第19話 青鬼
ノアちゃんと相対した時、やっぱりノアちゃんからは一切の隙を感じられなかった。凄い女の子だと思った。
性別に関係なく、こんなにも強い人を私は知らない。
そして剣を交えた。その剣から感じ取られるものに、鳥肌が立った。
剣聖としての能力なのか、私には人が剣を交えた人が、剣に何を込めたのかがわかる。
ノアちゃんの剣に込められていたのは、ひたむきな努力。だけど、その裏にあるのは、果てのない苦痛、終わりのない絶望。
ぞっとする体験をしたみたいだった。
強さの裏にある秘密は、いつもいいものとは限らない。知らないほうがいいことも、剣を通してわかってしまうことがある。ノアちゃんのことも、それに入ると思う。
剣聖はみんなが思っているほど綺麗なものじゃない。時に人の知られたくない秘密を暴くようなことをしてしまう。
ノアちゃんは自分の強さをみせようとしない。多分自分が強いことを知られたくないんだと思う。だから私も深入りはしない。
でも、もしも本気で戦うことがこの先あるのであれば、全力で戦ってみたいと思うのは、私のわがまま。
とはいえ、これで終わりだね。ノアちゃんもまともにやり合うつもりはなさそうだし。
あと、エメリアちゃんは何で私達の戦いを観に来てるんだろう。そんなに面白いものかな?
ここに来ている人ってだいたい賭けをしに来ているんだよね。本戦は普通に賭け事が行われるから、先に賭け先の実力を確認しに来ている人がほとんどだと思うんだけど。
別に賭け事をしないでなんて言わないけど、自分達を見世物にされるのはあんまりいい気分じゃないかな。
とりあえず、お疲れ様。ノアちゃん。
◆◇◆
「終わったわ。まあ、剣聖が相手ならこんなものね」
ルナとの戦いが終わった後、エメリアと会話している。
「……まあいいでしょう。あなたに余計な詮索をするのは危険だと、私は判断しました」
「そう」
こっちも余計なことはしないでくれると助かる。誰にもバレずに王女様をどうにかするというのはさすがに難しいし。
「結局のところ、あなたのことはわからずじまいですね。困りましたよ、危険だと思っていても知りたいという感情は消えないのですから」
「好奇心や知識欲というのは厄介ね」
「ええ、本当に」
感情というものは、どうにも善悪や安全などでは割り切ることができない。
あとは踏みとどまれるか、踏みとどまれないか、二つに一つだ。
「好きにすればいいわ。何を知ろうと調べて喜ぶのも後悔するのもあなたよ」
「そういう不気味な回答は何を思ってのことなのですか?」
「別に何も。ただ、好きに生きろという話」
長く穏やかで幸せな人生があれば、短くても激動の中の幸せもあるかもしれない。
最も避けなせればならないのは、短く不幸な生き方をすることだ。
どんなに不幸でも最期に満足できたならそれでいいだろう。その人は満足することができたのだから。
「好きに生きろ、なんて私に許されているのでしょうかね」
「満足できるなら、どんな生き方をしてもいいと思うわ。汚れ仕事でもなんでもしてみればいい。王を殺したければ殺してみればいい。その先に満足のいく幸せがあるなら」
「そんなに簡単なことでもないと思いますけどね」
「少なくとも選べる権利がある時点で少しは幸せだと思った方がいいわね」
「……あなたの言うことはどこか重い気がしますよ」
別にどう捉えられても構わないのだけど、その言い方はちょっと語弊が生まれそうだ。
「人を重い女みたいな言い方はしないでもらえるかしら」
「ならあなたは軽い女ですか?」
「そういうことではないのだけれど。軽い重いの話じゃないし、そもそも誰かに恋したことなんてないわ」
私が誰かに恋するなんてことは、いずれあるのだろうか。今の私からはとても想像することができないのだけど。
「……そんなことはどうでもいいわ。まあ、これからも好きにしたらいいわ」
「そうですね。私は自分の思う通りに行動しますよ。今までも、これからもね」
「なら話は終わり。私はもう帰るわ。やることもないし」
「そうですか。では、さようなら」
◆◇◆
会場裏の廊下を歩く。結構大きな広さがある。それにしても、わざわざ弱い相手に気を遣いながら戦うというのは疲れる。
できれば裏でまともに戦うことのできる相手を見つけたいものだ。体もなまりそうだし。
前から足音が聞こえてくる。誰かがこっちに向かってきている。
その人物は全身が高貴な服装で、青色の鬼のお面をつけていた。
「スティンガーの酒言葉は危険な香り。なかなか上品な警告のしかたですね」
その人物は私とすれ違った瞬間に声をかけてきた。
スティンガーの話をこんなところでされても困るのだけど、それを知っているということは学園の関係者ということだろう。
「どちら様ですか」
「そうですね。周りからは青鬼と呼ばれていますが、お好きに呼んでいただいて構いませんよ」
青鬼。そのままな呼び方だけど、呼びやすい方がいいだろうし。
「それで、その青鬼さんが私に一体何の用ですか?」
「クックックッ。別に何か特別な用事があったというわけではありませんよ。ただ見かけたので挨拶だけはしておこうかなと思っただけです。では」
それだけ言うと、青鬼はその場から離れていった。
どうにも相手の見た目が頭の中に定着しにくい。あの衣服に術がかけられていたとは考えにくいし、おそらく鬼のお面には認識阻害の術が仕掛けられていたのだろう。
一般人よりはよほど腕の立つ人物だが、全盛期はもう過ぎている。
……何を考えているのだろうか、私は。
「ああ、そうそう」
再び歩みを止めて、私に話しかけてくる。
「本当の入学、おめでとうございます。これからですよ。この学園の本質は」
それだけ言うと再び歩きだした。こちらを見てくる素振りはない。
「本当の入学、ね」
私も振り返ったりはしない。現状ではあの青鬼という男にはこれっぽっちの興味もない。
剣舞大会もどうせルナの圧勝で終わるだろうし興味はない。
つまらないことだらけで退屈だ。
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