう。別に観客がそれほど多いわけじゃないし。まあ、結果がわかっている戦いなんて観ている方からするとつまらないのだろう。 


 一歩前へ出て、刃を向ける。当然防がれる。ここは少し力押しをしてみる。


「っ! 嘘」


 押されると思っていなかったのか、ルナはまた驚いている。


「腕力は人並み以上だと思っているわ」


 人並みどころか、本気ならまともな人間の枠であればほぼ負けないぐらいはあるだろうけど。


 そう思っていたのだけど押し返された。


「さすが剣聖、というべきかしら」


「うーん、あんまりそういうのは気にしなくていいよ」


 ルナの性格的に、不必要に敬われるのは好きじゃないのだろう。とはいえ、剣聖となれば、自分の都合でどうにかできるものでもない。


 性格的には、ルナは人の上に立つような感じではないし、ちょっと可哀想だとは思う。


 張り合う気はないし、ここは私が退く。後退してルナの剣を弾く。


 久しぶりにまともに戦える相手に出会ったような気がする。


 とはいえ今まともな勝負をするわけにもいかない。こんなところで剣聖が負けたとなれば、大事になるに違いない。


 その剣聖に勝ったとなれば、色々と面倒なことになるのは私の方だ。ルナだって貶せれたり罵られたりするかもしれない。


 そろそろそれっぽく負けることにしよう。ちょっと残念な気もするけれど。


 身体にわざと大きな隙を作って、斬りかかる。ルナならそこに正確な刃を向けてくるだろう。


 予想通り、ルナはそこに打ち込んできた。後は私が吹き飛んで降参を宣言すればそれでこの戦いは終了だ。


 まあ、同じ学園で生活していくなら、また戦う機会も訪れるだろう。それがいつになるのか。一年後か、二年後かはわからない。もしかするとその時は訪れないかもしれない。


 機会があれば、今度は本気で戦いましょう。ルナ・エメラル。



◆◇◆



 一人の男が、コツコツと、靴の音を立てて歩く。全身を黒く、高貴な服装で覆っている人物だ。ただし、顔は青色の鬼のお面で隠している。


 そして、一つの部屋に入った。


「失礼します」


 扉の向こうには、豪華な装飾の椅子に座る、二人の男性がいた。その部屋は今行われている剣舞大会予選の会場全域が見えるものであった。


 その二人、一人はエレメル王国現国王、キーグ・エレメルである。エメリア・エレメルの父親だ。


 そして、もう一人は先代剣聖、ラッダ・エメラルだった。


「よく来たな、青鬼あおおに。お茶を出そう」


「いえ、お構いなく。それよりも本題に入りましょう」


 集まった三人は鬼気迫るという様子ではないが、穏やかな様子でもない。周りの空気は重い。


「やはり、ブラッドムーン帝国最強の暗殺部隊、『零』 はなくなってしまっているようでした」


「そうか、間違いないのだな?」


「はい、表向きは活動休止中ということになっていますが、もう存在していません。一年前、壊滅しています」


 この世界で最も高い武力を持つとされているブラッドムーン帝国。『零』 というのは、ブラッドムーン帝国で最も強い戦闘部隊である、暗殺隊のことだ。


「にわかには信じられないことだ。確かな確証があるのだろうな」


「帝国内で調査を行った者達は、一人を残して全滅しました。この情報もその残り一人が命懸けで持って帰ってきたものです」


「帝国としても、隠しておきたい事実だったということだろう」


「でしょうね。あの部隊は一人一人が単独で我が国の宮廷騎士団の人間を全滅させられるほどの戦闘力を持っているのです。それがなくなったことを知られれば、周りの国達も、少しは安堵することでしょう」


「だが、あの部隊がなくなるのは、我々としても痛いところがあるのだがな」


 『零』 は悪人の暗殺を専門とした暗殺部隊だった。帝国内外問わず、各国で表では裁けない悪人達の殲滅や魔獣達の駆除などを行っていた。


「ここ数年、減少していた魔獣の出現報告が増加してきたのも、『零』 がなくなったことによるものだろう」


 活動休止中でも、魔獣の駆除のみは行うと、ブラッドムーン帝国の使者は言っていた。だが、魔獣の出現報告は増え続けるばかり。


「壊滅の詳しい理由は?」


「残念ながら、そこまでは」


「ふむ……ラッダよ、どう考える?」


 キーグ王はラッダに問いかける。


「私が知りうる限りで、零のリーダーよりも強い人間はいません。何者かに敗北したとは、到底考えにくいです」


「そうでした。ラッダ殿は面識があるのでしたね」


 青鬼は今思い出したかのように言う。その言葉に、ラッダは苦い顔をする。


「面識があるというほどのものでもない。一度決闘しただけだ。結果は俺の惨敗。当時はまだ剣聖であったのだがな、無様なものさ」


 自嘲気味にラッダは語る。その時の瞳は、何かを諦めたようだった。


「ふむ、ラッダの意見はよくわかった。この話はまたおいおいということにしよう。今はまだ、わからないことが多すぎる。情報を整理する必要もあるだろう」


「そうですね。では、この大会を観ながら、学園の方の報告もしましょうか?」


「……エメリアはどうしている」


 自身の娘であるエメリアのことを、キーグは気にかける。


「知識頭脳に関しては、文句のつけようがないでしょう。ただ、剣の腕がいいとは言えません」


「であろうな。エメリアには、お世辞にも剣の才能があるとは言えぬのだから」


「ええ、彼女はむしろ、政治に向いていると思うのですが……」


「それは前にもした話であろう」


 キーグは青鬼を睨む。


「今のこの緊迫した状況で、我が子らが責任を負うようなことはあってはならんことだ。エメリアを学園に入学させたのは、そうした政治に関わらせないため。無論、エミリアもエラクも、学園に入学させる」


 エミリアは王国の第二王女、エラクは王国の第一王子だ。


「入学は約束しましょう。ですが、その後生き残れるかは、彼女ら次第です。妥協はしませんよ」


「……貴様の学園がどれだけ国に支えられていると思っている」


「ならば、解体しますか? 待っているのは、最悪の結末だけですが」


 青鬼の言葉にキーグは口を閉じる。


「……我々の世代で、『王帝戦争』は必ず起こるであろう。その時まで、学園を無くすわけにはいかん」


「ご理解いただけているようで何よりです」


「まあよかろう。青鬼、これからも励め、世界のためにな」


「そこは王国のため、ではないのですか?」


「貴様に愛国心などないことはわかっている」


「クックックッ……」


 青鬼が不気味に笑い、会話は途絶えた。

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