先代剣聖の独白
剣聖に選ばれて以来、俺が一度たりとも負けたことはなかった。
どんな強敵とされる相手にも魔獣にもほぼ苦戦することはなかった。ほとんどの相手は俺を見れば絶望した。
勝てるわけがないと。まともな鍛錬をせずとも誰にでも勝つことができた。
少なくとも剣の腕で俺に勝るものなど、存在しないと思っていた。心地の良い全能感で体が満たされていくようだった。
誰よりも強い。そんな傲慢な考えが正しいと疑うことはなかった。なぜなら誰にも負けなかったのだから。
そうしていい歳になってしまった。剣聖に選ばれていなければ、俺はただのクズのままだっただろう。
ある日のことだ。ブラッドムーン帝国から、一人手合わせを願いたいという手紙をもらった。
ブラッドムーン帝国はあまり好きではないが、単独で敵対するつもりもない。王国と帝国の関係を悪化させるような行いは慎むべきだろう。
そうしてやってきた場所は薄暗いまるで要塞のような場所だった。そこに行くまでに目隠しと耳栓をつけられた。まるで場所を秘匿しているかのようだった。
その場にいたのは、たった一人の幼い少女だった。まだ四歳か五歳そこらの小さな少女だ。
その少女が剣を持ってこちらを見てくる。その瞳は虚ろで生気のない瞳だった。まるで死んでいるかのような顔をしていた。衣服に認識阻害の術が施されていたのか、顔を覚えることはできなかったが、少なくともそんな顔をしているのはわかった。それと、髪の色は少なくとも明るい方だったはずだ。
まさかこの少女が相手だなどと、ふざけているにも程があると思った。
だが、結果を見ればどうだ?
敗北したのはこの俺の方だ。完膚なきまでに叩きのめされた。
殺しても問題ないということだったため一瞬で終わらせてやろうと思い、最高速最高威力の一撃を叩き込んだはずだった。にも関わらず、少女は寸前で危なげなく躱し、それ以上の威力の一撃を叩き込んできた。
それでもその少女が本気を出しているような様子は全くない。俺は生まれてはじめて完膚なきまでに叩きのめされたような気がした。
剣聖が剣の腕で幼い子供に遥かに劣っている。こんな誰が聞いても信じてくれないようなことが、現実で起こってしまった。
その事実に発狂しそうになった。いや、発狂していた。技も型もなく、ただ少女に斬りかかっていた。それを簡単に防がれるたびさらに頭がおかしくなりそうなる。
完全敗北。一切の勝機も、可能性の欠片もない、一方的な戦いだった。とても人に見せられるものではない。
「素晴らしいぞ! たった四歳の子供が、剣聖を打ち負かした! これほど素晴らしいことが他にあるか!?」
いつの間にか来ていて白い服を着た人達が、戦いの結末を見て歓喜している。何かに成功したかのような、高揚感が見受けられた。
年甲斐にもなく泣き出しそうなのを堪え、王国に戻った。
「剣聖ももはや我々の敵ではない。せいぜい我ら帝国に嫌われるぬよう、励むんだな」
もしもこんな子供が何人も存在していたら、帝国に勝てるわけがない。さすがにそれはないとは思うが、それに劣る脅威はそれなりいると考えたほうがいい。
自分がどれほどまでに傲慢だったのかを、いい歳になってやっとわかった。
このまま終わっていいわけがない。そう思い、俺は帰ってすぐに鍛錬をはじめた。誰もが驚いた顔をする。
そんなことは気にせず、ひたすら鍛錬に励む。
そしていつか必ずあの少女を超える。そう躍起になっていたのだが、剣聖という格は、その後すぐに失われた。
剣聖の継承。不明な部分がかなり多く、俺自身なぜ自分が剣聖に選ばれたのかわからなかった。
そして、その剣聖というものは次の世代へ受け継がれた。
受け継いだのはルナ・エメラル。俺の姪にあたる。
たった四歳の娘が剣聖にされた。
俺が剣聖になった時はかなり浮かれたものだ。周囲に尊大な態度をとっていた。
だがルナは違った。剣聖となった後も、尊大な態度を見せることはなく、優しい少女だった。
そして、俺よりも強かった。
人としても、剣聖としても負けていた。なぜ俺が剣聖に選ばれたのだろうか? 俺のような人間が、剣聖などと、馬鹿馬鹿しく思えた。
四歳の少女二人に負けた。そして、彼女らを超える機会は、失われてしまった。
その時俺は、色々と諦めてしまった。
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